第4話 魔抜け《マヌケ》の剣

『あっ・・・どうも、リロアです。

すいません、ちょっと信じられないことが目の前で起きて呆けてしまいました。

ちゃんと躱したはずなのに、斬られ・・・てかそいつ、斬られたたことも気づいてなかったっていうか、なんて言うか。

ナイフ使ってた男の方も、目の前にいるのに全然気づいていないっていうか、意識が完全に男の方に向いてなくって、気が付いたらすでに刺されてたって感じで。

幻覚とか超スピードとかそんなんじゃないんだけど、うまく説明できなくって。

っていうか、この男何者なの?』


◆1 意識の外

 リロアはハッキリと見ていた。ジャゴと呼ばれていた細身の男が、目の前の男に胸を貫かれる瞬間を。


 ジンバと呼ばれた小柄の男を、リロアの目の前で横薙ぎに切りつける。ジンバは跳躍してそれを躱す・・・躱したはずだった。

 ゴズとジャゴは、誰もが一瞬ジンバの跳躍の先を目で追いかけた。

リロアは、目の前を刀がかすめた驚きで男から目が離せなかった。

目を離さなかったからリロアは見ていた。


 ただ歩いてジャゴの目の前まで間合いを詰める男の姿を。

奇妙だった、ただ奇妙だった。


『目の前まで歩いて行った』

文字にすればこれだけのことだ。

しかし条件を付ければ

・戦闘中

・投げナイフで間合いを取りたい男

・刀の間合いに詰めたい男

・不意打ちはあり得ない

簡単じゃない。

 本能的にそうするはず!をすっ飛ばされて違和感に頭が混乱しているかのようだ。



 ジャゴも仲間であるジンバが飛んだ姿を目の端でとらえていた。

 仲間が切り付けられたのだ、気の知れた仲間の無事を確認するのは本能的なことだろう。

 ジンバの飛ぶ方向、その姿勢。斬られる前に跳んでいたはず。ジャゴは自分の視覚と記憶をすり合わせる。


(ジンバは問題ない、斬られていない)


 刹那の判断だ。

 そしてジャゴが意識をジンバが跳んだ上から男のいる前に戻した時、男はまだ7歩先にいた。

 それは刀を使う男の間合いの外だった。

 しかし、ジャゴはそこから4歩、ただ歩いているだけの男に簡単に間合いを詰められてしまう。


 まるでそこに男がいなかったかの様に・・・いや、ジャゴは確かに7歩先のところから男の姿をその視界に捉えていた。

 例えば、ビデオカメラをジャゴに取り付け、その視覚をモニタで共有したら、10

人が10人モニタに映る男を指さして、「なんでこれが見えないの!?」とジャゴを馬鹿にするだろう。


 しかし、当のジャゴには刀を構えた男が見えていなかった。


 ただ認識できていなかったといった方がいいだろうか、ジャゴは男をそこらの茂み・路傍の草と同じにしか思えなかったのだ。

 毒草でもないただの草木を警戒して剣を構え続けるバカはいない。男はジャゴにとってそんな存在になっていた。


完全にジャゴの意識の外に男はいた。


「えっ!!?」

 そして、ジャゴは驚きの声を出す

(なんで、いきなり目の前に!?)

 続けて発せられるはずだったその言葉は、空気を震わせることなくジャゴの意識は闇に飲まれた。


 十分に間合いを保っていたはずの男がいきなり目の前に現れた。

ジャゴにとってはそうだった。しかし傍から見ていたリロアには


(えっ、なんであいつ気が付いてないの?)


 と、ジャゴの無警戒さにような光景だった。

 この戦闘状態の中で、口裏合わせてワザとやっているのかと思ってしまう程に、自分が見たものに違和感しかなかった。


 男が歩き、細身の男はなんら抵抗することなく胸を貫かれ、そのままドサリと地面に倒れた。

 それだけがリロアの目の前で起こった。


(えっ?やっつけた?・・・ころし・・・)


 リロアは背の高い男が、倒れる様を茫然と見ていた。

木こりに斧を入れられ、ゆっくりと倒れていく大木を見ていたような感じだった。

 大の男の意識が途切れて倒れる、と言うにはあまりに現実感なく、淡々と目の前で起こったことが理解できない。


 地面に突っ伏した男の周りが赤く染まっていくのを見たとき、死んだのかな?とだけポツリ思った。


 そして男が刀から振るい払った血が、座り込んだリロアの足先に赤い孤を描いたとき、ようやく彼女は


・・・あぁ、この男が殺したんだ。


 と、思った。


 これでも冒険者の端くれだ。

 目的のために色々やってきた。

 進んで人を殺したりはしていないが、こんな世界に身を置けば、人の生き死にを目の前にすることは、何度もあった。

 ただ、こんな気持ちは初めてのような気がする。


 何の感情もわかないことが怖いとも悲しいとも思わなかった。

 何も思わなかったことが、ただただ記憶に強く刻まれた気がした。

 絶対この場面は、この先何度も思い出すことになる。

 そう思った。

 ただ、大したことでもない気がした。

 奇妙な気持ちだとも思った。


◆2 魔抜けマヌケの剣


「って、てめぇ何をしやがった。ジャゴとジンバを・・・っこ、この!」


 あまりの感情の渦に、ゴズは言葉をうまく発せられない。

 ゴズの叫びに、離れかけていたリロアの意識は返り、ゆっくりと冷静さを取り戻していくのが分かった。

 現実味がない光景と理解が追い付かないものを見て、心が凍り付いたような思いをしていたが、敵の慌てる姿を見て、少しづつ頭は平静さを取り戻していく。


 ゴズは、自分の呼吸が早く荒くなっていることに気付いていた。

戦闘が始まってからほとんど動いていないくせに、わずかな時間しかたっていないはずなのに、汗が滝のように出ている。

 グショリとシャツに汗がにじんで、そこに触れる甲冑の留め具の冷たさが気になって仕方がない。

 半歩下がる、何かを踏んだ。


(花だ、キリクトの花)


