第16話 道と言うもの

『初めまして、レーナと言います。

 城壁街『カミリア』の冒険者組合ギルドの職員をやっています。

 こういう仕事をやっていると、色々な厄介ごとと言うかトラブルというか、色々な対応に追われてしまうわけで、ハッシュ君たちがいなくなったことだって急なことだったんです。

 子供の捜索は、どちらかと言えば街の警備隊の仕事で、本来は冒険者の仕事ではないんです。

 町の中の事なら警備隊、外での出来事なら軍隊。それは国の仕事なんです。そのために私たちは高い税金を納めているわけです。

 まぁ、その辺の話は長くなりそうなので、別の機会にゆっくり説明させていただくとして…フローラさんとリロアさん、名前の知れた冒険者と一緒にいた、変わった格好の男の人。彼が冒険者登録をするというので、私が担当することになるのですが…』


◆1 冒険者組合職員 ―レーナ―

 行方知れずになっていた子供たちが無事に帰ってきた。

沸き立つ輪の中で、冒険者ギルド職員のレーナは旅団長クランマスターギルガルドの表情に険しさが残っているのを見逃さなかった。


「ギルガルドさん、顔怖いですよ」


レーナの言葉にギルガルドは表情を変えることをしなかった。


「いや、すまない。子供たちが無事戻ったのは喜ばしい事なのだが、旅団うち団員メンバーが戻ってないのだ」


 レーナは喜びの輪の中心に目をやった、そこにいるのはフローラとリロア、そして変わった出で立ちで大きく長い刀を背負った男だった。

 ギルガルドの言う団員メンバーと言えばフローラの事だが、確か今日は3人で街の外に出たはずだった、だとすれば団員メンバーのうち二人が戻っていないことになる。


 ギルガルドの旅団クラン躊躇いなき刃ノントワイスソード』は、もともと名うての旅団クランだったが、ここ最近加入したフローラの活躍で、今や大陸に名を響かせようとする大旅団グロースクランである。その団員メンバーが欠けるとなれば、たとえ中核団員エースメンバの事でなくとも、それはそれでニュースになる。


「フローラ!!」


 ギルガルドはその名を呼んだ、歓声をつんざく大声だ。

 子供達の親からの感謝の言葉と握手に応えていたフローラの背筋がピン伸びて、ギルガルドの方へ向き直った。


「話が聞きたい、30分後に俺の部屋に来い」

「はい、わかりました」


 フローラの返事と聞くとギルガルドはレーナへと向き直った。


「悪いなレーナ嬢、組合ギルドへの報告は明日にさせてくれ」

「いえ、どちらにしても時間外ですから明日にしていただける方が助かります。組合ギルド長には一報だけ入れておきます」

「一応、子供捜索は俺の旅団ウチが受けた依頼クエストになるんだけど、この場合は報酬とかどうなる?」

「フローラさんは『躊躇いなき刃ノントワイスソード』のメンバーなので、報酬はフローラさんに支払われるはずです。あとは協力者がおられるようですが、組合ギルドの関知の外なので、組合こちらからは特に何もしません。『躊躇いなき刃そちら』の判断で報奨金の一部を協力の謝礼としてお渡しするのが一番きれいな落としどころだと思いますよ。」

「親御さんたちからの依頼金はまだ預かってないんだろう?」


 レーナは、顎に手をかけて少し考えるようなそぶりを見せ


「まぁ人探しは動員人数と捜査日数によって依頼金が跳ね上がりますけど、今回はA級冒険者一人を一日雇うだけの金額と手数料で終わりになるかと。A級冒険者指定の依頼は確かに高額ですが、4家族で割ればそこまでの金額にはならないと思います。中には解決した問題の依頼金を払うなんてと渋る親御さんもいるでしょうが、『躊躇いなき刃ノントワイスソード』の名前が出てますし、この街でギルガルドさんに立てつくような人はいないでしょう。間違いなく依頼金は回収できますよ。逆に…ギルガルドさんの連れてきた冒険者の皆さんはまだ街から出てないわけですし、それで人数分の派遣費見合いよこせなんて言わないですよね?それこそ『躊躇いなき刃ノントワイスソード』の名前に傷がつきますよ」


