第22話 モニタールーム・トーク


side:セレス・ティアラ


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『だったら、やろう。……もっと』


「え、ぇえ……。こんなズタボロでもっとやろうとか……。なんなんですか……この子。ドMですか……もしかして」

 

 モニターが点在する薄気味悪い部屋の中。

 指をかじりながら画面を凝視する盟主が、ニシシと楽しそうに笑った。


「ほら言ったろ、彼はやっぱり面白い」

 

 最初、無謀にもたった一人で巨人に向かって駆け出した時は、ああ、これで終わりだ、そう思った。

 だが、蓋を開けてみればどうだ。


「マスターが意地悪で用意した【巨人の末裔】と……互角に渡り合っている……」

 

 モニターの中。

 少年は巨人の振り払う腕を躱すと、瞬時に伸びるマフラーで剣を奪い返した。そのまま、流れるようにアキレス腱部位を切り裂く。

 

 強い。まだ技術は拙く粗削りで、不安定な部分は多いが、プレイヤーとなってまだ一週間も経っていないことを加味したら……適正能力だけで言えば、なるほど、確かに未だかつてないほどの逸材だろう。

 ずば抜けた戦闘センスやスキルはないにしろ、身のこなしが上手い。ひらひらと舞い敵を翻弄する様子は、彼の【俊敏】を活かした戦闘スタイルなのだろう。

 

 ここだけの話。【巨人族の末裔】は、本来は精々5m程の巨人だ。それを12mまで上げ、ステータスを底上げさせると言ったときは「こいつ正気か」とも思ったが……まさか、ここまで善戦してくるとは。

 

「その上……」

 

 ニシシ。マスターは楽しげに笑ってみせた。


「今回は他の参加者のレベルも高い。史上最高の世代さ……。この予選を勝ち抜いたプレイヤーは、きっとこの先最前線を駆け抜けるプレイヤーにまでなるだろうね」


「――へぇ? それは興味深いね、リリー」 


 部屋の奥からふっと湧いた白髪の少年が、馴れ馴れしくマスターの肩に手を置いた。

 ぐぬぬ……そう思うが逆らえはしない。彼はマスターのお気に入りの一人だ。ここは見過ごしてやろう。

 

 最初期に『裏切り者』としてゲームに参加し、第一層時点にて己以外の全てのプレイヤーを全て殺してゲームをクリアした狂人――白髪赤眼の通称【ラビット】。現時点で人類最強の男が彼だ。


 彼は楽しげに画面を見比べると、一人の男を見つけて「あっ!」と声を張り上げた。

 彼の指差す先は『白髪の男』。現時点で、ゲーム参加者内最強のプレイヤーが彼だろう。

 

「彼……彼が今回のゲームの【裏切り者】?」


「ああ、そうだね。奇しくも、君と同じ白髪かな」


「それはどうでもいいけど……この子、強いね」


「君ほどじゃないと思うが、才覚は上の上はあるだろうな」


「それに、面白いことを考える……。へぇ、才能もあるし相当用心深い。でも、これじゃゲームにならないだろ? 彼はルールブレイカーだ。明日には、きっと彼に全滅させられるんじゃないかな?」

 

 その意見には、私も完全に同意だった。

 彼は、はっきり言ってプレイヤーの中でどう考えても能力がずば抜けている。一言でいえばレベルが違う。きっと彼ならば、【巨人族の末裔】でさえ蹂躙してみせるだろう。

 

 だがしかし、マスターは「そうでもないと思うけどね、私は」と楽しそうにとあるモニターに指をさした。

 その先にいるのは……やはりと言うべきか港夏目。

 

 ぷはっ、笑うと、【ラビット】は肩をすくめて首を振った。


「冗談だよね、リリー? 君の目はとうとう腐ったのかな?」


「いいや、本気だよ。彼は、あの白髪にも張り合える才覚を持っている」


「確かにそこそこ戦えるみたいだけど……それだけじゃあ、覆らないほどの戦力差がある」


「これを見ても、そう言えるかい?」

 

 マスターが【ラビット】に渡したのは、参加者の極秘データ。

 それは、【港夏目】のデータだった。笑っていた【ラビット】の顔が、少しずつ無表情になっていく。唾を飲んだのか、喉仏がぐっと膨らんだ。

 

「なるほどね」 


 ひどく冷めた声色でそう言うと、【ラビット】は港夏目の映るモニターをじっと見つめた。


「確かに彼も面白い。そうだね。ちょっと、僕も見て行くとするよ。そして、生き残った方を僕のパーティーに誘う。……出来ればどちらも喉から手が出る程欲しい逸材だけど、ルールなんだから仕方ないか」


「私も、少々後悔しているよ。でも、ルール上どちらかは絶対に死ぬ。仕方ないことだ」


「でも、なんでリリーはこんなルールにしたんだよ?」

 

【ラビット】は、非常に残念だ、そう嘆いた。


「【裏切り者】は、他のプレイヤーを全滅させないとクリア不能。また、【普通のプレイヤー】は【裏切り者】を見つけて殺さないとクリア不能……。のくせに、序盤では【裏切り者】にしかその情報を開示しないなんて、趣味が悪いよね、リリーも」

 

「まあ、そうしないと【裏切り者】が不利だからね……本来は、だけど」

 

「ハハッ、確かにそうだね。今回ばかりは、それが最悪な方向に転がっているらしいけど」


「私も完全に君に同意だ」


 一拍。

 少しの静寂の後、核心に迫るように【ラビット】がマスターに問いかけた。


「そんなことより……白髪の彼、あの子の職業は?」


「――【略奪者】。……殺した相手のスキルを一つ奪う職業さ」


「……たまげたな。これは、ますます彼の一人勝ちになりそうだ」


 二人は、モニターの中の戦士の行く末を楽しげに見守る。

 一体、どっちに軍配が上がるのか。私も楽しみになって来た、はいいけど――。


「うーっす。どうだよ、良さげなプレイヤーはいるか?」

「どーせ、今回もまた全滅なんでしょう? どうでもいいわ、もう」

「いえ、きっと今度こそは最強のプレイヤーが来るはずですよぅ!!」

「おいおい……久しい顔が勢揃いじゃねぇか」

「ひぃぃ……上位層のみなさんはやっぱ怖いッスねぇ~……」


 続々と現れる過去のダンジョン攻略者、それも上位の実力者である彼らを眺めながら。

 

 今回は少々荒れそうだと、私は苦笑せざるを得なかった。

 

「お」

 ふいに【ラビット】が声を上げた。 


 港夏目のモニターを見て、「そろそろだ」と呟く。


「そろそろ、戦況が動くよ」

 

 一斉に。

 トップランカーである彼らが、港夏目のモニターに視線を留めた。

 

 そして、それから数分間後。小さく、誰かが呟いた。


「こいつはもう、残念ながらおしまいらしいな。んじゃ、次のやつ見るか」と。




【あとがき】

 急に出てきたトップランカーが云々という彼らは主に第2章から関わってきますので、現時点では頭空っぽで読んで頂けると有難いです。

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