第12話 平穏と順調


「僕も戦います、市井さん!」

「ハハッ! こんなに頼もしい仲間はねぇな!」

 

 ゴブリン5体を前にして、僕らは顔を見合わせお互いを奮い立たせるように笑いあった。

 固唾を呑み、頷く。


「行くぞ……ミナトッ!」

 市井さんがそう言った。


「ついて行きます、市井さん!」

 答え、僕らは駆け出した。


「ゴブリンの注目は俺が買う! ミナト……君はゴブリンの背中を刺すんだ!!」

 

 僕よりも数歩先を走る市井さんは、ゴブリンの集団に無鉄砲に突っ込んでいく。

 彼は正面のゴブリンを1体切り伏せると、突如として天高く腕を掲げた。


「――スキル【挑発】ッ!!」

 

 ぐわん。

 残されたゴブリン4体の首が、一斉に市井さんの方を向く。 


 ……なるほど、『背中を刺せ』って、そういうことか。

 

 気配を隠すように、僕はそっと息を殺した。

 マフラーの下に口元を埋め。覚悟を決めて、ゆっくりと膝を曲げる。 

 

 淡い光が、足元に集まり始めた。

 

 ギュィィイイイン。

 音を立てながら、足に力が溜まっていく。

 

 ……ユズハだ。

 やっぱ、幼いのに頼りになるな。

 

 でもこれがあれば――ゴブリンに気配を悟られる前に、殺せる。

 

 ダンッ。

 

 思いっきり地面を蹴り、弾丸よろしく僕は飛び出した。 

 風を纏う。今までの僕からじゃ想像もできないような、圧倒的な超高速。 


 つか、速すぎて、視界ぶれっぶれなんだけど……っ!?

 

 顔面に風の抵抗を受けながら、必死に『敵』の姿を見据える。

 標的は、市井さんに纏わりついているゴブリン2体。 


 気づかれる前に。

 というか、気づかれても、こいつらが戸惑っている間に……。 


 ……最高速度で、切り裂く!


 ゴブリンの横を通り抜ける最中に。

 滑らせるように、ゴブリンの項にダガーを押し当てた。 

 

 スゥ─────っと、ゴブリンの項に赤色の線が走る。

 やがて。ビシャッ、と勢いよく、傷口から血飛沫が巻き上がった。 


「グギャぁ?」

 

 何が起こったか分からないとでも言うように、ゴブリン2体が地面にぶっ倒れる。

 一方僕はといえば。


「いよしっ、完璧……って、う、ぁ、うぁ、と、止まれないんだけ……どっ!?」

 

 ズドン。

 ブレーキを上手くかけれず、壁に思いっきり突っ込んで。 

 

 あまりにも情けないことに、そのまま意識を失った。 


 ◇

 

 後頭部に触れる、ひんやりとした柔らかい何か。

 僕の頭の形にフィットするそれは、決して地面なんかではなく。 


 僕はその正体を探るように、むにゃむにゃと口を動かしながら頭の後ろに手を伸ばした。

 すりすり、すりすり。滑らかで心地よい肌触りだ。手に力を入れると、指がむにっと沈んでいった。とてつもなく柔らかい。 


 気持ちいいな、これ……。

 むに、むに。何度も繰り返す。

 

「……んっ」

 

 ……え? 何この声?


「わっ……く、くふぅ……」

 

 もしかして、この声。

 というか、この感触──

 

「……あ、起きた? おはよ、ナツメくん。……んっ」

 

 瞼を開け、僕は冷や汗を垂れ流す。

 目の前にあるのはユズハの顔だ。 


 なるほど、これ……あれだ。

 膝枕だ。つまり僕がさっきからずっと揉みしだいていたのは、そうか。

 

 ……太ももだ。

 

「うわぁ!? ご、ごめんユズハ今のはわざとじゃなくて不可抗力で……!」

 

 飛び退き必死に無実を訴える僕。

 しかしユズハはとろんとした恍惚な表情で、こてりと小首をかしげてみせた。

 

