第27話 とりあえず一つ

「あのね……」

 

 天菜は顔を下に向けて。

 ひどく言いづらそうに、口をもごもごと動かした。

 

 天菜がついていた嘘。

 裏切り者じゃないとしたら……何がある?

 

 なぜ、最初に出会ったとき、ステータスを見られそうになって焦っていた?

 なぜ、あの時、ガチャルームの時、天菜は僕らに装備のランクを偽った?

 なぜ、天菜はアナウンスに『特別』だと呼ばれていた? 


「あの、あのね……」 


 天菜は、ゆっくりと口を開いて。

 そして僕らに、それを告げた。 


 あまりにも大きな、僕らじゃ、とでもじゃないけれど抱えきれないような嘘の正体を。

 僕らに、告げた。


「私は」

 

 深く、息を吸って。


「――私は、元・裏切り者なのよ」と。

 

 時間が止まった。そんな気がした。


「は……?」声が漏れる。「なんだよ、それ」

 

 理解できない。理解し難い。

 そんなことって、あるのか……? 

 

 天菜は、困惑する僕に、更に続ける。


「私はね、あんた達みたいに……誰かを救うためにここに来たんじゃないの」

 

「だ、だったら……」自己紹介のとき、天菜が『彼氏を救うためにここに来た』と言っていたことを思い出す。「だったら……なんなんだよ」


「妹を奪った男を、殺すためにここに来たの。……彼氏を救うためじゃなくって。妹を奪った、妹の彼氏を殺すために、ここに来たのよ」

 

 どう思われても構わない。嫌うなら嫌え。

 そんな、あまりにも重たい決意を含んだ彼女の視線にあてられ、動揺する。

 

 天菜が、元裏切り者で……。

 男を殺す、その願いを叶えるために、ここに来た……?

 

 天菜は、更に言葉を紡ぐ。


「『裏切り者』は、『誰かを殺す願いを叶えるためにここに来た人間』、それがなるって、私をここに連れてきた女の子は言ってた。だから、お前は『裏切り者』だ……って」

 

『誰かを救うためにここに来た人間』

『誰かを殺すためにここに来た人間』

 

 裏切り者かそうでないか。

 その差がそんなとこにあったのか……なんてことは、正直どうでもいい。

 

 肝心なのは。


「なんで……じゃあ、元なんだ?」


「それは……」

 

 天菜が言いよどむ。


「私にも、よく分からないの」

 

「なっ……んだよ……」


「でも」 


 落胆する僕の声を遮って、天菜はとっさに口を開いた。


「『アクシデントが起きた。【裏切り者】に特別な志願者・・・が出た。だから、今からお前は普通のプレイヤーだ』って……急に、そう言われたの」

 

「一体……いつ頃に?」


「貴方にステータスを見られそうになった、すぐあとのことだった」

 

「じゃあ、あの時驚いて『見ないでっ!』って叫んだのは……」


「あの時はまだ、ステータス画面に【裏切り者】って書いてあったから……バレたらまずい、って思って……」

 

 は、ははっ。

 乾いた笑い声が漏れる。


「なんだ、それ……」

 

 分かるわけないって。分かるわけ、ないってば。そんな、理不尽すぎるからくり……。

 今もまだ、信じられない。

 

 アクシデント……って、なんだ?

【裏切り者】に志願者が出た?

 




 って、え……?

 

 ――志願者?

 

 ハッとなって、天菜の両肩をとっさに掴んだ。

 天菜の体を揺さぶるようにして、僕は問いただす。


「その話が本当だとして、だったら……ッ!!」

 

 頭の中、とある一つの考えを整える。


「わ、わぁ!? ちょ、ちょ、どうしたのよ!? 落ち着きなさい……ってか、離れなさいよ!」


 天菜に蹴飛ばされそうになる前に、すぐに僕は口にする。


「いつだ……? 志願者が出たのは、どっちのタイミングだ!?」


「……え? 一体、どっち……って?」


「僕らはまず、自分のステータスを見せられた。その後、【裏切り者】の説明をされたはずだ。天菜が僕にステータを見られそうになって焦ったタイミングは、【裏切り者】の説明がされるすぐ直前のことだった」

 

