〆サヴァ ~招き猫とはじめる冒険者ギルド開業記~

@kagerouwan

A面 冒険者ギルド開業記 

記A1.金貨は天下のまわりもの


記A1.金貨は天下のまわりもの



 災禍と復興の街、グリズリア。



 五年前の夏、グリズリアという街は五十年に一度という規模の“魔震災害”に見舞われた。人口の二割の死傷者、建築物の三割の倒壊や損壊、爪痕は色濃く、未だ復興のさなかにある――。



 魔震災害は、地下深くに眠る次元断層の“ズレ”によって生じた異界との摩擦による自然災害だ。地下空間に突如として生じる異界空間は地上に激しい振動をもたらし、地下インフラや地上の建物の破壊を招く。さらに地下の異界空間からは“この世界にあらぬもの”までもが時に迷い出ては人々に害をなすというものだ。



 魔震災害の発生直後はもはや街を捨てるのもやむなし、と移住する者も続出した。



 ピーク時には人口の六割減にまで至ったものの、一転してグリズリアは復興への道筋を辿る。



 魔震災害は甚大なる災禍なれど、百害あって一利あり。地下の異界空間は、未知なる可能性を秘めている。この世界では古来より、危険を顧みず、そうした異界空間の財宝を目当てとした探索者――即ち、冒険者といわれる生業が根づいていた。



 将来的な探索需要を見越しての復興計画は進み、五年目となる今、人口は回復傾向にあり、大きな産業を求めて新たに移り住むもの、疎開していた移住者の帰還も相まって、グリズリアは復興の街として名を知られるようになる。



 五年目の春、またひとり、新たな帰還者がこの災禍と復興の街へと舞い戻る――。




「売っても50ウール……かしら」



 瓦礫の中より救い出されて開口一番、白猫の置物は50ウールと値踏みされてしまった。


 失礼千万である。


 この煤まみれの人間の少女は薄闇の中、五年ぶりに掘り出された“お宝”の価値をまるで読み違えてしまっている。年齢は十四才ほどか。世間一般にはもう大人の仲間入りを果たしたとみられてもいい年頃であるが、その審美眼はお子様そのものだと言う他にない。



 それはもう確かに、あれから五年という歳月を瓦礫の下に埋もれていた骨董品なのだから多かれ少なかれ薄汚れているだろうが、それは磨けばいいだけのこと。50ウールと呼ばれたモノは憤るが、されとてこのままでは伝わるべくもない。なにせ、物言わぬ置物なのである。



 薄暗い瓦礫まみれの地下空間、頼りはカウンター机の上に置かれたランタンの灯りひとつ。


 白猫をランタンの隣に置き、少女は当て所なくなにかを探し回っていた。



 やがて部屋隅の木床に“目印”として十字傷が施されているのを見つけた少女は、取り出したナイフを使ってどうにかこうにか床板を剥がして、その下に隠されていたちいさめの麻袋を見つける。



「本当に、あった……」



 光源を求めてランタンのそばに戻ってくると、少女は白猫の置物のすぐ隣に麻袋の中身を広げる。



 ひとつ、ひとつずつ。



 金貨が一枚、二枚、三枚……。銀貨もある。



 小銀貨一つの価値だとて、50ウールという二束三文の置物とは比べようもない値打ちだということは大金を前に息を呑み、慎重に数えている少女の表情を見ていれば察しがつく。



 この瓦礫の中に隠されていた大本命の金貨銀貨を見つけたというのに、少女は喜び弾みはしない。


 これだけの大金を数えているのに、物悲しそうだ。



「二十二、二十三枚……」



 足音だ。



 薄闇の中、カツン、カツンと足音がゆっくりとこちらに近づいてくるではないか。


 少女は麻袋に金貨を放り入れて、さっとカウンター机の下に隠して、息を潜めて身構えている。



 訪れたのは黒い革靴、黒いコートの男だ。



 細身ですらりとした佇まいは枯れ木のような不気味さを湛えており、コートの内側に二対の帯刀という装いは、少なくとも人畜無害な庶民といった風体ではない。


 粘りのある、まとわりつくような声色で男はさもやさしげに言葉する。



「サヴァさん、ここにいらっしゃったんですか」



 顔立ちは狐のようにシュッとしている。細やかな目元に整った顔立ち、笑顔がどこか薄気味悪い。



「サヴァ=バッティーラさん、ですよね? 私です、オリーブですよ」



 少女――サヴァはおそるおそる立ち上がって、オリーブと名乗った黒服の男と対峙する。


 緊張に、ぎゅっと掌を強く握った。



挿絵(By みてみん)



「オリーブさん、今日は一体、何の用件でいらっしゃったので……?」



「ただの見回りですよ、このグリズリアという街は震災以降ずっと人手不足ですから私はこうして


“ギルドの依頼”として市長のお手伝いをしているわけです。ほら、多いんですよね泥棒さん。家財を置き去りにしたまま街を去ったり、金品を手にしたまま亡くなって未だに見つからない犠牲者だって少なくはない。こんな廃墟に灯りがあれば、気にもなるでしょう?」



