記B10.決戦前夜

 第二に必須なのは、娼館『月桂館』を守る妖怪をいかに攻略するかの情報収集だ。


 性質や能力、目的はおおよそわかっているといっても情報は不完全である。


 一週間という準備期間において、一番に時間を費やすことになるのがこの調査となるだろう。


 そもそもリュード不動産商会はいかにして『月桂館』の権利を得たかといえば、これは元々の権利者であり『月桂館』のオーナーであった人物クラリス・ネヤイトナムという女の死亡によって遺族に相続が行われたものの、その遺族が早々にリュード不動産商会に売りつけたことにはじまる。


 リュードは事故物件、幽霊屋敷の噂を知りつつも利益を出せると踏んで格安で購入する。しかし二度の依頼失敗により狙いは外れてしまい、そこでサヴァが購入を申し出たということになる。


 リュードとサヴァの異なる点は、やはり〆の強行偵察が成功したことにある。


 石像となった冒険者の情報を見てみれば、二度の依頼調査、内訳には十分な実力者たる準一級冒険者を一名ずつ含んでいる。下限でも準二級、駆け出しの新人が下手を打ったというわけでもない。


 〆の言うところの「狛犬」なる二匹の妖怪があまりに強いのだ。


「正攻法での武力衝突は……どうにか回避したいのです」


 交渉の余地がある。

 そう、サヴァは直感していた。あの妖怪たちは明確な知識、感情、目的がある。


 交渉カードを得るためには情報収集が欠かせず、それには地道な調査が求められる。


 ――が、蛇の道は蛇というもので。

 サヴァはこれらの調査を、その人脈を元にして既知の情報屋に依頼することにした。


 通称どぶねずみといわれるハーフリング(※小人族ともいわれるが、背丈は人の半分ほどで終生子供のような外見である)の情報屋は、数枚の銀貨を受け取ってすんなりと依頼を引き受けてくれた。


 『月桂館』の元従業員や常連客、出入り業者など聞き込み先は多岐にわたるが、いずれも縁遠いサヴァでは門前払いがオチ、そこをどぶねずみはいともたやすく嗅ぎ回ることができる。


