その無能陰キャボッチ高校生、先行プレイヤーにつき。 ~現実世界にダンジョンが現れたのでスキル【回収】&【放出】で無双していたら、いつの間にか魔王呼ばわりされていた~
第28話 問1.【市井実は『裏切り者』か?】
第28話 問1.【市井実は『裏切り者』か?】
お久しぶりです。
また書いていきます。
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「まず、あんたがいなくなってからすぐにね――」
◇
「なあ嬢ちゃん。俺達も……ここで別れよう」
ナツメとユズハが去ってから、重苦しい雰囲気の中。
市井さんは、どこか遠くを見つめながらそう言った。
「胸の傷のこともある。今君に襲われたら……正直俺だって敵うか分からない。すまないな。俺も……死にたくはないんだよ。危険は、あまり冒したくない」
言っている意味が、数秒理解できなくて。
ようやくのことで振り絞られた言葉は、「え?」だった。
「それって……どういう……?」
「嬢ちゃんのことを、信用できないんだよ。悪いがだから……ここで別れよう」
「い、いや……ちょっと、ちょっと待ってよ……」
市井さんと別れた後のことを考えたら、怖くて体が震え上がった。
コボルトに出会したら、どうすればいい? 勝てない。絶対に無理だ。
勝てなかったら、どうなる……?
……死ぬ。
「い、いや。それだけは、いや……!」
「頼むよ、嬢ちゃん……」
「だって、そしたら……私、どうやって生きれば」
「いいから……ッ!!」
初めて聞いた怒鳴り声だった。
あまりの迫力に、怖くて目に涙が滲む。
市井さんはバツが悪そうに唇を噛みしめると、言った。
「いいから、もう、別れよう。俺と一緒にいたら……ダメだ。ダメなんだよ。これは、嬢ちゃんのためでもあるんだ。だから……ここでもう、別れよう」
「そんなこと言われても、意味が分かんないってば……」
ふいに、みんなに理不尽に詰め寄られ、苦渋の表情で背を向けて歩いて行った少年の姿を思い出した。
彼も同じような気持ちで、パーティーから去ったのだろうか。
いやでも、だって、あれは、あいつが明らかに怪しいからで……。
「すまないな。もしあれなら、今からミナトを追いかければいい。きっとまだ、すぐそこにいる。だから俺は……ここで離脱する」
困惑し、立ち尽くす私に。
けれど次の瞬間、市井さんはすかさず詰め寄った。
腕をガッと掴み、私の背中を押して道の奥へと突き飛ばす。
「早くいけ」切羽詰まった声だった。「いいから……早くッ!!」
コツ、コツ。
どこからともなく、いくつもの足音が聞こえてくる。
音の方向に振り返って、目を見開いた。
なんで、どうして。
そこには、男が立っていた。
七人。彼らは七人組の男達だった。
私達だけじゃなかった。
――他にも、参加者はいたんだ。
市井さんはそれに対し驚く様子もなく、「誰だ、お前ら……?」と低く声にする。
すると、ニッと笑って、彼らの先頭に立つ白髪の男が口を開いた。
「そんなことはどうでもいい。ただ、一つだけ聞きたいことがある」
男は目を細くさせてこちらを見ると、まるで値踏みするかのように上から下に視線をなぞらせた。
ゆっくりと、足音を立てながらこちらによってくる。
そして、小さな声で、囁くように言ってみせた。
「――どっちだ?」と。「お前らの内の……どっちだ?」
どっち……?
