記A7.拳闘士ベルクマンと重装士アイゼンリーベ
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「薬草師のタタミンですよ~」
「拳闘士のベルクマンだ」
「重装士のアイゼンリーベ」
「草」
〆はささくれてそう自己紹介した。
ここは冒険酒場『川底の御石亭』である。
繊月森のカナサ村にある唯一の冒険者ギルドである『川底の御石亭』は飲食店の副業として成り立っている。来客は冒険者の方が少ない。しかし冒険者は金払いが良く、村の諸問題解決にも役立つとあって歓迎はされる、らしい。
『川底の御石亭』はおだやかな小川をまたいで木造の建物を築き、店内の中央には橋がある。春夏はせせらぎに耳を傾けてひんやりと涼み、魚釣りもできる。繊月森の高々とした木々を通して、淡い木漏れ日が差し込んでいる。
サヴァ曰く、併設型の小さな冒険者ギルドとしては憧れに値する、一押しの場所だとか。
〆を含んだ四名は今、軽食の並べられた四角いテーブルを囲み、即席パーティ結成では通例の自己紹介を行っているところだ。
掲示板に張り出したタタミンの募集に応募した二人、ベルクマンとアイゼンリーベはどちらも冒険者らしい剛健な装いだ。
拳闘士のベルクマンは狼面人体の紺色の狼獣人。外見年齢は三十代ほどの男だ。大柄な体躯は今この酒場にいる者の中でも比肩するものがなく、白猫姿の〆など軽々と掌の上に乗っけられそうだ。
重装士のアイゼンリーベは薄紅色の革衣に傷一つない鈍色の鎧を纏い、そのクラス名に違わぬ重厚剛健さもまた比肩するものがない。凛々しい面構えの、長身金髪の美形だ。
薬草師のタタミンは小柄で可憐なる緑髪の少女。この二人を前にして、パーティーリーダーを名乗っているというのに物怖じもせず堂々と、そして上機嫌ににこにこ笑っている。
で、この顔ぶれの中にあって、机の上にちょんと座っているちまっこいネコが〆というわけだ。
「……草?」
「草」
「草とは、その、何だ」
渋くて男らしい声のベルクマンは困惑の色を隠さず、片目を伏せて尾をくねらせる〆に問う。
「草は草だ。何度も言わせんじゃねーやい」
「わからん、全然わからん」
「はいはーい、タタミンが代わりに答えてあげますよー」
挙手したタタミンは身振り手振りを交えて――。
「草とは! しゅばばばばばっ! と素早く闇夜を駆け回り! どろん! と白煙をあげて姿を消したり! すいすいーと水の上を歩いたり! 大きなカエルになったりするんですよ!」
と説明する。
うんうんそんな感じとうなずく〆。
ますます混乱してみえるベルクマン。
そこで冒険の手引書を手にしたアイゼンリーベが該当箇所を指差して、要点を読む。
「草。別名はラッパ、スッパ。主に隠密行動、情報収集に長ける前衛特殊職。俊敏で身軽、軽装になりやすく特殊な技術を用いる。近年に追加された異界産のクラス……」
「ううむ、盗賊のクラスに近いのか」
「〆様はこの通り、おしゃべりできる猫ちゃんさんですからねー。それはもうすばしっこいし隠れるのは大得意のはずです! ねー?」
「誰でやがる、こっちの世界で“忍者”を差し置いて“草”を定着させやがったのは! 死なす!」
ふーっと毛を逆立てて怒る白猫の〆。
タタミンは〆の背を撫でさすってなだめる。
「では、まずはチョキりましょう!」
自前のハサミとギルドカードを手にしたタタミンはおもむろにチョキン、とカードを切断する。
「なに」
「んな」
〆とアイゼンリーベは目前での、ギルドカードを切断するという暴挙に言葉を失う。
あろうことか、ハサミでばっさりとだ。
「さぁみなさんもギルカを出してください、一緒にチョキりましょう?」
「おう、そうだな」
と手慣れた様子でベルクマンもまた自分のギルドカードの一部を切り取る。
そして切り取った箇所を交換したではないか。
「お前達、まさか知らんのか? ギルドカードは原本を冒険者ギルドに預けて、持ち歩くのは印刷した名刺代わりのものだ。コピーカードはこうして切り取って、ギルカを交換するのだぞ」
「知らねーなー。俺様はリンボーだから」
「【臨冒】か。事情は問わん。【準一級】冒険者のイグサーノ殿の連れ立ちならば信頼に足る」
ベルクマンは交換されたタタミンのカードを見つめてそう述べた。
どれ、と〆もこの狼男はいかなるものぞとギルドカードを確認してみる。
拳闘士のクラス。【第二級】のランク。氏名や生年月日、種族、性別、出身地、連絡先、主たる活躍歴、所属ギルドの欄などがある。
「もし俺様のギルカを作ったら?」
「そーですね、ギルドカード風にいえば【ランク:準三級】の【クラス:草】になりそうです」
