第8話 ゴミスキル
「一体、なんでしょう」
市井さんの元まで歩み寄り、近くで紫の石を凝視する。
ああ、そういえば、なんだか便利そうなスキルがあったよな。
……確か、手に持っているアイテムの名前が分かるんだったっけ?
「すみません。それ、貸してもらえますか?」
「ああ、何か分かったのか?」
「いえ、これから分かるかもしれないんです」
僕は答え、市井さんから受け取った小石を軽く握りしめた。
名前……名前、なんだっけ。えーと、あーっと。
ああ、そうそう……。
「――スキル【鑑定】」
瞬間、音もなく視界の中に、例の黒い板が浮かび上がった。
Item────────────
【ゴブリンの魔石〈E〉】
──────────────―
魔石……か。一体、何が出来るものなんだろう。分かんないな。
でも、捨てておくのも、なんだか勿体ない。この先使う可能性だってあるしな。
ま、E……ってのはEランクって事だろうから、低レアリティ、つまり高確率で出る物なんだろうけど。
そうだ。
折角なら。
「少し……待っていただけますか?」
訊くと、迷いもせず市井さんは頷いた。
「ああ。勿論だ」
◇
立っていた。
小石を、いいや、ゴブリンの魔石を少しばかり離れたところに置いて、僕は立っていた。
「……何するの?」
なんて問いかけてくるユズハに、「実験」なんて曖昧に答えて。
さてと……。
これが何に使えるのか分からないが、やってみるか。
離れた場所に転がっている魔石をじっと見つめ、全神経を研ぎ澄ませる。そのピリついた僕の様子を見てか、隣に立っている天菜のつばを飲み込む音が聞こえてきた。
……なんだか、僕まで緊張してきたな。
別に、どうってことないスキルなのに。無駄に期待してしまう……。
よし、やるぞ……。おいおい、ビビんなよ僕……。覚悟決めてけ。
魔石に向けて手のひらを突き出し、僕はすっと息を軽く吸い込んだ。
「スキル……【引き寄せ】!!」
すると、ほんの少し魔石がこちらに動いた。
ほんの少しである。2センチあるかないかだ。
ぴくぴくと顔がひきつる。
俺だけ総合ランクがEでしょぼくれてたけど……。
スキルまでEランク……いいや、それ以下なのかよッ!!
隣から、苛立つ笑い声が聞こえてくる。
「なにこれ、ほんとにスキルなの? ぷふーっ」
「まだだッ! まだ切り札は……あるッ!!」
反撃を見せる僕に、天菜は余裕そうな表情で「ふぅん」と興味なさげに言ってみせる。
くっそ悔しい……。つか、なんでこいつこんなに元気取り戻してんだ。さっきまでめそめそしてたくせに……。
あー、もう。
まじで、これだけは頼むぜ……?
また、魔石に向けて手のひらを突き出し。
僕は、後先考えず叫ぶ。
「スキル【
がしかし、無反応である。
無反応。そう、無反応だ。2センチ程度動くわけでもない。そこには、依然として紫の石が転がっているだけだ。
突き出した腕が、ぷるぷると震えている。
……ふざけんな。
なんで、なんで……。
なんでこんなに使えないんだよぉおおおおおおお!!
「大丈夫……ユズハが守る」
グサッ、と何かが胸に刺さった。
「ガーッハッハ! そんな時もあるッ!!」
立て続けに、グサグサッ、と追撃がやって来た。
「スキル……コレクト! って、ぷふっ、ぷふふっ……っ!」
はい、クリティカルヒットです。
ご愁傷様でした。
「というか……皆さんは、一体どんなスキルなんですか……?」
涙目になりながら僕がそう訊くと、
「い、いや……それは……」
「ユズハも、ノーコメント」
なんてふうに、ユズハと天菜は口籠った。
なんだ、なぜ隠す必要があるんだ……?
「ガーッハッハ! 俺は全部戦闘スキルだ! 後で見せてやる!」
と、市井さん。
ほら、こんくらいで終わる話なのに。
なぜ……この二人は隠してんだ……?
