第25話 冒険者ランクと魔法収納・後編

『お世話になってます、ユッカです。

 冒険者ランクについてレーナ先輩が色々と説明していましたが、もう少し私からもお話ししますね。

 オホン!

 冒険者ランクは、冒険者にとってのステータスであり実力の見える化。言い方は悪いかもしれませんが商品価値を表しています。

 にAランクを最高位として、Bランク、Cランクと続いてFランクまであります。

 Aランク迄到達できる冒険者は多くありませんが、上り詰めた人達のその実力はまさしく折り紙付きです。困難な依頼クエストも達成できる能力を有するとして、組合ギルドとしても、しっかり保護したい人たちです。ちなみにフローラさんがこのランクとなりますね。

 当然困難な依頼を達成できる実力を持つ人たちなので、指名での依頼も多く舞い込みます。しかし当然指名での依頼をする場合は、その実力と依頼が集中する故に、高額な追加料金が必要となってしまうわけですね。

 特に冒険者を指名しないのであれば、あちらの掲示板クエストボードから依頼クエストを受けけてもらえる冒険者を募ることになります。この時、Aランクの人が受けてくれるならラッキーってことですね。

 まぁこのあたりの依頼料の決め方と、冒険者への支払い金額とかは全部説明してると日が暮れてしまうのでここじゃ説明しないですけど、冒険者ランクや依頼内容、依頼の方法なんかにより動くお金って色々細かく決まっているんです。

 だからこそ、組合ギルドでの事務作業や書類は細かいんですよね。冒険者の方々からはもちろん不評なんですが、過去にここら辺のトラブルが多かったのでしょうがない部分でもあるんです。

 だから、大きい旅団クランには冒険者の負担を軽減するために、報告書の作成や回収物の仕分けといった事務処理を専門に行う事務員さんがいたりするんです。

 街には流しの事務員さんもいたりしますが、手数料の金額を吹っ掛けたり、報酬をちょろまかしたりと、あまりいい噂を聞かないことが多いですが、それでもいなくならないということは、それでもお願いしたい人が要るんでしょうね。

 話がそれてしまいましたが、冒険者ランクについてはややこしい部分もあるので、また説明させてもらいますね。』


◆1 魔法収納マジックボックス魔法鞄マジックバック

「しかし、余分な路銀を持ち歩かなくてもいいのであるなら、それはありがたい仕組みでござる。しかしリロア殿のあれ、何と言ったでござろう、魔法収納マゼックバックスでござったか、それを使えば大金とて持ち運びが出来るのではないか?」


 夜雲が何気なく、リロアの扱う魔法収納マジックボックスについて話した時

レーナ、フローラ、ユッカ。三人がギョッとして驚きの表情を見せて周囲の空気が氷ついた。


 リロアは一つ書類にサインを書き終えると、ペンを置いて夜雲に向き直った。

そして一つ呼吸をおいて話し始めた。


魔法収納マジックボックスは、入れられる容量が限られてるから、お金を入れてる余裕はないの。それに、そもそも貨幣を魔法収容マジックボックスとか、同じ効果を持った魔具マジックアイテムである魔法鞄マジックバックに入れることは、法律で禁止されていて、国によっては即斬首されてもおかしくない重罪なんだよ」

「そうでござったか、どちらも持ち合わせていない拙者には縁のない話のようでござるが。斬首もあるのであれば覚えておかなければならんでござるな」


 魔法収納マジックボックスは、魔法と名前がついているがその実態は魔術に近い。使用するために方法化されておらず、使用者は特に限られる。使用者だけが扱う特殊能力ギフトと言っても過言ではない。

 大して、魔法鞄マジックバックは、並みの魔力があれば誰でも使える魔具マジックアイテムだ。使われているのは古代上位魔術ハイエンシェントマジケであり、現代の技術では再現不可能だが、ダンジョンなどからそれなりに見つかることも多く、かなりの高額ではあるがオークションにかけられることも多い。

