記A6.草




 薬草師のタタミンとの商談を終えて、サヴァと〆は次の用事にと出立する。


 タタミンとは明日とある冒険者ギルドにて待ち合わせ〆を冒険に連れていく、と約束してある。


 【臨時冒険者登録制度】なるものを活用してお試し冒険者になるにあたって、必要不可欠な要素があと二つあるのだとサヴァは説明してくれた。



 冒険者講習所。



 街はずれにある建物は横長の二階建て、学舎のような装いに広々とした訓練場が見受けられる。


 すれちがう人々の多くは初々しい十代の若者だ。訓練用の木剣や木槍を携えている。


 さしづめ冒険者のたまご、か。


 ただ、学生のように若者だけでなくて、あまり違和感もなく年配の人もまぎれている。


「冒険者講習所において、一番重要な教科は何だと思いますか?」


「戦闘!」


「不正解です」


「はっ、わざと模範的不正解をしてやったんだよ感謝しろい」


「ええ、助かります」


 〆の言い訳に、サヴァは微笑する。


「重要なのは法規です。次いで筆記全般。もちろん講習所では戦闘や冒険にあたっての訓練を受講する人も多いですが、それらは元々の習熟度に個人差が大きくて不要だという人は少なくないのです。けれども、冒険者にとって必要な法規は教わる場が少ない。それでいて違反すれば重大なペナルティを負うことになる。筆記も同じく、学習機会の稀有なものですから」


「まーた役所絡みでやんの……」


「法規講習は一時間ほどの手短なものです。詳しいことは冒険の手引書にまとめられています。ギルドカードの取得にあたっては筆記試験として法規講習などからの出題があるのですが、ここで法規講習を受けていれば試験を省略できます。520ウールです」


「またウールか!」


「今回はそれらの講習や試験も諸々、【臨冒】を利用するので省略できますよ」


「あー……」


 笑顔満開のタタミンが〆の目に浮かんでしまった。


 めんどくさい手続きの連続に比べれば、まだあの危険人物の方がマシだと〆は渋々納得する。


「するってーと用件はなんだ? オレ様にここで何をしろってんだ」


「本題はあくまで私の仕事都合です。その上で、適職診断を受けてもらおうと思っています」


 サヴァの本題については道すがら〆は聞き及んでいる。


 曰く、冒険者講習所というのは冒険者ギルドにとっては顧客である冒険者の大きな獲得源のひとつである。講習所に通った若者はそれぞれに冒険者ギルドを訪ね、ギルドカードを取得、実際に冒険者デビューすることになる。


 この冒険者講習所では【新ギ会】公認の冒険者ギルドを初心者におすすめする。それらの候補に名を連ね、紹介してもらえることの宣伝効果はいうまでもない。講習所側としても講習の利用者が信頼できる冒険者ギルドで実績を作ることは望ましい。両者両得の関係性だ。


 とにかくサヴァは想像以上にきちんと段階を踏み、事業計画を進めているというのは〆にもよく理解できてきた。同時に、その要である大量の金貨を腹に抱えた〆には逆らえないこともだ。


 商談を進める間、その“適職診断”なるものを受けるようにと〆は指示されてロビーで待機する。


「〆さん、三号相談室におすすみください」


 と、白猫姿のまま普通に案内される。


 どうも“喋る動物的なもの”くらいは講習所の職員にとって異常事態ではないらしい。


 三号相談室。


 これといって面白みのない、殺風景な白い壁紙に事務棚がある部屋だ。机がひとつ、一人用ソファーが四つ。くつろいで長めに話せる環境という趣だ。


 相談員としてやってきたインバラと名乗る相談員の二十数歳とみえる女は、銀縁の眼鏡、薄桃色の長い髪に二対の角を生やしていた。【友好種】の範疇とみえる。〆の印象としては同じ妖怪である『鬼』を彷彿とさせるが、あの強大な妖力を感じさせるものはない。


「では、ココノエ様、本日はよろしくおねがいします」


「ん、あーうん、よろしく頼む……です」


 てやんでえ口調は封印する。


 インバラの丁寧な物腰と言葉遣いを前にして、いつもの調子では場違いだと渋々にだ。


「ご相談ですが、冒険者活動に必要な【クラス】を決めたいとのことでよろしいでしょうか」


「く、くるしゅうない」


 白猫のままちょこんと行儀よくソファーに座る〆は、まさに借りてきた猫である。


「【クラス】は冒険者として活動する上での役割や得意分野、能力を端的に表すための称号です」


「ふ、む」


「冒険者は複数構成――パーティーを結成する場合その【クラス】が明確であれば、それだけお互いに希望の同行者を見つけやすくなります。依頼ごとの向き、不向きの判別にも役立ちます。逆に【クラス】が不明の場合、他の方からはできることがよくわからず、敬遠されてしまいます」


