第29話 もしかして?


「【裏切り者】じゃ……なかった?」

 

 震えた声が口から溢れた。

 困惑。ため息とともに額に手を当てる。 


 分からない。完全に、掴みかけていた糸が切れてしまった。 

 市井さんが裏切り者じゃないとしたら、だったら、あれはなんなんだ……。 


「――どっちだ? お前らの内の……どっちだ?」

「──何を言っているか、いまいち理解ができないが……多分、それは俺だ」

 

 ……天菜の証言が間違っている可能性もなくはない。

 だって、この会話が本当だと仮定すると、意味不明がすぎるだろう。


 どっち・・・だ……?

 一体、白髪の男は何を確認して、市井さんは白髪の男の何を察して、「そうだ」と答えた? 


 考える。

 考えに考えて……そして、僕は立ち上がった。


「……さっぱり分からん」


 諦めるほかない。もう、こうなったら自らの足で真相を探るまでだ。

 それにもう……タイムリミットも少ない。

 

 毒が少しずつ体中に回り始めているのが分かる。

 考えている余裕なんて、ない。


「行こう……天菜、ユズハ。ひとまず、ボスを全部倒して第四層を開放する」

「あれ、もういいの? ……何か、物凄い考えているみたいだったけど……」

「ま、考えても分からないからな。それと、天菜とユズハに先に伝えておく。……市井さんは、シロだ。裏切り者じゃない」

「ふーん。それじゃ、行こー、ナツメ。ユズハ、もう待ちくたびれちゃった」

 

 そこら辺で散歩をしていたユズハが、ふらふらとやってくる。

 その一方で。


「え、えぇ!?」

 天菜が驚いたように声を上げて、僕の両肩をガッと掴んだ。ぐらぐらと、何度も揺すってくる。


「それ……本当? 嘘じゃないでしょうね! 私はあいつに……一回殺されかけたのよ!?」

「こんな嘘をつく意味がないだろ。市井さんは白だ。【絆チェッカー】っていうアイテムで調べた」

「……【絆チェッカー】?」

「巨人の討伐報酬だ。……簡単に言えば、人狼ゲームで言うところの占い師みたいなもんだよ」


 天菜がぴしゃりと動きを止めて、「な、なるほど……」と落胆気味に納得する。


「だとしたらあいつ……なんか挙動おかしすぎるでしょ……」

「それには同感だ。でもきっと、何か理由がある」

「理由って……?」

「それは……まだ分からん」

 

 一歩前に出て、まだ手をつけていないエリアの方を向く。


「だからまずは……ボスを倒す。もしかしたら、【絆チェッカー】以外にもアイテムがあるかもしれないからな」

「そっ。分かったわっ!」

 

 陽気な声で言いながら、天菜が弾むように背の方から僕の前に出た。

 振り返って、僕の顔を見て笑う。


「じゃあ、すぐに行くわよっ! 次は私も……ちゃんと戦うんだから!」

 

 陽の日差しが、彼女を背から照らしている。

 その光景が、妙に可愛く見えて。……こいつ、やっぱり見た目だけは可愛いんだよな、だとか、正直じゃないことを不意に思った。

 

「ああ、まあ……期待してるよ」

 照れ隠しのように、素っ気なく答える。

 

「ちょ、ちょっとー! あんま期待してないじゃん、その感じ!」

「本当だよ。巨人の足を止められる魔法だ。普通の魔物なんて……もう相手にすらならないんじゃないか?」


 言えば、天菜は分かりやすく上機嫌になった。


「そ、そうよっ! 私にかかればもう、普通の魔物なんてちょちょいのちょいに決まってんだから! このままボスも倒して、【絆チェッカー】も集めて……」

 

 そこで、天菜がぴたりと言葉を止める。

 そして、ふと疑問をこぼした。


「でも、ボスを倒しても【絆チェッカー】が出るとは、限らないのよね?」

「え?」思ってもいなかった疑問に、少しばかり動揺する。「あ、ああ。もしかしたら、エリアごとに目玉のアイテムは変わるかもな」

「だとしたら……【絆チェッカー】が占い師なら、狩人とか、霊媒師みたいな効果のものも、あるのかな……って」

「あ……」

 