「……お仕事、ご苦労さま、です」



 安心させようという親しげなオリーブという男の物言いに、サヴァは警戒を解かずにいる。



 出入り口はたったひとつ。



 背後には金貨のつまった麻袋があり、誰も訪れない地下室、武装した男とふたりきり。


 両者の関係性は定かでないが、ひとつ間違えば、どうなるかわかったものではない状況下だ。



「先日にもお伝えした通り、ここは再開発指定地区。近く、一帯を取り壊してしまうわけですよ」



「……」



「市長の手厚い計らいにより移住費用もきちんと支払われていることですし、あなたも同意したはず。サヴァ=バッティーラさん。度々こんな危ないところをおとずれて、怪我でもしてしまっては私の職務怠慢を問われかねないのですが」



「……はい、今後は気をつけます」



 サヴァはうつむきながら従順に返事する。まるで嵐や雷鳴が去るのをじっと我慢するかのようだ。



 オリーブの表向きの言動は何ら不審ではない。依頼を受け、武装し、廃墟となった街を見回るという治安活動なのである。それをサヴァは恐れてやまない。白猫の置物は、その理由を察した。



『命拾いの法』



 生死の危険を伴うような法と治安の及ばぬ領域において、死者の遺品を得るための法律だ。


 それが大金であったとて然るべき手続きを踏めば、発見者は死者の遺品を公に手にすることができるのだから良いことづくめの法だ。その然るべき手続きとは、状況や経緯を報告すること、遺体の埋葬や遺髪の納品など、死者を慮り、遺族に報いること。円滑な、例外的死者への施しだ。



 そう、逆に言ってしまえば、正統な手順さえ踏めば――。



 魔震災害の被災地域一帯は、ある種の“宝の山”なのである。


 無論、誰もが『命拾いの法』を目当てに活動するわけでないが、これを生業とする者もいる。



 “グリズリアの骨数え”



 それがオリーブの仕事なのだろう。


 だとすれば、誰のものとも判別つかない金貨銀貨を目にした時、このオリーブという男はこう考えるかもしれない。サヴァを殺めて隠匿すれば、大金を己の者とすることができる、と。



 サヴァは生命と財産の危機を前にしてなるべくの平静を装う。



「ところで……その“跡”は何ですか?」


「あ」



 金貨袋を隠すのに手一杯だったサヴァは、今しがた剥がした床板の痕跡を隠すのを失念していた。


 とっさになにか言い繕おうと言葉を探すも、動揺を隠せていない。


 眠たげな、それでいて鋭利な視線が冷たく突きつけられる。



「何を隠しているのです? サヴァさん、貴方はこの建物の元所有者ですが、ここはすでに市政の管理下にあります。なにかを探し当てたとして、その正しい所有権が無いというのであれば、それはきちんと届け出るべきだとは思いませんか?」



「これは、その……」



 カウンター机の裏に隠した金貨袋を気にかけたサヴァの視線の移ろいを、オリーブは見逃さない。



「おや、これはこれは」



 にやり。薄っすらとオリーブは口元を歪める。



 ――見つかった!



 足早につかつかと近づき、サヴァの隣をすれ違い、男はその手を伸ばそうとする。


 呆然として何もできずにいたサヴァが振り返ると、そこに待っていた光景は――。



「なんとも愛くるしい“招き猫”ですね」



 オリーブは白猫の置物を、芸術品を審美するように、あるいは愛玩動物を愛でるように触れていた。


 サヴァは銀貨一枚にも満たないとみなした置物に、いかなる価値を見出しているのかは当人のみぞ知るところだが何とも幸運だった。金貨袋には気づかれていない。



 ぽかーんとする少女。



 夢中になる男。



 これがただの置物であるならば、このまま嵐は過ぎ去ったのやもしれない。



『気色悪ぃってんだろ、こんにゃろめ!!』



 痛烈なる猫ドロップキック。



 暗澹とした地下室の淀んだ空気を豪とかき乱す一撃を放ったのは、他ならぬ白猫の置物だ。



 顔面に直撃を受けた男はよろけてバランスを崩し、足元の木樽のジョッキにつまづいて瓦礫の上に腰を落とす。サヴァもあまりの出来事に、ひとりでに脱力して尻餅をついていた。


 無理もない。飾り物の猫が動いて、喋って、ドロップキックをかましたのだ。



「てやんでえ! こちとら数年ぶりに掘り出されたってのに、綺麗に飾ってもらえるかとおもえば気安くべったべた触りやがって! 嫁入り前の“レデイ”に何しやがる!」



「……おどろきました」



「私も、です」



 呆気にとられるふたり。


 白猫はカウンター机の上で仁王立ちして見下ろしながら怒声をあげる。吠える。咆哮する。



「“物”は大事にしろ!!」



 喝と、そう叫んだ拍子にランタンの灯が消えて、地下空間が真っ暗闇に包まれたではないか。



「面妖な猫さんですねぇ」



 すかさずオリーブは切光石を折って床に転がす。バッとまばゆい光によって室内が満たされる。軽やかに階段を飛び跳ねて去っていく白猫を、オリーブも追っていく。


 ひとり取り残されたサヴァはしばし状況の整理がつかず立ち尽くすが、すぐに金貨袋を思い出す。



「……ない!」



 無いのだ。


 麻袋に入っていた金貨銀貨がほんの数枚、床に散らばるのみで跡形もなく消えていた。


 暗闇の中、それを成し得たのは他ならぬ白猫のみ。


 泥棒猫に、してやられたのだ。


ここからはじまる物語!


ひきつづき、お楽しみいただければ幸いです

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