その無能陰キャボッチ高校生、先行プレイヤーにつき。 ~現実世界にダンジョンが現れたのでスキル【回収】&【放出】で無双していたら、いつの間にか魔王呼ばわりされていた~

四角形

第1章 先行プレイ

第1話 平穏な日々


 ――ある日、地球に突如として、【ダンジョン】が出現した日。 


 ダンジョンから溢れ出る魔物を前にして、慌てふためき逃げ惑う人々の中。

 とある路地裏にある建物の中で、三人の少年少女が顔を見合わせて立っていた。

 

 彼らは頷きあうと、顔を隠すためのマスクを被る。

 

 そして。

 リーダーらしき少年が、ゆっくりと息を吐いて言った。


「――それじゃあ行こうか。ひとまず、軽く迷宮でも攻略しに」

 

 人々の流れに逆らいながら。

 彼らは、蔓延る魔物を軽く捻り潰して歩いていく。 


 町の中央にそびえ立つ、ダンジョンへ向かって、真っ直ぐに。


 まるで、最初から地球に【ダンジョン】が現れることを知っていて。

 故に、魔物を倒せるように訓練していたとでも言うみたいに。

 

 いいや、実際にその通りであった。

 彼らは今日、地球にダンジョンが現れることを知っていて。故に、そのために準備を重ねてきていた。 


 なぜなら、彼ら三人は――

 ――【先行プレイヤー】につき。

 

 魔物を圧倒する彼らを見て。

 道行く人々は、安堵するように、けれどそれ以上に、怯えるように声を漏らした。


「……なんだ、あいつら。どっちが化け物か……分かんねぇよ」と。

 

 ◇


「退院したら……何したい?」


「えー? 迷っちゃうねー! でも、おにーちゃんといれば何でも楽しいよ? 強いて言うなら……お肉食べて、お花を見て! あと、遊園地にも行って、コース料理も食べたい!」


