第2話 マヌケと魔法使い

『こんにちわ、リロアです。

 突然ですが、修羅場です!

時間がないとか、痴情のもつれだとか、そういったやつではなく、切った張ったのガチな奴です。

 男たちが向かい合ってまさに、まさに一瞬即発。

 原因はどうやら・・・私になるみたいで・・・どうしたもんかな、これ』


◆1 無精ひげの男

 木の根っこだと思っていた男はと立ち上がり、尻もちをつくリロアとそれを追いかけてきた三人組の男の間に、立ちはだかった。


「ちょっとこれ臭い!」

男に投げてかけられた外套を引きはがし、リロアは新鮮な森の空気を吸い込んだ。


「悪いでござるな。」


背中のリロアを一瞥することもなく、男は言った。短い言葉でもわかる、ひどい訛り方だ。

 尻もちをついた状態から、男の背中を見上げるリロア。

 背はそれほど高くない感じがする、女のリロアより少し高いくらいだろうか。

ただ男が背負ったものが、リロアが感じた武器だとするならば、それは彼の身長に見合っていないように感じた。


(長すぎると思うけど、やっぱりあれサムライソードだ!間違いない)


リロアがそう感じたのは、男の腰にもがあったからだ。

長さこそ背負ったそれよりも短いが緩やかに反り返り、余計な装飾がなく、いたってシンプルな形状と、どの国の意匠とも違うと柄と鍔。

見慣れないとも異端ともの雰囲気を持ったものを、男は腰に2本さらに差し込んでいた。

(サムライソードよね。文献とか物語の中でしか見たことなかったけど・・・)

リロアは過去に見た文献の記憶を引き出しながら、男の腰のものと背負ったものを見ていた。


「なんだてめぇは!?俺らはお前の後ろの女に用があるんだ!そこをどきやがれ」

考え事をしていたリロアの肩が思わず跳ね上がる、三人組の中で一番長身の男がわかりやすく声を荒げて、リロアの前に立つ男を威嚇した。

「用とは?穏やかな森にそんな光物を隠すこともしないで女を追い回す用とは、いささか物騒ではござらんか」

男は威嚇に対してさして意に介した様子もなく、淡々と答えた。

「あぁ?てめぇには関係ねぇだろうが!大人しく女を渡しやがれ!」

細身の男は声のトーンをさらに一段上げて喚く。

「確かに、眠りの邪魔されたただけの拙者には関係のないこと・・・さて」

男は背中のリロアを顧みた。


振り返った男は無精ひげを生やし、髪は荒れ放題でおそらく汚らしいと言ってしまえば事足りる容貌だった。

しかし、荒れ放題の前髪の奥から覗く鋭い眼光にリロアはハッとなり、すぐに首を横に数度振った。


「こちらはそちらに用はないと言っておるでござるよ。そちらがあるという用件を詳しくお聞かせ願えぬか」

男は三人組の方を改めて振り返り淡々と言う。


「っちょ、ちょっと助けてくれる話の流れじゃないの!?」

リロアは慌てて立ち上がると目の前の男の肩口をつかんで、3人組には聞こえない程度の小声で言った。


「話の流れというのはよくわからぬが、素性もなにも知らぬのに肩入れ出来るわけないでござろう。お主が何かしらの罪を犯し、向こうがその追手やもしれぬ」

「そう見える?」


 リロアと男は改めて三人組を見た。


 汚い言葉を並べて声を荒げながらも、両手でナイフを器用に回している細身で長身の男。その眼には残忍さを浮かべている。

 「ゲヒッ、ゲヒッ」と下卑た笑いを浮かべながら、半月刀の刃を忙しなく翻している猫背で小柄な男。

 その二人の男の後ろ、一歩引いて大盾を背負った男は、腕を組んで静観しているが、その顔はいかにも数多の戦場を潜り抜けてきたと言わんばかりの強面だ。


「確かに、山賊の類に見えぬでもないでござるが・・・見た目だけなら、拙者もそう変わらんではないかと思うのだが」

(確かに・・・)


