第12話 A位冒険者の防衛戦
『えっと、サーニャです。
私が見つけた横穴を通って、私たちは街の外に出ました。
外は危険だって、お母さんに言われてたから、すぐ帰るつもりだったのだけど、
ハッシュ君がもう少しだけ遠くに行ってみようって言ったから、もう少しだけ冒険することにしたんです。
まだお昼だったし、街は近くに見えていたから大丈夫だって思って・・・。
でも、森の中でゴブリンたちに見つかって、もう駄目だって思ったときに、フローラさんが来てくれたんです!』
◆1 苦戦
ゴブリンと子供たちの間に割って入った女剣士はフローラ・ギャビンと言う。
名前が売れ始めたのは最近の話だが、飛ぶ鳥を落とす勢いの活躍に、いまS級に最も近いA級冒険者と言われている。
「私の後ろに…」
フローラは、後ろを振り返ることなく子供たちに合図すると同時に、目の端でゴブリンの数を素早く確認した。
(ゴブリン8匹とホブゴブリンが2匹、それに…)
ゴブリンの中の1匹は腕を斬り飛ばされすでに戦意を失いかけているとはいえ、8匹という数、加えて大型種のホブゴブリンが2匹。
さらにその奥には控えているのはボロ布を頭まで被り、明らかに雰囲気の違う小鬼が一匹。
(…ゴブリンメイジ)
滅多に見かけることがはいが、ゴブリンメイジは人間の大人と変わらぬ知能を持ち、時に魔法を使う。
その魔法自体は強力ではないと言われているが、ゴブリンの群れと共にある時それは決して油断ならないという。
明らかに多い。そして分が悪い。
普段の状況なら、決して負けるような相手ではない。例え倍の数がいたとしても
問題にはならないはずだ。
しかし、子供たちを4人守りながら戦うのは難しい。
ゴブリンたちを一網打尽にするような魔法を使えば、子供たちを巻き込んでしまうだろう。
剣ではこの数を同時に相手出来ない。そもそも彼女の武器は細身の剣。素早く取り廻して刺突に優れるが、剣での打ち合いは考えられているようなものではない。相手の攻撃は全て躱さなければならないが、躱せば子供たちと距離が出来てしまう場合もある。それは避けねばならなかった。
この
数匹でフローラを足止めして、残りが子供たちを襲う。
フローラを倒せなくてもいい。
彼女の目の前で、子供を殺すことが出来ればゴブリンの勝ちなのだ。
残忍で狡猾な小鬼たちはそういう楽しみ方を知っていた。
フローラの額を一筋の汗がつたう。
あらゆる方法を模索して予測して検討する。
「少しの間寒いけど我慢しててね」
フローラは子供たちの方を向き直ると、左手を地面について意識を集中し始めた。
沁と静まり返る、フローラの体はうっすらと青白い光に包まれる。
周囲の温度が明らかに下がり、子供たちの吐く息が一瞬で白くなる。
やがて、フローラを包んでいた光は子供たちをぐるりと囲うように丸い軌跡を描き、その表面には小さな氷のコブが出来ていた。
「彼を守るは万年の凍土に
「ギャババ!」
魔法が発動しようとしたその時ゴブリンの一匹が持っていた
小柄なゴブリンの肩だ、そこまでの威力はないが当たり所が悪ければ十分致命傷内になるだろう…相手が子供であるならば、なおの事である。
そう、投げられた
咄嗟にフローラは右手の
パキンッ
何か割れる様な音とともに、子供たちを囲っていた白い光が弾けて消えた。
フローラが小剣を叩き落すことに意識を持っていかれたため、集中が途切れ、発動途中だった魔法を強制的に中断させられてしまったのだ。
「あぐっ」
その痛みに、フローラは身をよじった。
魔法の発動の
一度発動状態に入ってしまった魔法は途中で止めることが出来ない。
途中で止める場合は、また手順を踏まなければならない。それは、魔法を発動させるより難しく、より繊細な魔力操作を必要とした。
今のように手順を踏まず強引に魔法の発動を中断すれば、その魔力は術者自身を襲う。
