第26話 望む再開
弱いから、奪われる。
弱いから、裏切られる。
弱いから、弱いから、弱いから。
いつだってこの世界は理不尽で、残酷なほどに単純明快だった。
弱かった。だから奪われた。
弱かった。だから裏切られた。
目の前で、少女が笑っている。
「――おにーちゃん!」そう言って。「ねぇ見て、薔薇だよ! 薔薇!」
たった一輪の薔薇。
それを見て、君は笑っていた。
言いたかった。違うんだよって。
違ったんだよって。
本当は、もっといっぱいあったんだ。もっと、楽しくなるはずだったんだよ。
ごめんね、でも、僕が、弱いから。
弱いから、奪われたんだ。
あいつらに。あの三人に……。あいつらさえいなければ。あいつらを、この手で……それができるくらい、僕が強かったら。
ああ、あいつらを、僕が、いつか――。
あの時覚えた感情、あれ、なんだっけ。
もう、覚えちゃいないけど。
でも。
◇
「この瞬間のために……強くなったんだろうがッ!!」
男に向かって、手をかざす。
そのまま軽く息を吸って、唱えた。
「駆けろフラマ……。スキル【引き寄せ】ッ!!」
僕の体を纏う影が、一閃に男に向かって飛んでいく。
「これが、あいつが言ってた……ッ!?」
男が叫ぶ。がしかし、フラマは止まらず駆け抜けた。止まるな、僕もそう念じる。
お前だ。お前が奪った。お前のせいだ。絶対に……今、ここで……殺す。結花の笑顔を奪ったのは、お前だ。
「お前が先に……奪ったんだろうがッ!!」
「や、べッ!?」
男が悲鳴を上げて、人質に取っていた不良男をこちらに放り投げた。
フラマはガシリと不良男を捕まえると、ズサーッとこちらに引きずり寄せる。
ちっ。舌打ち一つ。邪魔だ、お前さえいなければ、今あいつを……そう叫びそうになったのを、咄嗟に堪えた。
引き寄せられてきた不良男が、バツが悪そうに目を伏せている。
「す、すまねぇ……完全に、油断した……」
「……別に構わない。分かったら、さっさと逃げろ。きっと、お前が戦えるような相手じゃない。……死にたくないなら、逃げろ」
告げて、すかさず後ろに首を向ける。
少し離れたところに、怯えるようにユズハと天菜が身を寄せ合って縮まっていた。
ユズハに目配せを一つ。すると、コクリとユズハは頷いた。
……ここだ。ここで、持っていく。相手は六人組。まともにやり合えば勝ち目はない。
……一人、ここで持っていく。
「なんだよ、やる気かよ」
不良男を人質に取っていた男が、笑いながら懐から一本のクナイを取り出した。
「もう……不意打ちは食らわねぇぜ?」
「それは……どうだろうな」
すーっと、大きく息を吸う。肺を膨らませ、全神経を両足に集中させる。
あの日は、まるで敵わなかった。でももう、違う。今の僕には、力がある。
きっとあのクナイ男は、裏切り者じゃないけれど。それでも、構わない。
殺す。絶対に……殺す。
あの日感じた痛みが、苦しみが、脳の奥底で反芻する。
ずっと、待ってた。この瞬間を。
ギュィィイイン。
ぎちり、筋肉が隆起して。そして――放たれる。
「は、っや……ッ!?」
クナイ男が驚くように口にして、咄嗟に腕を構えた。
がしかし、その全てを置き去りにして、ぬるりと背後に回り込む。
ニィ。いつの間にか、笑っていた。
口角を吊り上げたまま、僕は言う。
「ずっと、待ってた。……お前達とまた会える日を、あの日からずっと……ずっと、待ってた」
「んだ、それ――」
一突き。差し出した剣の先が、背の骨の間をくぐり抜け、心臓を貫く――寸前で、ガキンッと、甲高い音が鳴った。
目を見開く。
まさか、今の一瞬で……弾かれた?
