第15話 街へ

『ハッシュだぜ!

 なぁ聞いてくれよ、実は俺ってあまり魔法の才能はないらしくって…まぁそもそも、魔法の才能に恵まれない家ってやつだから、俺も漏れなく魔法使いとしてはやってけないって言われてる。

 生まれた時から魔法の強さが決まってるなんて神様も不公平だよな。

 だから俺は剣士として冒険者を目指すことにしたんだ。

 そりゃ、魔法使いに比べたらいい事なんて全然ないって聞くけど、俺にはそれしかなかったんだ。

 でもよかったのは仲のいいミヒロに魔法の才能があったってこと。これには周りの大人たちも期待しているみたいで、それはかなりのモノなんだってのは俺にも分かった。

 ミヒロが魔法使いとしての才能があるなら俺は剣士として、後はダックとサーシャの4人で冒険者をやっていく!やっていける!なんの問題もない!冒険に行こう!

…って、思ってた矢先に、ゴブリン達に襲われて正直やばいって思った。ゴブリンなんて雑魚中の雑魚。そう思ってた。

 でも実際に目の前にすると、とてもそんな考えなんて吹きとんじゃって…。

 そんなときに現れたのがコジロー兄ちゃん。

変な恰好してるけど、その剣の威力はやばかった!大きい盾も真っ二つにして、すごいって言葉しか出てこなかった。実際リロア姉ちゃん達も思ってたみたいだ。

 俺の目指すべきものがここにあるんだ!ってそう思ったんだ』


◆1 白鷹 —ギャビン―

 「リロアお姉ちゃん!」


 状況が落ち付いて、周りに他の敵の気配がない事を確認すると、サーシャはリロアに抱き着いた。

 自分の腰くらいしかない小さな子供の頭を撫でてようやく、リロアは笑顔を見せた。


「知った顔でござるか?」

「うん、よくお世話になってる宿屋の。無事で良かった」

「お主たちはこれで全員でなのか?」


 夜雲は、自分の周りではしゃぐハッシュに尋ねた。


「うん、俺たちは4人だったから全員無事だったけど…」


 ハッシュは言葉の最後を濁すように話すと、バツが悪そうにフローラの方へ視線をやった。

 夜雲とリロアはその視線を追いかける。

 そこはには仲間だったムスクの遺体があり、フローラはそこでただ立ち尽くしていた。

 ムスクの背中は大きく割れて、致命の一撃を突き入れられた場所は、ようやくさっき血が止まったようで鮮烈な赤を纏っていた。


「彼女、白鷹ギャビンだ」


 リロアは彼女を見て言う。


「あちらも知り合いだったか」

「えっと…こっちが一方的に知ってるっていった方がいいかな。最近名前を挙げてる冒険者。よく噂になってたから」

白鷹ギャッベンというのは?」

白鷹ギャビンってのは、家の名前。何人も水の魔力に強い魔法使いを輩出している有名な家。早い話が、いいとこのお嬢様。なんで冒険者やってるのかは知らないけど」


 わざわざ冒険者のような危険な生業に身を置く必要もない家だと言いたかったのだろう。


「リロア殿と同じで、やらねばならないことがあるのでござろう」


 その言葉に、リロアは夜雲を見返した。

 確かに荒くれ冒険者達に追われているとき、そういうことを彼に言った。やらなければならないことがあるのは本当の事だ。しかし、その時の状況的に助けを求めるための方便としてとらえられていてもおかしくなかった。

 加えて、夜雲はここまでの道中でもリロアのが何なのかということを訪ねてくることはなかった。


「えっと、それは…」


 彼がそのことを流さず覚えていたことに対して、リロアは嬉しさと気恥ずかしさと言うべきかという葛藤とフローラの事情は何かあるのかという疑問が入り交じり思わず言葉に詰まった。


「子供たちを頼むでござる。ああ惨たらしいものは、あまり子供に見せるようなものでもないでござろう」


夜雲はリロアの反応を特に気にする様子もなく一言だけ言うと、フローラの元へ向かっていった。


 夜雲の接近に、フローラは全く気が付かなかった。気づこうともしなかった。そんな意識さえ働かなかった。目の前で仲間だったモノの変わり果てた姿見て、その現実にただ立ち尽くしてしまっていた。


