記C5.スーパーカンメくん人形
○
「サトーさんの商売繁盛これでわかった鑑定業!のお時間でごんす」
ふざけている。スズキは隙きあらばふまじめを心がけてくる。
応接間のテーブルに複数のアイテムを並べたスズキは客人のアイゼンリーベを相手に、実物のポーションや刀剣そして算術道具を手にして説明をはじめる。
「まずは第二問! 冒険者が鑑定をいち早くやりたいのはさあてどんな時かな」
「……いち早く、か。金に困っている時、いや、ちがうな」
いきなり第二問を出題されたことに気づかず、アイゼは真面目に考える。回答者がサヴァであったならば律儀に第一問はどこへと言及させられるところ、義姉の誠に愛くるしい美点である。
「わかったぞ。冒険の報酬を山分けする時、だな」
「おお、ご明察! 報酬の分配はめんどーのかたまりだから、手数料をとられても同じ敷地内でささっと正確な鑑定してもらいたい。無料鑑定は買い取ることが前提だけど、有料鑑定は買い取りしなくても利益になるから“査定額”が店側都合で左右されづらいわけだね」
スズキは正解のご褒美と称して、アイゼの前にスーパーカンメくん人形を置く。
製作販売すべて事後承諾の、勝手に作られてしまった開運の猫型マスコット人形である。
貴重な物販部門の予算の一部を費やして、売れるか怪しいお土産を発注、木箱ひとつ分も倉庫に眠らせている。スズキに与えてある販売仕入れ権限の範囲内とはいえ、自由すぎる。
「なんだ、この人形は。もしやあのネコか」
「ネコさんですねぇ~」
当の肖像元である〆にサヴァがやむなく人形を披露した時のことを思い返す。
『〆様、ごめんなさい。貴方に黙って、この子を産んでしまったの。私の責任だわ』
『ちっちゃい、俺様……!?』
勝手に商品化されてしまったことが恥ずかしいのか、あるいは嬉しいのか、心の準備ができていない〆は大いに戸惑っていた。
『この子は大事に(売れ筋商品として)育てます、だから、(販売を)認めてくれる……?』
『や、あ、こど……! わ、わかった! ここで断ったら女が廃る! な、名前はどうする?』
『……もう決まってるの、スーパーカンメくんよ』
『スーパー、カンメくん……!』
あの時の〆の、なんともいえない表情が今でもサヴァは忘れられない。
そのあと木箱にいっぱいの商品在庫を見せると〆はショックのあまりに失神してしまった。
それもこれも全てスズキが悪い。なんて罪深い女だろう。
「サトーさんは鑑定を行って、手数料をもらう。買い取るかどうかは鑑定結果と別に判断するけど、大半は提携先の専門店に流す。武器は武器屋、防具は防具屋。元手も少ないし売り場面積も倉庫も限度あり。なるべく在庫は抱えず、装備品はテーマに沿った商品を厳選して置かないと」
「スズキ、そのテーマとは何だ?」
「そうだねー。これはサヴァの発案だから自分で直接、話すべきじゃないかなー」
「当館は、あらゆる冒険者に最適な提案をできるわけではありません。人員も予算も敷地も限られるわけですから、無作為にお客様を集めても対応ができないのです。外観、内装、接客、料理、宿泊、販売、そうした各要素はいずれも一貫性のある雰囲気作りに貢献させなくてはなりません。実用性や人気が高くても無骨な武器や防具を並べすぎては統一感が失われます」
両親の営んでいた冒険者ギルドには憧れであると共に、サヴァなりに不満もあった。
酒場は賑わうのはいいが大騒ぎになりがち、騒々しくて幼心に怖かったのだ。懐かしき憧れ、サヴァの原点なれど再現しようという気はない。
自分の美観に基づく、理想の店を営みたい。そのために研鑽を重ねてきたのだ。
「強く、優しく、美しく。――それが私の夢描く、理想の冒険者ギルドです」
理想なればこそ漠然としてはいる。まだ完璧とも言えないだろう。
現実に何をするかといえば、洒落た素敵な店作りのために取捨選択を繰り返すことになる。
例えば、タタミンの提供するイグサーノブランドの商品は物販の主力に据える。しかし裏を返せば、同じポーションひとつとっても別の商品を置くことはあきらめる必要がある。幅広い商品点数を揃えて自由に選ばせるという手法は選べないわけだ。
武器や防具も同じく、店内に置きたいのは美観に反しない優美さのある品々だ。
サヴァの美観に波長のあわない客は自然と遠ざかっていく。質実剛健を旨とするような冒険者は多く、華美な装飾を嫌ったり、窮屈さをおぼえたり、人それぞれに好みがある。
冒険者ギルドの中には仕留めた怪物の首を剥製にして飾るような勇猛さを全面に打ち出した歴史と実績のある名店もある。それはそれで素晴らしいものといえるが、サヴァの理想には程遠い。
そうした一連の説明を聞き、アイゼは深いため息をつく。
落胆ではない。埋めようがない立場の違いを再確認してしまったが為のため息だろう。
「本当に、お前は我がメイクゥーン家の商売が肌に合わないのだな」