 一方、サヴァ自身は市役所やレオハンズ冒険院を往復して、とある書類を手に入れようとした。

 クラリス・ネヤイトナムの死亡届である。

 そしてこの死亡届の写しを手に入れる過程で、サヴァは意外な名前を目にすることになった。




 “グリズリアの骨拾い”オリーブ。


 五年前の災害発生の後、骨拾いとして活動していた中でも一番活動実績のあるオリーブが遺体の発見者であることには必然性があるといえる。ただ、〆はこう指摘する。


『あいつぁー俺様と同じ妖怪だ。何かしらの“怪綺”を隠し持っていやがるはずだ』


 【怪綺】とは〆曰く、その妖怪を織り成している力の発露や象徴である。


 つまり、狛犬たちは「石化」を、〆は「吉凶」を妖怪としての象徴として操ってみせている。これをオリーブも有するはずであるが、今のところ正体を明かす様子がない。

 怪綺や正体を無闇に暴き立てる必要はない相手だが、推測として、オリーブは骨拾いという役割に適した能力があるとみてもいい。今回はそれが役立つはずだと〆は助言する。


 【市立レオハンズ冒険院】に所属するオリーブに連絡をつけるのはそう難しいことではなくて、サヴァは彼に相談することで二つの約束を交わすことができた。


『私としても同郷の悪い噂が拡散しつづけるのは不本意でしてね、ふふふ』


『協力は惜しみませんよ。我々“妖怪”の存在を、この世界ではまだ秘密にしていたいのでね』


 狐顔の薄気味悪い男であるオリーブの怪しげな口ぶりに、サヴァは不審を拭えない。


「安心しゃーがれ。幸運の魔除けは怖ぇくらいが様になるってもんだ」







 最後に必須となるのは決定的な、戦力だ。


 交渉のカードを握っていても、交渉のテーブルに相手が座らねば無意味となってしまう。

 目的地へと向かう路面衆力車の中、サヴァは膝上に乗せた〆に説明した。


「〆様、軍隊のような集団に比べて冒険者という戦力の一番優れた点は何だと考えますか?」


「んにゃ? 質と量の差か? いや、軍人でも冒険者でも別に強い弱いは人それぞれか」


「そうですね、元軍人の冒険者、元冒険者の軍人という例も少なくありませんから明確に強さの優劣はつけられない、と思い……ます」


 少々自信なさげに言い淀んでしまうのはサヴァがそのどちらでもないからだ。


「冒険者の戦力として優れた点は何より“一時的”なことです。必要な時、必要な数、必要な質を、必要な金を払うことで得ることができます。私達はこうして路面車に乗っている分には少ない運賃を支払うだけでよくて、車両の購入や運用に莫大なお金を費やさずともよいといった具合に」


「わかった、外食と家庭料理みてーなもんだろう!」


「正解でいいとおもいますよ、〆様」


 サヴァはなるべく優しい手つきで〆をゆっくりと撫でては褒める。


「これから尋ねるお方は――【第一級】冒険者です。それも闇雲に強いという理由ではなくて、すこぶる敵との相性が良いのです。極上のステーキが無性に食べたい時、牛から育てなくてもよい。ただ素敵なレストランに赴けばよい。ただし、ドレスコードやマナーは守らなくてはなりません」


「……気難しくて高いのか?」


「それでも、これから私が一から最強の冒険者になるよりはずっと楽です」


「このたとえ話の流れじゃあ、手前がなるのは極上のステーキじゃねーか?」


 牧場で健やかに牛として育ち、鉄板で熱々に肉汁滴らせるサヴァを〆は空想しているのだろうか。意地悪そうに笑う〆を、サヴァはしばし一考してから慎重に、されとて的確におなかをつねった。


「わにゃ!?」


 一考とは、つまり距離感だ。今の自分と相手の間柄ならばこのふれあいが許される気がした。


「おしおきです。ああ、金貨入りのまんまるおなかもずいぶん小さくなってしまわれて」


「やめ、やめねえかこんにゃろー!」


 じたばた悶える白猫〆のおなかをつねりにつねってサヴァは戯れる。

 ひとしきり〆が悶え疲れてぐったりした頃、サヴァは停車駅に降りて街はずれへと歩いていく。


「……この依頼が成立すれば、再戦です」


「交渉は難航しそうか?」


「現在【第一級】冒険者に列せられる者はこの新大陸にたった十二名――。彼女は個人ギルドを営むソロ冒険者、無闇に値切ったり不誠実な依頼人だと見なされる等のよほど問題がなければ、ランクの相場通りの条件で請け負ってくれます。――金貨五枚は覚悟ですが」


 たった一度の依頼に金貨五枚というのは最高水準の依頼料だ。従業員ひとりの半年間の給与を、幽霊屋敷の購入額の一割を、最短一時間の労働対価に支払うのだ。本音をいえば、三枚に留めておきたい。出費は増える一方、幽霊屋敷の購入によって後にも引けない背水の陣、確実に成功させるためには追加出費は覚悟の上だ。


 この一件、失敗すればサヴァに待っているのは破産である。


 諸事情を見透かされて、足元を見られるのはやむをえない。しかし【第一級】冒険者にして“天敵”といえる彼女なしに必勝は約束されない。


「てやんでえ! もったいぶりやがって! その大仰な輩は結局なにができるってんだ?」


「あ、す、すみません〆様、つい……」


 大妖怪たる自分の方がすごいんだぞ、と〆は言いたげだ。

 大陸一の栄冠を授かる冒険者を差し置いて、こうも臆さぬ〆の何と頼もしいことだろうか。


 不思議と、サヴァの足取りはとても軽かった。


「“なにができるか”より“なにができないか”を考えた方が早い、そんな方……でしょうか」

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