「……え、あ、うん。お兄ちゃん……頑張ってみるよ……あはは」


「嘘だよ! そんなのにお金使っちゃダメだからね!」


 でも僕は……頑張ろうって、思っていたんだ。

 だって。だってさ……。


 僕は、結花ゆいかのその笑い顔が。

 何よりも、好きだったから。それだけで、幸せになれたから。


 だから、だから。

 ……こんなのって、ないよ。


 ◇


「妹さんはもう……長くはありません」


 わざとらしく残念そうに、目の前の医者はそう言った。

 分からなかった。言っている意味が、分からなかった。目の前の医者は、一体何を言っているのか。ただただ僕は、それを必死に理解しようとした。


 けれど。なのに。それなのに。

 頭は何一つ、理解してはくれなかった。


「どういう……ことですか」


 口からいつの間にか、ぽつりと言葉が漏れていた。


 ……本当は、ちゃんと理解していたくせに。


「妹さんはもって……あと一ヶ月になります」

「ちょっと待って下さい……。だって、昨日までもしかしたら退院できるかもってッ!!」


 頭に血が上り、僕は勢いよく立ち上がると、テーブルを強く叩く。

 けれど、すぐに。先程まで座っていた椅子がガタンッと倒れ、僕は冷静さを取り戻した。


「……約束したんです。一緒に、桜を、菫を見るって。一緒に、綺麗な花を見るんだって……。どうにか、ならないんですか……」


 ポタリと落ちた雫が、テーブルに一点の染みを作る。

 脳内ではぐるぐると、妹の――結花の笑顔が回っていた。


 退院できるって、喜んでいたのに……。

 ようやく外を歩けるって……笑っていたのに。


 ポケットに入っている、退院祝いのために奮発して買った遊園地の前売り券を、くちゃりと握りしめた。


「申し訳……ありません……」


 医者は残念そうに目を伏せ、ただただ、僕に頭を下げてくる。

 違うのに。別に謝れって言っているわけじゃないのに。


 そんな事されたら……もっと、辛くなる……。


「良いんです。……ただ、一度でいいから、外を見させることは出来ないんでしょうか……」

「出来ますが……。無駄に体力を使わせると、危険な状態に陥るかもしれません……。それでも、いいなら……」


 分からなかった。どうすればいいのか、分からなかった。

 何が正解なのか。誰かに、教えて欲しかった。


 残りの一ヶ月を、何もなく……いつもどおりつまらなく過ごすのか。

 例え危険であったとしても、望んだ世界を見るのか。


 ……いいや、違う。


 僕は、決意して立ち上がる。


「病室を……自由に扱っても良いでしょうか……」

「……許容できる範囲内であれば、我々も協力させて頂ます」


 それまで我慢していたはずの涙が。

 どうしようもなく、とめどなく、込み上げる。


「ありがとう……」喉が震え、うまく声が出なかった。僕は深く呼吸をすると、精一杯に、頭を下げる。「ありが……とう……ございます……」


 残り、一ヶ月。

 僕が。結花の日々に、彩りをつけるのだ。


 ――サプライズを、してやるんだ。


 ◇


「おい新人!! さっさと運べ!! この前みたくずっこけたりしたら、引っ叩くからなぁッ!!」


「は、はい……!!」


 うだるような暑さの中、機械音が鳴り響く工事現場で僕は、必死に木材を運んでいた。それはあまりにも大きく、すでに肉体は悲鳴をあげている。

 きっと、いつもならへばっている所だっただろう。


 でも、それでも。


 僕は、結花のためならば。


「……やっと、運べました!」

「おう、やればできるじゃねぇか」


 強く、なれるから。


 ◇


「君……高校生でしょう……? 流石にちょっと、この時間は……」


「お願いします……。お金が……必要なんです」


「はぁ……。裏での作業なら、許可してあげる。全く……。バレないようにしてよ?」


「え、あ……ありがとうございます!!」


「良いってことよ。ほらこれ。ブラックコーヒー」


「……ありがとう、ございます」


「うそうそ、はい、オレンジジュース」


「ありがとうございます!!」


「ふふっ……まだまだ子供のくせに、変に気張っちゃって」


 ◇


「仕事はこれを運ぶだけッス。中身を見たら……まあ、どうなるか分かるッスよね?」


「は、はい……」


「そんじゃ、よろしくッス!!」


「うッス……」


「スの使い方が違うッスよ~? 殺ッス!」


「……それはあってるんですか?」


 ◇


 なーんてふうに。

 日々は、目まぐるしく回っていった。


 学校には通わずに、毎日毎日、バイトに明け暮れる日々。

 きっと、結花は寂しがっているだろうけど。でも、これで、たくさんお金が手に入ったら。そしたら、きっと。


 楽しい日々が、待っているはずだから。

 だから、だから……。


 もう少し、待っていてくれ。


 ◇


 ようやく、この日がやってきた。

 サプライズ決行の日である。


「この花とこの花……あと、こっちもお願いします!!」


 結花が見たいと言っていた花を探し、僕は次々と購入していく。お金はたんまりとある。あとは飾りつけの物を買って、お菓子も買って、あと、可愛い洋服も買わないとな……。


 喜ぶかなぁ。


 想像するだけで、口角が上がってしまう。

 それを見てか、会計の人が口を開いた。


「彼女さんにですかー? 妬けちゃいますねー」


 ニシシ、といたずらに笑う目の前の少女に、僕はどこか見覚えがあった。

 名前は……。ちらっと、ネームプレートを一瞥する。


 水無月みなづきっていうらしい。……見覚えがあると思ったけど、知らないな。

 その上、客の目の前ですら「ふわぁあ~」とあくびをする程のマイペースさである。多分、知っていたとしたら忘れないだろう……。


 まるで結花とは正反対だ。


 あーあ。


 ……きっと、怒るだろうな。

 無駄なお金を使って! なーんてさ。


 でも、これが最期の……お兄ちゃんのわがままだからさ。

 許してくれると、いいな。


「いえ、妹に」


「そうでしたか。じゃあ、オマケしちゃいます!」


「え、良いですよ!! そんなの!」


「いえいえ、個人的にー。これを、差し上げたいんです」


 屈むと、少女は一輪の薔薇を取り出し、そして、子供のような無邪気な笑顔を浮かべた。


「タダで差し上げちゃいます!」


 ……ああ、みーんな、優しいんだな。

 僕は一輪の薔薇を受けると、微笑みを返す。


「ありがとうございます」

「ええんやでぇー! それじゃあ、ありがとうございましたー!」


 それから少女と別れ。

 無数の花束を抱えて僕は、デパートへと向かう。


 結花に似合いそうな服を買って。あと、お菓子も買わないと。あー、これ買ったら喜ぶだろうなぁ。……あ、これも似合いそうだ。これも、これも……。これもだ。きっと、これも……。


 ……。


 道の中心で立ち止まり、僕は、人混みの中、涙を堪えるように天井を見上げた。考えないように、してきたのに。なのに。なんで、今になって……。


 ……辛くなってんだ。


 残り一週間。

 ……僕が泣いて、どうすんだ。


 指先を口角に当て、ぐいっと僕は、笑みを作った。

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