第16話 どうなってんだ。

 

 そして、やがて呆気なく。

 男は、炎に飲み込まれた。

 

 ----


 なんて、見ている場合じゃないだろッ!!

 

「飛べ、フラマッ!! スキル【引き寄せ】ッ!!」

 

 燃え盛る炎へと突っ込んでいく犬の顔面。

 すると、炎の中から「うぁぁああ!?」と素っ頓狂な悲鳴が聞こえてきた。 


「な、何これ……と、というか、助かった!?」

 

 フラマに引っ張られ炎の渦から出てきた七三分けの男は、僕の姿を見てぐるぐる目を回す。

 驚く男を放ったらかしにして、僕はユズハを叩き起こした。


「ユズハ起きろッ!! 敵だ、しかも結構ヤバそうなやつッ!!」 


「……ふにゅぅ」


「お、おい! 起きろッ、起きろよバカ!?」


「ん~……ナツメ、もっと、もっと……」


「寝言言ってる場合かよッ!! つかどんな夢見てんのよ!?」


 よだれを垂らし、幸せそうな顔で寝返りを打つユズハさん。

 ……全然起きないじゃん、こいつ。


「ね、ねぇ君、なんで僕を助けてくれたの!? あ、ありがとう、ほ、ほんと、ここから帰ったら、パパに頼んで君に100万は下らないプレゼントをしてあげるよ!!」


「は、はぁ? どうでもいいから、あんたは先に逃げろよ!!」


「……え? ちょ、ちょっと、話が違うよ!! ここからあいつをぶっ倒して、僕を助けてくれるんじゃないの!?」


「んな約束してねぇよ!! あとはアンタの勝手だろうが!!」


「そ、そんなぁあああ!?」


 なんてことをしている内に、燃え盛る炎の中から白髪赤目の男が現れる。

 男はニタリとこちらを見て笑うと、首裏に手を当てて口を開いた。


「んだ、テメェら? まさか、俺たち以外にも参加者がいたのか……? つーか、なんだ? ……お前ら、そのクソ野郎のお仲間だったわけ?」

 

 クソ野郎……って、この七三分けの男のことだよな。

 つか、この七三分け、さっき「裏切り者」とか呼ばれていなかったか?

 

 潤んだ瞳をこちらに向けてくる七三分け。

 怪しい。どう考えたって怪しい。というか、めちゃくちゃ怪しいッ!!


 ぶんぶんと、白髪に向かって首を横に振る。


「ぼ、僕は別に、この人の仲間ってわけじゃ――」


「――そうさ!」

 

 声を遮られ、顔がひきつった。

 七三分けが、僕の前に立って白髪に向かってわんわん吠える。


「この方々は何を隠そう……僕を助けるためにやってきた、正真正銘僕の仲間さ!!」


 こいつ、まさか……。

 白髪が目を細め、不敵な笑みを浮かべたのを見て、乾いた笑い声が漏れた。

 

 ……これ、あれだ。

 

「へぇ、そうか。仲間なのか。……だったら、まとめてあの世に送ってやるよ」

 

 ――完全に、してやられた。


「安心しろ。……塵も残さず殺してやるよ」


 白髪の口が動いた。

 小声で何かを言っているのか。距離があるため分からないけれど。 


 唇の動きで、なんとなく僕はそれを理解した。


「――魔法【俊敏補正】」

 

 白髪の周囲で、ぶわりと風が巻き起こった。

 ギュィィイイイン。聞き覚えのある音とともに、ぼこりと白髪のふくらはぎが膨らむ。 

 

 ……これ、あれだ。

 どう考えたって、やばいやつ……。

 

 ダンッ。

 風が頬を撫でた。 


 目に見えぬスピードで、判別不能の影がこちらに飛来する。


「おいユズハ……逃げるぞ! ……って、いつまで寝てんだバカ!!」

 

 チッ。舌打ちをして、ユズハを抱き上げる。

 そのまま、息も整えずに走り出した。 


 尻目で背後を確認する。

 そして、ひぃ、と情けない声が漏れた。

 

 ……速い、速すぎる。

 もう、すぐそこにいるッ!!

 

 ユズハが起きて『俊敏補正』を使ってくれないと……死ぬ?


「おいユズハ、起きろッ!! ……おい!!」

「ん~、むにゃむにゃ……」

「クソッ!!」


 なんで起きねえんだよこいつ……ッ!!