違う。
僕の剣を弾いた人間、その正体を見て、僕はギリッと奥歯を噛み締めていた。
分厚く逞しい体躯に、頼りがいのある大きな背中。
なぜ、貴方が……。
男が、あくまで冷徹な表情を貫いて僕に告げる。
「すまんな、ミナト……」
「なんで。なんでですか……市井さん」
市井さんだった。
市井さんが、僕の振るった剣を甲手で軽く受け止めていた。
彼の、全てを受け入れる覚悟を決めたような凛々しい瞳を、僕は強く睨みつける。
しかし、市井さんは微動打もせず、僕の瞳を見返し続けた。
「さ、さんきゅ、市井。……まさか、このガキがここまでやるとは思わなかった」
「おい、杉本。お前さぁ、言ったよな? 油断はすんな、って」
明らかに苛立ったような表情でそう言ったのは、市井さんではなく白髪の男だった。
そうか。やっぱりあいつが……リーダーらしい。
白髪の男は、舌打ちをしてから続ける。
「勝手に突っ込んで勝手に死んで、無駄に戦力を下げられちゃ困るんだよ。……あのガキに因縁があるのは分かってるって。だから安心しろ。どうしてもアイツを殺したいなら、俺がまたその機会を作ってやるからさ。それまでお前は……お座りだ」
「っち。……すまねぇ」
まるで犬のような従順さに、驚く。
でも、すぐに理解した。
彼らの間には、それほどの『実力差』があるということだろう。
市井さんが、僕の目を見つめたまま口を開く。
「なあミナト」と。「……もう、諦めてくれないか」
「……は?」
困惑する。諦める……? それって、どういう……?
「俺は、お前を殺したくはない。だからもう、諦めてくれ。……頼む。今の一撃で理解した。お前じゃあ……
「それって――」
あの時と、一緒だ。一緒じゃないか。
彼はずっと、僕に対して……同じことを、思っているんだ。
「――僕に死ねって……そう、言っているんですよね」
市井さんは、何も答えなかった。
ただ、目だけはそらすことなく、真っ直ぐに僕のことを見つめていた。
まるで、答えを急くように。
「僕には……」喉から、声を振り絞る。「僕には、叶えたい夢があります。だから……死ねません」
「そうか」
市井さんは、残念そうにそう言って。そして。
「それならそれで……良いんだ」
そうとだけ言って、立ち去ろうと僕に背を向けた。
脳内で、記憶がフラッシュバックする。
ガーッハッハと、よく笑う男の人で。
最初、脳天気な人だと思っていた。
でも、それでも。
「――ミナト、お前の勇気は……人を動かすな」
「――大人の俺に、頼ってけ」
頼りがいのある人だった。
なのに、なんで。なんでだよ……。信じたい。けれど、信じられない。
市井さんの背中に向けて、僕はいつの間にか問いかけていた。
「貴方は……裏切り者じゃ、ないんですよね」
立ち止まって、市井さんが首だけを振り返らせて。
「はっ」と、力なく、儚く、笑った。
「――ちげーよ。裏切り者は、ミナトだろ……?」
「違いますって言ったら……信じてくれますか?」
「どーだろうな。でも……」
あの時、僕のナイフが突き刺さっていた腹の部分を手で撫でながら、市井さんは言ってみせた。
「きっと、それは無理だ。だから俺は、お前を殺す。すまんな、ミナト……」
首を前に戻して、背中だけをこちらに見せながら、市井さんは言った。
「俺にも、叶えたい夢があるんだよ」
ゆっくりと、白髪の男の方に市井さんが戻っていく。
もう、きっとあの人は戻ってこない。覚悟を決めているんだ。もう、仲間にはなれない。なんとなく、そのことを悟っていた。
白髪の男が、ハッと下らないとでも言うように鼻で笑う。
「もういーのかよ、テメェら」