言っている意味が、うまく理解できなかった。
しかし。
まるで示し合わせたように、市井さんが今度は口を開いた。
「何を言っているか、いまいち理解ができないが」冷めた表情で、彼は続ける。「多分、それは俺だ」
ニィ、白髪の男が口角を吊り上げる。
続けざまに答えた。
「だったら、そこの女は?」
ちらり。二人の視線が、私に集まる。
なぜか、冷や汗が流れた。恐怖だった。何か、何かとんでもない、嫌な予感がする。
「仲間か?」
白髪の男の質問に、市井さんは覚悟を決めたように拳を握りしめた。
そっけなく、今までのすべてが嘘であったとでも言うように、市井さんが答えた。
「仲間
「え……?」声が漏れていた。「ちょ、ちょっと、何よ……その言い方」
けれど市井さんは、何も答えなかった。
目も合わせやしなかった。
体から、力が抜けていく。
ああ、そうだ。多分、そうだ。頭の中で、合致する。
……この二人が、裏切り者だ。
市井さんは、夏芽のダガーを奪って、自分で胸を刺したんだ。でも、なんで? ……きっと、戦力を分散させるために。
「それで、この女はどうする? ……殺すのか?」
市井さんがそう訊くと、白髪の男は笑って答えた。
「それは勿体ねぇ。女は貴重だ。……それに、時期に【キルタイム】っつうイベントが来る。ここで殺すのは、勿体ねぇ」
殺される。時間が経ったら、殺される。
喉が、カラカラに乾いていた。
去っていった夏芽とユズハの後ろ姿を、不意に思い出す。
信じていれば、良かった。もう、謝っても遅いと思うけど……。でも。
ごめんなさい。だから……。
「……たす、けて……」
「だ、大丈夫?」
右耳に、こしょこしょと風が当たった。
歩いていた。
あれから、私は白髪の男の仲間に『市井さんを眠っている間に殺そうとした【裏切り者】』として紹介され、両手を縛られて拘束された。男達は私を見るなり、舌なめずりをして鼻息を荒くさせた。
「今夜が楽しみだ」
その声を聞くたびに、体がゾワリと震え上がった。
一人きり。この場には敵しかいない。が、しかし。
「大丈夫……? 足、痛くない? ずっと、歩き続けていたから……」
隣を歩く、ほのぼのとした雰囲気を纏う男の顔を見る。
彼は、このグループの中でも一際地位の低い人間だった。このグループには、どうやら三段階のピラミッドがある。
まず、あの白髪の男が頂点。絶対的力を持っているようで、リーダーといった感じだ。
そして次に、派手な格好をした三人組の男。そして、市井さん。戦闘が強く、白髪の男の右腕といった感じ。
そして最後、ド底辺にいるのが、彼と、そしてブレザーを着たゆるふわな男の子と、ずっと怯えている謎の男だった。雑用係のようなものだ。
私に優しく接する彼は、ふくよかな体に脂汗を伝わせながら、微笑む。
「大丈夫だよ。もし君が殺されそうになった時は……僕が助けてあげるから」
この絶望的な状況では、確かに光に見えた。
優しさが、胸に染みる。
「ありがとう……ございます……」
震えた声が漏れた。
体はズタボロで。いつ殺されるのか分からなくて、ずっと怖くて。でも、確かに彼がいれば、大丈夫かもしれないと――
――そう、思っていた。
「ほら、手の縄は解いてあげたよ。だから、だからさ……ちょっと、ちょっとだけでいいから……触らせて、くれないかな……」
目に涙が滲んでいた。
夜。第四層に到着して。男達がご飯を作るために出ていったのを見計らって、七三分けは私の元にやってきた。
そして手の縄を解くとすぐに、私のことを押し倒した。
ガッ、と私の腕を掴む。
ぽたぽた、よだれが顔にかかる。
生臭い息が、鼻を突いた。
「ねぇ、いいよね……? だって僕、命を捨てる覚悟で、君のことを助けたんだから……」
ぞわり、体が震え上がる。
「や、やめて……っ!」
思い切り、男のことを蹴飛ばそうと足を振るった。
がしかし。多分、それがいけなかった。
私の腕を軽く受け止めると、男は「はぁ?」と目を見開いて、そして顔をぐちゃぐちゃにさせて怒鳴った。