「今のは……そういうことで、いいの?」


「そういうこと!? 何それ……? 一体どういうことなのねぇ!?」


「ガーッハッハ!! 大胆でいいじゃないか、ミナト! それでこそ男だ、見直したぞ!」


「いや、その流れで僕の後頭部触るのやめてくれません!?」

 

 はぁ、とため息を吐く。

 なんだか、ここに来た時のことを思い出すな。

 

 でも……。

 僕らのことを遠巻きに眺めている金髪ギャルを見ながら、僕は口先を尖らせた。

 

 ……天菜がいないと、なんか締まんないんだけど。

 

 天菜のやつ、すっかり意気消沈してるし。

 いやまあ、僕もちょっとやりすぎたかなとは思うけど。でも、嘘をつくあいつも悪いよな……?

 命が懸かっている状況なんだ。そんな些細な嘘だって、見過ごせるはずがない……よな。

 

 でもやっぱ、やりすぎたかな……。


「つーか、腹減ったなぁ? こんなんじゃこの先戦えねーぞ!」

「ユズハも、お腹空いた……。もうぺこぺこで、死ぬ……」

「でも、飯ってどこにあるんだろうな? まさかとは思うが、あそこのゴブリンの死体を食えってわけじゃねーよな! ガーッハッハ!!」

 

 市井さんの疑問に呼応するように、じじっと耳元でノイズが走った。 

 

『そのまさかでーす! ゴブリンの死体を【解体】して、お好きに料理して食べてくださいねー!!』

 

 言うだけ言って消えるアナウンス。

 あのゴブリンの死体を食え……とな。


「でも、解体ってどうすればいいんだ!? 俺には分からんぞ!」

 

 解体……か。

 それなら、確か僕のスキルの一つにあったよな。


「少し待ってて下さい」

 

 みんなに告げて、僕はゴブリンの死体の元へ歩いていく。

 ……数は6か。市井さんがやったと思しき4体はほぼ全部真っ二つになっていて、見るだけで吐き気が込み上げてくるような凄惨な光景だった。 


 ただ、臭いはそこまでキツくもない。

 まあ、気持ち悪いから息は止めるけど。 


 屈み込み、ゴブリンの死体に手を当てる。

 そして、目をつむって僕は唱えた。


「スキル【解体】」

 

 ごそっ、と体の奥底から何かが引き抜かれる感覚と共に。

 ゴブリンの死体が、パンッ、と灰になって弾け飛んだ。 


 ゴブリンの死体が元あった場所には、サイコロ状のお肉と魔石が転がっている。

 解体っていうよりも……死体をドロップアイテムに変換するスキルっぽいな。

 

 結構便利なスキルだ。

 

 他の5体も同様に解体を……と思ったら。

 最後の1体を解体するとき、ゴブリンの死体が光った。

 

 何かと思えば、それまでお肉と魔石しか出なかったところに新しく黒色の丸い石ころが転がっていて。

【鑑定】してみると──


Item───────────―

【子鬼族の意思〈D〉】

-----------------------------

〇分類:装備

────―────────―


 どうやら装備らしかった。

 恐らくは、レアドロップだとかそういうところだろう。

 

 鑑定のレベルが1上がったからか、鑑定結果も『名前』だけでなく『分類』まで現れるようになっていた。

 

 装備に関しては、みんなに隠して……なんてことはしなかった。

 

「これ、装備らしくって……」

 

 言うと、みんなは……いいや、天菜は未だに不貞腐れているから、市井さんとユズハは、目を輝かせて喜んだ。


「つまり、レアドロップというやつだな!? RPGゲームはよくやるからな! 俺にもわかる!」


「え、市井さんゲームとかするんですか?」


「ん? ああ、そうだな。ドラ〇エとかは夜寝ずにやった記憶があるぞ!」


「へぇ~! 少し意外です!」


「正直な話、こんなファンタジーな世界に来れて興奮している俺もいるからな! ガーッハッハ!!」

 

 それから、市井さんとは大分仲良くなった。

 話せば話すほど、彼がかなりのゲームマニアであることが分かった。どうやらFPSとかも結構やるらしい。少し意外だ。

 

