第5話 自己紹介

「という訳で、自己紹介しよう」


 裏切り者がどうたらこうたらの話は一旦念頭から消し去って。

 僕らはお互いのことを知るために、自己紹介をすることにしていた。


 四人で丸くなって座り、お互いの顔を見る。

 なんか……緊張してきたな。


 というか、自己紹介って何を話せばいいんだ?

 入学式の時も、上手くできなかったし……。


 でも、確か……なんかダジャレ言ってるやつが人気になってたよな。

 ダジャレ……ダジャレを言えばいいのか!?


 この世の心理にたどり着いた僕は「ククク」と笑うと、口を開く。


「まずは僕から……布団が吹っ飛んだ!!」


「つまんない事やってないで、さっさと自己紹介して頂戴」と、ギャル女。


 心に突き刺さった言葉の刃を頑張って引っこ抜くと、僕は改めて自己紹介を始める。


「……えっと、名前はみなと夏芽なつめ。港でも夏芽でも、どっちでも良いいです。歳は15。趣味はバイトで……合間には本を読んだりもしてました。制服を着ている通り学生で……」


 これは、言ってもいい情報なんだろうか。

 目を伏せ、考える。もしかしたら他のみんなは、違うかもしれない。


 僕だけが、異常なのかもしれない。

 けど、裏切り者の話もあったし……。


 博打になるけど。

 信用を、勝ち取るためだ。


 覚悟を決めて、僕はスゥーッと息を吸う。


「……病に冒されたたった一人の家族を……妹を助けるために、ここに来ました。職業は【回収屋】。総合ランクはE……です」


 すると、三人は目を見開いた。

 やっぱり……みんなは違ったんだろうか。


 僕だけが、何かを叶えるために。

 自発的にここに来たんだろうか……。


 しくじったな……。


「俺は――」


「……え?」


 唐突に口を開いた、体格のいいガーッハッハ男に、僕はそんな呆けた声を漏らした。

 男はいつもとは違う、熱意のこもった笑みを浮かべると、言い放つ。


「――とある人を笑顔にするために、ここに来た……。名前は市井いちいみのるだ!多分、俺だけが社会人だな! 一応、人を助ける仕事をしている!! 大人は俺だけだ! 困ったら、俺に相談しろ! 職業は【重戦士】! 総合ランクはCだ! ガーッハッハ!!」


 ……子供っぽいけど、やっぱなんだか頼りになる人だ。しかもランクがCか……。僕よりも数倍強い。間違いない。頼りになる人だ。

 それがいい起爆剤になったのか、ギャル女もまた口を開く。


「私も……。死んでしまった彼氏を救うためにここに来たわ!! 歳は16……。名前は阿左美あさみ天菜あまな……! 職業は【魔法使い】で……。総合ランクはCよ! 正直怖いし今にも帰りたいけど……絶対に、負けないから」


 ……ふ、ふーん。ステータス……Cなんだね。

 僕Eなんだけどね。……クッソ、悔しい。


 なんて妬んでいたって仕方ないか。

 僕は完敗の笑みを浮かべ、軽くため息を一つつく。


 すると、よく笑う男、【重戦士】の市井さんは口を開いた。


「おう! その意気だぜ生意気嬢ちゃん! ガーッハッハ!!」


 すかさず、僕も追撃する。


「ああ! ギャルで暴力的なのに、彼氏を救うためにとか、根は良いやつなんだな!」

「殺されたいみたいね……?」


 でもって、最後に。

 まるで素性が分からない不可思議な少女。


 白髪のゆるふわ【治癒ヒール】少女は何故か立ち上がると。


「……ど、どうしたのかな?」


 僕のすぐ前まで、やってくる。

 そして、その小さな口を開けて。


 真っ直ぐに僕の目を見て、告げる。


「私はユズハ。読書が好き。職業は【支援者】。総合ランクはA。それでね……ユズハはね。……君に会いに、ここに来たの。私の――」


 少女は手を広げると、目を細めて、ニッと笑って。

 そして、何も言わずに、抱きついてきた。


「……え?」


 なんて戸惑う僕を、置き去りにして。

 むぎゅっと、少女は抱きしめる手に力を込めた。


「――主人公に。君に会うために、ここに来たの」


 ……一体全体、どうなってんだ。

 頭の中をぐるぐる回る煩悩を、必死になって振り払う。


「なに……。アンタら知り合いなの?」

「いや違う、全然分かんない! っと、うわぁ!」


 ユズハに押し倒され、僕は背から地面にぶっ倒れる。


 というか……めっちゃ力強いッ!?


