記C3.元気なナゴと呑気なスズキと弱気なベニーシャ
○
食料倉庫から厨房へ戻ると、サヴァたちは冷蔵庫を漁っている三人の少女と遭遇した。
受付担当のナゴ・キビナ。
鑑定担当のスズキ・シュッセーヌ。
事務担当のベニーシャ・ハラス。
学生時代にスカウトしていたサヴァの元学友達である。仲良し三人娘、という言い方だとサヴァが仲間外れになってしまうか。彼女らは同世代で付き合いも長く、【新ギ会】の教育機関でいっしょに学んだことで能力だけでなく経験も共にしているので経営を支える主戦力である。
冷やしておいたお菓子を口に加えてキープしたまま水筒の紅茶を注いでいた行儀の悪い受付担当のナゴは、料理長のタレビンと来客のアイゼに目撃されたことに「もがが!」とあわてる。
冷蔵庫の冷気ほしさに帽子でぱたぱた扇いで青髪をふわふわさせていた鑑定担当のスズキは、何事もなかったかのようにすいっと流れるような動きで「はじめまして、サトーです」と誤解を呼ぶ一礼をする。彼女の一族では「スズキとサトー」がややこしい、というのが定番の冗談らしい。
その個性的なふたりを一歩離れて心配そうに見守っていたベニーシャは「わ、わわわ!」とまずい、恥ずかしいところを見られたと桜色の髪色ほどに頬を赤らめて抱えた帳簿で顔を隠した。
「こぅらスズキ! ナゴ! 何をしている! 冷蔵庫は遊び場ではないのである!」
剣幕のタレビンに驚いてナゴは菓子を喉につまらせ紅茶をがぶ呑み、スズキは素知らぬ顔でひらひらとアイゼに愛想よく手を振り、怒られていないベニーシャが一番に反省してしょんぼりする。
「アイゼ様、改めて紹介します。受付担当の元気なナゴ、鑑定担当の呑気なスズキ、事務担当の弱気なベニーシャです。いつも手紙に書いていた通りの人柄ですが、とても頼りになる学友です。ナゴ、スズキ、ベニーシャ、こちらは私の義姉で恩人のアイゼンリーベ様です」
落ち着いた調子で紹介すれば、三人娘はしゃんとして横に整列して一礼した。
「ご紹介に預かりました受付嬢のナゴです! ご高名はかねがね伺っておりますです!」
「鑑定買取アイテム関連なんでもござれ、サトーとは世を忍ぶ仮の姿、スズキです」
「じ、事務のベニーシャと申します……。お兄様、妹様には学生の頃から大変お世話になって」
アイゼは面倒なのか誤解を訂正せず、一括して簡潔に挨拶を済ませる。冷蔵庫の前でいつまでも話していると迷惑だと料理長のタレビンに追い出されて、一同は一階エントランスホールを通って二階の応接間へと移動することにした。
応接間は元々この屋敷にあった調度品や絵画、それにタタミンの提供する生花を“石化”によって色彩美を保ったまま石花を飾りにつけて華やかな雰囲気を演出している。
ほうと感心するアイゼにはサヴァの隣に座ってもらい、対面に三人娘を座らせ業務の説明に入る。
「まずはナゴ、受付の仕事について」
「うん! 受付嬢は顧客になる冒険者と直接やりとりする花形! 看板! 務めたいギルド担当部署ランキング十年連続第一位の人気職! 冒険者との依頼契約をガンガン結んで稼ぐだけじゃなくて、施設利用の窓口業務も担当するのですよ!」
「施設利用……? 飲食以外にも他にあるのか」
「はい! 『月桂館』の二階は一般冒険者、三階は専属冒険者のための宿泊設備になっているのですよ! いちいち一般宿と冒険者ギルドを往復せずに済む、飲み食いして酔っ払ったまま宿まで歩いて帰る必要もなし! ここは部屋ごとにお風呂もついているから冒険疲れに効果バツグン!」
「いや待て、各部屋に風呂だと? そこまでの設備を導入したらホテル同然ではないか」
アイゼが困惑するのも無理はない。
冒険者ギルドに宿泊設備がある例は過去あっても、宿泊設備は副業ゆえに簡素なものだ。市立レオハンズ冒険院は市営ゆえに一切宿泊設備がなく、メイクゥーン迷宮商会は何日も潜ることがあるダンジョン管理が主軸なので宿泊業には力を入れていない。
設備投資費や維持管理費などコストに対して本格的な宿泊業の導入が見合わないのは、それが冒険者にとって便利でも専業の宿泊業者と競業すると客層が限定されてしまい不利だからだ。
「これでは飲食の時とは反対、どう利益をあげるというんだ?」
「ええと、それはですねー……」
調子のよかったナゴが言葉に詰まる。すかさず、サヴァは一言二言ささやいてナゴを再起させる。