 レーナは屈強なギルガルドに臆することなく、淡々と答えた。

 ギルガルドはニッ笑うと、バンバンとレーナの肩を叩いた。


「レーナ嬢、あんたはほんとに優秀だ。そのバランス感覚恐ろしくもあるぜ」

「あっ…ありがとうござます」


 そしてギルガルドは握り拳を頭上に突き上げる、冒険者たちの視線がその拳を合図にギルガルドに集まった。旅団クランにとっての注目の合図なのだろう。騒がしかった冒険者たちは静まり帰り、旅団長の次の言葉に注目している。なかなかの統率力である。 


「よぉし、お前ら今日のところは解散だ!明日は忙しくなるから、今日は飲みすぎるなよ!それからだれか、組合ギルドに行って今回の依頼はストップになったって伝えてきてやれ!あとフローラは30分後に俺の部屋だぞ、忘れるなよ」


 ギルガルドが号令を上げると、旅団員達はゾロゾロとその場を後にしていく。

それに合わせて群衆も散り散りとなり、子供とその親たちも頭を下げてそれぞれの家へと帰っていった。

 そんな家路につく人々の流れに逆らって、フローラに近づいてくる影があった、レーナである。小走りにこちらに近づいてくるとフローラに向かって話しかけた。


「ありがとうございました、フローラさん」

「うん、レーナもお疲れ様」


 最初の挨拶を一言だけ交わすと、フローラとレーナは一歩下がったところにいた夜雲とリロアの方を見た。

 視線の意味を察したリロアは、どうぞお先にと手を差しだすような仕草をする。それを見てフローラとレーナ少し安心したように目を細めると、頷く程度に軽く頭を下げた。


「とりあえず、マスターに呼ばれているから細かな報告は旅団クランの方から入れる。パーティを組んでたシアが戻らないから、捜索隊が組まれると思う。旅団ウチの問題だから、組合ギルドに応援要請はしれないと思うけど、魔物の動きが活発だったから、こっちで対応をお願いするかもしれない」