 その目に生気は宿っておらず、恍惚とする少女は顔をとろけさせると、止まらず、更にもたれかかってくる。


 ほんのりと鼻を掠める甘ったるい香りに、僕はくらりと目を回した。

 多分僕……今顔真っ赤だ。めっちゃ恥ずかしい。無理だ、無理。羞恥心で、溶けそうだ。


「ちょっと……こんなとこで何してんのよ」

「羨ましい……羨ましいぞ、少年! ガーッハッハ!」

「アンタもちょっとは自重したら……?」


 いやいや、そんなことより……。

 更に足を絡ませ、僕の顔をペロペロと舐め始めたユズハをなんとか遠ざけながら、僕は叫ぶ。


「助けてくださいよ……!」


 そんな僕の悲痛な叫びを聞いてか、ユズハは表情を曇らせた。

 咥えていた僕の耳から、糸を引きながら口を離し、首を傾げながら言う。


「ナツメは……いや……?」


「嫌じゃないけど……でも……」


「ほら、こんなに胸もバクバク言ってる……。良いでしょ? ね?」


「……じゃ、じゃあ」


「じゃあじゃないのよ、この変態!」


 背後からギャル女――天菜にボコッと一発顔を殴られ、僕は理性を取り戻す。

 危ない……。口車に乗せられて、まんまと年下の、それも結花も同じくらいであろう女の子に手を出すところだった。

 しかも、さっき決意したばかりなのに……。こんなんで、どうすんだ。


 落ち着きを取り戻すべく、僕はゆっくりと呼吸する。


「ごめん……。嫌じゃないけど、今は駄目なんだ……。それに、君のこともよく知らないし、君だって、僕のこと知らないでしょ? こういうのは、もっとお互いを……っ」


「ユズハは知ってるよ……? 君は主人公。それで、ユズハがヒロイン。二人は結ばれる運命……。ね?」


 ……なんかの妄想なんだろうか。とにかく、危険な香りがする。

 でも、真っ向から否定するのはダメだ。


 僕は結花のことを思い出しながら、涙目の少女をなだめていく。


「ほら……。主人公とヒロインも、最初はそこまで仲が良くない。そういうのは、物語が進んでからなんだ。ね?」

「……それもそうだね。えへへ」


 ……なんとか、機嫌を取り戻せたようだ。

 ふぅ、と息を吐きながら、僕は少女と共に立ち上がる。


 というか……ガーッハッハと笑う男の人――市井さんは、今回は乱入して来ないんだろうか。辺りを見渡す。けれど、彼の姿は見つからなかった。


 いいや、”元気な”彼の姿は見つからなかった。


 呆然と、何も感じさせない、でもそこが恐ろしい、なんとも矛盾している表情で。彼は、僕らを。ただただ呆然と、見つめていた。


「……市井さん?」


「あ……ああ! なんだ!? ガーッハッハ!」


 ……なんか、隠してる?

 でも、それはきっと……裏切りとか、そういうものじゃない。


 一体、なんだろう。思うが、余計な詮索はあまり良くないだろう。

 腰に手を当て高らかに笑う市井さんに微笑みを返し、僕は一先ず辺りを見渡した。


 いつまでも、じっとしちゃいられないよな。


 どうやらここは、真っ白な四角い部屋のようだ。

 っていうのは、さっきまでの話で。


 今はいつの間にか、ドアが出来ていた。

 みんなと目を合わせ、頷きあう。


「……それじゃあ、行こうか」

「ええ、行きましょう」

「……うん。何が来ても、頑張る」

「行くぞぉおお!! ガーッハッハ!! ガーッハッハ! ガーッハッハ!」


「……笑いすぎでしょ、あんた」




【あとがき】

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