第19話 君も、変われたらいいな


「お前……なんでこんな所いんだよ」

「あ、アンタこそ、なんで……」

 

 静寂。気まずい雰囲気が辺りに立ち込める。

 天菜は赤色の木の実を咄嗟に背の裏に隠すと、威嚇するように僕を睨めつけた。


「……どっか行って。私はまだ、アンタのこと信じたわけじゃないから」

 

 ……なんだ、それ。

 ギリッ、と奥歯を噛み締めて、僕は天菜に背を向ける。

 

「あっそ。だったらもう行くよ」


「…………」

 

 首だけを振り返らせ、天菜の姿を見る。

 ……体中傷だらけで、ここに来た当初より痩せて見える。顔は青白く、全体的に不健康そうだ。それに、何よりも……。

 

 そういえば、そう思って、僕は振り返って屈み込んだ。天菜と視線の高さを合わせる。

 未だに僕への警戒を解いていない天菜に、僕は優しく問いかけた。


「……市井さんは、どこ行った?」

 

 そう。……さっきから、市井さんの気配が見えない。

 ここにいるのは、天菜一人だけ。度重なるレベルアップにより研ぎ澄まされた五感が、僕にそれを伝えている。

 

 市井さんがいない理由。

 考えられる可能性はたった3つだけだった。

 

 1つ目は、天菜が市井さんとはぐれた可能性。

 これなら別に構わない。放っておいても問題はないだろう。

 

 2つ目は、市井さんが死んだ可能性。

 正直な話。……僕にとっては3つ目の可能性よりも、こっちであった方が有り難かった。だがしかし、きっと彼はそこまで簡単に死ぬような男じゃないだろう。

 

 だとしたら、必然的に考えられるのは……。

 

「あのバカは……」


 天菜が、怒りを顔に顕にして、どこでもない虚空を睨みつけた。


「あのバカは……変な白髪の男にふらふらついて行って、私を置いて行ったのよ……」

 

 3つ目――市井さんが、天菜を『裏切り』別の誰かと手を組んだ可能性。 


 ビンゴだ。しかも相手は……。

 脳裏をよぎっていたのは、あの圧倒的な力を持つ白髪の男。僕をパーティーに誘ってきた、あの男の姿だった。

 

 ……よりによって、ヤバイやつかよ。 

 はは……っと笑い声が漏れた。

 

「一体、何があった……? どうして市井さんは彼らに着いて行った?」

 

 訊くと、目を伏せ、天菜は寂しそうに膝に顔をうずめた。

 ひぐっ、と泣き声のようなものが聞こえてくる。

 

 弱々しい声で、彼女は言った。


「思い出させないでよ……」と。「……もう、どっか行ってよ。誰も、信じられないの……。だから、もう、どっか行ってよ……ッ!!」

 

 虚ろな彼女の姿に、生気などまるで感じられなくて。

 その姿そのものが、彼女が体験した凄惨な過去を語っているように見えた。 


「あんたも、全然信じられない……。裏切り者なんでしょ? そうなんでしょ……? きっと、あのバカも裏切り者なのよ……。それに、あの白髪も……。みんな、みんな、裏切り者で、私を、騙して……」

 

 そうに違いない。そうに違いない。

 彼女は怯えるようにそう口にすると、瞳に涙を留めてガタガタと震え始めた。

 

「ああ、もう、ダメ……。お腹、空いた……。もう、我慢、できない……」

 

 ぜぇはぁ、不規則なリズムで呼吸する彼女は。

 隠すように持っていた赤色の木の実を、そっと取り出した。 


 ――【誘惑の木の実】だ。

 

 あは、あはは。狂ったように笑う天菜は、【誘惑の木の実】を口元に運ぶ。

 そして、口の中に放り込む――寸前で、僕は【引き寄せ】でそれを奪い取った。

 

 天菜が、「……あ」とか弱い声を漏らす。

 そして、顔をぐちゃぐちゃにさせて怒声を上げた。


「か、返して……返してよ……ッ!! 折角、手に入れたご飯なのに……。そうだ、殺すつもりなんでしょ……? 私を餓死させるつもりなんでしょ……!? もう、やだ……やめてよ。家に、帰りたいよ……。パパ……ママ……。死にたくないよ……」


 ひぐっ。

 地面に蹲り、弱々しい声でむせび泣く天菜。

 

 その姿は、あまりにも悲壮で。

 見ていられないほどに、滑稽だった。 


 怒りが、苛立ちが、胸の奥底から湧き上がる。

 ああ……弱い。そう思った。どうしようもないほどに、弱すぎる。ろくに戦いもしない。立ち向かいもしない。女だからって、なんだよ。だって、みんな同じだ。みんな、みんな――

 

「――自分から、ここに飛び込んで来たんだろ」

 

「……え?」

 

 天菜のすぐ近くまで歩み寄ると、僕は【収納】していた『はちみつ』を取り出した。

 ぽいっ、と天菜の隣に投げ捨てる。


「あの赤い木の実は罠だ。だから、あれは食べんな。分かったら、それでも食え」

「……え、でも、なんで、私なんかにこんな……っ」

「だから、もう、逃げんな」

 