「仲間の死は初めてでござるか?」


 フローラの横を通り過ぎて、夜雲はムスクの遺体の前で片膝をついた。カッと見開かれたままのムスクの両目を閉じてやる。


「・・・」


 フローラは何も答えずただコクリと頷いた。

 いま最も勢いのある冒険者で、高難易度依頼クエストを多数こなして、一気にAランクまで駆け上がった実力者だが、裏を返せば場数が少なく経験がまだまだ足りないひよっこでもあった。

 仲間は自分が守る、守った上で依頼クエストもこなす、それを今まで難なくやってきた。仲間の死なんてものは考えたこともなかった。


 しかし、現実として仲間は死んだ。


 それを目の前にして、戦闘が終わって冷静になった頭に現実が突き刺さる。

 

 もう話すことも、冒険したり一緒に騒ぐこともできない。ムスクには変な料理ばかり出す変わった料理屋ばかりにつれていかれた。

もうやめてくれと言っても、次は絶対美味いからと、聞いてくれなかった。

 旅団クランの仲間にはなんて言おう。ムスクには恋人がいたはずだ。残して行くような男じゃない、明日になればひょっこりまた姿を現すかもしれない。それから…


 とにかく、色々な考えがフローラの頭の中を駆け巡っていく、これも混乱というのだろうか、彼女はただ立ち尽くすことしかできなかった。

 そんなときに、ゴブリンウォーリアを切り伏せた男の姿が目に入った。

 ムスクの遺体の横で、片膝をつき簡単に遺体を整えると、両手を合わせて合掌していた。

 その姿を見てフローラはハッと我に返った。

 そして、同じように夜雲の横しゃがみ込み、手を合わせた。

それは右手を左手で包むような祈りの方法ではなく、掌を合わせた夜雲と同じ格好をフローラは取っていた。

 子供達の相手をしながらそれを見たリロアは


(なんか…慣れてる?というか自然だな)


 掌を合わせるフローラの姿に、夜雲と似た違和感を感じていた。


 ムスクのギルドカードを回収し、リロア達は街へと向かうことにした。

 フローラが姿の見えないもう一人の仲間、シアの事を案じていたが、夜が近い事、探すにしても子供たちを抱えたままになる事、同様に二手に分かれるのは得策ではないこと、街に戻り捜索願を出すことも出来ることを伝えると、フローラもそれ以上は言わなかった。

 フローラはいつもまでも現れない仲間に対して、きっと大丈夫という想い半分と、もうすでにダメなのだろうという気持ち半分だった。

 諦めきれないと逸る気持ちもあったが、まずは旅団クランへの報告が先で効率的だとの考えに至った。


「急ごう、何にしても早いに越したことはことはないだろう」


 フローラの言葉に、皆が頷いた。



◆2 旅団 躊躇いなき刃 ―ノントワイスソード―

 城壁街『カミリア』。

 リロア達が目指す街に名前だ。

 外敵を防ぐための高い壁を備えているのが、この街の特徴だった。街は豊かで、人口も多くその立地から商流の拠点ともなっている。

 その出入り口は北と南の二つしかなく屈強な門番と厳格な審査官がそれを守っている。

 出るにも厳しいが、中に入るにもなかなか厳しい街である。


 その北門で何人かが団子になって言い争っている。

言い争っているのは一般的な街の人間達と制服姿の人間のだった。今にも制服姿の人間に掴みかかろうかという人達の間に入って、武装した門番が制止している。


「なんで誰も探しに行かないんだ!」

「ですから、いま冒険者組合でも手続きを進めているんです!間もなく捜索隊も結成されて出ますから!」

「間もなくって、いつ!?手続きなんてすっ飛ばしてしまえばいいでしょう!」

「決まりなんです、そうはいかないんです!」

「決まりって…!子供たちの命がかかっているのよ!?」


 街の人間たちはハッシュ達の親、それに胸ぐらをつかまれながら説明している制服姿の女性は冒険者組合ギルドの職員の様だ。


「冒険者達だって命を懸けるんです!子供たちを助けるためだとしても、タダで死んで来いなんて言えるんですか!」

「金は出す!って言ってるだろ!」

「依頼として処理することは、貴方達依頼人を守るためでもあるんです!組合ギルドを通さなかったことで、余計なトラブルになることだってあるんです!」

「そんなことっ!なるもんか!!」

「子供を見つけた冒険者から法外な報酬を要求されたり、実際に捜索に出たかどうかも分からない奴らから派遣費を求められたりする事案だって珍しくないんです!子供が帰って来ても、帰る家を失いますよ!」