 狩人とか……霊媒師……? ああ、そうだ。このゲームは……人狼ゲーム・・・・・のようなものだ。

 ドクドクドクと、急激に胸が脈打ち始める。何か、今、掴みかけた。掴みかけたはずなのに、ふっと消えてしまう。なんだ……? 狩人、霊媒師、人狼ゲーム……。今僕は、何を掴みかけた?


「──ま、待ってくれッ!!」 

 

 背後から急に声をかけられて、思考がふわりと霧散する。

 

 ぜぇはぁ、ぜぇはぁ。

 息を切らしながら、一人男が寄ってくる。

 

 誰かと思えば……そうだ。

 このイケメン金髪ピアス……さっきの戦いで邪魔だった不良男だ。

 

 しかも、仲間にしてくれとか頼み込んできたやつ。

 不良男は、焦ったように声を上げる。


「俺もっ」不良男は顔を伏せ、勇気を振り絞ったように拳を握りしめる。「俺も、アンタたちのパーティーに入れてくれ。……俺だって、戦える」

 

 値踏みするように男の体を見回して、僕はため息をついた。

 ダメダメだ。白髪の男や市井さんのような、覇気がない。単純レベルが低いだけじゃなく、人間として戦う強さを感じない。

 

「無理だ」冷酷に、彼に告げてやる。「アンタじゃ戦えない。さっきみたく相手の人質になるのが関の山だ。それに信用もできないし……。悪いことは言わない。ゲームが終わるまで、隠れてやり過ごせばいい。裏切り者もボスも、僕らが倒しておくから……っ」


「ダメ、なんだよ。それじゃあ、ダメだ。俺は、あんたを死なせたくない。何が何でも、だ。だから、俺も連れて行ってくれ。……捨て駒にしてもいい。あんたを、守るために戦いたい」


「……は、はぁ?」

 なんていう情熱的なアプローチだろう。普通、こういうのは異性に言うべきセリフじゃないだろうか。君を守りたいなんて……正直男に言われても気味が悪いだけだ。


「……なんで、僕を守りたいんだよ」 


 訊くと、不良男は言ってみせた。


「あんたが、主人公かもしれないからだ」と。

 

 戸惑い「はぁ?」と顔を歪める僕の一方で、ユズハが「ぉお~」と歓喜の声がを上げる。

 そして、偉そうにビシバシと男の背を叩いた。


「お前、分かってる! ナツメは主人公。お前、中々見る目あるっ!」

「う、うす……」

 照れ臭そうに返事をする不良男。


 狂っている……。

 思っていると、天菜もまた「うげぇ……」と微妙そうな顔をしていた。


「イケメンなのに……勿体ない性格してるのね……」

 完全に同意だ。 


 不良男が、「それに」と続ける。

 少しずつ吃りもなくなって、不良男の顔に自信が満ち溢れ始める。


「それに、あんたが死んだら……金剛が死んだ意味がなくなる。だから、俺はあんたを守らなくちゃならない。信用ができないなら、戦力にならないと考えるのなら、だったら──」

 

 だったら、不良男はそう言った。瞬間、不良男の右目がピカリと光る。神秘的な模様が、ぐるぐると彼の右目に刻まれる。彼は続けざまに宙に腕を放り投げると、何もない場所で弓をつがえるような構えを取った。彼はふーっと、ゆっくりと息を吸って吐く。

 

「これで、信用に足ると良いんだが……。創造魔法【弓矢ボウ・アロー】」

 

 びゅんっ。

 飛び出す弓矢が、一閃に宙をかける。そして、数十メートル先の草むらを射抜いた。ただの草むらじゃない。 


 草むらから一匹、矢の刺さった小さな兎がふらふらと躍り出てくる。

 これには、流石の僕も思わず目を見開いていた。


 天菜が、「すごっ!?」と驚きの声を上げている。

 ああ、凄い。確かにこれなら……戦力になる。

 