「僕のことを、利用するだけ利用しやがって……。まあ、いいや。僕の純情を裏切った……君が悪いんだからね?」
男は、迷うことなく私の顔を殴りつけた。
何度も、何度も。それから、私が抵抗出来なくなるくらい弱りきってから。
そわそわと、私の胸元をまさぐった。
目をつむって、暗闇の中。
必死に、祈った。
助けて、と。
頭の中にあったのは、一人の少年の顔だった。
「――怖いなら僕が守ってやるから、安心しろよ」
先に裏切ったのは、私だ。
何も考えずに、思考を放棄して。彼の話を何も聞かず、パーティーから追い出してしまった。
そういえば、あの時も同じだった。
妹が死んだ時も、同じだった。
私はずっと、ずっと、私のことしか考えていなかった。
頭の中で、部屋で首を吊って死んでいた妹の姿を、思い出す。
……そうか。これは、罰だ。罰なんだ。
なら、受け入れよう。七三分けの男が、私の服を脱がそうと腕をこちらに伸ばす、瞬間。
「何やってんだ、テメェッ!!」
誰かが叫んだ。
まさか、夏芽……? そう思ったが、違った。
彼らだ。白髪の男達が、帰ってきたのだ。
「七三分け……テメェ、縄を解きやがったな!!」
「まさか、助けようとしたのか……?」
「こいつも裏切り者ってことかよ!」
「構わねぇ。……二人とも殺せばそれでいいだろ」
七三分けの男が、あわあわと慌てふためきながら私から手を離す。
……ずくんずくんと、胸が弾んでいた。
まだ、死にたくない。
死ぬわけには、いかない。
薄暗い部屋の中、誓ったのを思い出す。
「――大丈夫だよ。……おねーちゃんが……絶対に助けてあげるから……」
まだ、死ねない。死ねるものか。
気づいたら、走り出していた。がむしゃらに、振り返ることなく。背後から、怒声が聞こえてくる。誰かが私を追いかけている。でも、それでもひたすらに走り続けた。
まだ、生きていたい。
夏芽に謝りたいとか、妹のためとか、格好いい理由を並べれば様になる。
でも、それ以上に……ただ単純に、死にたくない。
息が切れて、転んだ。それでも、立ち止まることはなかった。
幸い、第3層は身を潜める草むらが多かった。眠ることなく、身を縮めながら草むらの中を進んだ。
草むらの中。ふいに、魔物が眼前に現れた。
コボルトだ。一体だけ。それでも、それから怖くなって逃げ出してしまう自分が、ひどく情けなかった。
戦えないくせに。怖いくせに。何もできないくせに。
……なんで私は、こんなところに来てしまったんだろう。
思い出す暇もなかった。
いくつか日を跨いだ。体は限界で、思考は鈍く灰色に染まっている。
一人で蹲って、泣いていた。
怖くて、心細くて。
「助けて」何度も声にした。
でも、頭を蘇ってくるのは、嫌な思い出ばかり。
夏芽が、私の装備を奪って、【鑑定】をした時のこととか。
市井さんが、あの白髪の男と繋がっていた時のこととか。
助けると甘く囁いていたあの七三分けの男が、私を押し倒した時のこととか。
……ああ、なんだ。
そう思った。
誰も、信用できない。
誰も、信用できなかった。
全員が全員、結局は裏切る。
『裏切り者』がどうのって、話じゃない。……きっとみんな、結局は裏切るんだろう。
私だって、そうだ。
だから誰も、私を助けてくれない。
目眩の中。いつの間にか、目の前に巨人がそびえ立っている。
怖くなって、悲鳴が漏れた。
「いや、だ……誰か……助けて……」
「──呼んだかよ」
現れたのは、まるで主人公のような少年だった。
◇
「……って、こんな感じ」
「大変だったな……。よく頑張った」
励ますように頭を撫でてやろうとすると、「ちょ、ちょちょっ!?」と慌てたように手を振り払われた。
「な、何しようとすんのよ!」
「いや、頭を撫でようと……」
「は、はぁ!? この変態……! 普通、同い年の女の子の頭撫でようとする!?」
言われて、僕もハッとなった。
……ヤバい。ユズハ然り、普段から同い年じゃなく一回り小さな女の子とばかり接してきた弊害が、なんとなく現れ始めている……っ!
