第19話 魔力検査装置

『よぉ!冒険者Aだぜ!Aだけど、冒険者ランクはDだ!まぁ、まだまだひよっこってところだけど、なんとか頑張ってるぜ!

 ってことで、今日もいい仕事クエストがないかと冒険者組合ギルドに顔を出してたんだけどな。そしたら、あのユッカが新人受付やるってんだから、ちょっとした騒ぎになったわけよ。

 ユッカっていや、かわいくて愛嬌もあってカミリア冒険者組合ギルドの中でも特に人気のあり職員だ。

 冒険者の中にもお近づきになりたい奴らは多くいる。

 お近づきになりたければ、冒初回登録時に受付業務を担当してもらうのも手だ。

 新人受付をすれば、そのまましばらくはその受付した職員が担当についてくれるんだから、初回登録の時限定だけど悪くない手段だろ。

 実際過去には一回登録を解除してまで、ユッカに再登録してもらおうとしたやつだっていたくらいだ。

 とはいえ、ユッカはここしばらく新人受付の業務をやっていなかった。担当を抱えすぎているってのが表向きの言い方だが、幸運の受付嬢ラッキーレセプショニストなんて呼ばれるようになってから明らかに新規受付をやることは少なくなった。

 それが、いつ以来ぶりかユッカ自ら新人受付をするって言ったもんだから、俺らみたいな冒険者組合ギルドに入り浸りで、ユッカを癒しにしているような連中がザワついてるって訳よ。

 相手は変わった出で立ちした剣士ソードマンのようだけど、この世界で剣じゃ大成しねぇのが常識、趣味で冒険者やる分には構いやしないが、パーティ組むってなら俺ならごめんだぜ。

 まぁ、あいつの魔力審査の結果次第なら考えてやらんこともないんだが…あいつどう見ても…魔抜けマヌケだよな』


◆1 魔力なしと言うこと

 ざわつくギルドの中で、変わった出で立ちの男が、受付の前で立ち往生していた。変わった出で立ちの男『夜雲』はギルドの受付嬢であるユッカに、冒険者登録のためこの球体に触って魔力を込めろと言われていたのだが…


