第4話 チュートリアルダンジョン


 後頭部に、ひんやりとした何かが触れている。

 地面ではない。柔らかい。僕の頭の形に凹んでいるのか……。良い感じにフィットしていて、気持ちいい。 


 一体、ここはどこだろう。


 あまりにも重たい瞼を開ける。


 するとそこには――


「おはよ。よく眠れた……?」


 ――見知らぬ少女の、顔があった。


「うわぁああああ!!」


 叫びを上げ、僕は早急に立ち上がる。

 壁も地面も真っ白で、不気味な部屋だった。


 というか……てことは、今の……。


 少女は正座をし、僕のことをぼーっと見ている。

 ……察するのは容易だ。


 ……今の、膝枕だッ!?


 条件反射的に、僕は後頭部に手を当てる。

 するとすかさず、別の方向から罵声が飛んできた。


「サイッテーね、アンタ」


 振り返れば、そこには。

 ジト目でこちらを見る、片手にチュッバチャップスを持ついかにもなギャルの姿がある。金に近い茶髪は先の方でウェーブがかかっており、高めの位置から垂れるサイドポニーテールが、動くたびにゆらゆらと揺れていた。


「いや、今のは……」


 弁明しようとする僕の背を、誰かがドッと軽く叩いた。


「安心しろ。多分だが、俺もされたらそうするはずだ。いいや、俺ならそこで膝枕されたまま、小一時間太ももをなでなでするだろうな……ガーッハッハ!!」


 どこからともなく現れた体格の良い男の人はそう言うと、高らかに笑いながら、次に僕の後頭部を擦り始めた。


「いや何アンタもちゃっかりそこ触ってんのよ!! ったく……これだから男は嫌いなのよ!!」

「男は変態でなんぼだろうが!! ガーッハッハ!! ガーッハッハ!! ガーッハッハ!!」

「……どんだけ笑うのよ」


 ……緊急事態な気がするのだが、なんだか気が抜ける人達だ。

 いや、もしくは……この人達は、これが初めてじゃないんだろうか。


 恐る恐る口を開き、僕は訊いてみる。


「あの……これって、何が起きてるんでしょう?」

「うるさいわね!! 私もさっき起きたとこで何もわかんないのよ!!」

「俺もさっぱりだ! でも元気があればダイジョーブ!! ガーッハッハ!!」


 絶句する。声も出ない。

 こんな状況でこんな元気でいられるなんて……。


 いや、逆なのか?


 僕が弱いだけなのか?


 戸惑う僕に、後方より声がかかる。


「ねえ、お寝坊さん……。……名前は? 私はユズハ。君の名前……知りたい」


 先程の膝枕少女だ。

 よく見れば、めっちゃ可愛い。ドタイプだ。


 白髪のゆるふわショートカットに、よく透き通った金の瞳。

 無気力で眠たげな顔は、庇護欲をぐりぐりと刺激してくる。


 まさか、この少女に膝枕を……?


「いや、その流れで後頭部触んな!!」

「いや、俺もそうするな! ガーッハッハ!」

「アンタは黙っててッ!!」

「うゔぇっ……ってなんで僕!?」


 背後から背を蹴られ、僕は唸りながら顔面から地面にダイブする。


「あ、ごめ――」


 そんなギャル女の声を掻き消すように、歩み寄ってきた白髪の少女は口を開いた。


「――痛い……? すぐに治すね」


 そう言うと少女は、僕の両頬に手を当てて。

 微笑みながら、耳元で囁く。


「魔法【治癒ヒール】」

「……え?」


 困惑する。一体、この少女は何を言っているんだ。

 そんなの、創作の世界だけじゃ――。


 体に奇妙な、緑色の光がまとわりついて。みるみるうちに、確かにあったはずの痛みが抜けていく。

 まさか、まさか……。


 ――本当に……魔法を使ったのか?


「あはは……面白い子ね」

 引きつった笑みを浮かべるギャル女を。


「ユーモアセンスがあっていいな! ガーッハッハ!!」

 高らかに笑う、体格のいい男の人を。


 二人を置き去りにして。

 僕は我を忘れて少女の両肩を掴むと、揺さぶるようにして訊いていた。


「君は……一体何者なんだ……?」


 すると、少女はニコリと笑って返した。








「ユズハです」

「……いや、そうじゃなくて、君は……っ」

「ユズハです!」


 ……まさか、名前で呼んでほしいのか?

