第24話 Death Dance
「木の実にはちみつなんてかけて……な、何する気なの……?」
正気の沙汰か。
そうとでも問うように、天菜が顔をひきつらせてこちらを見る。
「まあまあ、見てろよ……」
呟いて、僕ははちみつでべとべとになった赤い木の実を軽く握った。
――状態異常:猛毒。
つい数時間前くらいに、男に襲われたときに何故かかかっていた状態異常。
あの時はあの男のスキルのせいか、なんて思いもしたが……。最初のルール説明のとき、アナウンスに言われた言葉を思い出す。
『――魔法やスキルは、口に出してからじゃないと発動しない』
となると、あれはスキルじゃなかった。
なら何が原因だ? 正解は恐らく……ナイフに毒が塗ってあった、だ。
じゃあ毒はどこから来たのか……。
恐らく、その正解が【赤い木の実】だったんだろう。
幻惑効果。それだけで終わるはずがない。
わざわざ人を惑わせて食べさせる『罠』のくせして、食べたら食べたで何もありませんでしたーで終わる訳がないのだ。
そう考えれば、赤い木の実に毒の効果が含まれていたって不思議ではないはずだ。
こちらを見下ろす巨人にめがけ、僕はニッと笑みを向ける。
――じゃあ、もし巨人が【猛毒】の状態異常にかかったら?
そもそもかかるのか? というか、本当に赤い木の実に毒の効果があるのか?
分からないけど……賭けるしかない。
「グァアァアア!!」
「そんなにはちみつが欲しいなら……これでも食らってろッ!!」
ぶんっ。
風を切って飛んでいく赤い木の実は、巨人の口まで届きそうもない。
しかし。
赤い木の実にはちみつの匂いでも感じ取ったのか、巨人は木の実とは不釣り合いなほど大きな手でそれを下から掬い上げると、嬉しそうに口内に放り込んだ。
ごくり。喉が動く。
だがしかし、念には念を、だ。
「天菜……赤い木の実は、あといくつ持ってる?」
「3つ、あるけど……」
「そんだけあれば……憂いはないな」
天菜から受け取った3つの赤い木の実。
その全てにはちみつをかけぶん投げ、僕はゆっくりと息を吐いた。
ぱく、ぱく、ぱく。
巨人は、嬉しそうに赤い木の実を食べる。
ここからは、時間との戦い。
状態異常【猛毒】――発症後、30分後に死に至る。
30分、30分だ。
……大丈夫。僕ならやれるって。
「ユズハ……」
名前を呼ぶだけで、伝わった。
足を纏う光。筋肉の収縮する音。
はちみつを右手に抱えたまま。
その全てを解き放つように、僕は駆け出した。
◇
【――モニタールーム――】
「なるほどね……。【猛毒】を使って倒す……か」
楽しそうに、ラビットが右口角を吊り上げた。
「あの大きな体に毒が回るには、少なくとも三時間はかかると思うけど……そこまでは考えていなかったのかな?」
ラビットの浮かべる疑問に答えるように、筋肉質の男が「はっ」と鼻で笑ってみせた。
「どうせ考えなしに行動したんだろ。つーか、弱えからそれに期待せざるを得なかった。あのガキに、あの巨人をさばけるほどのステータスはねぇだろうからな」
「でもでも!」
活発な黒髪ツインテールの少女が、はいはい! と言いながら右手を上げる。
「私はまさか、あそこから巻き返すとは思わなかったよ!? それだけでも凄いですよぅ! 良いな良いなぁ、ああいう『初心者』の死物狂いって感じ! しかも、ちらっと髪の毛の下見えちゃいましたけど……」
ニシシ。言葉をためて、少女は言った。
「結構、可愛い系の顔してましたぁ!!」
にぱぁ。笑顔を花を咲かせる少女に対して、
はぁ、ため息をつきながら、筋肉質の男が答えた。
「あれはただの運だろ……。つーか……お前はイケメンが好きなだけじゃねぇか……気持ち悪い」
「まあまあ」
二人を宥めるように、ラビットがあははと苦笑した。
「問題はこれからだね。三時間、あの巨人から逃げ切ることができるか……」
「無理だな」
きっぱりと、筋肉質の男が言ってみせた。
「30分で死なないとなった時点で、恐らく【猛毒】がかからないことを疑うだろう。そうなったらお終いだ。きっと……猛毒ではなく真っ向から巨人を倒そうとして、そんで負ける」
「私も同意ね。それに彼、そこまで強くなさそうだし。ラビットの買いかぶり過ぎじゃないかしら?」
妖艶な黒いドレスを身に纏う女が、ちろりとベロで唇をなめて同意する。
しかし。
「はは~ん?」
部屋の隅で壁にもたれかけ、ポケットに手を突っ込んでいた男が、何かを見透かすように笑ってみせた。
「まあまあ、落ち着けってお前ら。自分が昔ラビットに期待されなかった雑魚だったからって……嫉妬すんのは良くねぇぜ~?」
……ピキッ。
とんでもない殺意と威圧感が、部屋中を充満する。
チッ。どこからともなく、舌打ちの音が聞こえてきた。
張り詰めた空気感の中。
背丈の低い少女が、むむむ? と一人で唸る。
「そういえばあの子、どこかで見たことあるような……」
ぐぬぬぬぬ、こめかみに指を当て、彼女は必死に頭を回す。