 どちらも別空間のスペースを使った収納方法だが、「本人しか取り出しが出来ない」と「持ち主以外も取り出しが出来る」というところで大きな違いがある。


 しかし夜雲は、あまり理解できていないといった感じに、ポリポリと顎を指で搔きながら言った。


「でもなんで、お金は魔法収納マジックボックス魔法鞄マジックバックとかに入れたら行けないんですか?法律で縛っているからダメなのは当然なんですが、なぜダメになったのか。しかも、量刑もめちゃくちゃ重いですよね」


 ユッカがぽややんと答えた。してはいけないことは知っているが、なぜダメなのかはわからないようだった。

 レーナが一つため息をついてのんきな後輩にこの場で指導を始める。


魔法収納マジックボックスの出し入れは、その術者本人しか出来ないし、魔法鞄マジックバッグは、その中身を別の魔法鞄マジックバックと共有することが出来ない」

「ですね」

「じゃぁ、その魔法収納マジックボックスの術者が冒険で命を落としてしまったら?魔法鞄マジックバックが壊れてしまったら?」

「そりゃ、中の物が取り出せなく・・・あっ」


 いいかけてユッカも気が付いたようだ。


魔法収納マジックボックスの中に収められていたものは、術者の死亡で中身の取り出しが出来なくなってしまう。仮に貨幣を魔法収納マジックボックスの中に大量にため込んだが人間が亡くなったとして、貨幣は二度と取り出せず、永遠に失われてしまいます。貨幣は有限です。偽造を防ぐためにその材料にも、希少性の高い素材が使われていたりします。国はその総量を細かく管理し調整をすることで、市場の価格をある程度コントロール出来ているのです。世知辛いかもしれませんが、良くも悪くも世界はこのお金というシステムを中心に回っています。そのシステムの一端を担うギルドの職員として、もう少し勉強しておいてくださいね、ユッカさん」

「は~い、その内頑張ります」


 レーナはユッカの気の無い返事に深いため息をつきながらも、客人の手前もある、それ以上言葉をつなげることをしなかった。


「路銀を入れられず、場合によっては取出しが出来なくなってしまうのであれば、入れられるものは随分限られるように思うでござるが」

「大体の場合は食料や水といった消耗品が多いです。魔法収納マジックボックス魔法鞄マジックバックの中は、時間が止まっていると言われていますから、依頼対象物の生肉などを携帯するのに重宝されます」


 夜雲の疑問には、フローラが答えた。


「小さな容量のものでもかなり値段は張りますが、やはり便利なので私も手に入れました。ナイフや槍などの予備武器サブなんかも入れておければ、状況による使い分けや、いざというときにも心強いですし。武器一つでは万が一がないとも言い切れませんから」


 そういって、フローラはポンポンと腰の鞄を叩いて見せた。


「長柄の得物も入れて置けるのであれば、備えとして十分でござるな」

「小次郎さんも魔法鞄マジックバックを手に入れて、お持ちの武器を入れておくのはどうですか。サムライソード三本、全部一緒に使うことなんてないでしょう」


 ユッカがこれは名案だと言わんばかりに、ポンと手を叩いて提案する。

夜雲は自分の脇に立てかけてある自分の得物に一度目を落としてから、かぶりを振る


「いや、それも魔具マゼックアイタムというのであれば、拙者には分不相応の物でござろう。それに刀は、収まるべき場所に収まっているものでござる」

「それは、小次郎さんの腰にと言うことですか?」

「・・・今は、そうでござるな」

「なんか、剣士さんのこだわりみたいなものを感じますね」


 相変わらずどこか緩いユッカの言葉の横で、一人フローラだけが「うんうん」とうなづいていた。


◆2 もしも収納魔法が・・・

 ふと夜雲がつぶやく


魔法鞄マゼクバクとやらに、己の得物は入れても良いのでござろう。中にはそのまま失われた業物など価値あるものがあったのではござらんか」


 当然の疑問だと、レーナは頷いた。


「おっしゃる通りです。貴重な武具やアイテム、それこそドラゴンの牙から打出した剣のように記録に残るような武器も、魔法鞄マジックバックや術者の死亡によって魔法収納マジックボックスごと消失したとされるモノは無数にあるとされています」

