第25話 そして物語は。


【???】


 この世界には多分、二種類の人間がいると思うんだ。

 メインキャラか、モブキャラか。

 

 でも、大抵の人間はモブキャラだし、きっと、メインキャラの存在も知らないままに死んでいくんだと思う。

 俺だってそうだ。きっと君だって、そのはず。

 

 のくせに、憧れちゃうんだよな。

 俺もいつか、メインキャラにー! って。

 

 なあ、金剛。お前も、そうだった。

 だからあの瞬間、巨人を目の前にしても立ち向かえたんだ。 


 一方、俺は何も出来ないままでさ。

 情けないって、思うよ。

 

 でもね、金剛。俺はお前が巨人に踏み潰されたあの瞬間、分かっちゃったんだ。

 モブキャラじゃあ、メインキャラには届き得ないって。 


 だけど、だけどさ。

 証明してやりたいって、思ったよ。

 

 モブキャラでも、あそこで金剛が立ち向かったことには意味があったんだって。

 なあ、金剛。大丈夫だよ。お前の死は、絶対に。メインキャラのあいつが、そう言っていたとしても。 


 ――絶対に、無駄死になんかじゃなかった。 


 俺達モブキャラだって、メインキャラにきっとなれる。

 大丈夫。それはこれから……俺が証明するからさ。

 

 ◇

 

「スキル【死体回収】」

 

 首元から飛び出した黒い影が、目の前に転がる巨体を喰らい尽くす。

 瞬間、どっと体から力が抜けきった。

 

 ふぅ。息を吐いて、その場で大の字に寝転がる。

 

 ……終わった。ようやく、終わった。

 どれだけ時間がかかったのか、自分でもよく覚えていない。

 

 毒が効かない。そう悟ったあの瞬間からは、ほぼ自暴自棄だったけど。

 でも、倒せた……。

 

 は、ははっ。

 意味も分からず、笑いが溢れる。


「俺……すっげー……」

 

 余韻に浸る間もなく、フラマが変形し始める。

 ぐにゅぐにゅ、ぐにゅぐにゅ。蠢いて、そして……。

 

「あれ……?」 


 マフラーの姿はどこへやら、僕の体に纏わりついた。

 ぐにゅぐにゅ、体中を這い回って、そのまま、腕へ、手のひらへ、やがて剣を影で覆う。

 

 なんだろ……。

 気になって、フラマのステータスを表示してみる。


Skill──────────────────―

【死体回収】――(回収中:【巨人族の末裔〈B〉】)

----効果---------------------------------------

〇フラマの形態変更フォルムチェンジ

【射撃型】→【エンチャント型】


〇スキル

【鉄壁】【砕波】


〇特殊効果

窮地時、狩人の亡霊が駆けつける。


──残り回収可能枠〈 0 / 1 〉

─────────────────────


  

 なるほど。エンチャント型、というのを見れば何となく分かる。恐らくだが、剣や装備の性能を上昇させる類のフォルムなのだろう。

【特殊効果】も気になるし……。 


 今回のフォルムは、使ってみないと分からないな。

 因みに討伐報酬は……

 

 

Info───────────────────

【!】要注意ボス《巨人族の末裔》を討伐しました。

【!】アイテム《二人の日記》が授与されました。

【!】特殊アイテム《絆チェッカー》が授与されました。

──────────────────―――


 

 ……こんな感じだった。

 おいおいなんだ、これだけかよ。そう思ったかもしれないが、それは間違えだ。

 

「やべーじゃん、これ……」

 

 特殊アイテムの効果説明を見て、僕はニヤリと口角を吊り上げる。


 

【絆チェッカー】

 ――効果:対象が”裏切り者”かどうか分かる。一度使えば壊れる。



 対象が、裏切り者かどうか分かる。

 ……正直、とんでもない効果だ。 


 誰に使うか、念入りに考える必要があるが――


「――な、ナツメ、大丈夫だった?」

 

 突如として横から声をかけられ、ハッとなる。

 咄嗟に、【絆チェッカー】を懐に隠していた。 

 

 声の正体はユズハだった。ユズハは、僕だってもう信頼している。

 

 でも。これの存在は、恐らく全てをひっくり返す一手になる。

 なるべく、誰にも知られたくはない。


「凄い血……早く癒やさないと。治癒魔法【治癒ヒール】」


「ありがと、ユズハ」


 みるみる内に癒える傷。

 本当、体中に出来ていたはずの傷が、なかったかのように綺麗に塞がっていく。

 いっそ、おかしなくらいに。

 