 心の中で悪態をつきながら、必死こいて足を回す。 

 

 すると、背後から「ぜぇはぁ」と荒々しい息が聞こえてきた。


「ちょ、ちょっと、速いよ!! もう少し僕に寄り添ってよぉ!?」


「知るか! お前はお前で勝手に逃げろ!!」


「む、無理だよ! 僕も、僕も君たちの仲間に入れてくれ!」


「はぁ!? いいか、例えあいつから逃げることができたとしても、お前をパーティーに入れるつもりはない」


「な、なんでさ! もし助けてくれたら、パパに頼んで……ベンツも高級住宅も、なんでもあげるんだよ!?」


「お前みたいな父さんの金に甘えてるやつ、ここに来る前も心底嫌いだった!!」


「急にひどいこと言わないでよぉ!? 君、もしかして貧乏だったでしょ? 大丈夫だよ! ここから出たら、そんなクソみたいな生活しなくていいくらいお金を上げるから!!」

 

「……分かった、分かったから!! とにかく今は走れ!!」


「ほ、本当!? き、君は命の恩人だ!! 最高だよ!」


 あー、もう……。

 やばいな、丸一日眠ってないから、体、ズタボロだって。 


 あー、これ無理かも。

 これ以上……走れれねぇよ。

 

 ……つーか、僕、何してんだ。

 助けなくてもいい男を助けて、結局、ユズハもこうして抱きかかえたまま走ってるし。 


 助けなくても良かったのに。

 ユズハだって、囮としてここに置いていけば、もしかしたら僕だけは逃してもらえるかもしれない。 


 なのに……ああ、クソッ……。

 また、まただ。

 

 ――僕はやっぱり、甘いまんまだ。

 

「ぅ、ぁ!?」

 

 意識が朦朧として、目が眩んだ。 

 石ころに躓き、みっともなく転げ回る。


 やばい、このままじゃ……。

 

 背後にいるであろう七三分けに向かって、僕は急いで声をかけた。


「た、助けてく――」


「――え、まじ!? ワハハハハ!! やったやった、ラッキー!!」

 

「……え?」

 

 困惑する僕の後頭部を、誰かが思い切り踏みつけた。

 ガンッ、と鈍い衝撃に、脳がぐらりと揺さぶられる。


 おいおい、嘘だろ……?

 もしかして……。 


「君がお人好しなのが悪いんだぞ!! それじゃ、僕の代わりにそこで死んでくれ!! パパ、僕まだ生きれそうだよ!! やったよ! 帰ったらハンバーグだ!!」


 顔を上げ、ぼやけた視界に映る七三分けの後ろ姿を見て、僕はなんとなく理解した。

 ああ、そっか……完全に、見捨てられた。 


 また、まただ。

 ぐちゃりと、血が溢れ出るほど強く唇を噛み締めた。 


 また、甘いから。変に優しさを振りまくから……裏切られた。

 背後から急速に近づいてくる足音に、僕はなんとなく己の死を悟る。 

  

 これで、終わりなんだ。

 こんな、あまりにも呆気なく。

 

 僕は、死――

 




「――諦めんのかよ」

 

 誰かの声がして、ハッとなった。


 ドクドクと、心臓が弾みだす。

 興奮なのか、緊張なのか。よく分からないけれど。全身の血が心臓に巡って、それで、バクバクと強くそれが跳ねていた。

 

 更に、声は耳元で。

 笑うように、僕に囁く。

  

「――裏切り者を裏切り返す。……違ったのか?」

 

 はぁ、と口から吐息が漏れた。

 思い出したように目を開き、僕はバッと顔を上げる。

 

 甘いから裏切られる。

 優しいから、だから裏切られる。 


 だったらもう。

 ――そんな下らない感情ものはいらない。

 

「――だったらほら、やっちまえよ」 


「言われなくても……分かってるさ」


 答えて、七三分けの背に向かって手をかざした。

 ニッと、口角を吊り上げる。 


ほえろフラマ……ッ!! スキル【威嚇】」

 

 スキル【威嚇】――効果:対象の敵1体をひるませる。

 

「ガルゥゥゥゥウウ!!」

 と、地が揺れるほどの唸り声をフラマが上げた。 


 瞬間、七三分けの足がびくりと止まる。 

 