「ああ、構わない……。すぐに行こう。サカサは、ミナトを殺すためにここに来たわけじゃないんだろう?」
市井さんがそう言うと、サカサと呼ばれた白髪の男は「まあな」とつまらなさげに答えた。
「見たいものは大体見れた。いいか、市井、それとテメェら。俺達はこれから、
静寂が場を支配する。
すると、白髪の男――サカサは、「それならいい」とゆっくりとこちらに背を向けた。
「それじゃあ、行くか。適当に時間でも潰そうぜ。大丈夫……。どうやら、俺達の勝ちは間違いなさそうだからな。何せ――」
ケホッ。
不意に咳がこみ上げて、僕は目を見開いた。
「――もう、
咳を受け止めた右手のひらに、べっとりと血がついていて。
ああそうかと、僕は納得した。
第三層を攻略しない理由。それは、単なる時間稼ぎ。
知っているんだ。あいつは、僕が【毒】の状態異常になっていることを。いいや、もしくは……この【毒】そのものが、あいつが繰り出した駒の一つ、といったところか。
ニッ、と勝ち誇ったような笑みを浮かべて、白髪の男が歩き始める。
「俺の誘いを断ったこと……後悔すんなよ……?」
ゆっくりと、背中が遠のいていく。
追う気力は出なかった。巨人を倒したあとで、体が疲弊している。ここで戦ってもきっと、万に一つも勝ち目はない。
「……つーか、万全な状態でも、勝ち目なんてあんのかよ」
遠のいていく背が見えなくなった瞬間、僕はその場で倒れ込んでいた。
すぐさま、ユズハが駆け寄ってくる。
「大丈夫? ナツメ。怪我はない……? あの裏切り者のデカブツのことは、気にしないで。ナツメには……私がいるよ……?」
ぎゅっと、僕の背に腕を回して甘えてくる。
今回ばかりは、本気で危機を感じたんんだろう。
いいや、違うかもな。
ぐいぐいと頭を押し付けてくるユズハを見て、僕は笑う。
……頭を撫でてほしいだけみたいだ。
お望み通り撫でてやれば、目をつむって満足気な顔を浮かべていた。
にしても、市井さんのことを『裏切り者のデカブツ』呼ばわりとは……。
本当に、僕以外に興味はないようだ。
「あー、クソがッ!!」
ガンッ。少し離れたところで、不良男が木の根っこを思い切り蹴っている。
がしかし。ズドンッ。頭上に割りかし大きな樹の実が降ってきて、男は目に涙を滲ませながら頭を抱えて座り込んだ。
「痛えし……。んだよ、何も出来ねーじゃねぇか……。やっぱ、俺じゃあ、なんも……」
ユズハが、珍しいものを見るような目で不良男の方を見つめていた。
ハッと顔を上げて、不良男がこちらを見る。
「あ……えっと……」
顔を紅潮させて、数秒おどおどすると、やがて彼は言った。
「……な、何見てんだよ」
「いや別に……?」
というか、そんなことはどうでもよくて。
てくてくと歩いてきた天菜に顔を向けて、僕は彼女の言葉を待った。
天菜は僕の隣に座り込むと、口先を尖らせながら言う。
「多分、いまので分かったと思うけど。あのバカは、本気で私達を殺そうとしているのよ……」
「どうやら、天菜の言う通りみたいだ……。完全に、覚悟を決めた目をしていた」
「うん。でも、それだけじゃ、ないの。……約束通り話すわ。アンタ達と別れてから起こったこと。それと」
言葉をためてから、天菜は言った。
「私がついている、嘘について」
訥々と、言いにくそうな顔で、天菜は言葉を紡ぎ始めた。
【あとがき】
お久しぶりです。今話の扱いに非常に困りまして、何度も書いては消してを繰り返していました。中だるみしつつあるため、ここからはなるべく駆け足な展開を意識して書いていきます。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます