第13話 A位冒険者の反撃
『初めまして、フローラと言います。一応冒険者をやっています。
簡単な
まさか何かを守りながら戦うということが、こんなにも難しい事だったなんて。
ムスクがやられて、シアの状況は分からない。
正直かなり危ないと思っていたのですが、そんなときに、あの人が現れたんです』
◆1 助太刀
その男はゆらりゆらりと現れた。
森の陰から姿を現して、すでにフローラが、子供が、ゴブリン達が、その姿を視界に捉えている。
子供たちをゴブリンが囲み、屈強なゴブリンウォーリアと剣を構えた女剣士が対峙し、冒険者の骸も転がっている。
どう見ても戦場そのものである。どんな人間でも、ここに立ち、その様を視界に入れれば、一瞬緊張に身を固めるはずだ。
しかし、男は静かにフローラ達に向かって歩を進めている。
間違いなくゴブリン達も男に気付いている、しかしまるで構えない、警戒する様子もない。
町の中ですれ違う見ず知らずの通行人が少し変わった格好してる、ちょっと気になったと、視線を送るような感覚で首だけを捻る感じに男を見送っているのだ。
(何…?何が起こっているの?)
フローラはその異様な光景と違和感に、ゴブリンウォーリアという危険が目の前にありながら、男から視線が外せないでいた。
きっと、ゴブリンウォーリアも同じだったのかもしれない。
男は、ゴブリンに警戒をする様子もなく、腰の武器にも手をかけないまま、ゴブリンの横を素通りしようとしていた。
その瞬間である!
すぐ横を通り過ぎようとする男を、そのまま見送ろうとしていたゴブリンの喉から脳天にかけて、銀の光が生えていた。
「ガギっ?!」
ゴブリンも一瞬何が起きたか理解できないでいるようだったが、自分の喉元に視線を落とした時、そこにあった光の正体が男が抜き放ち一突きにされた刀だと理解することは出来たのだろうか。
男が刀を引き抜くと、ゴブリンはそのまま膝から崩れ落ちて絶命した。
「ゲギャギャ!!?」
ゴブリンが地に倒れ伏す音で我に返ってか、ゴブリン達は男に警戒の色を示してその包囲が一つ遠巻きになった。
男は刀を鞘に納めて片膝をつくフローラの傍にしゃがみこんだ。
「ゴッボリンの群れとは・・・無事でござるか?子供たちにケガは?」
男の言葉はひどい訛りがあったけど、聞きとれないわけではなかった。
そして出てきた言葉の中に子供たちの心配する言葉があったことに、フローラは安堵と共に安心の気持ちを得ることが出来た。
弱気の心が少し薄くなるのが分かる。
「私は大丈夫。子供たちは…」
フローラは、背中の子供たちに視線を送る。
その意図を察して、ハッシュは何度もうなずいた。
ダックは鼻をすすって、ミヒロとサーシャはお互いの手を握っている。
目には涙を貯めていたが、今は泣いていない。
「俺たちは大丈夫だから」
ハッシュの言葉に、男の口元はニッと口角が上がる。
「強い子でござる。もう少しだけここから動かず待っているでござるよ」
男はハッシュの頭を掌でクシャリと撫でる。
そして立ち上がると、ぐるりとゴブリン達を見渡した。
その眼にはさっきまでとは違い、獲物を定めるかのような鋭さがあった。
「待って、私がやる」
そう言ったのはフローラだ。
片膝立ちから、しっかりと両足を踏みしめて立ち上がり、体の節々を軽く動かして先の魔法中断のダメージを確認する。
幸いにして引きづるような痛みはなかった。
胸に手を当て、一度深く呼吸をして肺にも痛みがないことを確認する。
それからもう男の方に向き直り
「私がやるから、あなたは子供たちをお願い」
と、もう一度言った。
「仁ナリ。助太刀いたそう」
男はゆっくりと頷いた。
「ありがとう…待ってて」
フローラは改めてゴブリンウォーリアに対して向き直った。
◆2 ゴブリンメイジ
握りを確かめて剣の重さを確かめる。手首を軽くひねって構えなおす。