「いや、拙者は魔法とやらの心得がない。その…魔力を込めろと言われてもどのようにすればよいのか皆目見当もつかん」


 らしくもなく言い訳じみたことを言う。

 魔力の込め方が分からないというのも事実だが、この目の前の(夜雲からすれば)怪しげな装置、ほんのりと光ってなにやら「ゴゥンゴゥン」と唸るような音も聞こえている。

 手を置いた瞬間に何かこの得体のしれないモノに、命を吸い取られてしまいそうで、夜雲は躊躇っていた。


「部屋の明かりをつけたりとか、料理をするために料理代に火をともしたりするじゃないですか、あれと同じです。難しく考えないでください」

「…むぅ」


 ユッカが諭してもなお、躊躇う夜雲にしびれを切らしたのか、周りを囲う冒険者の男が野次を入れた。


「もしかして、魔法照明マジックライト魔法焜炉マジックコンロも使ったことがないのか。いまどきどこの田舎モンだよ!ワハハハっ」


 煽るように、わざと聞こえるように大声で笑って見せた。その隣にいた取り巻きも一緒になって大声をあげて笑った。


「ちょっと!」


 夜雲に対するあまりに挑発的な言い草にリロアは文句の一つも言うべく、男達を睨みつけた。

 しかし、次の言葉を発する前に夜雲がリロアを制止する。


「リロア殿!彼らの言う通りでござる。拙者はそのようなものを使ったことがない」


 その言い方はあくまで静かで、「その通りなんだから、いいじゃないか」と、彼らの言葉を受け入れた上で気にしていない。と言わんばかりだった。

 そういわれてしまっては、リロアも引くしかなく。笑っていた男たちも押し黙るしかない。


「…っち!」


 ただ最初に野次を飛ばした男だけが、面白くなさそうに悪態をついていた。

 夜雲はそんな態度を気に留める様子もなく、再びユッカと件の装置の方へに向き直った。


「一応、ギルド内でのイザコザはご法度ですからね。やるなら外か裏手の決闘場でどうぞ。決闘場をお使いになるなら事前に申請してくださいね」

「物々しいことをよくそんな笑顔で言えるものでござる」

「いえいえ。さすがに剣が抜かれたらでしたけど…」


 仰々しいことを言いながらも、ユッカの顔には笑顔が張り付いていた。さすがの受付嬢というところだろうか。

 するとユッカはカウンターから身を乗り出して、夜雲に耳打ちをするかのように少し小さな声で囁いた。


「あの挑発に対して見事な流しっぷり、余裕あるなぁって思いました。きっとお強いんだろうなぁ、とも」

「言われたことが、事実だったまでの事でござる」

「ふふぅん。そういう言い方をするところに、懐の深さを感じちゃいますね。冒険者の皆さんは血気に逸る方が多くって。私の見る目に間違いがなかったと自信が持てそうです」


 ユッカの笑顔は値踏みするような顔もちらりとのぞかせた。


「それ以前に、このをどうにか出来ないことには、自信もなにもないのではないのか」

「それもそうですね」


 ユッカは、カウンターから乗り出していた上半身を元通り戻す。スカートの裾をパンパンとわざとらしく2回叩き、頭の被り物を両手で直した。それによってスイッチを切り替えたかのように、また営業然とした笑顔で受付カウンターに立った。


「難しく考えないでください。集中して、手をのせていただければいいんです。この球に力を込めるように、自分の熱を移すようにイメージして。敵と向き合ってるときあなたはその剣を握り、敵を倒すために意識を集中する…そんな感じです」

「剣を握る…」

「心配しないでください。この装置は最近更改したばかりの最新式ですから。どんな魔抜け…えっと…どんなに魔力が少ない方でもそれを検知してくれます」


 魔抜けという言葉を慌てて言い換えるユッカ。その言葉は蔑称であり、いい言葉ではない。

 すぐに言い換えたが、ユッカは申し訳なさそうに少し下を向いてしまった。

 どこか抜けていそうで、小悪魔的な表情も見せて、色々な顔を見せるユッカだが、根っこの部分は真面目なのだろう。

 そんな彼女と自分の掌を交互に見比べて、夜雲は一つ決心した。


「分かった、やるでござる。もう手を置いてもいいのか?」


 夜雲の言葉にうつむいていたユッカの顔が上がりパッと輝いた。


「はい!いつでもどうぞ」


 夜雲は一つ深呼吸をして球体に手を置いた。手は球体の光を遮り、照らされた夜雲の顔を光の波が揺れている。

 しかしそれは一瞬のことで、球体から放たれていた光はすぐに小さくしぼんでいくように消えていった。


「そのまま、手を離さないでくださいね。すぐにまた光始めますから」


 ユッカが、球体と配線された手元の端末に視線を落としながら言う。どうやら、一度光が消えてしまうのは、正常な反応の様だ。


・・・

・・・・・・

・・・・・・・・・・


 しかし、球体は光を失ったままだ。ユッカの言うように、また光始める様子がない。


「あれ?」


 ユッカがおかしいなと首をかしげる。


「ちょっと一度手を放してもらってもいいですか?」


言われたとおりに夜雲が手を離すと、球体はまた最初と同じように光を放ち始めた。


「ん~…?」


 ユッカは、首をかしげながら自分の手を球体に置いた。

 球体はまたしぼむように光を失ったが、すぐに光を放ち始めた。ただ今度は最初の白い光ではない、緑色の光を放っている。


「ちゃんと、動くよね」


 独り言のようにユッカが、つぶやく。


「すいません、もう一回手を置いて貰ってもいいですか」


 夜雲がもう一度手を置く、同じように光は一度消えるが、しばらく待っても再び輝きだす様子がない。

 夜雲が手を離すと、元の様に白く光る。

 何度もその装置が使ってきたギルド職員なら、何となく変わった出で立ちの彼が触っているときにだけ異常な動作をしていると、感覚的に分かるのだが、その原因が説明できない。