その激しい痛みに気を失う術者も珍しくない。時に魔力が暴走して、重大な事故を巻き起こすこともあった。
そんなリスクを冒しても、フローラは魔法を中断する行為に踏み切った。
魔法を中断して小剣を叩き落とさなければ、今頃子供の胸にその刃は突き立っていたはずだからだ。
全身を駆け巡る痛みに遠くなる意識を必死に手繰り寄せ、朦朧とする意識を悟られまいとリロアはゴブリンたちを睨み返した。
「「ギャバ、ギャバババっ」」
ゴブリン達が醜い顔をより一層歪めて笑っている。
フローラは魔法を中断したのでは無い。魔法を集中している途中に子供たちを狙われた事で中断させられたのだ。
魔法戦が主流のこの世界において、相手の発動前にその集中を潰すのは戦闘の常道だ、魔法が強力な世界だからこと、その
冒険者たちの間においては常識だが、ゴブリンたちもそこまでの知恵を身に着けたというのか。
いや、あの奥のゴブリンメイジだ。
子供程度の知能を持つとされるゴブリンという種にあって、人間の大人と変わらないとも、それ以上の知能を持つとも言われるゴブリンメイジが、魔法発動のタイミングを見計らって指示を出したのだ。
だとすれば、最初に魔法で子供たちの安全を確保してから…という方法は難しい。
フローラは次の方法を思案する。
撃って出れば当然子供たちの側を離れることになり、子供達が危険だ。
留まって守れば、剣の間合いに子供たちを巻き込まないように注意しなければならない。十分に剣を振れないのであれば、それは自分も危険に晒すことになる。
「お姉ちゃん…」
ミヒロがハッシュの背中の陰で、不安そうな声を出す。
「大丈夫よ、問題ない」
フローラは心配するなと答える。
この状況で子供たちを守るのは難しいが、もうすぐ
一人来てくれたら、子供たちを任せて撃って出る。ゴブリン達なら問題ない、一瞬で片付けて、それで終わり。
今はただ時間を稼げばいい、とフローラは結論を出した。
◆2 援軍
フローラは、息を整えて集中する。
「
同時に左右から、ゴブリンが2匹同時に飛び込んできた。
それを一瞬でいなした。右のゴブリンの両目を空中で切り裂き、返す刀で左のゴブリンの喉を細剣で貫いた。
反応速度だけ上げて、向かってきたものだけを打つ。
フローラは守りに徹することを選んだ。仲間が追い付くまでただ凌げばいい。そんなに時間はかからないはずだ。
その時、視線の先、森の奥に人影が浮かび上がった。
分厚い甲冑に身を包み、大きな盾を左手に携えた人間のシルエット。
フローラの見覚えのある背格好だ。
「ムスク!」
フローラは森から現れた男の名前を呼んだ。彼女の待ち望んだ仲間だ。
彼に子供たちを守ってもらえれば、彼女は後顧の憂いなくゴブリンたちに斬りかかることが出来る。
ゴブリンの数は多いが問題ない。一瞬で殲滅できる。彼女にはその自信があった。
しかし同時に違和感にも気が付いた。
ムスクの全身に力が入っていない。まるで人形の様だ。
向こうにいるのは本当にムスクなのか?
「!?」
答え合わせはすぐの事だった。
フローラの仲間、
姿を現したその場所から、一歩と足を進めることなく、ムスクはその場に前のめりに倒れこんだ。
「うわぁぁ!」「きゃぁぁ!」と子供達が悲鳴を上げる。
フローラも全身の毛穴が一気に開くような感覚に襲われたが、何とか声を出すのは抑え込んだ。
(生きてるの?死んでる?)
フローラはムスクの状態を遠目に確認した。
背中には、ばっくりと刀傷が開いていて、そこから大量の血が流れ出ていた。
仮に生きていたとしても、あの出血では長くは持たないだろうと思った。
ムスクは先行するフローラの後を追いかけることに必死になるあまり周囲の警戒を怠った。
木の陰に潜むものに気づかず通り過ぎたところを背後から切り付けられたのだ。
では切ったのは何者か?