「それを何とかするのが、組合ギルドじゃないのか!?」

「だからやっています!依頼クエストを発出して今から出られる冒険者に声をかけて、報酬をすり合わせて!冒険者だって私達だって時間外なんです」


 夜の帳はすっかりと降りて、空には星が瞬いて街には灯がともっている。

 多くの冒険者たちはすでに、今日の稼ぎで酒場へと繰り出し、お気に入りの女のいる夜の街へと消えているだろう。

 冒険者組合ギルドで働く職員だって、就業時間がある。遅い時間に戻る冒険者もいるので一部業務の夜間窓口は開かれているが、依頼の受付は基本的に昼しか受け付けていない。

 そのことは、冒険者じゃなくても常識として知っていた。


「だったら、もういい!冒険者どもには頼まん!俺が行く!」


 組合ギルド職員の胸ぐらをつかんでいた男が吐き捨てた。

ドンと職員を突き放し、街の外へと向き直った。


「ダッ、ダメです!危険すぎます!」


 突き飛ばされた衝撃で、咳き込みながらも自制を呼びかける職員。

間に入るだけだった門番も慌てて男を羽交い絞めにして引き留めた。

 夜の北門での騒ぎに、やじ馬たちも集まり人だかりが出来ていた。

その人だかりを割って武装した一団が現れた。


「この依頼は、我ら『躊躇いなき刃ノントワイスソード』が預かる。すぐに出る、親御さんたちは家で子供の帰りを待っていればいい!事務処理も抜かりないぞ!」


 武装した一団は20人近くいる、その先頭にいたのは男は40近い年齢になるだろうか、男らしい髭を蓄え、堀が深く精悍な顔つきと太い眉、金色の髪を全体的に後ろに流した姿は堅そうな性格のイメージを受ける。

 体は細身ながらも筋肉質で、衣服を通してでもその胸と腕の隆起は分かった。

鎧は身に着けていないが、腰には長剣ロングソードを佩き、左腕には細かな装飾が施された見るからに高価そうな腕輪があった。


「ギルガルドさん!」


 組合ギルド職員の女性は、先頭の男の名前を呼んだ。

 ギルガルドと言うのは、旅団クラン躊躇いなき刃ノントワイスソード」の旅団長クランマスターである。

 その名前は旅団クランの名前と共に、この街に住む誰もが知る名前である。

 名の知れた男の登場に、周囲はざわめき、騒ぎ立てていた子供の親たちは押し黙った。


「レーナ嬢、遅くなって済まない。組合の窓口には旅団ウチの頼りになる事務員が向かって手続きを進めている。我らも団員メンバーが戻らず、探しに行こうとしていたところだ」


 ギルガルドはギルド職員レーナの手を取って引き起こした。


「あっ、ありがとうございます。ギルガルドさんの処で受けてもらえるなら、こちらとしても安心です」


 そう言ってレーナは頭を下げた。

その時、周囲のざわめきが大きくなった、ギルガルドの旅団の出発に沸き立ったといった感じでもない。

 何があったのだろうと、レーナは顔を上げた。


「どうやら、この人数を出発す必要もなくなったようだ」


 ギルガルドはそんなことを言う。

 周囲を見回す、誰もが北門の外夜の森からこの街へと続く道の奥へと視線を注いでいた。

 レーナも目を凝らして道の奥を見やった。


 大きな影が三つと小さな影が四つ、こちらへと近づいてくる。


 それはやがて、街の灯りに照らされて姿を晒す。そこには子供たちを連れ帰ったA級冒険者の姿があった。

 街から歓声が上がり、親たちはわが子のもとへと駆け寄った。

 拍手と歓声が上がる中、ギルガルドの表情には一片の険しさが残っていたのをレーナは見逃さなかった。


・・・続く

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