集団暴走スタンピードですか?」


 魔物の大群による襲撃、集団暴走スタンピード。どれだけ注意しようともいつかは起こり、街へ甚大な被害を及ぼす魔物の津波は、予見できる自然災害に近い。

 時に村1つを飲み込んで村人全員が皆殺しになった話もあり、レーナはごくりと喉を鳴らした。


「まだ…その前段の調査」

「はっ、はい!」

「とにかく細かい話は明日するから」

「わかりました、明日お待ちしていますね」


 簡単なやり取りを二つ三つすると、フローラはリロアと夜雲の方へ向き直った。


「助けてくれてありがとう、旅団クランから謝礼が出ると思うけど、私個人からもお礼をさせてほしい…えっと」


 フローラは夜雲の方を見て言葉に詰まった。

町までの道中、子供の相手ばかりで簡単な自己紹介もしていなかった。


「私はリロア、彼の名前はだよ」


 フローラの視線を割って入るように、リロアは自己紹介をした。

 夜雲自身に名乗らせたくなかったかのような印象を与えて、一瞬、本当にわずかな瞬間フローラとリロアの間に緊張が走ったような気がした。


「あっ、うん。分かった、レーナに言付けてるから、明日ギルドに顔を出した時に受け取ってほしい」


 フローラの言葉に合わせて、その後ろに控えていたレーナは頭を下げた。


「ありがとう、私たちも明日にはギルドには顔出さなきゃいけないから、その時にいただくよ」

「そうしてくれ。明日私もギルドに顔を出している、その時に会えたなら話を聞かせてくれ」


 そうして、フローラは明らかに夜雲の方を見据えて


「では、また」


 と言うと、踵を返してその場を後にした。

 そしてリロア、夜雲、レーナの三人がその場に残った。


「フローラさん、随分コジローさんの事を気にかけてたみたいですね」


 レーナが、フローラの背中を見送りながら言う。


「まぁ、拙者の出で立ちはいささかこの街に馴染まんようでござるしな」

「…いや、多分そんなんじゃないと思うけど」


 夜雲の本気か冗談か分からない言葉に、リロアはため息をついた。


「んじゃ、レーナさん明日私たちもギルドに顔を出します。多分お昼ぐらいになると思うんですが」

「えぇ、お待ちしています」

「色々めんどくさい手続きしなきゃいけないと思うと、なかなか気が重たいんですけどね」

「冒険者の皆さんを守るためですから、お手伝いしますよ」

「レーナさん、ほんっと真面目ですね」

「よく言われますよ、お前に報告すると冒険も仕事だって実感させられるって」


 リロアとレーナは二人して苦笑した。


◆2 宿屋にて

 リロアと夜雲は、レーナと別れて宿屋へと向かった。そこは助けた子供達の中の一人、サーシャの親が経営する宿屋だった。

 二人が尋ねた時、看板娘の無事を客達が喜び迎えている最中だった。


「サーシャちゃん、無事でよかったですね」


 受付のカウンターで、リロアはカウンターの奥に立つサーシャの母親に話しかけた。


「リロアちゃんが助けてくれたんだってね、聞いたよ。ほんとにありがとうね。お金はいただくけど、好きなだけ泊っていっておくれ」


 そういって、サーシャの母親は豪快に笑った。リロアは微笑ましく思いながらも苦笑するしかなかった。


「部屋も選び放題って言いたけどね、あいにく一部屋しか空いて無くてね、構わないかい?」

「あら、繁盛してますね。珍しい」

「リロアちゃんには裏の納屋も空いてるよ」

「ベッドがあるところがいいです!」


 リロアは皮肉に、女将はすぐに切って返すあたりに、リロアはここの顔なじみだということがうかがえた。


「とりあえず、受付とかはやっとくから、先に部屋に行ってて」

「部屋は、二階の一番奥さね。すぐわかるはずだよ」

「拙者は納屋でも構わんでござるが…」


夜雲の言葉に、女将とリロアは顔を見合わせて笑った。


「アハハハ、ウチはこれでも真っ当な宿屋なんだ。金取った客を納屋で寝かせるようなことはしないよ」

「いいから先に行ってて」


押し切られるような形で夜雲は二階の部屋へと向かっていった。


「変わった見た目の男だね、リロアちゃんのいい人なの?」


二階の角へと姿が消えるのを見送ると女将が聞いてくる。


「まさか、全然そんなんじゃないですよ。彼、妻がいるみたいですし…離れてるって言ってましたけど」


少しも動揺することなく、いたって冷静に応えながら宿帳に名前を書くリロアに、女将は面白くないとばかりにため息をついた。


「私はいいと思うけどね」

「どうしてそう思うんですか?」

「なんとなく。女の勘だね。あんた得意だろ火遊び」

「私が得意なのは火を使った魔法です。変な言い方しないでください」

「年頃の娘が、所帯持ちの男一人手玉にとれなくて、わたしゃ心配だよ」

「私は、サーシャちゃんの成長の方が心配になります。こんな親御さんの元で良い娘に育つのか」

「冒険者になりたいって言ってる時点で、既に不孝ものさ」

「お金たくさん稼いで、宿屋を大きくしたいって言ってましたよ」

「冗談だろう」

「さぁ」


ひとしきり冗談を言い合ったあと、リロアも二階の部屋へと向かう。

その階段を上っていく背中に向かって女将は一言言った。


「で、実際のところどうなんだい!?」


何が?どうなのか?は言わなかったが、それに対してリロアは、親指と人差し指で少し隙間をつくり


「少しだけ」


と少しだけ複雑そうに笑顔を見せると、二階の角へと姿を消した。


◆3 魔抜けと言うこと


 リロアが部屋のドアをあけると、部屋は真っ暗だった。

 先に夜雲が上がっていたはずだが、部屋を間違えていたのだろうかと思ったが、窓から入ってくる僅かな月の光に浮かびあがる影を見つけた。

 窓の脇にもたれかかるように立って、窓の外に見える街の灯に目をやる夜雲の影だ。


「どうしたの?部屋の灯りもつけないで」

「使えぬものでな」

「何それ、故障でもしてたの?」


 部屋の灯りとなるランプに手を伸ばした時、リロアはハタと気が付いた。

 ランプは魔具マジックアイテムなのだ、その灯りをともすには、少し魔力を込める必要があった。


(そうか、彼…魔力がほとんどない魔抜っ…)