 不意に思う。

 これって、低レベルの人間が使える魔法なのかな、って。

 どう考えたって、効果がおかしい。効きすぎている。いやまあ、僕にとっては有り難いんだけど。

 

 ……何者なんだろうな、この子は。

 裏切り者じゃなくて、僕に協力してくれるなら、それならそれで良いんだけど。


「そんなことより……」

 

 呆気にとられた顔で硬直している天菜を見て、ため息一つ。

 こいつは、一々リアクションが大きい。 


 駆け寄り、隣に座る。

 

「おい」指先で天菜の頬を小突く。「おいってば」


 すると、びくりと天菜の体が動いた。 

 ガクガク。オイルの刺さっていないロボットみたいに、首をこちらにゆっくり向ける。

 

「ね、ねえ……」にヘラと笑って。「あんた……強すぎない?」


「そんな真っ向から褒められると……気持ち悪いんだけど」


「い、いやだって、おかしいでしょ! 奇襲しか脳のなかったあんたが、あの巨人を、あんな……い、いやいやいや、おかしいわよ! それに、なんか巨人の死体まで食べちゃったし!?」


「だから言っただろ。変わったって」


「変わったって……だって、もう別人レベルじゃない? ここまで来たら……」

 

 はぁ。分からず屋だ。思いながら、僕は答えた。


「だからきっと、天菜もこんくらい変われるってことだよ」


 天菜が、目を丸くさせてこちらを見る。

 それから、ゆっくりと微笑んだ。


「まーね。これからは、私も頑張っちゃうんだから!」


「でもまあその前に……」

 

 怯えきり、何もかもが信用できないと泣いていた天菜の姿を思い出す。


「……約束通り、市井さんのことも、天菜がついていた嘘も、全部全部教えてもらうからな」


「ええ。……流石にもう、あんたが裏切り者ってことはないでしょうからね。……教えるわよ、全部」


 これで、ようやく答え合わせができる。

 ……天菜が特別な理由。それが分か――


「――あ、あの!」


 不意に背に声をかけられ、ハッとなった。

 見知らぬ声だ。甲高くて、可愛らしい。振り返る。するとそこには……小柄で、ピンク色のリュックサックを背負う可愛らしい少女の姿があった。

 

 隣には、端正な顔立ちをした猫目の少年の姿がある。制服を着ている辺り同年代だろうが、耳にぶら下がるピアスや制服を着崩している辺りを見ると、不良……というやつなんだろう。何となく近寄り難く感じる。

 というか……イケメンすぎて、怖い。まるでモデルみたいだ。

 

 心なしか、隣りにいる天菜まで目を輝かせているように見える。

 ……なんかムカつくな。

 

「あの、今の、す、凄かったです!」

 

 少女の声に、呆気にとられる。

 す、凄かった……?


「あんな大きな化け物を相手に、飛び回って、倒しちゃって……本当、す、凄くて……」

 

 もじもじ。顔を赤らめながら、少女は口を結んで俯く。

 そ、それで……。小さな声でそう言うと、ぎゅっと目を開いて、彼女は言ってみせた。


「凄く、格好良かったです!」

 

 リュックサックの両紐を小学生みたく前に引っ張って、彼女はふんすと鼻を鳴らす。


「え、あ……」

 

 戸惑って、僕は固まった。

 ……いや、格好良かったって言われても、何て言っていいか分かんないし。というか、それだけなの? いや、まあ、嬉しいけど。この子、可愛いし。え、というかこの子が僕のことを、今、格好良いって言ったのか……?

 

「ちょっと……何鼻の下伸ばしてんのよ……」


「ち、ちがっ!」

 声を出してから、ハッとなった。天菜になんて構っている場合じゃない。


 少女の方を振り返って、僕は頬をかきながら言った。


「えっと……ありがとう。嬉しいよ。でも……言いたいことは、それだけ?」


「あ、えっと……違くて……。よ、良かったらですが、私も……貴方達のパーティーに、入れてほしくって……。身勝手な願いだとは、分かってます。ですが……お願いします!」

 

 少女が、びしっ、と腰を曲げてお願いする。


 パーティーに入れてくれ、と来たか……。正直、迷いどころではある。この子が裏切り者じゃない、という可能性はどこにもない。危険になる要因は、なるべく抱えたくないのが常だ。