「備えるにしてもせっかくの業物を使いもせず・・・なぜそのようなことが起こるのか。それこそ宝の持ち腐れでござろう」

「備えてるからなんです。お宝だからなんです」


 レーナの言葉が一段強くなった。


「未踏のダンジョン、未開の地。まだ見ぬ場所を進むのであれば、まだ見ぬ魔物との遭遇に備えなければなりません。魔法使い偏重の現在の一団パーティ事情において、その火力を担う魔法使いにはより効率的な魔法の選択が求められます。炎の魔力をより大きく伝えられる杖、水の魔力を打ち消す杖、まだ見ぬ敵に効率的なモノはどちらか、分からないから両方持っていく。2本の杖は一度に持てないから、一本を魔法鞄マジックバックへ入れておく。冒険者として、生きて帰ってくるための当然の選択なのです。」

「魔法の事はよくわからぬが、槍には弓、弓には盾、両方持っていって対応したいということでござろうか」

「そんな感じです。そして宝というのは文字通り、貴重な武具は時に本来の役割に留まらない価値を持ちます。剣士じゃなくても名工の打った剣であれば手元に置きたいといった人達はいつの時代もいるものです。ただ、国の宝物庫のような頑健な建物に信頼のおける守り人と、防備に予算と人員が割けるような財力があるならまだしもですが、そう簡単に個人で準備出来るモノではありません。家に置いていては、空き巣に合い、そのように目立つものを身に着けていては、時に追剥に合うリスクもあるでしょう」

「物騒な話でござる。しかしこの街はそこまで治安が悪い場所とも思えぬが・・・」


 レーナは。首を振る。


「ありがとうございます。でも、手に入れたいと思う人間の欲望は決してゼロにはなりません。だからこそ、魔法鞄マジックバックに入れるんです。四六時中肌身離さず自分の宝物を持ち歩くために」

「たしかに、ずっと持ち歩けるなら空き巣の心配もないでござるな」

「ええ、だからこと魔法鞄マジックバックは冒険者以外でも垂涎の魔具マジックアイテム。だからこそ非常に高値で取引されるのです。ですので、魔法収納マジックボックスを使える人は、自信の安全のためにもそれを口外せず、ひた隠しにする人がほとんどです」

魔法収納マジックボックス持ちの奴隷が競売オークションに出た時は、必ず目玉商品ですからね」

「ユッカさん!」


 ユッカの言葉をレーナが強く制した。

 そして、全員の視線がリロアに集まった。


「ん、私のは気にしないで。さっき言った通り容量あまり大きくないし。ここにいる皆ならくらいならいいよ、知られてても。でもあまり他に言わないでね」


 リロアは、書類に目を落としたままこちらを目を上げるでもなく淡々と答えた。

 先に夜雲が何気なくリロアの持つ魔法収納マジックボックスの事を口にした時、場が凍り付いたのはそういった事情があったのだ。


「すまなかったでござる」


 夜雲は、そういった事情を知らないこととは言え口を滑らせてしまったことを詫びた。


「小次郎には、秘密ってこと言ってなかったし。そういう所までは説明しきれないもん、しょうがないよ。」


 リロアが応える、別に夜雲を責めるつもりはない。夜雲に知られても特に説明していなかったのは自分だ。


「ごめんなさい」


 ユッカも先の自分の発言を詫びた。意図はしてなくともリロアの尊厳を踏みにじる発言だった。


「ユッカもいいって。周りに言いふらしたりしなければ。それより書類の確認してもらっていいかな。必要なところは書いたはずだけど。」

「えっ、ええ。確認しますね」


 ユッカは机の上に広げられた書類をまとめると一枚一枚めくって目を通し始める。

 リロアは、両手を上に上げて大きく伸びをすると「ゔ~っ」っと声を漏らした。結構な時間、書類に目を通してサインを記載していくために前かがみになっていたのだ。年頃の乙女らしからぬ声の一つも漏れるというものだ。


「しかし、いうなれば持ち運べる宝物庫でござるか。考えれば有用なことこの上ないでござるが」


 夜雲は、口元に手を当てて何やら思案しているようだ。


魔法鞄マジックバック魔法収納マジックボックスは、他と共有できないという唯一性を持っていますからね。モノを秘匿、盗難の対策としてはこの上ないんです」

「どういうことでござるか?」


レーナの言葉に夜雲が聞き返すと、それにはフローラが答えた。


「私の魔法鞄マジックバックに手を入れても、リロアさんの魔法収納マジックボックスの中のものは取り出せないと言うことですよ。」

「結局は袋にいれられる量が増えてるだけってはなしでござるか。重さを感じないのは便利なものでござるが。しかしなぜ出来ないのでござるか、お主らの魔法というものであれば普通に出来るものと考えておったのだが」


 夜雲の言葉に、レーナとフローラは思わず吹き出しそうになった。


「いや、何故って・・・そういうものだとしか」


 レーナも言葉につまる。

 魔法鞄マジックバックは、古代上位魔術ハイエンシェントマジケの産物なのだ。その仕組みの説明を求められても、一回の組合ギルド職員には荷が重い。


「この札があれば別の街でも、拙者の金が受け取れるのであろう。それと同じことではないのか」


 夜雲は渡されたばかりの、自分のギルドカードを指しながら言った。レーナが手を振って否定する。


「いえ、仕組みからして全く違うものです。ギルドカードで別の街の窓口から引き出しが出来るのは、ギルドカードそのものが信用の積み重ねで信頼出来るの鍵になるからです」

「すまぬ、拙者にはその物言いではよくわからないでござる」


 するとレーナはペンと手元にあった書類を一枚を手に取った。先の手続きの時に失敗したため、あとで廃棄するつもりのものだ。

 その書類を裏返し、何も書かれていない紙面に「金貨10枚」と書いた。


「金貨10枚と書きました。仮に私が小次郎さんからお預かりした金額です。金貨10枚だけでは何の事かわからないので、”預け金”と書き足してお渡ししますね」

「ふむ、拙者は文字が読めぬが、それを預けた金の証にするということでござるな」

「当然、ただの紙切れですので小次郎さんがこの紙をもって街に出ても、何の買い物も出来ません。この紙に金貨10枚と同等の価値があるのは私と小次郎さんの間だけのことになります」

「そうなるでござるな」

「それは、私と小次郎さんが互いに信頼しているから成り立つわけですね。小次郎さんが信じられない人間に大切なお金を預けたくないと考えるように、私も小次郎さんの信頼を裏切りたくないので、使い込んだり赤の他人に返すなんてことはしません」

「当然でござる」


 小次郎は頷く。言葉にして説明されるのは初めてだったが、当たり前にやってきていたことなので、何のひっかかりもなくストンと落ちてくる。


「では小次郎さんが、その紙をユッカさんに渡して、預けていたお金を返してほしいと言えばえばどうなりますか?」

「今の話であれば、ユッカ殿からでもお返しいただけるのであろう」


 しかし、ユッカは首を横に振った。

そして小次郎から紙切れを受け取って書かれた”預り金 金貨10枚”に目を落とした。


「とてもじゃないですが無理ですよ。これじゃ金貨10枚なんて結構な大金お渡し出来ないです。実際私が金貨10枚を預かったわけでもないですし。サインも何もないですから、レーナ先輩に預けたって話も眉唾です」

「まぁ、そうでござろうな」


 ユッカから紙切れを返してもらい、小次郎もまたもう一度書かれている文字に目を落とす。

 彼は文字が読めないが、書かれている文字の良からしてほんの2・3の単語しかないのだろうとは感じる。とてもじゃないが、いつどこで誰が誰にといったことすら書いてあるとは思えない。


「では・・・」


 レーナはまた小次郎から紙切れを受け取ると、そこにまた色々と書き込み始めた。


組合ギルドの書式を使って・・・とはいっても、今回は真似事ですから書き方だけ真似て・・・まず日付を入れましょう、それから小次郎さんのお名前、もちろん私のサインを入れますね。それから私の勤めるカミリア冒険者組合ギルドの印もついて・・・と言うわけにはいかないので」


 というと、レーナはペンで簡単な図形のようなものを描いた。今回の場で何度か目にしたが、おそらくカミリア冒険者組合ギルドの印なりを模しているのだろう。


「で、あとは決まりにしたがい、私のサインにも魔力に込めておきましょう」


 そういってレーナは、自分のサインが入った場所を人差し指で軽くなぞった。


「ではこれで、さっきと同じようにユッカさんに渡してみてください」


 夜雲はレーナから紙切れを返されると言われるがまま、ユッカにそのまま手渡した。


「うん、これなら大丈夫ですよ。必要なことは記載されていますから、信頼に値すると考えます。ここに小次郎さんから預かったお金はないですけど、金貨10枚お渡ししますね。あとで私はレーナ先輩にこの紙渡して受け取りに来たと事と伝えて、金貨10枚受け取りますから」


 そういってユッカもまた、紙切れにサインをしてそれを人差し指でなぞる魔力込めの真似事をした。


「ふむ、なるほど別の間所で引き出せるというのはそういう仕組みでござったか」

「ええ、そういった手続きの簡略化や信頼を担保するものが、ギルドカードと言うわけです」

「なるほど、何となくだが理解した。だがこれと、魔法鞄の仕組みは全く違うというのは、どういうことでござるか」


「そうですね・・・。私たちが今いる部屋と、そこの窓とその窓から見える中庭。

それから隣の部屋、隣の部屋にも窓があり、そこからも同じように中庭が見えます」

「ふむ」


 夜雲は立ち上がって、窓に進み寄る。

 窓の外には確かに中庭が見える。四方をこの建物に囲まれていて、この組合ギルド施設に入らなければ、この中庭には行けないようになっている。それでも外から直接入る方法があるとすれば空から降りてくるしかない。

 四方のすべての壁に窓が設けられていて、死角が出来ない造りにはなっている。


「ちなみに中庭は、職員の休憩所となっているので、冒険者達には解放されていませんよ」


 フローラが夜雲の横に立ち、中庭で煙草を吹かしている男性職員を指差した。

中庭に人影は何人か見えるが全員がレーナやユッカと同じ制服を着ていた。


「例えばこの窓から中庭にお金を投げて入れて貯めておきます」


 レーナも窓の側まで寄ってくると、慣れた手つきで窓を開けると、何か物を中庭に投げ入れるようなジェスチャーをする。あくまで真似事だけで、実際に何かを投げ入れた分けではない。


「もちろん、この窓から出て中庭に入れば、投げ入れていたお金を拾いに行くことが出来ます。ここは2階ですけど、それは今は気にしないでくださいね」

「まぁ、当たり前の話でござるな」

「では、隣の部屋」


 レーナが少し窓から身を乗り出して、隣の部屋の窓を指差した。


「隣の部屋の窓からも、この中庭が見えますね。窓を開ければ、お金を投げ入れることも出来ます」

「外に出れば拾いに行くことも出来るでござるな」

「そうです。この部屋はこの街カミリアだとして、隣の部屋はまた別の街だと考えてください。正面、向かいの窓はここから最も遠いホーリーの組合ギルドでもいいですよ。そして中庭は小次郎様のお金を|預かっている金庫だと考えてください」

「どの町からでも、拙者のお金を取りに行けるという事でござるか」

「そうです。ただ中庭に出入りすることが出来るのは組合ギルド職員だけですから、ギルドカードを使って、小次郎さんの身元をはっきりさせたうえで、職員が窓を開けて取ってくるとういう事をやっているわけです」

「なるほど、さっき説明されたとおりだな。たしかに窓をあける鍵でござるな」

「実際はこれを疑似的にやっているわけです。実際に小次郎さんがここで預けた金貨と全く同じものが、別の場所で受け取れるわけではありません。実際に動くのは数字だけで、受け取れるのは同じ価値があるだけの別の金貨です。」


 レーナは窓を閉めると夜雲とフローラに席に戻るように案内した。

 ちょうどその時、組合長ギルドマスターであるカムクライが、戻って来た。応接室として使われているが、元よりこの部屋は組合長ギルドマスターの執務室である。

 何だ、まだやっていたのか。と声をかけることも出来たのだが、それより先に夜雲が軽い会釈をくれたので、それで十分と思いとどまった。

 職員の仕事を邪魔しないように脇に片付けられた茶器に近づくと、中身を確認する。残念ながら、お茶は冷め残りも少ない。

 自分の分が欲しかったカムクライだが、仕事中の部下を呼び止めることも出来ないため、自分で棚を探ってお茶を入れ始める。


「ただ、魔法収納マジックバックの場合は、全く違ってしまいます」


 先に座っていた席に腰を落としながら、レーナは話を続けた。組合長ギルドマスターが部屋に戻ってきたのは気づいたが、お茶を入れてほしそうにしていたので、話に夢中の振りして無視した。

