第17話 陰謀の影
『おはようございます、サーニャです。宿屋の娘です。
助けてくれたリロアお姉ちゃんは、うちの宿屋のお得意さんなのですが、今回は男の人を連れているということで、家族がザワついています。
そもそもリロアお姉ちゃんは
ちなみに、パーティを組まず一人で冒険に出て
だから
ここだけの話、実はリロアお姉ちゃんって結構面倒くさがりなところがあって、パーティが見つからないことを私に愚痴ったりして…あっ、お客さん達を起こして来いって、お母さんが』
◆1 朝の宿屋にて
窓から差し込む朝の光を受けて、リロアは目を覚ました。
まどろむ意識の中で辺りを見回す、何度も世話になっている見慣れた宿の部屋の風景だ。
ただその中に部屋を共にした男の姿はなかった。
「昨夜も何もなかったな」
それが安堵なのか不服なのかはわからないが、思わず独り言。
光が差し込む窓の外に顔をのぞかせる。
宿屋の裏庭、いたって普通の井戸と小さな菜園があり、よく手入れされた芝の真ん中に昨晩部屋を同じにした男の姿があった。
宿屋の主人から借りたであろう木剣を正眼に構えて目を閉じ意識を集中しているようだった。
きっといつもの日課なのだろう、何百日、何千日と繰り返してきたような毎日の決まり事、立ち姿からそんな風に感じる。
何度見ても引き込まれそうになる雰囲気だ。
手に持っているのは殺傷力の低い木剣だとしても、リロアは背筋が少し寒くなるのを感じて、たまらず声をかけた。
「おはよう、よく眠れた?」
声を掛けられ男は意識の集中を説いた。
フッとリロアの肩が軽くなった気がした。男の凄まじい一撃を眼前で見たために意識しすぎているのかもしれないと、リロアは思った。
「お陰様で。それはそうと…」
返事をした男・夜雲は、自分の頭を指差した。いや、頭というよりは髪を指差したみたいだ。
リロアはハッとして、自分の髪の毛を見た。そこには鮮やかな赤色の髪の毛があった。寝ているに、
「あっ、やばっ!」
リロアは慌てて窓から身を隠す。この赤い髪を誰かに見られたら、少し面倒臭い事になることもある。
その時、部屋の扉がノックされた。思わずビクリと身体が強張る。
「リロアお姉ちゃん、朝だよ。起きてる?」
扉を叩いていたのは、この宿屋の娘のサーニャだ。
この宿は朝食付きだが、その時間は決まっているのでサーニャがそれぞれの部屋の住人を起こして回っているのだ。
「あっありがとうサーニャちゃん、もうすぐ降りるよ」
「うん、わかった。剣士のおじさんにも声かけておいてね」
「伝えておくよ」
扉越しに2、3言葉を交わすとパタパタと足音が遠ざかっていくのが分かり、リロアは胸を撫で下ろした。
宿屋の従業員がむやみに宿泊客のいる部屋の扉を開けるような真似をしないだろうが、悪目立ちする赤い髪の事はこの宿の人間にも伝えておらず、変に緊張してしまった。
(
リロアは意識を集中すると間もなく、鮮やかな赤い髪はまた栗色へと変化した。
彼女は部屋に備え付けられている鏡で、その変化を確認すると、再び窓から身を乗り出す。
「朝ごはんだって、おじさん」
朝日に照らされて、リロアの笑顔が一層眩しさを増したようだった。
◆2
この大陸には「大きい」と言われる
大陸随一の
対極的に魔法の才に乏しくとも、冒険者で身を立てようとする者が多く、荒くれものが集まる傭兵都市【カタルパ】の
聖教会の本拠でありながら、魔界との境界とも言われ凶悪な魔物が多く出没する地域にあり、高ランク冒険者が多く活動する境界都市【ホーリー】の
そして豊かで平穏な土地柄のため、冒険に夢見ることが出来る都市、冒険者の数は多いが、時に駆け出しの街とも言われる【カミリア】の