「……あの距離の、しかも草むらの中の獲物が、見えたのか?」

「ああ。ま、まあな」動揺するように、不良男が答える。「俺は……目だけはいいんだ」と。 


 いや、いやいや……。


「目だけじゃない。弓の腕前も十分すぎる……。ここに来る前から、弓道はやっていたのか?」

「一応……やっていた……。けど、まじ、ビックリだ。一回も、的に当たったこと、なかったのに……初めて、当たった……」

 

 喜びを噛みしめる不良男。

 どうやら初めてだったらしい。拍子抜けにも程がある。だけど、これは……使える。

 

 そもそも、相手は六人。戦力は微力でも増えたほうがいい。


「あんた……名前は?」


 尋ねると、不良男は「は?」と驚くように口にした。


「今、俺の名前を訊いたのか?」

「お前以外にいないだろ……」

「てことは、入れてくれるってことか……? アンタの、パーティーに……?」

「つまりそういうことになるな」 


「ま、まじかよ……。おいおい、やべぇ、やべぇよ、俺……メインストーリー入りだよ……っ!」男はブツブツと興奮気味に意味不明なことを宣うと、ニッと笑って言う。「紡木つむぎ 久太郎ひさたろう。職業は……【紡ぎ手】。意味不明な職業で、使える固有スキルもよく分かんないけど……弓でなら、応戦できる」


 久太郎は僕らに背を向けると、意味不明な方角に指をさした。

 困惑する僕らに、彼は告げる。


「奴らが逃げたのは向こうだ。追いかけてもいいが……ボスを全部倒したいならそれでもいい。どちらにせよ時間がないんだろう? ……アンタの毒が回る前に、さっさと方をつけよう」 


 ……は? 毒?


「いや、待て待て待て……。なんで、僕の毒のことを知っているんだッ!!」 

 

 糾弾するように僕は叫ぶ。

 だって、それを知っているのは白髪の男の仲間くらいだろう。しかし、彼はそんな様子一切見せず、ただただ自慢げに言ってみせた。


「だから、言っただろ」と。「……俺は、目だけは良いんだよ」

 

 久太郎の右目の奥で、奇妙な模様がぴかりと光っていた。 

 

「俺の固有スキル……【観測者】。いまいちよく分かんないけど、どうやら、相手のスキルとステータス……それに状態まで全て分かるらしい。何も……無意味にアンタのパーティーに入れてくれと言ったわけじゃない」

 

 神妙な顔つきで、彼は言う。


「白髪の男……あいつのステータスを見た。だから言える。アンタじゃ……あの化け物には敵わない。ステータスオールA。そして職業が――【略奪者】。恐らくだが、相手のスキルを奪うような……驚異的なスキルを持っている」


「……それで、あんたの勝算は? パーティーに入れてくれと懇願したんだったら、少なからず勝算があったんだろ?」


「それは……すまん。全くない。けど、たった一つだけ。有益かは分からないが……奴の『状態』が見えた」

 

「『状態』……?」


「ああ。……状態異常【???】。なぜか詳細は見れなかったが…………あいつも何者かに、何らかの状態異常をかけられている可能性が高い。つまりだ……」


 久太郎は一拍おいて、真っ直ぐに僕の目を見つめた。

 遠くで、彼に射抜かれた兎がころりと倒れるのが見える。

 

「……あの六人組の中に一人、あの白髪を欺いて、あいつを倒そうとしている……俺たちの味方がいるかもしれないということだ」

 

 吐息が漏れた。

 

 いや、そんな。……まさか。

 頭の中に思い浮かぶのは、やっぱり、市井さんの姿だった。



【あとがき】

 まだ沢山の方に読んで頂いているみたいで、とても嬉しいです。

 本当にありがとうございます……。

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