そして、「あ!」と突如として声を上げた。
「彼、夏芽くんじゃないッスか!! え、なんでッスか!? おかしいッスよ!! だって、夏芽くんは妹さんを助けるために必死に頑張ってバイトを……あ、妹さん……」
何かに気づいたように口元を覆い隠す「ッス」キャラの少女に、元気いっぱいの黒髪ツインテールが「おやおや?」と興味深げに耳を傾けた。
「もしかして……お知り合いだったり?」
「いや、ついこの間……私の〝仕事〟を手伝ってもらっていただけッスけど……」
「じゃあ、もしかして……連絡先も持っていたり……?」
「ま、まあ……持っているッスけど……」
「ください! 彼の連絡先!」
ズドン。
ツインテールの間を裂くように、彼女の頭にチョップが降り注ぐ。
「ひぅう……」痛みに目元に涙を浮かべる少女に、筋肉質の男が呆れるように言ってみせた。
「自重しろ……バカ野郎」
「――そんなことより」
ラビットのはなった一言で、茶番が一瞬でストップされる。
静寂の中、モニターに真剣な眼差しを送るラビットが、ニヤリと不敵な笑みを浮かべて呟いた。
「彼……案外強いよ」
一斉に、再度モニターに視線が集まる。
モニターの中では、一人の少年が走り回っていた。
時には飛んで、時には滑り込んで、巨人の周りを飛び回る。まさに翻弄。先程から巨人の攻撃が、一切かする気配も見せない。
「なるほどな……」
部屋の隅にいる男が、楽しげに声を上げた。
「……【囮の才能】、か」
ラビットが、それに答えた。
「どうやら、君と同じセンスらしいね……?」と。
巨人が両腕を振り上げ、挟み込むように少年に攻撃する。
がしかし、少年は垂直にジャンプをして攻撃を躱す。
そこに、すかさず巨人が迎撃した。少年は未だ宙を舞っている。
回避は困難……と思われたが、次の瞬間、少年の体がひゅるりと翻った。
巨人の腕が虚空を裂く。少年は、いつの間にかまた地面を駆けていた。
一斉に、モニターを見ていた全ての人間が目を見開く。
「今こいつ……何した?」
「しゅ、瞬間移動に見えましたよ!?」
「ちげーよ」
ポケットに手を突っ込みながら、部屋の隅の男が言う。
「からくりはあのマフラーだな。……何かを撃って、その反動で体を無理やり動かした」
「んだ、その曲芸……。つか、ギリギリすぎじゃねぇか……」
筋肉質の男の言葉に、誰もが息を呑んでいた。
そう、ギリギリ。ギリギリだ。既のところで生きているだけ。一歩でも間違えたら終わってしまう生と死の境界線上を、彼はひたすらに走っている。
ラビットが言った。
「もうすぐで、三十分だ」
いよいよだな。そう言って、筋肉質の男が口を開く。
「ここが正念場だが……【猛毒】が効かないと悟って諦めるか、愚かにも立ち向かうか……」
「いいや、どうやら……気づいてないらしいッスけど……」
少女の言葉に、誰かが「嘘でしょ……」と呟いた。
モニターの中の少年は、30分経過したことに気づく様子もなく、笑顔のまま踊り狂っている。
笑っていたのだ。少年は、楽しげに笑っていた。
「まさか……」筋肉質の男が、顔を引きつらせながら言った。「この地獄を、楽しんでいるってのか……?」
それから、誰もが黙って少年の行方を見守っていた。
躱して、躱して、躱して、躱す。極限状態の死のダンス。
また30分が経過する。もう、少年の体はズタボロだった。しかし、彼はそれでも踊り続けた。
また30分。
そろそろ限界だろう。
それでも、少年はひたすらに踊り続けた。
少年の青い瞳がギラついた。
何かが動く。それを、誰もが悟っていた。
「この回避能力なら……本当に、三時間逃げ続けることもできるんじゃないッスかね……」
不安げに声を上げた少女に対して、ラビットが「いいや」と答えた。
「どうやら、そうでもないらしい」
モニターの中で、少年が大剣を持ち上げている。
「まさか……」
驚くように、筋肉質の男が声を上げた。
「ああ、そのまさからしいね」
モニターをじっと見つめて。
ラビットが、笑った。
「どうやら――【猛毒】の3時間を、待つこともないらしい」
ギュィィイン。そんな音と共に。
空を舞うように飛び上がった少年が、巨人の目玉に大剣を突き立てた。
それからは早かった。
そろそろ毒が回ってきたのか、動きが鈍重になってきた巨人は、目玉も潰され、ただ乱雑に体を振り回すだけだった。ただ、そんな巨人を嘲笑うように。踊るように。
少年は巨人に何度も大剣を突き立てた。
そしてやがて。
地面に転がった巨人めがけ、少年は笑って手をかざした。
「スキル【死体回収】」
少年の冷酷な声だけが、部屋の中で響いていた。
【あとがき】
キャラがごちゃごちゃで読みにくいと思われた方は、コメント欄で教えて頂けると有り難いです……。
ここからようやく最後のゲーム、いわゆる第一章のラストが始まる予定ではあります……。
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