「そう! このお屋敷、元はお高い娼館! えっちな個室の使いまわしだから安いんです!」
「……は? 娼館?」
アイゼの表情がさらなる困惑、そしてやり場のない羞恥心と怒りに染まった。
「妹よ! どういうことだ!? ここが娼館だと!?」
「落ち着いてください姉様、“元”です。この『月桂館』は過去に高級娼館として使われていたというだけで当館が今後、風俗営業しようというわけではありません。個室は防音性が高くて浴室つき、専業宿に匹敵する設備があって宿泊業をやらない方がもったいないというだけの話です」
「む、少々気に食わんが、不健全なことが一切ないのであれば……」
納得したアイゼに対して、悪巧み顔のスズキが帽子をくるくる指先でまわして一言こぼす。
「不健全あるある。サヴァのお澄まし顔にころっと騙されちゃって、かわいい人だなぁ」
「か、かわ……!」
「世俗に毒されていないのはアイゼ様の美点です、スズキ、貴方ホントひねくれていますね……」
姉妹を困らせて何とも楽しそうにスズキは微笑む。隣では弱気なベニーシャが青ざめている。
「あの、そ、それは秘密にした方が……」
「正直は一生の宝だよベニーシャくん。こほん、えーこれは宿泊業全般に言えるんだけども、館内の個室はプライベート空間だしょ? 夫婦や恋人同士が泊まってえっちぃことするかもしれないのは一般に想定される宿泊業の常識、他人に迷惑かけない範囲なら許されるのが普通なわけだね」
「む、む」
「あのねスズキ、世の中には知らなくてもいい常識があるのです」
「で、ここは歓楽街の一等地。夜の需要がすんごい。冒険者のお客様がいっしょに連れてくる一般の人達は“当館とは何の関係もないけれど”も、なーぜか宿泊業は大いに繁盛するわけだねー。そこ計算に入れないようじゃうちらもサヴァに安心して大将を任せらんないなー」
スパンッ! と意地悪なスズキの頭を打ち据えたのはナゴの手刀だ。「叩く」という解決法は到底サヴァには真似できないナゴの強みだ。
「痛いでごんす」
「スズキ! あたしの出番かっさらうのやめれ! まだ大事なとこ話してないのに!」
「おおお、落ち着いてナゴちゃん! 話そう、そこ今から話そう!」
「聞きしに勝るかしましい学友たちだな……」
呆れるアイゼと頭痛に耐えるサヴァ。ナゴは席を立ち、身振り手振りを交えて雄弁する。
「さて! 受付嬢に一番大切なものはなんでしょう! さぁ答えて!」
「……愛想? いや、算術か?」
ナゴは左右に首を振って否定する。金髪のツインテールが勢いよく跳ねる。
「“防犯”ですよ! 窓口に立って大金のやりとりをする受付嬢は一番“危ない”のよ!」
「……なるほど、一理ある。だが、衛兵を雇えばいいのではないか?」
迷宮商会の第六支店では専属の冒険者を雇い、見晴らせていた。その発想も正しい。
すぅ……と。
鋭利な万年筆の先端が、ナゴの手によって、アイゼの喉元すぐに突きつけられていた。
アイゼが息を呑み、喉を鳴らす音が静まり返った応接間に響いた。
「ごめんなさい、今のは実演です」
ナゴは謝罪するとゆっくり席に座って、何事もなかったかのように微笑む。
癖の強い“優秀な学友”たちにサヴァはますます頭痛やら胃痛やらわからない不快感に襲われる。
「勇気と自衛力! 受付嬢は揉めごとの矢面に立つこともままあるの、だって冒険者は聖人君子じゃないんだもの。昔の未解決事件だけど、報酬が希望通りではなかったとごねた末に受付嬢を殺害して捕まえようとする衛兵を振り切って逃げた冒険者だっているの」
「……確かに、己の命を守れるに越したことはないな」
「全力で戦ったらあたしは貴方よりきっと弱いけど、防犯用の撃退アイテムをぶつけたりする防犯訓練をきちんと積めば身を守る程度の対処はできる。なにより、冒険者に気に食わないことがあるたびに凄まれてビビるような胆力じゃ務まらない! 以上! 受付担当のナゴ・キビナでした」
よくできたでしょう! 褒めて! と言わんばかりの視線をナゴはこちらに送ってくる。
サヴァは親しい間柄の冗談として、親指を立ててぴっと首を切るジェスチャーで返してやった。
(次また姉君にバカをやったら減給は覚悟してくださいね……)
(は、はい……すんませんでした)
と、心の声で会話が成立したかはともかく、ナゴはしょんぼりと反省をみせるのだった。
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