弱い。
どうしようもなく字面が弱い。
空腹でしょうがないときに葉物のサラダを一皿ぽつんと置かれる程度に弱い。
「さ、アイゼンリーベさんもチョキれますか?」
「……頼む」
アイゼンリーベは篭手を着けているためにハサミに指先が通らないようだ。〆は交換されたアイゼンリーベのギルドカードを確認する。
重装士のクラス。【準三級】のランク。種族は人間。年齢は十九歳。性別は女。活躍歴は真っ白。
〆は思わず、アイゼンリーベとギルカを相互に見返してしまった。
重装甲を纏った凛々しい金髪の美男という初見の印象と比べて、意外な点が多すぎるのだ。
鎧ひとつとっても素人めにもわかる。重い、そしてダントツで高いやつだ。その重装備を難なく着こなしているのだから相応の体力はある。それだけに謎が多い。
「アイゼンリーベさんと〆様ははじめての冒険だそうです! 良いですよね~、初々しくて。私達で色々とサポートしてあげましょうね、ベルクマンさん!」
「ん、む、まぁ……そうだな」
露骨に狼面が曇った。
無理もない。〆の教わるところによれば、冒険者の階級は六段階とされる。
【第一級】【準一級】【第二級】【準二級】【第三級】【準三級】と階級分けは簡潔である。準一級のタタミンはこの場では一番にランクが高く、第二級のベルクマンも自信をもって誇るに値するランクとみていい。一方の〆とアイゼンリーベは未経験もいいところなわけだ。
「アイゼンリーベ殿、失礼を承知でおたずねする。その実力のほどを知っておきたいのだが……」
「私は講習所にて三ヶ月の訓練を受けている。それだけだ」
言い切った。
三ヶ月間の短期訓練コース。約2万5000ウールの学費を払い、法規と筆記だけでなく戦闘訓練やサバイバル術など総合的に指導を受ける。――講習所の案内張り紙を〆は目にしたおぼえがある。
「その、大仰な鎧は……?」
「適職診断の結果、重装士を勧められたので講習を履修した。昨日、購入したが」
「き、昨日」
アイゼンリーベの超然として落ち着いた受け答えはあたかも歴戦の勇士かのようである。大物の素質さえ感じさせる。〆としては好奇心を抱くに値する。タタミンも承知の上で誘ったとみえる。準一級の冒険者パーティに誘われたと安心していたベルクマンだけはその豪壮な体躯を小さくかがめて、頭を抱えているようだ。
そんな冒険者の相談卓へ、犬のぬいぐるみを抱えた五、六歳ほどの幼い娘がとてとて寄ってくる。
「パパ、あたまいたい?」
「ルーシア、心配してくれてありがとうな。パパは元気だよ。今はお仕事のおはなしを……」
「ねこ!」
父親――ベルクマンが無事だとわかるや、ルーシアと呼ばれた少女――娘は〆に夢中になる。
イヤな予感に〆はぴたっと硬直する。
今うかつに喋るとこのルーシアという少女に絡まれかねない。そう〆の直感が訴えていた。
しかし不思議だ。ベルクマンとルーシア。父と娘。似ていない、という以前に種族が異なる。ルーシアは人間の幼子だ。その金髪も相まって、いっそアイゼンリーベの方がまだ親子に見える。複雑な事情があることは明白だ。
「ねこーまたねー」
うっかり手を振リ返したりせぬよう別席に離れていくルーシアを見送り、〆はハァとため息一つ。
「素敵なお嬢さんですね」
「すまない。……冒険の間は、知人に預かってもらう。迷惑はかけないつもりだ」
「いえいえ、迷惑だなんて! あの、事情をお聞きしても……?」
両者は遠巻きに、ひとりで犬のぬいぐるみと戯れる愛娘ルーシアを見守る。穏やかな目つきだ。
「五年前に拾っちまってな。――堅実に稼ぎ、怪我ひとつなく帰ってただいまと言ってやる。それが俺の求める冒険なんだ」
「素敵なお父さんですね」
五年前――。
魔震災害によってグリズリアの市街地は甚大な被害を受けたとされている。当事者達にとって、五年前という言葉ひとつで察するに余りある、らしい。
もっと無神経なやつかと〆は思っていたのに、タタミンは意外に物腰がやさしく良識的だ。伊達に【準一級】という肩書ではないらしい。
「さて、ではでは~。無事パーティーは結成ということで~、早速、依頼を選びましょう!」
ここが〆にとっての本題だ。
冒険酒場『川底の御石亭』では冒険者向けの情報を、掲示板にまとめて張り出している。
掲示板は三つ。
依頼情報。冒険情報。パーティー募集。
今回はまずはじめにパーティー募集用の掲示板を使い、タタミンが募集をかけた。まず募集用紙に必要事項を記入して張り出して指定した席で待つわけだ。この際、受付に要件を伝えて代筆してもらうこともできるが代筆料がかかる。