 ゴズは足元から感じる、感触でそう思った。踏んだ花の名前がわかる。そんな器用な真似が出来るわけも、スキルがあるわけでもないが、キリクトの花で間違いない。

そう確信があった。

 丈夫で強い花だが、ある程度環境を選らんで生える上に花が開く期間も短いため、あまり見かけることがない。

 しかし回復薬ポーションの材料として重宝されるので、定期的に収集の依頼が冒険者組合ギルドに舞い込み以外と割のいい報酬を得られる。

 ゴズにとって、次の街に向かう荷運び仕事キャリークエストのついでだと冒険者組合ギルドから一緒に受けた収集仕事ギャザークエストの対象物。


(っち、お前は、今じゃなくていいんだ)


 モノ言わぬ花にまで心の中で悪態をついたとき、ゴズはハッとなった。


(なんでキリクトの花だって分かった!?俺は別に花を愛でる趣味はない。例え裸足で踏んだって、俺はそれが何の花かなんてわからねぇ。例えば今そんなスキルに目覚めたか、そんな馬鹿な・・・そもそも・・・


 ・・・なんでそんなことを気にしてる!?ジャゴとジンバを簡単にやっちまうようなヤツを前にして!!)


 足元の花、冷たさを感じる防具の金具、額を流れる汗、傍らのジンバの上半身に、目の端にはジャゴだったものの姿。

 自分の視覚が広がったかのように、周りの状況が認識できる。極端に自分の感覚が研ぎ澄まされているかのようだ。

 逆に周りの状況がはっきりしていく中で、男にだけ意識が集中できない。

一番意識を逸らしてはいけない敵に気持ちが向かない。

 敵意と殺意はボコボコとあふれてくるのに、ぶつけるべき相手がおらず、あたり一面にとにかく八つ当たりしているかの様な感覚だ。


「ふざけんな!てめぇは、魔抜けマヌケだろうが!何しやがった?魔法はおろか武技スキルだってロクに使えねぇ魔抜けマヌケだろうが!魔力をこれっぽっちも感じねぇ魔抜けマヌケ野郎に・・・ジャゴとゴズがやられるはずがねぇ!そのサムライソードはやっぱり魔剣か?自分の魔力を隠すアイテムでも持ってやがったのか!?この卑怯者が!」


 魔抜けは相手を卑下する蔑称だ。それを何度も繰り返し、ゴズは男を罵った。

さらには子分を葬った男の強さは、男自身のモノではなく、その武器と何か得体のしれないアイテムのためだと決めつける。

 三人がかりで掛かっておきながら、卑怯者とはよく言えたものである。

「知らぬと言ったはずでござる」

 男はゴズの罵詈に、一言で返す。


 リロアは、ゴズの言葉が気になり一つ簡単な魔法を使った。


(私の知る魔抜けマヌケとは、なんか感じが違うんだよね・・・『魔力検針』)

〇魔力検針・・・対象の魔力量を視覚化する。対象は人・物を選ばない。技術的には生活魔法に近い初歩的なものだが、魔力が多いか少ないかがわかる程度と得られる情報は少ない。


 リロアの視界が一段暗くなり、その中でゴズの体の周りがボウっと白く光り始めた。

白い光は大きくも強くもない。正直一般人レベルに少し毛が生えた程度だ。

 盾崩れに身を窶して、魔法使いに恨み事言ってたのも劣等感から来ていたのだろう。


 男の方は・・・光っていなかった。


男の体も、妖し気に揺らめくようだったその武器も、一切の光を携えていない。

(あれ?)

リロアは改めて、男に意識を集中した。

 魔力の流れを操って、テレビのチャンネルを変えるように男の魔力を探った。

しかし、男の周囲が明るくなることはなかった。

 (おかしい)

 刀が光らなかったのは、魔剣とかじゃなかったから、ただ単に魔力を宿していない普通の武器だったということ。それで説明が付く。

(絶対におかしい)

男に魔力はない、まったくのゼロ。


 この世界では生きとし生けるものすべてが、少なからずの魔力を有している。

どんなに魔力が少ない人間でも、言葉を発しない動物でも虫でも、人間に仇なす魔物だろうと。少なからずの魔力は有している。

 例えそれが、魔抜けマヌケと呼ばれ侮蔑されるような存在でもだ。


『魔力、それは生命の力に他ならない。

生まれた時に灯り、感情とともに揺れて、死を迎えるときにその灯を終える。

魔力は心で、自分だけの色を持つ。彩度は変ろうと、終生その色が他人に影響されることはない。

魔力がないのはそれこそ死人か、そもそも存在しないいないかだ』


 魔力について書かれた入門書の書き出しを思い出した。

(魔力がないなら、いないってこと・・・?あのノッポが気づいてなかったのも、いるとは思ってなかったから?・・・あり得ない)


 一瞬、理論づけ出来そうな気がしたが、そもそもがあり得ない話だと頭の中の仮設を投げ捨てた。

 しかし、目の前にはそのあり得ない状況が広がっている。


 リロアはごくりと喉をならした。


 魔法が至上のこの世界で、魔法使いではないと馬鹿にされている前衛職の戦いで、なにか凄いものを見ているのではないのだろうか、そう思った。


・・・続く

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