「え、あ……う、うん。そうね……」


「じゃあ、志願者が出たのは……【裏切り者】の説明が出た後だったか? 前だったか……? どっちだ……!?」


 天菜が、「あ」と声を漏らして目を見開いた。

 ぽつりと、あやふやな記憶の糸を辿るように、呟く。


「……ま、前だった。【裏切り者】の説明が出る、前だった」


「そうか……」

 

 安堵するように息を漏らす僕に、天菜は「え?」と疑問を浮かべた。


「なんで落ち着いていられるのよ。相手は……説明をされる前から【裏切り者】の存在を知っていたヤバイ奴……って、ことでしょ?」


「多分、それは違うな」

 

 ゆっくりと、冷静に、今回のことを紐解いていく。


「流石に……そんな人間はいないはずだ。だとしたら【志願者】は、『僕らよりも前に裏切り者の存在を聞いた誰か』ってことになるはずだ。つまり」

 

 僕らよりも先にダンジョンを攻略していたらしき男達。

 白髪の男の姿を思い出して、僕は口にする。


「裏切り者は市井さんでもなく、ユズハでもなく……あの白髪の男達の中の誰か、ってことになるだろうな」

 

 いや、でもまあ。

 付け足すようにそう言って、僕は口を開いた。


「もし、それが違うんだとしたら。相手はきっと……『説明を受ける前から何故か裏切り者のシステムを知っていたヤバイ奴』ってことに、なるんだけど」 


 静けさが身を包む。

 これで天菜が『特別』と呼ばれた理由にも、納得がいく訳だけど……。 

 なんか、パッとしない。本当にそれだけなのか? もっと、もっと見落としてはならない何かがある。そんな気がして、ならない。

 

 そういえば。そう思って、天菜に声をかけた。


「だったら」と。「だったらなんで……装備のランクを偽ったんだ?」

 

 ずっと、それだけが気がかりだった。 

 天菜が裏切り者じゃないんだとしたら、なんでそんな嘘を付く必要があった?

 

 天菜はむぅ、と口をすぼめると、「大体ね、あんた怖すぎるのよ……」とガミガミと口にしてみせた。


「私は、【志願者】が出たことを知っていたから……あんた達みたいに『あれは私達を揺さぶるための嘘だ』とか思えなかったの。むしろ、『私達を殺すためだけに【裏切り者】に自ら志願したヤバイ奴』がずっと近くにいるって、思ってたから……ずっと、怖かったの」

 

 あー、そうか。

 確かに……あの時の僕らは、『裏切り者なんているはずがない!』なんて楽観視していた部分はあった。そうすることで、心の安寧を買っていたのだ。

 だが、【志願者】のことを知っていた天菜には……それが出来なかったんだ。

 

 更に、あの時の僕らは、僕ら以外に参加者がいることを知らなかったから……余計にだろう。

 

「だから、出来る限り、自分を強く見せようって思って……嘘をついたの。ステータスランクも、本当はCじゃなくてEだし……。装備も、Sって言っておけば、ビビって来れなくなるかな……って、思って……」

 

 僕と同じだ。……あの中で、自分が一番弱い自覚があったんだ。だから、裏切り者は真っ先に自分を狙うだろうと錯覚した。それが……あの嘘に繋がっていたのか。

 

 確かに、天菜は弱い。コボルトにすら腰がぬけるほどの、精神方面でのクソザコだ。

 

 それを僕は……。


「――大丈夫……。僕はまだ、君を信じてる」

 

 ……なんて。

 ヤバイ。完全にとどめを刺しているようにしか見えない。

 

「ご、ごめん……あの時は僕も、天菜が『裏切り者』にしか見えなくて……」

 

「まあ、私も疑われるようなこと、しちゃったから……それは、謝るわ」

 

 ぺこぺこと、二人して頭を下げる。

 それで終わり、かと思われたその矢先。いきなり、ぽすん、と軽く腹をぶん殴られた。 


 天菜が、頬を膨らませてこちらを睨みつけている。


「でも、本当に怖かったんだから……! バレちゃった……殺される……なんか泳がされてるし……とか、色々思ったんだからね? 誰も信じられなくなっちゃって、心細くて……なのにたまになんか優しくしてくるの、うざかったし!」 