 男の汚らしいを見て、リロアもそれは否定できないと思った。


「あっ、でも私の知ってる山賊って、そんなかわいらしいリボンなんてつけないから」


 リロアは男を引き留めようと、よくわからない山賊の定義づけをする。

 男の背負ったものにかわいらしく括り付けられたリボンは、ゆらゆらと風に揺れていた。

 それは男に似合わない色だが、それ以外は仕立ても丁寧で、施された模様も細かい。一見しただけでも、貴族が身に着けるような高級品だと感じた。

 ただボロボロの男と違って、そのリボンだけは卸したてのように奇麗だったことが余計にリロアの目を引いた。


「確かに、そんな山賊は拙者も知らないでござるが・・・」

男は肩口に置かれてたリロアをつかむと、強い力で自分の前へと引っ張りだした。

「・・・わっ」


 男の前に引っ張りだされて、思わずつんのめり声が漏れた。


「拙者とこの娘はいま会ったばかりで何の縁もござらんが、理由もわからず引き渡して、殺されるなどの憂き目にあっては拙者も気分が悪い。どうか追っている理由を聞かせてもらえんか」

「あぁ?!てめぇには関係ねぇ!って言ってるだろうが!いいからその娘をよこしやがれ!」

「行きすがりでおめぇも痛い思いしたくないだろ、大人しく渡せ。いや、俺は無理やりでも構わんのだぜ、ゲヒャ」


 男の改めての問いに、細身の男は脅しの言葉を口にして、小柄な男は挑発をした。


「やめろジャゴ!ジンバ!すこし黙ってろ」

その男二人を一喝したのは、後ろに控えていた大盾の男だ。

短い言葉の中にも、明らかに先の二人とは比べ物にならないほどの圧倒的な圧があった。


「ゴズの兄貴…」


 細身の男にゴズと呼ばれた大盾の男は、二人の前に進み出ると、リロアの手をつかむ男を見据えてると口を開いた。


「魔抜け野郎が…」


◆2 魔抜け

「なぁ、あんた大人しく渡してくれないか。別にあんたに悪いようにはしない。」

「拙者のことはいい。お主らに渡したとして、この娘はどうなる?」

「どうもしない、と言っても信じてくれないんだろ」

「無論でござる」


ここでゴズは大きく息を吐きだした。


「その娘はな、名の知れた魔法使いだ。紅天スカーレットスカイとか爆裂魔女エクスプロージョンソーサリーとか聞いたことあるだろう」

「いや、あいにく世相には疎くて、聞いたことがないでござる」

(あっ、ないんだ・・・そこそこ有名になったと思ってたんだけどな)


ゴズが言ったのは、確かにリロアがそう呼ばれている二つ名だ。実績と名声と噂によって二つ名を持つ人間は珍しくないが、簡単に得られるものでもない。


「知らないなら、それでいい。利用価値もわからないってことだからな」

「そう言っては、拙者がこの娘に固執するとは思わんか」


 リロアはその男の言葉に思わず掴まれていた手を振りほどいた。

手はあっさりと振りほどけ、リロアは男から一歩距離をとる。

 男は、そんなことを気に留めた様子もなく、ゴズを見据えたままだ。

 ゴズは両手を左右に開き、敵意がないと言わないばかりに大げさな身振りをしながら、男の背中と腰のモノに目をやる。


「なぁ、あんたそんなナリをしてるが冒険者だろ。しかも前衛職の剣士様だ。違うか?」

「さぁ、何のことかわからぬが、流れ者のことを冒険者というのであればそうでござろうな」

「少なくとも、魔法使いじゃない。そうだろ」

「・・・」


男は答えなかった


「言わなくてもわかるさ、あんたからは魔力を感じねぇ。あんた魔抜けマヌケだ、魔抜けマヌケに魔法は使えない」


魔抜けマヌケ・・・この世界において魔法を用いるための力『魔力』が極端に少ない人間のことを指して呼ぶ。

 冒険者として身を立てるにも、普段の生活をするにも魔法と密接にかかわるこの世界において、魔力が極端に乏しいということは、手足が使えないと変わらないくらいに不自由なことであり、これは侮蔑の意味を含んだ蔑称にあたる。


「なぁ、知ってるだろ。この世界じゃ魔法が使える人間が普通なんだ。魔法をうまく使える人間が偉いんだ。冒険者でも、軍隊でも魔法使い様が偉いんだ。どんだけ剣が旨くなったってこれは覆らねぇ。剣は努力さ、どれだけ剣を振ったかで強さが決まる。でも魔法は才能だ!生まれた時から言いも悪いも全部決まっちまってる!」


 ゴズはしゃべっているうちに、また沸々と怒りがわき始めている。


「魔法は才能なんて、そんな暴げっ」


 リロアは男の言葉を否定しようとするも、すぐに男はそれを遮った


「うるせぇ!お前みたいなやつに何がわかる。砲級カノンクラスってだけで、どこの国でも騎士待遇だろうが!それをこれ見よがしにフラフラしやがって!俺が、どっかいいところの仕官先を紹介してやるって言ってんだろうが!」