 なんだかこっ恥ずかしくなって、僕は目を逸らしながらその名を口に出す。


「ユズ……ハ……」


「はい!」


「若いなぁ……。ガーッハッハ!!」


「本当ね……。若いっていいわね」


「君も僕と同じくらいでしょ!?」


 ……全く、これじゃあ話が進まない。

 けど、まあ。恐怖はないから、こっちの方が良いのかもな。


 ひとまず、ユズハに色々聞かないと――。


 瞬間、ジジッ、とノイズ音が耳を刺激した。

 弾けるような痛みに、咄嗟に耳に手を当てる。


 どうやら、他のみんなも同様だったらしい。

 みんな顔をしかめながら、耳を押さえていた。


 でも、一体何が……。

 なんて思う僕を馬鹿にするように、脳内でパンパカパーン! とうざったい音が聞こえてきた。


「ようこそ、チュートリアルダンジョンへ……!! みなさんにはこれより、ここ――【第零迷宮】を攻略してもらいまーす!」


 男なのか女なのか分からない、中性的な声。

 そんな声は、戸惑う僕に、いいや……僕らに、話を続ける。


「お気づきの方もいらっしゃるかもしれませんが……ひとまず、脳内で【ステータスオープン】と念じてみてください!」


 ……念じるだけで、いいのか。

 じゃ、じゃあ……。


(ステータスオープン)


 すると、音も立てず視界の中に、一枚の黒い板が浮かび上がった。


「「う、うわぁ!」」


 ギャル女と、声が重なる。

 けれど、そんなことはお互いに気にしなかった。


 今は……この黒い板だ。


 じっくりと見ていると、じんわりとだが、滲んだ白色の文字が浮き上がってきた。


【あなたのステータス閲覧条件は、息を三十秒間止める、です】


 ……なんだこれ。

 なんて思いながらも、一応息を止めてみる。


 本当に……これでステータスなんて見られるのだろうか。

 怪しいな。つか、苦しいし。


 なんて思っていると、周囲のみんながおかしな行動を取り始める。


 体格のいいよく笑う男は、なぜか「ウガァアアアアア!!」と咆哮しはじめ。

 ギャル女は、手に持つチュッバチャップスを一気に噛み砕きはじめ。 


 白髪の少女に至っては、じっと僕のことを見つめている。


 ……さっきの事といい、まさか、僕に気でもあるんだろうか。


 いいや、そんなはずあるわけない。

 いやでも膝枕もされたし、なんだか甘々な雰囲気だったし、わんちゃん可能性は……って、何馬鹿なこと考えてんだ、僕。


 まさか……ここの暖かな空気に飲まれて、変な気分にでもなってんのか?


 ダメだ。それじゃあ……ダメだ。

 結花を助けるために、ここに来たんだろうが……。


 そんな生半可な決意じゃ、浮かれているようじゃ……。

 ダメだ……。


 なんて思っている間に、どうやら三十秒経っていたようで。

 いつの間にか、板には別の情報が映っていた。


──────────────────―

港夏芽 人間 職業:回収屋コレクター

レベル:1 MP11/11


〇ステータス

筋力:81【F】

技量:121【E】

俊敏:122【E】

知力:138【E】

総合:ランク【E】


〇装備

制服〈効果なし〉


〇魔力色

紫〈特殊魔法の効果UP〉


〇称号

──妹を助けるためにここに来た良いやつ【固定】〈素質補正+1〉


〇固有スキル

【回収〈 I 〉】

◇半径3メートル圏内にあるアイテムを〝回収〟する。


【引き寄せ〈 I 〉】

◇半径5メートル圏内にあるモノを1つ”絶対”に引き寄せる。


【収納〈 I 〉】

◇アイテムを収納する。〈残り収納可能重量10〉


【鑑定〈 I 〉】

◇手に持つアイテムの名前を鑑定する。


〇通常スキル

【解体〈 I 〉】

◇討伐した魔物、及びアイテムを解体する。



〇スキルツリー

※スキルポイントを持っていません

──────────────────―



 ……良いのか悪いのか、まるで分からないな。

 他のみんなは、一体どんな感じなんだろう。


「ねえ、君は……っ」


 じーっと壁を見つめているギャル女のすぐ横に立ち、僕は声をかける。

 がしかし、どうやら、僕は地雷とやらを踏んでしまったらしい。


「見ないで!!」

 なんて怒鳴り声と共に突っぱねられ。

 