「否定しようというわけではないのです。現実問題、私の商いは客層を絞る以上、どれだけ成長できても規模や利益ではメイクゥーン迷宮商会を凌駕することはなく、グリズリアの三大ギルドを上回ることはないでしょう。しかし私は、この新大陸で一番に“素敵な”店を作ります」
「ふふ、はっはっはっはっはっ! 言うは易く行うは難しだぞ」
アイゼは高笑いすると次の説明準備を整えていた事務担当のベニーシャを見やった。
「ひゃい!」
凛々しい美男子のようなアイゼに睨まれて、ベニーシャは驚きつつも赤面する。
ベニーシャは裏方に徹すれば逸材ながら人前が苦手、緊張しやすくすぐに思考が真っ白になる。
「手紙に拠れば、君は慣れない相手との会話は苦手だということだったが、どうする? 君も事務仕事について私にプレゼンしたいのか」
「そ、その! お兄様! 私なんて事務の雑魚は気にせずにどうか!」
「ふむ、残念だ」
冒険者ギルドの心臓部といえる事務仕事は、文字通りに血流を巡らす心臓の役割を果たす。
心臓が止まれば人は死ぬ。事務が止まればギルドが死ぬ。
「ベニーシャは算術や文書作成をはじめとして、学生時代の成績は私より優れていました。私が不在の時はサブマスターとして業務の代行もできます」
「い、いえいえ! 代行だなんて! 私ちっとも決断とかできないタイプでお昼ごはんもひとりで選べないくらいで! はい、はい……」
「ただしおかわりはする」
「おかず交換は積極的にしてくるよね」
余計なことをぺらぺらと暴露するスズキとナゴを、ベニーシャは「むー!」とぺちぺち叩く。
どうにも学生気分が抜けない三人組だとサヴァはうんざりするが、実際つい数ヶ月前までは学生だったわけだし殺伐としない職場つくりには役立ってくれている。
ちらとアイゼの様子を見やるが、やわらかな表情を伺うに好意的に見てくれてはいるようだ。
「諸君らの能力と友情はよくわかった。少々悔しいが、参ったことに私の下でかわいい妹に働いてもらう目論見は脆くも崩れてしまったようだ。最後に、ここまできて開店当日に客入りがまるでないだなんてことでもなければ、だが」
アイゼは曇天を見やる。今日は終日雨天、激しい雨音がガラス窓を叩いている。
ここまでの説明は全て来客ありき。〆に構想を語って協力を願った時よりも、市議会にて惨敗を喫した時よりも、絵空事は着実に現実に近づいているけれど、まだ1ウールたりとも商いで手にした金銭があるわけではない。
開店予定時間はとうに過ぎている。けれど焦る必要はない。往来に出て、客を呼び込めば人がやってくるような生業ではないのだ。できる手はとうに尽くした以上、今日はもう待つ他ない。
アイゼは不安を見抜いてか、試すように大仰に挑発してくる。
「諸君らはどう考えている? 身内贔屓になるが妹の手腕は疑うべくもない。しかし一生を賭して夢を共にする価値があるのかと不安にはならないのか?」
そう問われて、ナゴとスズキとベニーシャはお互いの顔を見合わせ、そしてほんの軽く。
「あたし達、一生ずっといっしょにサヴァと働くつもりはありませんよ?」
と、三人を代表してナゴがあっけらかんと答えた。
覚悟を問うたはずのアイゼンリーベの方が面食らってしまっている。
「夢は寿退社! 受付嬢が人気の理由は断然、冒険者にモテるからだもん! いっぱい稼いでくれて、強くてやさしくてかっこいい理想の結婚相手を見つけるのがあたしの夢!」
「スズキの夢は独立開業なわけで。サヴァに口説き落とされたのは給料まあまあ雰囲気よしの幹部採用、クソ徒弟制度で十年無駄にしないでいいと待遇良いからですかね」
「わ、私は第一志望の面接に落ちてしまって、他に当てもないしみんなとまだ離れたくなかったから流れで就職したけど、夢や将来のことまではまだ……」
三者三様である。
親友たちにも人生設計がある。一蓮托生というわけではないとサヴァは先刻承知の上である。
「い、いいのか……? 普通こういう時は、嘘でも一生ついていくというものでは」
アイゼにとって驚嘆に値する理由は、メイクゥーン家の巨大さを考えれば察しがつく。忠誠心の薄さを示せば、たちまち商会内での立場が悪くなる。組織は巨大になるほどに内側に対立構造ができてしまったり、上下の隔たりが大きくなっていく。
サヴァは彼女ら三人、いつ羽ばたいていくやもしれぬ自由な小鳥たちを愛してやまなかった。
「アイゼ様、いつも手紙に書いていた通りだとは思いませんか」
意識的にサヴァは微笑んでみせる。
素敵な学友に恵まれて学校生活が楽しいと常々書き記したのは心配させぬための嘘ではない。
「……ああ本当に、かしましいやつらだな」
アイゼは悔しがるように苦笑いした。
そうした応接間での和やかな一時を、入室の許可を求めるノックが破る。
招き入れられた接客係のシンターニャは恭しく客人のアイゼに一礼して、丁寧な所作でサヴァにあることを耳打ちしてきた。
――〆からの伝言、それは離別を告げる突然の言葉だった。
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