「依頼情報と冒険情報って二つに分かれてるつーのは……何だ? 何が違うってんだ?」
「依頼はお金をもらえる! 冒険はお金を払います!」
「こっちが払うのかよ」
「依頼情報はお仕事をこなしてお金をもらうわけですね~。冒険情報は逆に、情報をくれる人がお仕事として情報を売ってるのでお金を払うわけですよー。その買った情報を元にして、もっとお金を稼げそうな財宝を探しに行きましょうってことですねー」
「するてーと何だ、情報を買ったはいいがお宝を見つけきれねーてのもありやがるのか」
「よ~く考えないと、ですよ」
〆は二つの掲示板を一読してみる。そして気づく。
依頼情報が――たった三件しかない。
〆の素人目にもわかる。掲示板の半分も埋まっていない。冒険情報もだ。
「……病院食か!」
「私も実物は初めてみる。どこもこう少ないのか?」
不思議がる初心者ふたりに対して、ベルクマンはため息をつきつつ答える。
「田舎だからな。掲示板がいつでも依頼で埋まりきることはほとんどない。人口が少なきゃ依頼人だって少ない。俺はこのカナサ村にいる知人に娘を預けなきゃ、冒険者としての仕事はできないからこうしてこの『川底の御石亭』専属でやっているが、多くの冒険者は仕事を求めてグリズリアを目指すわけだ。ここにあるのはどれも一攫千金には程遠い、俺に似合いの依頼ばかりさ」
少ない仕事に慎ましく安定した暮らし。
〆の目にはこの狼男の不満と妥協の色がありありと見てとれた。
こうして直に通ってみて、〆は二年後ではダメな理由がすこしわかった気がした。
「準一級の冒険者にやらせるにはパッとしないもの揃いだろう。ただ、ネコ殿やアイゼンリーベ殿のような初心者の第一歩にはちょうどいい。ここはひとつ、無難に――」
「オレ様が選ぶ!」
と、〆は猫の手をぴょいと高く掲げてはふんすと息巻いた。
初心者がなにを、と言いたげなベルクマンの機微を察してタタミンがすかさず「まずは初心者ふたりに任せてみませんか? はじめての冒険を他人任せにするのはつまらないですよ」と微笑み諭す。
「私はどれでも構わない、訓練通りにやるだけだ」
アイゼンリーベは腕組したまま憮然と答える。その自信、カードを見た後だと不安になる物言いだろうが、〆は何ら心配にはならなかった。
根拠がある。
理解されない、隠さねばならぬ、己だけの確固たる根拠が〆にだけはある。
『吉凶禍福をまねく故の怪綺』
命運が視える、等といえば大げさになるか。
運気、運勢という言い方であれば表現は幾分おだやかであろう。
幸運を招くと自ら称する者が、吉事と凶事の先触れを目にし耳にし嗅ぎつけられぬというのでは話にもならぬ。格好がつかぬ。
精神を研ぎ澄ませてやれば、おのずと〆には吉凶禍福を可視化して理解することができる。
そう、例えば薬草師のタタミンに目を向けてみよう。〆の視界には彼女の纏う、ほのあたたかな陽だまりの如き運気が視える。白と緑の、草花の文様を象っている。タタミンは幸運に愛されている。これまでもこれからも不幸とは縁遠い運命にあると言ってよい。
無論、運勢や運気は絶対ではない。不変ならば、それこそ視えるだけでは何の役にも立たない。
こうした吉凶を占う力は〆のみが有する唯一無二の能力とはいえないだろう。きっとこの世界にも本物の占い師の類は居るはずだ。凡人とて、なにかの拍子に薄っすらと運気を感じ取ることがあるであろう。これは失われて久しい、ありふれていたはずの『怪綺』だ。
命運を読み解く力は、あらゆるものに働く。
そう、例えば今こうして〆の見上げている掲示板の情報ひとつひとつにも吉凶を象徴する色や匂い、音が微かに宿っている。大半が無味無臭に近い、吉凶どちらもわずかな凡事の気配ばかり。いずれを選んだとて、順当な結果になるだろう。平穏を望むのならば、それは大きな吉兆にも勝る。
しかしここに一つだけ、大きな吉兆と小さな凶兆を宿した気がかりな運気――オーラがある。
「……これにする」
好奇心は猫をも殺す。
さりとて、退屈は神をも殺す。
幸いなことに冒険を共にする仲間、アイゼンリーベとベルクマン双方ともに運気は安定している。過信できる判断材料ではなくとも、死相に類するものはない。
死相というのはそう――。
あのサヴァという哀れな少女に纏わりつく、暗澹として形さえ定まらぬ凶々しき闇を示すものだ。
サヴァ・バッティーラは不運と不幸に愛されている。
父を、母を、家を、憧れる人を失い、それでもなお失えるものがあるとするならば――。
それは命か、夢か、どちらであろうか。
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