 思わず侮辱を意味する言葉が頭の中をよぎって、リロアの動きが止まる

 リロアの一瞬の躊躇いを察したのか、夜雲が声をかけてきた


「構わぬぞ」


 リロアは部屋の明かりを灯した。

 朧げな影だった夜雲の姿が現れたが、彼は変らず窓の外を見やっていた。


魔具マジックアイテムへの魔力の込め方、練習付き合おうか?夜雲は確かに魔力少ないけど、全くないわけじゃないんだし…」

「イラーフの村でも使い方を教わったでござるよ。しかしどうも拙者には才能が無いようでな」

「そんな…全くダメだったの?」


 リロアは思わず絶句して、言葉を飲んだ。

 今回の灯りに限らず、この世界に存在する道具の多くは、そのスイッチが魔力を込めるものになっている。

 それが出来ないということは、今はリロアが要るからこそだが、遠からず何かしらの不便を被ることになる。彼女はそれを心配した。

 まだ窓の外を見据えたまま別の話題を返してくる。


「こうも夜が明るいとは…今日は祭りで、ここは色街でござったか」

「祭りでもないし、色街でもない。ここは『カミリア』って街だけど、比較的豊かなところだし、夜でも明るさがあるところだと思うけど。明るさは治安の良さにもつながるから」

ところ変われば街のも随分と変わるものでござる」

「イラーフの村は違ったの」

「確かに、多少の灯りはあったが、夜の中に昼を作ってしまうようなものではなかったでござるよ。日の出とともに起き、日の入りと共に休む、そんな人々でござった」

「ふうん、悠々自適というか…」


 「田舎だね」と言う言葉は言わないでいた。

 夜の中に、昼を作るような明るさは、ここ最近の魔具マジックアイテムの進化のおかげだ。込める魔力はわずかでも長時間の点灯を可能となった。

 ただ個人レベルの魔具ランプはともかく、街灯のようなものは高価で大型であり、その点灯を行うには専用の点灯師イグニシオンユーザーが必要になるといった課題もあり、豊かな街での普及にとどまっていた。

 ちなみに点灯師イグニシオンユーザーは、専用の訓練受けを、それを生業として生計を立てる立派な職業である。


「悠々自適に…何もなくとも問題なく生活していたでござるよ」


 夜雲は窓の脇を離れて、ベッドへと腰を降ろした。


「人の生は座って半畳、寝て一畳。」

「どういう意味?」

「人が生きていくのに必要とするものは多くないということでござる。夜を昼にせずとも手元の蝋燭だけでも十分」

「便利なのはいい事だと思うけど」

「否定はせぬ。ただ別に拙者は、魔具とやらが使えなくとも困っておらぬということでござるよ。灯りがなければ、火を起こせばよい。魔法を使わずとも火を起こして見せたではないか」

「まぁ、そうなんだけど」


 魔法を使わず、火を起こした夜雲に対して、彼女は素直に「すごい」と感想を返したこともあった。


「リロア殿が気にする必要はないでござる。結局のところは拙者の一人の生。頑固かもしれぬが…どうか魔具を使う練習の申し出を無下にすることを容赦願いたい」

「ベっ、別にいいけど…何もそんなに改まって、それほどのことなの?」


 随分と真面目に言葉を選びながら答えるので、思わず変な声が出てしまう。あとあまりに大仰な言い方に、すこし笑いそうになりながら聞き返したが


「道…と言うでごものでござる」


 と夜雲は大まじめに応えるのだった。


・・・続く

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