怒ったように顔を背ける天菜に申し訳無さを覚えつつも……僕は早速思考を巡らせ始める。
天菜から聞かされる話は、確かに辻褄が合っているように思えた。
その確かな情報が『七三分け』のことだ。彼は最初、あの白髪の男に『裏切り者』扱いされて追われていた。その理由は、天菜を逃したからだったんだ。
「でも、その話が全部本当だとすると……確かに市井さんは、限りなく黒に近いな」
天菜の話によれば、市井さんと白髪の男は奇妙な会話を交わしている。
「――どっちだ? お前らの内の……どっちだ?」
「──何を言っているか、いまいち理解ができないが……多分、それは俺だ」
一見意味不明なこの会話だが……『裏切り者』が二体いると仮定すると、なんとなくそれっぽい会話に思えてくる。
「どっちだ? お前らの内の……どっちが俺以外の『裏切り者』だ?」
「多分、それは俺だ」
こう考えれば辻褄は合う。
こうなるとただ、『裏切り者』はお互いの存在を知らされていないのか? というシステム面の問題が浮上するのだが……そこは後回しだ。そこまで考えたらキリがない。
だが、だとしたら……明らかにまた、おかしい点が一つ出てくる。
それはあの夜、市井さんにナイフが突き刺さっていたことだ。
彼が裏切り者で、僕らを混乱させようと自作自演した、と考えれば辻褄は合うけれど……本当に、そうなのか?
「あー、くっそ……。もう分からん……」
ため息をついて、僕は懐から『絆チェッカー』を取り出す。
使い時だ。これ以上考えていても埒が明かない。
ポチリと、ハートの見た目をしたそれの中央についているボタンを押し込む。
すると、ぶおん、と音を立てながら、宙に青色のパネルが浮かび上がった。
──────────────────
【誰との絆を確かめる?】
→港夏芽
→安佐美天菜
→市井実
──────────────────
飛び出す青色のパネルを見て……僕は、呆気に取られる。
「なんで……たった三人だけ……?」
これじゃあ、あの白髪の男を調べられない。
……まさか、条件があるのか?
「すまん、天菜……これ、使ってみてくれないか?」
天菜に『絆チェッカー』を渡す。
すると、彼女ははてと首を傾げた。
「これ、何よ?」
「いいから、ボタンを押してみてくれ。それで、そこに映っている名前を教えてほしい」
「ふうん? まあ、いいわよ」
天菜がボタンを押す。
そして、何もない宙に目を彷徨わせ始めた。どうやら、青色のパネルは本人以外には見えないようだ。
「三人しか書いてないわ……」
「誰と誰と誰だ?」
「アンタと、それと市井実、あとは……あの七三分けの男よ」
「七三分けの男の名前……聞かされていたのか?」
「ええ。道の途中でね。あと、なんかこの機械、壊れてな──」
「──そいつの名前は……?」
天菜の声を遮り、切羽詰まったように押し問答する。
戸惑う様子を見せながらも、天菜は答えた。
「前田勇作……」
すかさず天菜から『絆チェッカー』を受け取って、もう一度起動してみる。
──────────────────
【誰との絆を確かめる?】
→港夏芽
→安佐美天菜
→市井実
→前田勇作
──────────────────
「……追加されてる。つまり、条件は『本名を知っていること』だ……」
だとしたら、なぜユズハの名前がない……?
フルネームじゃないから?
なんとなく、胸騒ぎがする。
得体の知れなさを、どうしても感じてしまう。
でも、どうでもいい。
ユズハは仲間だ。どう考えたって、そのはずだ。甘えじゃない。単なる直感。それよりも、もっと深いもの。
そうだ、僕は知っている。
理屈じゃない。彼女と……僕はどこかで一度出会っている。今は意味不明だ。でも、なんとなく予感がする。
──何もかも、このゲームが終わったら
そんな、下らない、なんの根拠もない予感が。
ほっと息を吐いて、僕は青色のパネルに手を伸ばした。
白髪の男と市井さん、どちらを調べるかで迷っていたがこれで迷う必要もなくなった。
調べる相手は……。
「市井さんだ」
ピコンッ、と弾んだ音が鳴る。
するとすぐに、診断結果が画面に浮かび上がった。
市井さんの正体。裏切り者か、そうでないか。
唾を飲んで、僕は画面に目を通す。
そして。
【──〈市井実〉は、『裏切り者』ではない】
そう書かれている画面を見て、安堵すると同時に、あまりにも大きな違和感を、僕の中で確かに築かれつつあった確固たる自信が崩れていくのを、ただひたすらに感じていた。
【あとがき】
思い出しつつ書いているので、矛盾点があったら申し訳ないです。
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