剣は正対に、体は半身に、重心は少し前に、しかし膝は柔らかく。
一つ一つを丁寧に確かめるように、体を動かしていく。
「
フローラの体が、淡い光に包まれる。
そして、一つ息を長く吐いた。少しずつゆっくりと、より深い集中に潜っていく。
その瞬間、ゴブリンの一匹がフローラに飛び掛かった。赤子の頭くらいはあろうかという棍棒を振り上げて、フローラの頭に向かって振り下ろした。
ゴブリンの影と、フローラの影が交錯する。
シュッと、絹がすれるような音がかすかに聞こえた。
その音の正体は、フローラの細剣が飛び掛かってきたゴブリンの眉間を貫いた音だった。
「
ゴブリンの眉間を貫いたまま、フローラは魔法の名前をつぶやいた瞬間、ゴブリンは貫かれた眉間から、白く凍り付いていく。
やがてゴブリンはその全身を霜の花に覆われて痙攣もせず動かなくなる。
フローラは剣を抜く。ナックルガードに鷹の意匠が施された、美しい
引き抜かれた刀身は細く繊細で鋭い。その刃先から真っ赤な血を滴らせていた。
しかし瞬間その鏡面に磨かれた刀身が白くなり輝きを失い始めた。
・・・いや白く濁っているわけではない、その刀身に霜が降りて氷り始めているのだ。
滴り落ちていた血も一瞬で凍り付き、小さな赤いつららのようになった。
〇
この魔法が付与された武器での裂傷は治りにくく壊死に至る可能性もある、存外にえげつない魔法。
氷を刀身に纏うことで刺突の摩擦を減らし、女性の細腕でも、分厚い筋肉を刺し貫くことが出来るようになるなどの効果もある。
しかし、付与の力が強すぎると、武器の柔らかさがなくなり武器の種類によっては、逆に武強度を下げる結果になる。
そのため地味な印象のわりに繊細な魔力操作を必要とする。
フローラが得意とする魔法の一つ。
フローラは剣を袈裟切りに振り下ろした。細剣に出来た小さなつららと氷が弾けて飛んでいく。
その先にいたのは、また別のゴブリンだ。
ゴブリンは反射的に顔の前に手の平を持ってきて、飛んできた氷の
冷たさ感じたのは手の平ではなく、喉を貫いた鉄の冷たさだった。
叫び声をあげる間もなく、喉を貫かれたゴブリンは絶命し、倒れながらその体は氷に包まれていく。
フローラは振り返って、子供たちの方を見た。
男はさっきと違いフローラに背を向けて立っていた。腰の刀その柄に手がかかっている。抜くために身構えているのかと思ったがそうではなかった。すでに刀は一度抜かれて、鞘に納められるところだったようだ。
その足元には、切り伏せられたゴブリンが転がっている。
(いつの間に?)
フローラは男の技を見ていなかったが、相当な使い手だと状況から感じ取った。
ゴブリンのもう一匹は、男に睨みつけられて動けないでいる。分かりやすい殺気を男の方から感じる。
その殺気を正面から浴びせられ、ゴブリンは蛇に睨まれた蛙とばかりに動きを止められていたのだ。
背中越しでも、その殺気の凄まじさを感じる。ゆらゆら歩いていた時の物腰からはとても想像出来ない。
向こうは任せていても心配ないだろうが、子供のトラウマにならないかと別の心配をした瞬間!何かを感じ取って直感的に上体を逸らして身をよじった。
フローラの頭があった場所を何か大きなものが、通り過ぎていく。
それはゴブリンだった、一番最初に腕を切り落としたゴブリン、それが跳んできた。
グチャリと鈍い音を立てて、ゴブリンは地面にたたきつけられて潰れた。
ゴブリンが跳んできた方向を見る。ゴブリンウォーリアが舌打ちをしていた。
この屈強な大鬼が同族のゴブリンを鷲掴みにして、思い切り投げつけてきたのだ。
「同族だけど仲間じゃない。強いが絶対。そういう奴よね、君たち」
誰にも聞こえない声で言った。
大地を蹴る、すさまじい前への跳躍。白い鎧とフローラの黒い髪が、帯状の残像となってゴブリンウォーリアへと伸びていく。
ガキッ!!