「ん、じゃあ“薬草師”もクラスでいいのか?」


「“薬草師”は後衛の回復・支援職として知られるクラスです。戦闘行為でも頼りになりますが、長期の冒険では重宝がられ、植物に詳しいことで採取等の知識を問われる依頼でも人気です」


「人気、ねぇ」


 タタミンのころころとした笑顔を思い出して、ぶるっと〆は身を震わせる。


「では、これから質問を行いますのでお答えください。適性の高そうなクラスを診断します」


 インバラは資料とペンを手に質問をはじめる。


 〆はぴんと背筋を張って答える。


「設問①、前衛と後衛どちらを希望しますか? 前衛は主に直接の白兵戦闘を行い、後衛は遠隔的な戦闘や魔術などによる支援を軸にします」


「前衛! 前衛がいい!」


「設問②、魔術やそれに類する特殊な能力を得意としますか?」


「おう、得意だともよ」


 そうした設問を十数個ほど答えていく。


「設問は以上です。おすすめできる候補として……そうですね」


 インバラは三つ、図解つきのわかりやすい資料をテーブルの上に広げてみせる。


『ペット』

『呪術師』

『草』



 ごく淡々と事務的に話しを進めるインバラに思わず〆はこう叫ばざるをえない。



「どうしてこーなりやがった!」




 帰り路の車内、サヴァは落ち込んでいる〆のことを膝上に乗っけてなだめている。


 目立たぬよう小声で。


「あの、〆様、クラス診断、どのように決まったので」


「草」


「草」


 草である。


 サヴァは『草』が列記としたクラスの一種だと理解しているであろうものの、〆がそのネーミングセンスを気に食わず、さりとて一番の適職で選ばざるをえなかったことを察したらしい。


「……次は冒険者向けの武器防具を扱うお店をまわるので、そこで装備を調達しましょうか」


「草」


 〆はくさくさした気持ちで胸いっぱいであった――。





 冒険酒場『川底の御石亭』。


 グリズリアより駅馬車を走らせて二時間ほど離れた繊月森のカナサ村唯一の冒険者ギルドだ。


 サヴァは市街地に残り、薬草師タタミンと不可思議なる猫のダイヨーカイ〆の両名を見送る。


 意気揚々と冒険に胸を踊らせる〆の土産話を、サヴァは心密かに楽しみにしている。一体どんな冒険を繰り広げるのかと、もしかしたら当人より期待してしまっているかもしれない。


 けれど、それは後のお楽しみ。


 一度冒険に出たならば、おそらく短くても二日や三日は帰ってこない。〆とは出会ってまだ二日目の朝だ。こうなると帰ってくる頃にはサヴァよりタタミンや他の冒険者に興味が移り、見捨てられてしまうのではないかという危惧さえある。


 冷淡に考えるのならば、サヴァにとって〆のことを信じるに値する点は無いに等しい。


 正体不明の【異界種】。


 横取りされた金貨。


 力になろうと申し出てきたのは面白そうだというだけの理由であって、単なる気まぐれ。


 しかしサヴァにとって不利な点はない。何十枚という金貨、ウーニィの遺産をあきらめる理由はない。打算と妥協を重ねて、よくわからないものに対して、親しげに振る舞っている。


 嘘偽りの多い生き様なれど、〆とタタミンの冒険譚を心待ちにしてしまっている。それが自分の本懐なのだとサヴァは自己分析をするのだった


 明日は大事な日だ。


 大一番――【新ギ会】の支援の元に【グリズリア市議会】の場において、正式な冒険者ギルド開業の認可および支援の議決を勝ち取らねばならない。


 【新ギ会】と【グリズリア市議会】その双方を納得させなくては事業計画は成立しない。


 冒険者ギルドは公共の利益性が高く、グリズリアという都市の発展に貢献できるという前提の元に、市政はその設立を認可する。補助金や税制の優遇も得られる。それなりの制約も生じるが、市政の無認可であっても経営が成り立つ冒険者ギルドは例外的だ。飲食店など本業の傍らに副業として行うサイドビジネスのパターンか、反社会性の高い裏の冒険者ギルド等だ。


「あのネコ、帰ってきたら、私の冒険譚にも耳を傾けてくれるのかな」


 サヴァはできるだけの準備を尽くすべく、街の雑踏へと消えていった。

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