「うわぁ!? ぉ、うわ、うわわわわ、うわ……いてッ!?」

 僕はよろめき、数秒粘った末に、結局の所鈍臭くずっこけた。


 痛い、とは思ったけど。それ以上に……。


 僕に突き刺さるギャル女の冷たく鋭い視線に、激しく動揺していた。

 少し前の会話を思い出す。


「――これだから男は嫌いなのよ!!」


 ……確か、さっき彼女はそう言っていたよな。

 まさか、男絡みで何かあったんだろうか。


 でも、見ないでって言ってたし……まさか、ステータスに見られたくない情報でもあったんだろうか。分からない。分からないけど――


「大丈夫だよ。多分……ステータスは、他の人には見えてない。ほら、僕のも見えていないでしょ……?」


 ――慰めたほうが良いってのは、なんとなく分かる。


 ギャル女は目を見開くと、スカートの裾を握りしめ。

 ほんの少し僕から目をそらしながら、頭を下げた。


「ご、ごめん……。わ、私……こんな事するつもりじゃなかったのに……」そこでようやく僕の方を見ると、今度は目をそらさずに。「本当、ごめんなさい……」


「いや、良いんだ……。僕も悪かった」


「い、いや……アンタは別に……っ」


「こんな場所で喧嘩してる場合かよ! ガーッハッハ! もっと気楽に行こうぜ? なっ? ガーッハッハ!」


 突如として乱入してきた男が、なんだか重苦しい雰囲気を打ち破る。

 本当……出会って間もないけど、この元気さには憧れるな。


 なんて思っていると、次は白髪の少女がやってきた。


「痛いよね……。でも大丈夫……。私がいるから、えへへ……。魔法【治癒ヒール】」


 また、僕に魔法をかけてくれる。本当……謎だ。なんでこんなに優しいのか。

 いや、もしくは怪我人をほっとけない体質だとか?


 ……分かんないな。


「もう喧嘩は終わりましたかー?」


 なんて脳内アナウンスに、またも、その場の空気が淀みだす。

 能天気で……ムカつく声だ。


「それじゃあ、ゲームの説明を致しますね!

 まず――。


 ルールその1……スキル、及び魔法発動時には、ちゃんと口に出すこと!


 ルールその2……レベルアップ時に貰えるスキルポイントは、スキルツリーで使えるよ!


 ルールその3……一週間以内に【魔物】蔓延るここ、ダンジョンを攻略し、第5層のボスを倒すこと! 倒せなければ全滅だよぉー。うぇええん!


 ルールその4……死んだら現実世界でも死んじゃうよ~。うえぇ、しくしく!


 でもって目玉ルールその5――」


 アナウンスは、そこで一度声をためる。

 そして、「デケデケデケデケ……デデーン!」だとかふざけながら。


 僕らに、告げる。


「――同胞を、つまり人間を殺すと、たーんまり経験値を貰えるよ! って、誰もそんなことしないか……。しないよね? あれ……でも、いるんでしたっけ? 裏切り者……。それじゃ、頑張って攻略してね!」


 僕らを最大限まで煽りに煽って。

 そして、ぶつりと音を立てながら、アナウンスはピタリと止んだ。


 まさか……。


 震える視界で、辺りを。

 みんなの顔を、見渡す。


 ……この中に、いるのか? 裏切り者が……。


 いるのか?


 ごくりと生唾を飲みながら。

 僕はただ、ギャル女の方を、じっと見つめていた。


 こいつさっき……「見ないで!」なーんて、焦っていたよな。

 まさか……こいつが――。


「裏切り者!? ガーッハッハ!! おもしれねぇな! こいつ! ガーッハッハ!! いるなら出てこい! ガーッハッハ!」


 って……あーあ。


 ――……なんか、急に冷めちまった。


「はぁ……」なんてため息をつきながら、僕はらしくもなく男の横に立ち。そして、叫ぶ。「そうだ!! かかってこいや裏切り者……ッ!! 僕は、僕は――」


 結花の、ためならば。


「――ぜってぇに、負けねぇ!! ガーッハッハ!!」


「うわっ、最悪ね……。移ってるじゃない」


「ガーッハッハ!! 良いことじゃないか!! ガーッハッハ」


「君もやれよ!! ガーッハッハ!!」


「遠慮しとくわ……」

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