「ぐ、ぐはっ……」


 うざい。

 その言葉が胸に突き刺さる。


「本当、あそこまで追い込む必要なかったじゃん! ばか、ばかばか!」

 

 ぽかぽか、何度も体をぶん殴られる。がしかし、痛くない。多分……あれだ。ステータスが違いすぎる。本人は本気っぽいけど……レベル差って、残酷だ。


「で、でも……」

 

 天菜の目に、涙が滲んでいる。

 はぁ、ため息が漏れた。どれだけ気高く気丈に振る舞ったって、耐えきれなかったんだろう。


「……助けてくれて、ありがと。ようやく信じられて、良かったわ。流石に巨人から助けてくれたのに【裏切り者】だとか、考えられないし……」


「あっそ。僕はまだ、天菜のことを完全に信じている訳じゃないけど」


「……ふぇ? な、なんでよー!?」

 

 ぽかぽか、またぶん殴られる。

 その姿が無性に可愛くて。天菜って、ギャルっぽいけどいじめたくなる性格してるよな、とか、ふいに思った。

 

「そんなことより……【裏切り者】について、何か説明は受けなかったのか?」


「それは……少しだけしかされてないの」


「その少しでいいから、教えて欲しい」


 現状。僕らは【裏切り者】について、あまりにも色々を知らなさすぎる。

 天菜は、思い出すように言葉を紡ぐ。


「確かだけどね。『【裏切り者】はつまり、【人狼ゲーム】でいう【人狼】みたいなものだから、難しく考える必要ないよ』って、言ってた」

 

「……それだけか?」


「ううん。あとは……『他のプレイヤーを全員殺したら、終わりだ……って。それが勝利条件だ』って。それで、あとは……」


 天菜が、ごくりと唾を飲み込む。


「『普通のプレイヤーは、【裏切り者】を殺さない限りクリアはできない。コツとしては、普通のプレイヤーがそのルールを知らないうちに、いくらか殺しておくことだよ』って……」

 

 ちっ。舌打ちをする。

 やっぱり、そんな特殊ルールがあったか……。

 

『【裏切り者】を殺さない限りクリアはできない』

 

 つまり、あの白髪の男を殺さない限り、僕らはこの迷宮を脱出できない。

 ジジッ。耳にノイズが走る。アナウンスだ……。


『どーもどーも! 皆さん! 少しアクシデントが発生したので、本当は第4層についてから話す予定だったのですが……もう、先にルールについてお話したいと思います!』と。

 

 説明された内容は、天菜の言っていたとおりだった。


『普通のプレイヤーは、【裏切り者】を殺さない限り、例えボスを倒したとしてもこの迷宮を攻略した判定にならない』

 

 だから、


『――だから皆さんは【裏切り者】を必死に探し出して、殺してくださいね!』と。 


「あー……クソがッ!!」 

 

 物に当たるのは良くない、んだけど。苛立ちがつのりにつのって、僕は近場の木の枝を殴りつけていた。

 ずどん。木の実が降ってきて、脳天に降り注ぐ。頭がかち割れるほどの痛みに、僕はその場でのたうち回った。


【裏切り者】は、間違いなくあの白髪の男だろう。

 だがしかし、彼らは今……このマップのどこかに隠れている。文字通り、僕から姿を消すために。


 僕にかかっている状態異常:【毒】、そのことをあいつは知っていた。

 その効果が現れるまで隠れられたら、事実上僕は迷宮を攻略できない。【裏切り者】を素通りしてボスを倒したとしても、迷宮を攻略できないなら意味がない。全部徒労に終わるだけってことだ……。 


 ただでさえ、真っ向から立ち向かっても敵うか分からないのに。

 逃げに徹されたら……勝ち目なんて絶対にない。 


 ここに来て……急に難易度が上がりやがった。

 だとしたら、すぐにでもここを発たないと。 


 なんだけど。

 懐から、【絆チェッカー】を取り出す。 


 そういえば。


 ぞわり、ぞわり。

 静けさと共に、気持ちの悪い風が肌を舐めた。

 

 じゃあ、あの時、市井さんの胸に突き刺さっていたナイフはなんだったんだ……?

  

「なあ、天菜。まだ……僕に話していないことって、あるか?」


 すると、天菜は深く頷いた。


「うん……」と。「貴方達と別れた後のこと、なんだけど」と。

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