記C2.アイゼンリーベと料理長タレビン

 開店当日の朝早く、雨の降りしきる中、一台の馬車が乗りつけてきた。


 アイゼンリーベ・メイクゥーンだ。義理の姉は約束を確かめるべく立ち会おうというのだ。


『私と約束しろ、養子としてメイクゥーンの家に入ることを』


 三ヶ月の開業ができなければ、という前提条件はとうに崩れている。正式に開業手続きは済ませ、こうして営業初日を迎えているのだから文句のつけようがない。


 しかし確かに開業が無事にできたことを一日見届けたいという申し出を断る理由もない。

 なにかと恩義のある義姉だ。サヴァは館内を丁重に案内することにした。


「厨房の設備、これは良いものなのか? 料理はしたことがなくてわからん」


「やや古い設備ですが、丁寧な手入れのおかげで良好です。ね、シェフ」


「ええ、いささか作りの高さが吾輩には合いませぬが」


 木箱を一段積んで皿を洗っていたコック着のネザーランドワーフ、つまり土兎族のベテランシェフであるタレビンはふぅと皆のまかない朝食の後片付けに勤しんでいる。


 アイゼは見慣れぬ種族に小首を傾げて不思議がっている。タレビンは小人系の背丈にふさふさの髭を生やしているが、獣人系の動物らしさが色濃い顔つきに垂れた長い兎の耳をしている。


「失礼、初めてみる種族とお見受けするが、紹介してもらってもよいだろうか。私の名はアイゼンリーベ・メイクゥーン、諸君らのギルドマスターとは親類で今日は査察に来ている」


「いえ、歴史の浅い新大陸の方々が我々ネザーランドワーフを知らぬのはしようがないことである」


 丁寧に接したつもりのアイゼに嫌味で返したタレビン、途端に厨房の空気が張り詰める。


「ああ、もう……」


 サヴァはまだ開店時間より前なのに、早くも頭痛をおぼえていた。


「吾輩は歴史ある古大陸の伝統ある料理を学んだ二ツ星の料理人、そしてネザーランドワーフといえばドワーフと兎人族の由緒ある混血種である。吾輩はバッティーラ殿のスカウトを受けてこの新大陸に招かれたが、ここでは誰も彼もが我輩を珍しがるのが我慢ならんのだ」


「妹よ! この尊大な料理人、他に候補はいなかったのか!」


「タレビンさん、古大陸の種族について浅学なのは遠く離れた地のことなので大目に見てください。アイゼ様、彼が尊大なのが悪いところなのは否定しませんが、初対面の人への警戒心が強いのは種族柄そうなので、寛大なお姉さまらしく許してあげてください。慣れた相手には気の良い紳士です」


「しかしだな」


「ふむ……」


 寛大、紳士。さりげなくふたりの良い点を褒めながらサヴァは仲裁に入る。


 すぐにアイゼは寛大に、タレビンは紳士としての会話に応じてくれて事なきを得る。人間、良きにせよ悪きにせよ、つい扱われた通りの自分を選んでしまいがちだとサヴァは経験則で知っている。


「タレビン料理長は従業員のまかないは勿論のこと、軽食だけでなくて、冒険者の方々にも喜んでいただける特別な料理の数々も提供できる、この店には欠かせない人材です」


「ほう、しかし料理人がふたりとは、混雑するとすぐに手がまわらなくなるのではないか?」


「ですので出前サービスを提供いたします」


「……出前?」


 飲食のできる場所は、円台が四つ、カウンター席が八席ある。円台は平均四名として、満員だと二十四名もの食事客が待つことになる。


 飲食専業ではないので食事客は滞在中、かなりの時間を会話に費やすが、それでも二名の料理担当でこなすのには少々無理がある。


 そこでサヴァが考案したのは、出前注文を提携した料理専門店との間で行うという仕組みだ。近年、グリズリアでは信号通信技術が発達してきている。異界産技術の転用品らしく、線を引いて、魔力の波を伝導させることで魔力線の繋がった向こう側に信号を送ることで離れていても通信ができるというものらしい。


 有線で繋がる提携先の出前店は、歩いて五分としない近場でしかなく、それこそ本格的に食事したければ直接そちらに出向けばいい。否、そこがキモ。提携先は出前による売上だけでなく、販路を広げることで本店への集客が見込めるのでメリットが大きい。


 一方、ギルド側も提供できる料理のバリエーションが豊かになり労働力を補える。デメリットとして出前した料理の売上がこちらの収入にはならない点もあるが……。


「ふん、来客が満足してくれるならば飲食での利益は度外視する、とは言わんだろうな」


「いいえアイゼ様、私は商機には貪欲です。……タレビンさん」


 厨房から繋がる地下の食料庫には食材だけでなく、酒樽や葡萄酒、林檎酒などが貯蔵される。

 タレビンはご自慢の髭を撫でながら語る。


「知っておりますかな? 料理店の稼ぎ頭はなんといっても酒類に飲料であることを。市場で仕入れる値の何倍という値段であっても、美味い料理といっしょならば売れるのである」


「……わ、私とて、そのくらいはわかる」


 一瞬、言い淀んだのはやはり豪商令嬢のアイゼは知らなかったのだろうか。

 サヴァはちょっぴり自慢げに林檎酒の瓶を揺らしながら言葉する。


「手間のかかる料理は出前注文で補い、手軽で稼ぎやすいドリンクや菓子はこちらで提供する。昼間には紅茶や珈琲を、奮発して冷蔵庫も導入したので夏場に冷えたレモネードも用意できます」


「まてまて、出前ついでに飲み物を頼まれたらそれでは意味がない」


「アイゼ様、注文した出前が届くまでに調理と配達で軽く十分掛かるとして、その待っている間、口寂しくはなりませんか? 食事を終えたとして、またなにか飲みたくなった時、すぐそこで同じものを買えるのに出前を頼みますか?」


「いや、しかし……ずるくないか? 苦労を他人任せにして、美味しいところを独り占めとは」


 アイゼは育ちがよく世間知らず、純朴なところがある。

 サヴァの狡猾さ、悪知恵にも近しい商魂には面食らってしまうようだ。


「快適な空間と接客の提供、これが私どもの創出する“付加価値”です。提携先の料理店にとっては新たな敷地や建物もいらず、従業員を増やすこともなく売上は上がります。長居して談笑するような冒険者の客は店の回転率を落とす上に、武装した集団に居座られては一般客を遠ざけてしまいます。金払いのよい冒険者の“めんどくさい”ところを私どもに任せ、高価な料理だけを買ってもらえる。冒険者は一般客に気を遣うこともなく、居心地よく飲食を楽しむことができる。長続きする商売の要は、お互いに利得があることなのです」


「お互いに……か。我がメイクゥーン家の商売のやり方はそうではない。迷宮の財宝を巡って、客と店は互いに相手を喰い物にしてやろうと企んでいる。お前がうちで働きたくない理由が少し、私にも理解できたよ」


 アイゼはどこか寂しく物悲しそうにそう述べた。

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