 装置が完璧に動作していることを先に証明しないまま、まさか尊厳ある人間に対して「あなたおかしいです!」とは言えないものだ。


「う~ん、これが反応しないと冒険者登録も出来ないんだけど」

 

 以前はこの…いわゆる魔力検査装置なしでも登録をしていたが、装置導入以後は高度にシステム化されて、装置を通さずに冒険者登録をすることはほぼ不可能である。

 また、ギルドカードの偽造などを防ぐ防犯上の面でも、装置を通さないでの冒険者登録は法規的にも禁止されている国や地域がほとんどだ。

 ということで、現時点で夜雲へ冒険者組合ギルドへの登録とギルドカードの発行は絶望的な状況といっても過言ではない。


 頭を抱えるユッカの様子にカウンターの奥から出てきた別の職員がユッカの手元の端末をのぞき込んだ後、同じように球体に手を置く。

 球体はまた一瞬光を失い、今度は茶色の光をと灯し始めた。


「正常ですよね?」


 ユッカの言葉に、様子を見に来た職員はうなずく。今度はその職員が、装置に多少詳しそうなまた別の職員に手を挙げて応援を求めた。

 装置の周りには、あっという間に複数の職員があふれかえった。


「リロアさん!ちょっと試してもらってもいいですか?」


 応援に来た職員の波にもまれつつ、ユッカは大きく手を挙げてリロアを手招きをし、同じように手を置いてもらうように促した。


「んっ」


 リロアはめんどくさいなぁと言わんばかりに少しけだるそうに球体に手を置く。

球体は一度消えたあと見事な赤色に輝き始めた。先の二人に比べて色が濃く鮮やかに感じる。

 ただ赤く輝くだけではない、その色は炎のように揺らめき、赤以外の緑っぽい光も見え隠れする。

 冒険者の輪の中から「おぉ…」との声も漏れ聞こえた。


「大きい魔力の人にもちゃんと反応するし…ほんとなんだろ」


 慌ただしくカウンター内でマニュアルを開いたり、装置を下からのぞき込もうと巣職員など、慌ただしくなるカウンターのの様子に、何やらアクシデントが起こっていることは明らかだった。

 その様子に再びざわつき始める冒険者たち。


 装置が反応しないということは、魔力がないということである。

 魔力がないということは、生きていないということである。

 生きていないということは、死んでいるということである。

 死んでいるということは、動かないということである。

 死んでいるのに、動いているということは、不死者アンデッドの類ではないか!?


 短絡思考で気の早い冒険者の中には、そう考えてにわかに殺気立つものもいた。

 しかし、男の様子は屍食鬼グール骸骨騎士ボーンナイト彷徨う魂レイスといった感じではない。

 ともなれば、吸血鬼ヴァンパイア?いや、今の時間に出歩いてるともなれば、陽の光すら克服した不死王ノーライフキング

 もし仮に本当に不死王ノーライフキングならば、ここにいる冒険者たちだけではとても対処が出来ない。

 冒険者たちのざわつきは、殺気めいて妙な緊張感を孕んでいた。


「ねぇ、コジロー。集中しないで良いから、そのまんま手をのせてみて」


 緊張感を割いて言葉を放ったのは、リロアだった。

(どうせ、彼の事魔力なしだから、アンデッドじゃないかって疑ってるんだろうな)と場の空気から察し、呆れとため息交じりに言った提案っだった。


「こうでござるか?」


 リロアの言葉に素直に従い、三度球体に手を置く。

 球体はまたその光を失い、そして…。


「あっ、これ!」


 ユッカが端末に目を落としながら、声を上げる。

 場の緊張が一段と張りつめた!


・・・続く



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