 ただこれを断れば……この子が裏切り者じゃない場合、魔物に殺されるのは時間の問題だろう。 


 見捨てたくはない。けど……危険は背負いたくない。

 どうしたものか。思っていると、少女の隣の男が気怠そうに口を開いた。


「あー、えっと。……ついでに俺も、お前のパーティーに入れろ」


 ……なんだこいつ。

 思わずこめかみに青筋が立つ。とんでもない上から目線である。

 

 一発ガツンと言ってやろうか。

 思っていると、天菜が笑顔で言ってみせた。


「良いじゃない、別に。入れてあげても」

「……お前こそ、鼻の下を伸ばして何言ってんだよ。……つーか、状況分かってんのか」

「冗談だってば……。もしかして、嫉妬してる?」

「誰がするか、誰が」

 

 ……はぁ。ため息をついて、僕は思索する。

 入れてやるか、入れないか。まあ、パーティーに入れようが入れまいが、裏切り者ならいつか僕らを殺しに来るだろうし。何かしたら僕がやっつければいいだけ、なんだけど。


 彼らの力量が正しく見切れない以上は、正直厳しい。ここで【絆チェッカー】を消費するのも、得策とは言い難いしな。

 

「ごめん。だけど、二人とも信頼出来ない以上は――」

 

 ……あれ?

 不意に違和感を覚えて、目を見開いた。

 

 胸を襲い来る、強烈な違和感。

 いいや、胸騒ぎ。

 

 何かが、おかしい。

 違う。頭上。視界の上の方で、何かが動いた……?

 

 咄嗟に、顔を上げた。

 上空には、青い空。そして――マップパネル。 


 何もおかしくない。

 いいや、違う。

 

 36マスに分けられたエリア。

 そのいくつかには×がついていて。そしてまた一つ、×がついていた。 

 すぐ、2個上にあるエリアのマスで。

 

 ……違和感の正体は、多分これだ。エリアマップに、×がついたこと。でも、違う。それだけじゃない。 


 ぽつん。

 また一つ、すぐ上のエリアで、×がついた。

 

 はっ、と息を吸い込む。

 

 ――×のマークが、こちらに向かって近づいて来ている?

 

 エリアボスをこのハイスピードで蹴散らせる存在が。

 急速に、こちらに近づいてきている。

 

 というか、その方角。

 あの少女が、いる方じゃ……。


 目を見開いて、叫んでいた。

 

「は、走れ! こっち向かって、走れッ!! 早くしろ!」


「ふぇ?」 


 呆気にとられる少女の背後で、影が揺らめいた。

 ズシャッ。血飛沫が上がる。

 

 誰かが、ヒャッハー! と、楽しそうに叫んだ。

 それと共に、ころころとこちらに、少女の生首が転がってくる。


 あまりにも唐突な展開に、頭がついていかない中。

 現れた一人の男が、ニシシと笑ってこちらに指をさしてみせた。


「また、会えたなぁ?」と。

 

 口が、あわあわと独りでに動く。

 

 また、会えたな。

 一瞬、その意味がよく理解出来なかった。 

  

 でも、すぐに分かった。

 あいつ、あいつは――。

 

 ぶわり、鳥肌が立つ。

 やがて、男の背後から、ゆっくりと五人の男が現れた。

 

 先頭には、白髪の男・・・・の姿がある。

 そのすぐ横には、市井さんの姿もあった。目には生気が宿っておらず、虚ろだ。

 その隣には、見覚えのあるブレザーを着た謎の【歪み】を使う少年。 


 そして、彼らの両端に構える男二人。

 彼らにもまた、見覚えはあった。

 

 また、会えたな。

 男は、そう言った。


 思い出していたのは、路地裏でのこと。

 僕から全てを奪った、男三人。


「――また、ヒーローしなくていいのかぁ?」

 

 にへらと笑う男を前に。

 僕はただ、震えることしか、出来なかった。


「ほら、早くしないと……」

 

 端正な顔立ちをした不良男の首に刃物をあてがい、男が笑う。


「……まーた何も、守れないぜ?」



【あとがき】

 お久しぶりです。

 言い訳はしません。サボっていました。申し訳ありませんでした。

 

 これからまた、ゆっくりとですが書いていこうと思います。

 信頼出来ない作者かもしれませんが、どうかこれからもよろしくお願い致します。

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