比較的立派な家が並ぶカミリアの街中でもひと際目立つ豪著な造りな建物。それがカミリア
朝早い時間に関わらず、その大きな出入り口には今日の
中に入れば対応に追われる
そんな喧騒から離れた2階の奥の部屋。
特段の理由がなければ使われることのない
そこに机を挟んで座る4人がいた。
片側に並んで座るのは、
それと向かって座っているのは、昨日も顔を合わせていた
その横に座る男は、歴戦を思わせる強面と獅子を思わせるような頬髯、隣に並ぶレーナの腰よりも太いかという腕、壮年らしからぬ筋骨隆々の姿だ。向かいにいるギルガルドの圧にも負けない存在感を放ち、広めの部屋も狭く感じるほどだ。
彼こそカミリアの
「
カムクライはその頬髯をさすりながら、受けた報告を反芻していた。
「カイよ。子供たちが抜けだしたという穴は見たか?」
カムクライの独り言を遮るように言ったのはギルガルドだ。
カイというのはカムクライのことだろう、その呼びかけ方は昔からの馴染みのような言い方である。
「いや、まだ見ていない。報告を受けただけだ」
「あの穴、何者かに中からあけられてるぞ」
「なんだと?町の中にすでに魔物が潜り込んでいるとでもいうのか!?」
「その可能性もあるだろうが、話はもっと単純だろう」
「単純とは?」
「街の中に魔物を引き込もうとする奴らがいる可能性だ」
「馬鹿な!?」
カムクライは跳ね上がるように立ち上がった。横に座っているレーナがその袖口を引っ張って、落ち着くように促す。
「マスター、落ち着いてください。まだそうと決まったわけではありません。ギルガルドさんはあくまで可能性の話をされているだけです」
レーナの言葉にカムクライは一度息を吐きだすが、立ったまま腰を下ろそうとはしなかった。
分かりやすく苛立つカムクライにギルガルドが諭す。
「レーナ嬢のいう通りだ、いったん落ち着け。わざと分かりにくい場所を選んで穴をあけていたんだ、単純な魔物ってより知恵の働く人間様の手引きだと思うぜ。ただ魔物を引き込むにしても、どうやって引き込むのかもわからんだろ。今は、壁に穴があけられている事実しかないんだ、まずは情報とかないとならんだろ、色々」
「まずは子供たちが見つけたような穴がほかにないのか調査すべきではないでしょうか?仮に魔物を街に引き入れるのであれば、それが一か所だけとは思えません」
ギルガルドの横に控えていたフローラも口を挟む。
「確かにそうだな。ギル、もちろん手を貸してくれるんだよな」
「昔のよしみだと、二つ返事でいいぜと言ってやりたいが、あいにく
「分かった、穴の調査は
カムクライの言葉に、横のレーナが頷いた。レーナの承諾を確認するともう一度ギルガルドの方を向き直ると、今度は昨日戻らなかった
「シアの捜索は、
「
「…そうか、
「そうだな」
ギルガルドのその返事をもって、この会はひとまずの終わりとなり、それぞれが部屋を後にするときにフローラがレーナに声をかけた。
「レーナ、うちのマスターが言ってたけど、穴をあけたのが、魔物を引き込むためだったら、その方法が気になる。何か最近
「そうですね、どこかに情報が転がってるかもしれませんし、調べてみましょう」
「よろしく」
フローラはそういうと、ドアノブに手をかけたところでもう一度振り返る。レーナは、机の上に広げた書類を一つにまとめて、抱えこもうとしていたところだ。
「それから、昨日の二人へのお礼の事もよろしくね」
「えぇ、それならもう準備ができてますから、あとはお二人が
レーナは微笑んだ。
そのソツのない仕事ぶりにさすがのA級冒険者も感心せざるを得なかった。
・・・続く
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