第10話 混乱ここに極まる

 Side:セレス・ティアラ

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 セレス・ティアラ。

 それが私の名。生まれた当初より、そう呼ばれていたから。きっと、それで間違いない。


 私の役目は、ここ――【第零迷宮】なんて馬鹿げた名前をしているダンジョンの経営を補佐する事だ。


 未だモニターに齧りつき、指を咥えながらたった一人の少年を見つめている私の盟主マスターの横に、ため息をつきながらお茶を置く。


「マスター。……まだ、あなたは私の能力を信じていないのですか」


 不服そうにそう言うと、マスターは振り返らず、「ハハッ!」と嘲るように笑ってみせた。でも、これはただの笑いだ。私を馬鹿にしているわけじゃない。これがデフォルトってやつなのだ。

 この人は……一々、ムカつく反応をする。


 けど、それでも。

 私は、そんなところも含めて、マスターのことが好きだった。 


「君のスキル……【予行練習シミュレート】は確かに凄い。外れたことだって一切ないさ。で、なんだっけ? 彼の生存確率……」


「……0%です。まず最初、阿左美天菜を救おうとしてゴブリンに殺されて、そこを生き延びても次は、単純にトラップに引っかかって死にます。次は、ユズハを救おうとして。その次は市井実を救おうとして。……彼は、何をしようにも死ぬんです。そう決まっているんです」


 間違いない。これは、どうしようにも覆せない、決まっている未来なのだ。

 運命……そう呼んだって、差し支えはない。


 なのに、私のマスターは、その運命を否定する。

 あの少年が絡むと……毎回だ。


「でも、このパターンは初めてなんじゃない? ……彼は間違いなく、こっちサイドに来る素質を持っている」


 全く……呆れてくる。

 なぜ、その少年に固執する必要があるのか。


 私よりも……その少年が優れているというのか?


 ムカつく……。


「確かにこのパターンはないですけど、でも……。きっと、裏切り者だと疑われますよ、このままじゃ。そしたら、もうお終いです。それにマスター……教えていないんですよね、彼らに――」


 お茶を運ぶために使っていたトレイを、ギュッと握りしめる。


「――このゲームの参加者が、16人いるってこと」


 すると、マスターはピタリと動きを止めた。

 ……なぜか、ぷるぷると震えだす。


 急にどうしたというのだ。

 全く……マスターはいつも、予測不能。


「ハハッ! まあ、もう大分減ったけどねぇ。でも、そうか。まだ、が残っていたのか……。これは面白くなるねぇ……。きっと彼ら・・に会ったら……難易度は跳ね上がるはずだ。〈チュートリアルダンジョン〉……その枠に留まっていないね。さしずめ――」


 知らなかった、とでも言いたげだが、マスターは間違いなくそれを予測していたはずだ。だって、初めのゴブリン討伐の部屋でだって、「前の人の物(血液)が残っていた」なんて、分かりにくい言い方をしていたから。


 普通これを聞いたら人は、『前回のゲームの挑戦者のもの』なんて思ってしまうだろう。でも、それは違う。


『今回のゲーム中の、彼らよりも先にあの部屋に訪れた者の血』


 それが、正解なのだ。


 呆れる……。

 なんて私がため息を溢したのも知らず、マスターは艶のある白髪をバサッと散らすと、振り返り、天を仰いだ。


「――〈裏切りのダンジョン〉だ!! 難易度は……さしずめ◆◆◆◇◇ってとこだね! 面白くなってきたなぁ! 更にワクワクしてきたよ……。少年が、港夏芽が、生き延びられるのか……ククク」


 ダメだ……。もう、マスターは港夏芽に恋をしているに違いない。

 馬鹿だ。参加者の中で二番目に弱い港夏芽なんかに……あの化け物・・・・・を、止められるはずがないに決まっているのに。


 マスターなんて……もう知らない。


 ぷいっと、私は顔を背ける。

 なのに……マスターは一切、反応してくれない……。


 ぐぬぬ、そんなにあの男が良いというのか……。

 ム・カ・つ・く!!


 頬を膨らませながら、私はマスターに指をさした。


「じゃ、じゃあ! 賭けをしましょう! ……あの少年が死んだら、私の勝ちです!」


 マスターは瞬きを数回。

 そして、ニヤリと、不気味な笑みを浮かべた。


 びくりと、体が震え上がる。不気味で、おぞましい笑みだった。

 ……マスターは、たまに怖いのだ。


「じゃあ、港夏芽が生き延びたら、私の勝ちだ。それで、君は何を賭ける? 私は……もし負けたら、君にこのダンジョンの支配権をあげるよ」


 ダ、ダ、ダ……ダンジョンの支配権……!?

 あわあわと、口が勝手に動いてしまう。


 このマスターは、生粋のお馬鹿さんだ……。

 そんなの、私が死んだって、釣り合いなんて取れない。


 混乱する私に、マスターは告げる。


「それじゃあ――」


 ククク、と楽しげに笑って。


「――君は負けたら、港夏芽の補佐役になれ。彼女になってもいいんだぞ?」


「……え?」


 は、はぁあぁぁあぁあああ!?

 一体、マスターが何を言っているのか分からない。


 理解不能だ。

 私が……港夏芽の補佐役……?


「いーや、それじゃあまだダンジョン支配権の譲渡には釣り合ってないなぁ。それじゃ、未来の……港夏芽の、お嫁さんになってよ! 頑張ってね! セレス!」


「……え、え、えぇええええええええ!! わ、わわわわ……私があんなちんちくりんの!? ありえません! 断固拒否です! ……マスターなんてもう嫌いです!」


 抱きしめていたトレイを、マスターの顔にぶん投げる。

 わ、わ、わ……私があんなガキんちょのお嫁さんだなんて……許せるはずがありません。

 

 まあ、大丈夫です。

 港夏芽は現状最弱。彼が、このダンジョンで生き残れるはずが――

 

 





 ――ただその後。ダンジョン内で繰り広げられる凄惨な争いと、最後たった一人で天井を見上げて立つ少年の姿を見て。


 私は「まるで悪魔だ」と、そう思うことになるのだが。

 

 

 

【あとがき】

 カクヨムのランキングの仕組みは分かりませんが、本作がジャンル別週間ランキングの55位にいました;; とてつもなく嬉しいです。皆様ありがとうございます。


 面白い、続きが気になるという方は、どうかフォロー、応援、星(☆☆☆)の方をよろしくお願い致します;;

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