 結局、装備は市井さんが使うことになった。

 先程の戦闘から考えて、市井さんには最前線を走って貰う必要がある。故に、市井さんの強化を最優先するべきだろう、とのことになったのだ。

 僕も、別にそれは異論はなかった。

 

 それから、一度止まってご飯を食べることにした。

 どうやらユズハには『料理キット』というアイテムが与えられていたらしく、それを使ってみんなでゴブリンの肉を焼いた。

 

 フライパンの上。

 じゅ~っと美味そうな音を立てて焼けていくゴブリンの肉に、僕は思わずよだれを飲み込む。

 

「結構、見た目は普通ですね」

「だな。美味そうだ! 早速頂くぞ!!」

「あ、ちょ!?」

 

 毒があるかもしれない。

 なんてこと考えもせず、パクリとゴブ肉を口に放り込む市井さん。

 

 彼は数度咀嚼し、ゴクリとゴブ肉を飲み干すと。


「めちゃくちゃ美味い!」

 

 笑顔でそう言った。

 

 どうやら美味しいらしい。

 それなら僕も……。

 

 パクッ。

 口に入れる。

 

 噛むと、じゅわっ、と肉汁が口内に広がった。

 肉の甘味が、僕の舌の上で――


「……って、まっず!?」

 

 ――否、生臭い肉の苦味が、僕の舌にべっとりと纏わりつく。

 

 思わず吐きかけたぞ……。

 これをさっきから「美味い」とか言って食べてる市井さんって……一体普段なに食ってんだ!?

 

 まさか、僕の舌がおかしいのかな。

 思ったら、ユズハも「うぇぇ……」とお肉を口から吐き出していた。 


 やっぱ間違えているのは市井さんだったようだ。

 でもまあ、食べられないほどでもない。空腹でぶっ倒れるよりかはマシだ。

 

 ……それより。

 

 不貞腐れるようにこちらを見る天菜を見て、ため息をつく。

 あいつ、まだいじけてんのかよ……。

 

「すみません、ちょっとこれ……貰っていきますね」

「ああ、構わん。……嬢ちゃんに持っていくんだな」

「まあ、そんなところです」

「何があったかは分からんが……まあ、頑張れよ」

 

 市井さんに見送られ、僕は天菜の元にゴブ肉を持っていく。一緒に食べて話をしたいから、僕の分も一緒にだ。

 

 きっと、天菜もお腹が空いているだろう。

 その上、自分から「飯をくれ」とも言いにくいだろうしな。

 

 膝を抱えて座る天菜は、僕を見てすぐに視線をそらした。

 

「何よ……」

 

 口先を尖らせ、彼女はぼそっと呟くように言った。

 

 いやいや……何よって何よ。

 顔が引きつりそうになるのを堪え、僕はゴブ肉の乗ったお皿を差し出す。

 ちなみに、この皿もまた『料理キット』に入っていたものだ。

 

「お腹、空いてるだろ? だから、持ってきてやった」

「別に……いらないし……」

 

 拗ね方がまるで小学生だな。

 でも、食わないとは言わせない。こいつにくたばってもらっちゃ僕も困るしな。


「いいや、強がったって無駄だ。ほら、食え」

「だから、いらない!」

「ったく……。いつまでも拗ねてないで、飯食ってそろそろ元気出せって。お前が嘘をついたことは……別にもうどうとも思ってないからさ。それに、僕だって悪かったと思ってる。だから、これで仲直り――」


「――だからいらないって、言ってるじゃん!」

 

 目を見開く。

 手を振り払われて、思わず皿とゴブ肉が地に落ちた。

 

 パリンと、皿が割れる甲高い音がなる。

 

 ……こいつ、なんだよ。

 折角僕らが天菜の分まで作って、用意してやったのに?