「余計なお世話、間に合ってますから!」

 リロアはゴズに対して、ベーっと舌を出さんばかりだ。

「とすれば、お主らはこの娘を捕らえて高く買ってくれるところへ出そうという算段でござるか」

「そうだよ。その女の力は高く売れる。あちこちで戦争の火種がくすぶってるこの御時世だ。人攫いだろうが砲級カノンクラスなら国だろうが聖教会だろうが気にしねぇよ!冒険じゃ、俺たちを散々こき使ってくれる魔法使い様だ、こんな時くらい少しは盾役俺たちの役にたってくれてもいいじゃねぇか」


 ゴズはそこまで言うとにやりと口もとをゆがめて、リロアを睨みつけた。

その視線を追って刀を背負った男は再びリロアに視線を落とした。


「とのことでござるが、お主はあやつらの気持ちを汲んでやろうという気持ちはないでござるか?」

「まっぴら、ごめんよ!」

「頑なでござるな、いいところ紹介してくれるというのであれば悪い話ではあるまい」

「本気でそう思ってる?」

「いいや」


 男は少し苦笑いをするかのように、リロアから視線を逸らした。

リロアはその男をまっすぐ見つめると


「私は、まだやらなきゃいけないことがあるの!」


 と小さな声で、しかし力強く言った。


「…そうでござるか」


 男はリロアの真剣な表情を脇目で一瞥すると一度目を閉じた。

その一瞬リロアは男が優しく笑ったように感じた。

気のせいかもしれないし、どういう意味かも分からないから、そのまま何も言わなかった。

 男は一度息を吸い込み一気に吐き出す


「主らには悪いが、拙者はこの娘に肩入れすることにしたでござる。ここは拙者の顔を立てて退いてはくれぬか!」


男の言葉に

「あぁ?」「はぁっ?」

と細身の男ジャゴと小柄の男ジンバが顔をゆがめて悪態をつく。

 ゴズは掌で目元を覆い隠すと上を向いて大きく息を吸い込み、その倍以上の時間をかけて吐き出した。


「あんた剣士だろ?魔法使いじゃないんだろ?だったら分かるだろ、前衛職俺たちがどれだけ後衛職そいつらにいいように使われてるか、使い捨てにされてきたか・・・」

「先にも言うたが拙者は世相に疎い、知らんでござるよそんなこと」

 男はそっけなく言い放った、

「あぁ、そうか。同じ魔法の才なく、前衛職無能者のレッテル貼られちまったもの同士、分かってくれると思ったんだがな」


 ゴズは一呼吸置く・・・ジャゴは2本のナイフを逆手に持ち構えた、ジンバは半月刀を肩に担ぐと身を屈めて跳躍の体勢をとった。


「ジャゴ、ジンバ、すまねぇな、お前たち止めてくれてたのにな」

「兄貴、謝ることじゃねぇ。俺らはあんたについてくだけだ」

「おれもやりたいようにやる、気にするな兄貴。ゲヒャ」

「あぁ…もういい、もうめんどくせぇ。…男は殺して魔法使いは連れて帰る。手足の一本でも落とせば大人しくなるだろう。大人しくならなかったら、耳を落とす。途中で死んでも構いやしねぇ、どうせ使だ!」


 掌を外したゴズの目には、明らかな敵意と殺意がにじみ出ていた。

そしてゴズは大口を開けて笑う。どこか狂気を含んでいた。


「ずいぶん恨まれてるでござるな。積年の恨みというやつでござるか」

「積年って・・・昨日今日初めてお会いした人たちなんですけどね。ほら私有名人みたいだから、知らない人から一方的な好意に迷惑することもあるの」


 口の中が乾いていた。リロアは必死に平静を装って軽口を返した。

 空気が張り詰める。戦闘になるのは避けられない。

 リロアは、魔法杖を構えて腰を落とし構える。


「もう一歩拙者の後ろに」


 男の言葉に、リロアは小さく頷くと一歩男の背中から距離をとった。

すり足気味に引いた足に大地がすれて、ズシャリと音が鳴る。その音と同時に男は、腰のモノに手をかけ引き抜いた。


背中越しのリロアも、向かい合う男たちも、静かな森の中に住まう生き物すべてが

に視線を注いでいるかのようだった。


(あぁ・・・なんて綺麗・・・)


戦闘前の緊張感のなか、思わずため息をつきそうになる。


視線の先にあるのは、サムライソード・・・美しくも吸い込まれるような刀身を晒した日本刀だった。


続く・・・

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