戸惑う僕に、ユズハは言う。
「……スキルを公開するのはあまりにも軽薄。この中に、裏切り者がいたら、手の内を明かしているも同然。どう……? ユズハは賢いできる子」
あ、ああ。そうか……。そう、だな。
確かに言われてみれば、裏切り者は僕らの手の内を知っていた方が動きやすいに決まってる。
だって、その方が……リスクを冒さずに、殺せるから。
自分で考えといて、自分で顔面を蒼白させる。
よく考えろ。ただでさえ、僕はこの中で最も弱い総合ステータスランクEなんだ……。その上僕はたった今、自分自身が最弱であるということをひけらかした。
ということは、きっと――。
浮遊感に、身を包まれる。世界から、孤立していくような感覚。
ああ、ああ……。
鼓動の音が、うるさい。
でも、だって、仕方ないだろう。
だって、だって。
――裏切り者は、きっと最初に僕を狙う。
今まで楽観視していたけれど。きっと誰が裏切り者でも、上手くやっていけるだろうって。そんな事を思っていたけれど。でも、それじゃダメだ……。
そんな甘いようじゃ……ダメだ。
――警戒しろ……。
「ねぇ、アンタ……急にどうしたのよ。おーい。おーいってば」
天菜……こいつは、正直一番怪しい。もしかしたら無能のフリをして、僕を油断させているのかもしれない。
――警戒しろ……。
「ナツメくん……? あれ、おーい。主人公……?」
ユズハ……こいつは、僕に心を開いているフリをして、懐に潜り込んでから殺してくるかもしれない。
――警戒しろ……!!
「おいミナト……どうした? 機嫌が悪いのか。元気出してけ、ガーッハッハ!」
市井さん……は……。
けど、彼はさっき、僕を助けてくれた。でも、なのに。
それでも疑ってしまう……僕が怖い。
もしかしたら、市井さんは……僕を経験値にしたいがために、敢えて生かしたのかもしれない。自分が、殺すために。
怖い、怖い。
みんなの視線が、怖い。
ああ、ああ。
もっと、もっと。
――警戒し……っ。
「怖いのか? それなら……」
市井さんは僕の背を軽く叩くと、ニッと歯茎を見せて笑う。
「……大人の俺に、頼ってけ」
込み上げた涙は、堪えた。きっとここで泣いたら、僕は強くなれないから。
「私だって、アンタに借りを返さなきゃダメなのよ? メソメソして勝手に死んだら、許さないんだから」
「主人公には葛藤も大切。でも、ヒロインがそれを支える役目……」
ははっ。
堪える必要もない。
……だって、こんなにもみんなは、暖かい。
「心配かけてごめん。少し妹のことで悩んでたんだ。それじゃ、行こっか……。次の部屋」
「おうよ! 次はばっこんばっこん倒すんだから!」
「ユズハも頑張る……!」
「なんだかやる気出てきたなー! ガーッハッハ!!」
「なんか、最後に笑われるとしまんないわね!」
「あはは……」
笑いながら、僕はみんなの後を追って。
【ゴブリンの魔石】を、こっそりと拾い上げた。
急に振り返った天菜に驚き、咄嗟に手を後ろにやって隠す。
「どうしたのよ……?」
「いや、なんでもない……!」
なんで隠してしまったのか。分からなかった。
正直に言えばいいのに。その方が、良いに決まっているのに……。
僕はみんなに聞こえないように、こっそりと呟く。
「スキル【収納】」
すると、黒い板がまたも浮かび上がった。
Info──────────────────―
取り出し時は〈アイテム欄〉と口にしてください。
──────────────────―──
ウィンドウを消して、駆け足でみんなのもとまで行く。
なんで、隠してしまったのか。
分からなかった。
でも。
何か悪い考えが脳内で渦巻いていることだけは、よく分かった。
「それじゃあ、行こうか」
何食わぬ顔で、僕は次の部屋に繋がるドアを開ける。
するとそこには――
「ガチャガチャ……?」
――そう、ガチャが置いてあった。
【あとがき】
面白い、続きが気になるという方はフォロー、応援、星の方を……;;
とてつもなく励みになります故……どうか;;
今まで60pv程度だったのが今日初めて100pvまで行きました!
ありがとうございます!!!
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