弾き飛ばされた。横から強くたたきつけられて、フローラは跳躍した向きからほぼ直角に吹き飛んだ。
吹き飛ばされながらも体制を立て直して着地するフローラ。両足と左手を地面について、吹き飛ばされた勢いを殺す。
舞い上がった砂埃の向こうに、自分を吹き飛ばしたヤツの姿が見えた。
ホブゴブリンだ。ゴブリンより大型で力も強い上位種。包囲の中に2匹確認していたが、その内の一匹が横から体当たりすることでフローラを吹き飛ばしたのだ。
ゴブリンウォーリアの前に2匹並んで壁を作るように立っていた。
一匹は両刃の斧、もう一匹は錆の目立つ
(目の前に、ホブ2匹とさらにデカい奴、その後ろにメイジ…これで全部のはず)
反撃で2匹、男が来て1匹、霧氷の剣で1匹。氷の
頭の中で倒したゴブリンの数をカウントする。そして、目の端で男の方を確認する。男の足元に転がるゴブリンは2匹に増えていた。
(…あれで8匹)
他に隠れているかもしれないから油断はできないが、とりあえずは子供達の囲みは解かれた。目の前の4匹だけに集中すればいい。
ホブゴブリンまでの距離は5歩。相手は構えて警戒こちらの出方を待っている。
片方に斬りかかれば、もう片方が反撃をする、連携の構えだ。
フローラは右手で握った細剣を左手に持ち替え、強く握りっぱなしだった右手を開きプラプラと振った。
筋肉を弛緩させる、緊張を解く、大きく息を吐く、魔力を巡らせる、右手をゆっくりと顔の高さに持ってくる、目を閉じる。
「ゲギャ!!」
その一連の動きの意味に気付いたのは、ゴブリンメイジだけだった。短く何かを叫んだ。
「
フローラの右手が顔の正面で開かれた瞬間、激しい光が走った。
以前ゴズが使った
フローラの体を中心にして、ホブゴブリン達も白い光に飲み込まれる。
細剣は左手に持ったまま姿勢を低く前に飛び込む。目を開く、敵の状況を確認する。
左のホブゴブリンは両刃の斧を手から落とし、両目を抑えて悶えているが、右の方は
ゴブリンメイジの叫び、あれは『見るな』とでも言っていたのだろうか。
突進するフローラに反応して、錆が目立つ
(このタイミングなら!)
左手の細剣をに左下から切り上げる。ホブゴブリンの腕が宙に舞った。両目を抑えていたホブゴブリンは「ギャ」っと叫び声をあげて、残った腕で傷口を抑える。
フローラはそのホブゴブリンに体当たりをする。
いや、体当たりと言うよりは、体を預ける、恋人のように寄り感じだった。
トンとホブゴブリンに密着すると、身をかがめた。
そこへ錆びた
そのまま振り切ることが出来れば、フローラもろとも両断出来ただろう。
しかし、錆びた獲物では肩口から鎖骨を断つも胴体を真っ二つにするには至らず、
フローラは、より体が大きいホブゴブリンを肉の壁としたのだ。
筋肉の収縮と、錆による摩擦で食い込んだ剣は簡単には引き抜けない。
フローラの目がギラリと光る。
本能的に身の危険を感じた、抜けない長剣から手を放し、
トスッ
しかし、フローラの細剣はガラ空きの胸、その心臓を貫いた。
一瞬、ビクリと体が跳ねるホブゴブリンだが、その体は糸の切れた操り人形のように、力が抜けていく。
ドウッという音と共に片腕を失ったホブゴブリンが倒れた。
仲間が倒れる音を聞いたからだろうか、心臓を貫かれたホブゴブリンの片割れが、突如として動き始めた。
うなだれた両腕をもう一度振り上げて、フローラにしがみついた。
丁度抱きしめられるような形となり、フローラとホブゴブリンは密着する。
これでは、胸に突き刺さった細剣が抜けない。
噛みついてくるのか?とホブゴブリン反撃を警戒するが、ホブはすでに事切れている。
しかしそれは終わりではないフローラの視界に入ったのは、ニヤリと口元を歪めるゴブリンウォーリアとその横で今まさに強力な魔法を放たんとするゴブリンメイジの姿だった。
『ゴブリンメイジ、あいつら単体じゃ弱いが、群れの中にいたなら気をつけろ。あいつら容赦がない、敵にも味方にもだ』
先輩冒険者の言葉が蘇った。
その時、その場所、だれと居たか。その時の状況と合わせて鮮明に思い出された。
まるで走馬灯のように。
・・・続く
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます