第14話 炎の渦と燕
『こんにちわ、リロアです。
もうすぐ街に着くというところで、突然夜雲が駆けだしたので私も後を追いかけました。
街も近いし、放っておいてもいいかなと思ったのですが…ほら、あの人って方向音痴ぽかったじゃないですか。ってことで、放っておくわけにもいかず。
そしたらすぐに「助けて」の叫び声。もちろん私も駆けだしました。こういった救援願いに応えるのは冒険者の務めです。
街から近いような場所で助けを求めるなんて、道に迷った商人か、てんで駆け出しの素人冒険者とも思ったのですが、そこにいたのは意外な人物でした』
◆1 玉砕覚悟
フローラに組み付いたホブゴブリンごとゴブリンメイジは魔法をで吹き飛ばそうとしていた。仲間が巻き込まれようと関係ない、奴らはそういった種族なのだ。
ゴブリンメイジの体がより強い光に包まれる。
フローラはせめてホブゴブリンの体を盾にしようと身をよじる。しかし元来フローラは非力な冒険者だ。思うように身体を動かせない。
強力な魔法の一撃が放たれようとしていた。
一撃くらいなら耐えられるはずと、フローラは覚悟を決めた、その瞬間。
火柱が上がった。真っ赤で巨大な火柱だ。
ゴブリンメイジの足元から近くにいたゴブリンウォーリアをも巻き込んで、夜の
「ギィィ!!」
「グォォォ!」
ゴブリンメイジとゴブリンウォーリアの苦しそうな叫び声が聞こえる。
「えっ?」
フローラは何が起こったか理解できなかった。
これはゴブリンメイジの魔法ではなかったのか?
火柱の近くにいる自分は確かに熱風に充てられる程度の熱さは感じるが、この熱風が攻撃魔法だとすれば、あまりに威力がない。
フローラが魔法を中断したことで激しい痛みに襲われたように、ゴブリンメイジが魔法に失敗したとでも言うのだろうか。
しかし、この火柱の大きさはフローラの知るゴブリンメイジの使う魔法の威力とは明らかに違っていた。
強力すぎるのだ。とてもゴブリンメイジが使う魔法の威力じゃない。
(少なくとも
フローラは、ハッと振り返って男の方を見た。
まさかあの男がこれだけの威力の魔法を使ったというのだろうか。
彼の気配が近づいてくるとき、ほとんどの魔力を感じなかった。あれではとてもこの威力の魔法を放てるわけがない。
そう思いつつも、やはり確認せざるを得ず振り向いた。
男はさっきと変わらず、子供たちの傍に立っていた。
しかしその横に、女が一人立っている。
栗色の髪の毛を頭の横で一房にまとめて、身体を守るような防具はほとんどなく、露出が多い布を巻き付けたような服からは、スラリと伸びた太ももが覗いていた。
杖を前に突き出し、今まさに魔法を放ったかのような恰好でいたことで、フローラは彼女があの火柱を上げた魔法を使ったのだと理解した。
魔法使いの彼女がフローラの視線に気づいたので、頭を軽く下げようとしたとき、その彼女は目を見開いて叫んだ。
「まだ!」
その声に反応して、火柱へ視線を戻す。
「グオアァァ!」
雄叫びと共に、ゴブリンウォーリアが火柱から飛び出してきた。
あちこちの肉を焼き、その炎を纏いながらムスクから奪った大盾を構えながら玉砕覚悟の突進を仕掛けてきた。
「っく!」
フローラは、なんとかホブゴブリンの拘束を解く。組み付くホブゴブリンの両腕を外し、その胸から細剣を引き抜いた。
倒れこんでくるホブゴブリンを体を捻りながら躱して、細剣による鋭い一撃をゴブリンウォーリアに向かって繰り出した。
キンッ!
その一撃はあっけなくかつて仲間が使っていた大盾によってはじかれる。
女の細腕な上に、不十分な体制で繰り出した細剣の一撃と、十分に勢いの乗った大盾と巨体の突進では、いかにA級冒険者とはいえこの結果は必然である。
しかし彼女もA級の称号をもつ実力者だ、フローラは剣を弾かれつつも、なんとかその突進は躱しきる。
バランスを崩しながらも2歩飛びのいて体制を整える。そして続いてくるであろうゴブリンウォーリアの二撃目に対して構えた。
だが、ゴブリンウォーリアの二撃目はフローラには来なかった。
体勢を整えて視線を上げた時、ゴブリンウォーリアの突進はそのまま子供たちの方に向かっていたのだ。
「しまった!!…武技 速力超上昇 瞬発力上昇 跳躍力上昇」
フローラは武技を発動する、しかし間に合うはずもない。と思っていた。
視線の向こうには男と子供と魔法使いがいる。
火柱を放った魔法使い、相当な使い手だろう。しかし、あれだけの魔法を放った後では、すぐに次の魔法は使えないはずだ。
子供たちは、足がすくんで動けないでいる。
だとすれば、あの男が何とかしてくれることに掛けるしかない。
しかし男には魔力もなく、大盾を構えるようなパワータイプでもなさそうだ、ゴブリンウォーリアのあの突進を止めるのは難しいかもしれないが…。
(それでもなんとか、一瞬でもあの突進を止めてくれれば…)
武技が発動するまでの刹那の時間、フローラは祈りに近い思いがあった。
◆2 |砲級の魔法使い―カノンクラスマジシャン―
巨大な盾を構えたまま、ゴブリンウォーリアが突撃してくる。その巨体は炎に包まれて、まるで巨大な火の玉だ。
リロアは歯噛みした。
近くにいた冒険者を巻き込むまいと、魔法の威力を絞りすぎた。
ゴブリンメイジを蒸発させても、ゴブリンウォーリアを倒すには至らなかった。
白銀の冒険者に目をやる。敵の突進は止められなかったが、直撃はうまく躱したようだ。武技発動の光が見える。しかし間に合わないだろう、彼女がゴブリンウォーリアの背後から致命の一撃を入れる前に、子供たちはつぶされる。
リロアは自分の手持ちの魔法の中で、今の状況を覆せる魔法を探す。
あるはずがない!