「な、なにこれ、体が……体が動かない!?」

 

 慌てふためく七三分けの背に向かって。

 更に、僕はそれを唱えた。


「スキル【引き寄せ】」

 

 猛スピードで飛び出したフラマが、立ち竦む七三分けにガシリと纏わりつく。

 

「うわぁ!? な、なにこれ! ごめんごめんごめん! 許して、許してぇぇえぇえぇ!!」

 

「いやいや、何言ってんだよアンタ――」

 

 ずりずりずり。

 足を引きずりながら、七三分けがじたばた暴れてこちらに運ばれてくる。

 

 振りほどこうとフラマを掴むが、振りほどけないと悟ったのか。

 七三分けは、顔をぐちゃぐちゃにさせてこちらを見た。


「あ、ああ……嫌だ、やだやだやだ……パパ、助けて、助けて――」

  

 涙目の七三分けに向って、勢いよく剣を振り上げた。

 七三分けの瞳孔が開く。彼の瞳に反射して、僕の醜い顔が映っていた。


「――どう考えても、裏切ったお前が悪いだろ?」


「怖い怖い怖い怖い……やだ、ぱ、パパァア、ぁぁっぁぁ!! ……あ?」 

 

 スパン。

 音を立てて、首が跳ねた。 


 返り血に目を細める。

 ……不思議と、不快感は覚えなかった。 


 あー、こんなものなんだって。

 人を殺したっていうに、湧き上がる感情は呆気なくて。

 勝手に……自分で自分が嫌いになりそうだった。

 

「ハハッ!」

 

 背後から笑い声が聞こえてくる。

 振り返れば、そこには笑顔で手を叩く白髪の姿があった。


「なんの躊躇もなくやりやがったッ!! ひょろくせぇ見た目のくせして、テメェ、案外素質あんじゃねぇか!」

 

 なんの躊躇もなく……か。

 結花の笑顔が脳裏によぎる。

 

 あの瞬間、僕は多分、あの七三分けを殺すことしか考えていなかった。

 僕のあんな姿を見たら、結花は何を思うだろうか。……考えたくもなかった。

 

 ふぅ、息を整えて、僕はフラマに口を埋める。

 くるりとダガーを回して、ギュッと強く握り直した。

 

「……僕を殺す気はなくなったのか?」

「そうだな。もっと面白そうなもんが見つかっちまったからな」


 どっと、体から力が抜けていくのが分かった。極度の緊張状態から解き放たれて、だらりと壁に背を預ける。

 

 というか、面白いもの、か……。

 

「というのは……?」

 

 訊くと、男はなんの表情も作らず、あっけらかんと口を開いた。

 

「あのさ、お前――」

 

 どこからともなく風が吹いた。

 吹き抜ける風が、僕の首筋をなぞって消える。

 

 白髪はこちらに手を差し出すと、顔に微かな笑みをたたえた。

 

「――俺について来いよ」 


 砂埃が巻き起こり、生臭い臭いが辺りに散漫した。

 ころころと、風に吹かれた小石が床を転がっていく。 

 

 白髪は砂埃を振り払うと、ニッと歯を見せて笑ってみせた。


「きっとあの瞬間、お前は大切にしていた何かを捨てた。その覚悟が出来るのは、選ばれた人間だけだ。間違いねぇ。お前は、俺と同じ。……選ばれた人間だ。ずっと退屈だと思っていたが……お前と組めばきっと、このゲームも退屈じゃなくなる」


 どうだ? 悪い話じゃない。

 そう言って、彼は転がってきた石ころを拾った。

 

 ぽんと、真上にそれを放り投げる。

 その行方をじっと眺めながら、彼は退屈そうに「なんだよ」と嘲るように笑った。

 

 からりと音を立てながら、投げ捨てられた小石が地に転がる。

  

「人を殺したことを気にしているのか? 気にすんなよ。もうどれだけ言い訳しようが、テメェは躊躇なく人を殺せるような化け物なんだ。受け入れろ。そんで、俺についてこ――」


「――僕は」男を真っ直ぐに見つめて、ぎゅっと拳を握りしめた。「僕は、化け物じゃない」


 つまらなさそうにこちらを見る男に、僕はもう一度言い直した。


「……僕は・・、化け物じゃない」

 

 静寂が場を支配する。

 張り詰めた空気に、そっと息を吸い込んだ。気道を掻き分けて、足りなくなった酸素が肺に入り込む。 


 何かを言いかけて、男はすぐに口をつぐんだ。

 そうかよ。まあいいや。残念そうにそう言って、男は僕に背を向ける。


「あー、そういえばだけどさ」

 

 立ち止まった男は、振り返ることなく僕に言った。


「裏切り者がどうたらって話。――あれの正体、俺だから。……そんじゃ」

 

 一瞬、思考が停止する。

 今こいつ……なんて……?