油断していたとは言え、ムスクは名うての
倒れたムスクの陰から、また一つ影が現れた。
(ゴブリンウォーリアまで…)
現れたのは、ゴブリンウォーリアだった。
ゴブリンの上位種ホブゴブリンの中でも、特に大型で武装をしっかりしているものを指してそう呼んだ。
鉄製の兜と小手、上半身にはスケイルメール、腰にはナイフが数本見えた。手には幅広で大型の両手剣を持ち、装備はちぐはぐだが、見た目は人間の冒険者のそれである。
小手の隙間には干し草が挟まれていた。おそらくそれで自分の腕に合うサイズに調整しているのだ。
もともとゴブリン用に作られた装備なんてものはない。だからゴブリンウォーリアが身に着けているものは、そのどれもが人間の冒険者から奪ったものになる。
ゴブリンウォーリアは、倒れたムスクの傍に立つと、大型の両手剣を思いっきり振り上げた。
「見るなっ!」
フローラは子供達に言うのが精一杯だった。
振り上げられた両手剣はそのまま地面に倒れているムスクに振り下ろされた。
グチャリという鈍い音ともに、両手剣はムスクの背中に突き立ち、そこから血が噴水の様に噴き出していた。
目を背けたくなるような光景だが、フローラは決して目を背けなかった。
まっすぐとゴブリンウォーリアを睨みつけ、下唇を噛む。
ゴブリンウォーリアは、フローラの視線を感じ取ったのか一瞥する。
しかし、すぐに視線を外すと両手剣をムスクの背中に突き立てたままその場にしゃがみこんだ。
大盾が固定されているムスクの左腕に腰のナイフを突き立て、切り落とし、強引に奪い取った大盾を掲げてゴブリンウォーリアは咆哮した。
その様子をやんやと喝采する取り巻きのゴブリン。強いものに取り入ろうとする、その様は人間の様で不快感を感じざるを得ない。
咆哮が終わると、ゴブリンウォーリアはのそりと前へ踏み出した。
その背中に隠れるように、ゴブリンメイジが移動をする。
ゴブリンウォーリアが、ムスクの傍を離れると数匹のゴブリンがムスクへと群がった。兜、小手、腰鞄その装備を我先にとはぎ取っていく。
子供たちはまた大声を出して泣いていた。フローラが来てくれたときの希望は、恐怖で塗りつぶされた。
フローラは子供たちに声をかけることはしなかった。余裕もなかった。
もう一人の仲間、
子供たちを置いて切掛かる?無理だ、ゴブリンは子供達を狙ってる。
敵の一方を開いて子供達だけを逃がして自分は足止めする、子供達と一緒に撤退戦を行う…子供は複数人いる、走る速さも体力も違う一番遅い子に速度を合わせなければならない。
森の中での子供の足とゴブリン、どちらが早いかなど火を見るなら明らかだ。
この状況で自分と離れて、子供が向かう結末は死だけだ。
全員は無理でも一人ぐらいなら何とか守りながら逃げ切れるかもしれない。
そんな考えも頭をかすめたが必死に否定する。
状況は思った以上に絶望的だ。
S
その時、気配を感じた。
5時の方向、包囲網をつくるゴブリンがいるが、そのさらに奥。
森の奥、木々の陰からその気配はこっちに向かっているのがわかる。
仲間のシアではない、来るなら方向が違う。
ゴブリンの仲間でもないと思う。敵意と言うものがない。
別の冒険者だろうか、それにしては感じる魔力が小さい…いや、小さすぎる。
(誰だ?・・・いや何だ!?)
最も警戒すべきゴブリンウォーリアとゴブリンメイジは自分の真正面だ。
しかし、その違和感にフローラは思わず振り返らずにはいられなかった。
男がいた。
森の陰からゆらりゆらりと現れた。
汚らしい風貌に、
「えっ…?武士?リボンの?」
フローラは目をぱちくりとさせて、自分の目を疑った。
・・・続く
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