 こみ上げる苛立ちを必死に抑え込み、口を開く。


「お前な……流石にそれはないぞ」

 

 吐き捨てるようにそう言うと、天菜は「あ」と声を漏らした。

 自分のしたことを理解したのか、彼女は「あ、えっと……」と慌てるように立ち上がると、急にしゅんとなって俯く。


「ご、ごめん……。私は、別に、あんたのことが嫌とか、そういう訳じゃなくって……」

「だったら、なんだよ」

「……ただ、ただ」

 

 天菜はまた膝を抱えて座り込むと、目を潤ませながら体を震わせた。

 

「――怖い、だけなの」

 

 思わずハッとなった。

 怖い……か。

 

 市井さんとユズハのせいか、多分、僕も感覚が狂っていたように思う。

 でも、冷静に考えてこの状況は異常だ。

 

 その上、天菜は女の子だ。しかも、多分結構弱い方の。

 

 だけじゃない。

 

 ただでさえ恐ろしいこの状況で、仲間に『裏切り者』がいると知らされたら、どう思う?

 しかも、その疑いの眼差しが自分に向いていたら?

 

 八方塞がりで、息苦しくなるかもしれない。

 そんなことも分からず、僕ってやつは……。 


 唇を噛み締めた。

 震える天菜の隣に座り込み、僕はそっと、僕の分の肉を横に置く。

 

「……分かってやれなくて、悪かった」

「私も、ずっと変なことして、ごめん……」

「それ、やるから。……やっぱり、食べておいた方がいいと思うぞ。そんで元気出せ。お前がいないとなんか締まんないし」 

「うん……。ありがと……」


 静寂が場を支配する。

 ……気まずいな。

 

 なんて思っていたら。

 

 ぐぅぅぅうう。

 そんな、頓痴気な音が辺りに鳴り響いた。

 

 ……気まずいなんてレベルじゃなくなるやつだ、これ。

 思って天菜の方を向くと、やはりと言うべきか。

 

 真っ赤になった顔を隠すように、すっぽりと顔を膝にうずめていた。


「……忘れて」

 

 忘れられない、とは言えないだろう。

 めちゃくちゃ恥ずかしそうだし……。

 

「忘れた」


「本当に……?」

 

「ああ、忘れたよ。な? だからほら。そんな腹減ってんだったら、食えよ」


「……忘れてないじゃん」


「でも気にしてないって」


「私は気にするもん」


「お前は乙女か」 


「……乙女だけど?」


「ギャルなのに?」


「うっさいわね!」


「でもまあさ」

 

 ゆっくりとゴブ肉に手を付ける天菜を見て、僕はぽつりと天菜に言った。


「怖いなら僕が守ってやるから、安心しろよ」

 

 口にゴブ肉を運ぼうとする天菜の手が、ふいに止まる。

 そのまま、天菜は時が止まったかの如く完全にフリーズした。


 ゆっくりと、天菜は顔を赤らめていく。

 そして、「き、急に、な、なななななんなの……!?」とすぐにぷいっと顔を背けた。


 ……なんだこいつ。

 

「なんなのって、なんだよ。僕が天菜を守ってやるって言ってるだけだろ」

「だ、だだだだだから、それよそれ!」

「……ん? 僕が天菜を守るってことが、そんなにおかしいか?」

「~~~~~っ! もういい、もういいから! なんでもないから!」

「……さいでっか」

「あと、名前で呼ぶのも禁止!」

「はいはい」

 

 まあ、天菜がご機嫌になってくれたみたいで何よりだ。

 そのすぐ後。市井さんが僕と天菜についてからかってくる……かとも思ったけど、案外そんなことはなかった。


 それから、僕らはもう一度迷宮探索に再出発した。 

 希望を。僕らなら行けるなんて。そんな浅はかで、どこまでも愚かな希望を持って。




【あとがき】

 毎日投稿を謳っているくせに、昨日投稿できなくてすみませんでした。

 本日、もう一話投稿しますので、どうか許して頂けると有り難いです……。

 

 面白い、続きが気になるという方は、どうか小説のフォロー、応援、星の方をよろしくお願い致します;;

 例え星1つでも、とてつもないくらいに励みになります故……;;

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る