 天菜が、ゆっくりと目を見開いた。

 呆然とする彼女に、僕は更に告げる。


「死にたくないんだったら、もう、変わるしかないんだよ」

 

 天菜の返事も待たず、僕はゆっくりと踵を返した。

 マフラーの下に顔を埋め、己でたった今口にした言葉を脳内で反芻させる。

 

 そうだ、そう。

 死にたくないのなら。生きて帰りたいのなら。

 

 嫌でも、苦しくても、辛くても、それでも。

 ……変わるしか、ないんだよ。

 

 見てるか、天菜。

 お前は、まだ、あの時から前に進めていないのかもしれないけれど――。


 ピコン、そんな音と共に、視界の中に黒い板が浮かび上がった。



Info───────────────────

【!】エリア《大樹の森》に迷い込みました

【!】エリアボス《森の狩人》と遭遇しました

──────────────────―――

 


エリアボス情報───────────

森の狩人 レベル:15


〇討伐難易度:★★★☆☆

〇情報:森を巨人の手から守り抜く狩人。

    老いているが、腕は健在。

──────────────────

 

 

 目の前からこつこつと足音を立てて歩いてきたのは、ローブに身を包む男だった。

 ローブの下にちらちらと見える顔は干からびており、骨が剥き出しだ。老いているなんてレベルじゃねぇっての……。 


 ははっ、と笑いながら、僕はゆっくりと腰を落とす。

 もう、恐れなどない。

 

「ユズハ……」

「うん、分かってる」

 

 徒歩系のエリアボスと僕の相性はかなり良い。

 何せ――こいつらじゃ、僕のスピードにはついてこれないから。


 ギュィィイイイン。

 足に貯まりゆく力。それはいつもと変わらない、いつも通りの僕とユズハのコンボ技だ。当然、天菜だって見たことはある。まだ同じ技を使っているのか、と呆れられているかもしれない。

 

 ……でもな。

 見てろよ、天菜。

 

 ――ダンッ、強く地面を蹴る。

 風を置き去りにする、圧倒的疾駆。

 

 突然のことに、狩人は「グガ」と固まった。

 がしかし、冷静に懐からクロスボウガンを取り出す。ボウガンの先がこちらを向いた。パンッ、放たれる矢を、僕は足を止めることなく躱す。

 

 ジャリジャリ。

 音を立てながら、狩人は次に鎖を振り回した。 


 その全てを躱して、僕は狩人に肉薄する。

「遅えよ」耳元で囁いて、僕は狩人の首元に刃をあてがった。 

 

 スパンッ、狩人の首が跳ね上がる。


 上がった血飛沫に、マフラーの下に口を埋めた。ふぅ、と息を吐く。

 なあ、天菜。お前は、まだ、あの時から前に進めていないのかもしれないけれど――僕は、変わったよ。変わるしかなかった。だから、変わったんだ。

 

「お前もいつか、変われたらいいな」

 

 きっと聞こえていないと思うけど。

 そう吐き捨てて、僕は振り返ることなく、次のエリアへと向かった。

 ――自分のしでかしたことの重さに、気づかずに。


 ◇

 

Info───────────────────

【!】エリアボス《森の狩人》を討伐しました。

【!】アイテム《狩人の日記》が授与されました。

──────────────────―――

 

 

 ――アイテム【狩人の日記】。

 

 次のエリアに進み、それに目を通した僕は。

 そこでようやく、己の過ちに気づくことになる。

 


狩人の日記──────────────

……一族は滅んだ。

もう、残されているのは俺しかいない。

どいつもこいつも、無様で滑稽な最期だった。

残されている道は一つしかない。

自分自身に【制約】を掛けよう。

あの巨人共が滅ぶまで、己もまた朽ち果てることないという【制約】を。

俺が死ねば、森は終わる。

ああ、神よ。どうか我らが一族に、希望の光を。

──────────────────―



 ……あの狩人は、森を守っていた。他でもない【巨人】の手から。

 僕は、それを殺してしまった。 


 ああ、やっちまった。

 次のエリア。『???』マークのついていた・・・・・、他でもない要注意エリア――【巨人の神殿】。

 

 森の果て。くたびれた神殿の中にある、10m程ある玉座から。鎖を振りほどいて何者かが出ていった痕跡が、粛然と残っていて。

 

 空を見上げる僕は、

 つい先程までこのエリアについていたはずの『???』マークが、【大樹の森】に移動しているのを見て、ただひたすらに唖然としていた。

 

 まさか……『エリアボス』は、移動が可能だったのか……?

 そんなことよりも……。

 

 一人の弱りきった少女の姿を思い出して、僕は拳を握りしめる。

 

「……天菜」

 

 小さく呟いて、僕は急ぎ足で【大樹の森】へと踵を返した。



【あとがき】

 星200ありがとうございます;;

 星100で泣きそうになっていたのが遠い過去に感じます。

 

 更新頻度が遅い本作ですが、今後とも温かい目で見守って頂けると有り難いです……;;

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