 隣のユッカも確認し終わって机に置きかけた書類を、もう一度手に取って何回も捲り返していた。

 ユッカは思う、うちのマスターは出来ればお茶は女性に入れてほしいと考えてるおっさんだが、別にそれを女性職員に強要したりはしない、習わしや外見など気にせず自分でお茶を入れることも出来るおっさんである。そういう所は好感を持てるおっさんだった。


「この部屋の窓は中庭に繋がっていますが、隣の部屋の窓は隣の正面玄関と。向かいの窓は例えばその机の引き出しに繋がっている。といった感じに全く論理的ではない場所に繋がっているのです。そこに、鍵もなにもありません。ですので全く別の仕組みで動いているものだと理解していただけましたら」


レーナが、夜雲に対して説明のしようがないことを説明しようとしていることが伝わってきた。


「ふむ・・・だから袋が破れれば中身は失われてしまうでござるか」


 夜雲は腰かけたソファに背中を預け、腕を組んでうなった。


「いや、例外もあるぞ」


 その場にいた者たちの視線が集まる。声を出したのは、いつも仕事をこなす組合長の机とその椅子に腰を掛けてお茶をすするか組合長ギルドマスターカムクライだった。


魔法収納マジックボックスの中に入れられたまま失われたと思われていたモノが、ダンジョンの奥から見つかることが極稀にある」

「たしかにそうですね。国庫に保管されている宝剣なんかは、かつての英雄が使っていたもので、その英雄が行きようがないダンジョンから見つかったとか」

「行きようがないですか?」


 カムクライの言葉に添うように話すユッカと、それに疑問を投げたのはフローラだ。


「英雄の話はおよそ300年前くらいの話ですが、剣が見つかったのは20年くらい前なんですよね」

「なぜ、それが行きようがないの説明になるのですか」

「剣が見つかったダンジョンは、当時生成されて間もないダンジョンだったんです。

だから、生きているうちに行きようがないと」


 ユッカが指を立てて説明する。どこか的を得ない説明だが、ダンジョンの生成も解明されておらず説明しようもない。


「そういった説もあるというだけだ。実際に行った場所が後にダンジョンになったとか、全くの別物だとか、国の権威発揚を狙ったのプロパガンダだとか、いろいろな説がある」

「私は、ロマンがあっていいと思いますけど、主を失って、悠久の時を経て異次元から舞い戻る剣とか」

「確かに、だいたい失われた魔法収納マジックボックスから、再び発見されたっていうのは、魔剣とか聖遺物とかそういったものばかりだしな」


 カムクライは、何がおかしかったのかハッハッハと一人笑っていた。


「まぁ、そういわれているものは、ごくごく一部だけだ。他はそのまんま異次元の海を漂っているだろうよ。もし君が今後 魔法鞄マジックバックを手に入れることが出来たなら、その中に入れるモノはよく検討してやることだ」

「ふむ、覚えておくでござるよ。しかし、一つの袋に一つしか取り出し口がないというのも不便でござるな。預かり金のように、複数個所から取り出せるような仕組みを作っておけば、失うという問題点も解決出来そうなものでござる」

「出来たらいいですけど、魔法収納マジックボックス魔法鞄マジックバックも、分かっていないことばかりですから」


 夜雲の疑問に、レーナがハハハと笑った。


「でもそれ、もうすぐできるんじゃないかな?」

「「えっ!!?」」


 レーナ、ユッカたちが驚きの声を上げて、リロアの方を向いた。

 そのリロアは、ユッカから言われてさっきと同じように机に対して前かがみになりながら、書類の修正と必要な個所への魔力込めを行っていた。


「・・・これで終わり!」


 最後の自筆サインにオーバーなアクションで魔力を込めると、リロアは上体を起こす。そこで場にいた全員の視線が自分に集まっているのに気が付いた、


「えっと・・・何?」


 私何かしたっけ?と頭に?はてなマークを浮かべて、リロアは制止するのだった。


・・・続く

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