 

 立ち尽くす僕のことなど置いてけぼりに、男は誰に言うでもなく「おい」と声をかけた。


「出てこい、イズミ」

 

 突如として現れた宙にある『歪み』から、だぼだぼのブレザーを身に纏う、背丈の小さな少年が転がるようにして出てくる。

 

 なんだ……あの『歪み』。

 転移魔法? もしくは、別の次元に身を隠す次元魔法とでも言った所か……? 

 

 少年は涙目で「あのぉ」と恐る恐る声を出すと、ちらちらと辺りを見渡して白髪に尋ねる。


「あの、前田さんって……結局、どうなっちゃたんですかぁ?」

 

 前田……っていうのは、僕が殺した七三分けのことだろう。

 男は冷めた目つきで僕を指さすと、「あいつだ。あいつが殺した」と短く告げる。


「あいつが……前田の野郎を殺したんだ」

「あの人が……あの人が前田さんを」


 怯えるようにこちらを見る少年は、怯え顔から一転、ギロリと僕を睨めつけた。

 

「ぼ、僕が……僕がアイツを今ッ!!」

「バカ言え。テメェの転移魔法を失ってたまるかよ。ひとまず帰るぞ。戻って、あいつらに伝える。また、裏切り者が現れたってな」

 

 ちらりと首だけでこちらを振り返る男は。

 ニッと不敵な笑みを浮かべ、すぐにまた僕から視線を外した。


「最後のゲームに備えて、準備でもしておくんだな」 


 そんな助言のような物を残して、男と少年は『歪み』の中に消えていった。

『歪み』が消え去る。

 

 男の消えていった場所を、ひたすらに虚ろな目で見つめていた。


 ……あの白髪の男が、裏切り者?

 だったら、だったらあの時。

 

 ――誰が、僕のダガーを使って市井さんを刺したって言うんだ?

 

 つーか……。

 最後のゲームって、なんだよ。

 

 あの『歪み』も、男が僕をパーティーに誘ったワケも。

 なんも、なんも……分かんないって。

 

「あー、もう。どうなってんだ……」

 

 腕の中で、もぞもぞと何かが動く。

 ユズハだ。

 

「あれ、私……眠ってた?」

 

 目を覚ましたらしいユズハが、とろんとした顔で僕の顔を覗きこんだ。

 何も知らないのだから仕方ないが、よだれまで垂らして呑気なものだ。

 

 それに微笑み返して、僕は答えた。

  

「ああ、とてつもなく深い眠りだったな。それに変な夢も見てた。……あと、もう下ろしていいか?」

「やだ! もう少しお姫様抱っこがいいもん」

「……迷惑になるようだったら、置いてくって言ったよな」

「むぅ~。ナツメはいけず」

「なんとでも言え……。僕はもう、限界なんだよ――」

 

 ぐらりと、視界が揺れた。

 過度な疲労に、体が耐えきれなくなった。それだけだ。


 ユズハを下ろしてばたりと地面に倒れ込んだ僕は。

 そのまま、深い眠りについた。

  

 ――これからのことを。

 

 何も知らないまま。知る由もないまま。

 深く、ずっと。

 

 弱いまま。何もなせないまま。あの日の、市井さんが刺されていた答えも知らないまま。

 

 ――最後の日はもう、あと四日後にまで迫っている。




【あとがき】

 カクヨム甲子園に応募する短編に気を取られ、本作の執筆を怠りまくっていました。申し訳ありません。


 pv数が8で止まっていて泣いているので、よろしければ気になるという方はご一読頂けるととても嬉しいです。 

https://kakuyomu.jp/works/16816700427319170729

 

 また、星100を突破しました!!!

 とてつもなく嬉しいです!ありがとうございます!!

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