火玉を打ち出して押し返す、物理防壁を張る、風の刃で足を切り落とす。など、対策出来る魔法がないわけではない、ただ彼女の魔法使いとしての適性が引っかかるのだ。
魔法を放った時の威力は戦場の景色を変える。しかし、その発動にはどんな簡単な魔法でも、比較的長い集中を要した。
魔法の威力が大きく、発動までの時間が長い。
それがリロアの『
迫りくる
せめて自分が子供たちの盾とならねばという本能か、せめて一撃を凌げば白の冒険者が間に合うという計算だったのか…。
子供達を抱きしめるリロアの横顔は炎に照らされて、橙色に染まっていた。
目を閉じても、その光は瞼を通り越して感じるほどに、ゴブリンウォーリアは近くに迫っていた。
「ガオォォ!!」
ゴブリンウォーリアの雄叫びに肌が震える。威圧感が彼女の心臓をつかむ。
その瞬間、ふと視界が暗くなった。
目を開ける。
目の前に揺らめくリボンが目に入った。
真っ赤に燃える火の玉と自分の間に、男が・・・夜雲が割って入っていた。
その体と変わらないような大盾とゴブリンを前にしながらも所作に静けさを携えて、左腰の刀に右手を添えて、少しだけその体が沈んだ。
(あっ、これって…)
リロアの頭の中にある情景が浮かんだ。
巨大な盾を使って突撃する大男と、それを迎え撃つ侍。
つい昨日、ゴズを相手にした時の状況にそっくりだった。
あの時、自分も目をやられて何が起こったのか分からなかったが、結果は大盾の男は盾とその腕を真っ二つ割られてうずくまっていた。
(あの時一体なにが起こっていたの…?)
リロアは自分の危機よりも恐怖よりも、興味の色の方が大きくなったことに気づいていなかった。
◆3 燕の孤
それは、単純な抜刀からの切り上げだった。
目に見えないほど抜刀
音すら裂くような速さ
すさまじいまでの威力
そのどれもが筆舌に尽くしがたいほどの銀光一閃。
武技の発動もなく
魔法による威力上昇もない
刀自体に少しの魔力も感じられず
その刀身に魔力を込めた一撃でもない。
本当に唯々単純な抜刀からの切り上げ。
その一撃で大盾は盾に真っ二つに裂けた、ゴブリンの左腕が跳ね上がり上体が反れる。しかし、ゴブリンウォーリアはこの反れた上体を利用して、右手の大剣を振り下ろす。
渾身の一撃、次の攻撃を考えない捨て身の一撃だ。
夜雲のすぐ後ろはリロアと子供達がいる。躱せばリロアもろとも子供たちは地面にはじけ飛び赤い花を咲かせるだろう。しかし受ければ、夜雲の持つ武器では大剣の重さを受けきれず、刀もろとも頭蓋を潰される。
ゴブリンウォーリアは全体重を右手に載せて、勝ちを確信していた。
しかし、その確信を割いたのは鋭く弧を描き目の前を飛び抜けた燕の幻影だった。
切り上げた刀を今度は袈裟掛けに斬り下ろす。それは鋭く閃いて振り下ろされる大剣を半ばから両断した。
切り離された剣先は、激しく回転しながらリロアと子供達の頭の上を飛び越えて大木へ突き刺さり、
ドゴッ!っと激しい衝突音がして、その大剣は剣幅の半分ほども地面にめり込む。
渾身の一撃を外されてゴブリンウォーリアは勢いそのまま前につんのめる。
前のめりになったゴブリンウォーリアが、頭一つ背の低かった男を見上げる形になった時、燕が真正面から突き抜けるように飛んでくるのが見えた。
そしてそれがゴブリンウォーリアが見た最後の景色となった。
眉間を貫かれゴブリンウォーリアは絶命した、夜雲は素早く刀を引き抜き血を払う、さらに左肘の内側で挟むように血を拭うとその刀を鞘へと納めた。
一拍遅れてゴブリンウォーリアがうつ伏せに地面へズンと倒れこんだ。
「すごい…」
「すごっ…」
フローラとリロアは、図らずも同じで率直な感想が口から漏れ出した。お互いの声が聞こえたわけではないのだが、同じような顔をしていた相手と思わず顔を見合わせた。
「すっげぇぇ!」
そう言ってリロアの腕の中から飛び出したのは、子供4人組の中のリーダー格ハッシュだった。
「すっげぇ!すげぇ!なんだよあれ!魔法なのか、
さっきまで泣きベソをかいていた少年は、夜雲の周りをぴょんぴょんと飛び跳ねて興奮鼻息を荒くしていた。
その無邪気さと切り替えの早さが面白くて、リロアとフローラはもう一度顔を見合わせて思わず噴き出した。
周りに敵の気配はなく、また静かな森の夜がやってこようとしていた。
・・・続く
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