第26話 あおはる ⑤

 遊び始めてしまった二人を着替えさせた後、僕達は手分けをして寝場所と竈の製作に取り掛かる事にした。


 テントの作成は器用なサオリと、一度僕とテントを作っているイオリに担当してもらい、僕はマホやシホを連れて竈作りの為の石を集め始める。


「へんな石みつけたー!見て見て!キラキラなのー!サオリお姉様みたいな色ー!」


「ホントだ。キレイだけど、何て石なんだろうね?」


「もう!まーちゃん!ちゃんと探さないとダメだよ!」


「はぁい・・・」


「まぁまぁ、確かにキレイな石だからシホも見てごらん?」


 こんな他愛もないやりとりをしながらも三人で石を拾っている最中、釣りをするのに丁度良さそうな岩場を見つけたので、後で時間があれば試してみようと思いつつ、ある程度石を集めた為次の工程へと進んだ。


「旦那様、これでいーの?」


「うん。ありがとう。」


 集めた中から平ための石を見繕い50センチ程の円筒形に組みつつ、合間に出来た隙間は土で埋めていく作業を繰り返した後、側面に薪を焚べる為の開口部分を作ると、その反対側にも通気用の穴を少しだけ空けてから、開口部と空気穴以外の側面を更に泥で覆っていく。


「後は最後に、コレを乗せて・・・っと・・・」


 そうして仕上げに、持ってきていた金属の網を置いて、これで竈は一先ず完成でいいだろう。


『思っていた以上にしっかりしていそうですね。』


「かんせーい!」


 途中からテントの設営を終えたイオリとサオリも参加してくれたおかげか、こちらも想定していたより大分早く形に出来たので、早速火が安定するかを試す事にした。


「大丈夫・・・そう、なのかな?」


 全員に見守られながらメタルマッチで円滑に火を起こし、恐る恐る薪を焚べながら様子を伺っていると、暫くして側面から湯気が立ち登り始める。


 きちんと温度が上がっている証左だとは思うのだが・・・本当に大丈夫なのだろうか?


「むー・・・こればっかりは、実際に料理をしてみないと判らないですね・・・兄上、試しにお茶でも沸かしてみますか?」


「それがいいかも。じゃあ・・・サオリ、任せていいかな?僕は向こうにあった岩場で先に釣りを始めてるからさ。」


 イオリに任せてもいいんだけれど、そうするとマホ達がその間待つ事になってしまうだろうしね。


 ・・・決して、他意はないよ。


「はい、任されました!」


 窯はお言葉に甘えてサオリに任せ、予定通り食料の調達を手分けして行う事にして、僕はひとり岩場へと向かいつつ途中にある手頃な石をひっくり返しながら、ミミズ等の釣り餌を確保していった。



 この区画で農業をやり始めた当初は、ミミズや虫を見るのも嫌だったのに数年で慣れてしまうものなんだな・・・と、感慨に浸りながら岩場の上で釣りを始めた所、20分程であっさりと一匹目が釣れる。


 淡水魚にしては大きめで30センチ程はある魚なのだが、釣り堀では見た事が無い魚だった為、名前は知らない。


 ノアに聞いてもいいけれど、今は食べられればなんでもいいので、再度餌を取り付けて釣りを続けることにした。




「こんな所にいたんですね、兄上。・・・もう、釣れたんですか?」


 一匹目が釣れてから10分程で丁度二匹目が釣れた頃、蓋付きのマグカップを持ったサオリがやってくる。


「う、うん、二匹目・・・だよ。これは、ちょっと小さいみたいだけどね。」


 後ろから掛けられたサオリの声に思わず驚いてしまい、受け応えが少しぎこちなくなった所為か彼女は少し顔を顰めるが、すぐに笑顔を作り釣れた事を喜んでくれた。


「・・・凄いですね。二匹目ですか。」


「そうかな?運が良かっただけで、多分人の姿が見えてたら、こんなに上手くいってなかったと思うよ。」


 釣り堀だと中々釣れない事もあったので、岩場で正解だったのかもしれないと考えつつ、僕はサオリに餌の付け方を教えると、僕と背中合わせに彼女は腰掛け、釣りを始める。




 その後は殆ど会話も無いままに、二時間弱を掛け二人合わせて四匹目を釣り上げた辺りで日が陰ってきた為、拠点まで戻り取ってきた魚の下処理を行っていると、ボウルを抱えたイオリ達も帰って来た。


「姉上、これ・・・なんです?とても食べられるようには見えないんですけど・・・後コレ、植物の・・・茎・・・?」


 イオリの抱えていたボウルの中を覗きつつ、不安そうな表情でサオリがイオリに問い掛ける。


 確かに、採ってきたモノが赤いキノコと、なんだかよくわからない植物だとそういう反応にもなるよね。


『それはフキという山菜で、茎に見える所も葉っぱだそうですよ。・・・こっちの赤いのはタマゴタケと言うキノコですね。どちらもちゃんと食べられる物ですよ。』


「そうなんだ?僕も見た事無いのに、イオリはやけに詳しいね?」


 いつ学んだのだろうと考えつつイオリに問い掛けると、何故か少し困ったような表情で彼女は再び口を開く。


『えぇ、ノアが教えてくれましたから。・・・最初に見つけたのがコレと良く似たベニなんとかという毒キノコでしたので、見ていられなかったんだと思います。』


「えっ!?毒キノコがあったの!?」


 言われるまでもなく、当然ノアか・・・


 いや・・・それよりも、毒がなくても食用には適さないキノコがある事ぐらいは知っていたから、同定は必要だと思ってはいたけれど・・・まさか、毒キノコ自体もあるなんて。


『はい・・・私も驚いたんですけど、どうやら健全な森林の為には毒キノコだろうが必要らしくて・・・結構至る所にあるみたいなので、明日も気をつけないといけませんね。』


「そ、そうなんだ・・・」


 そういえば、ノアが海にも有毒な生物がいるって言っていたっけ・・・?


 考えてみれば当然で、毒とはモノによっては人間にとって有害な物質だというだけな為、生物によってはソレを必要とする場合があるという話は、僕も聞いた事がある。


 人が生きられる、イコール人にとって必ずしも安全だとは限らないという事か。


 ウチの周りにもハチが居たりするから、当たり前の話ではあるが・・・


「旦那さま!あーんして!あーん!」


「うん?・・・あーん?」


 そんな風に一人納得していると、マホが僕の口に何かを放り込んできた。


 なんだろ?


 少し酸っぱいけど、甘くて美味しいから・・・何かの果実だろうか?


「それはキイチゴのような物だそうです。ボク達も食べてみたら美味しかったので、旦那さまやサオリねぇさまにも食べてほしくて・・・どうですか?」


「ありがとう、マホ、シホ。美味しいよ。」


「えへへー」


 そんな風に採れた物の確認を全員で済ませると、翌日の為の仕込みとして山菜のアク抜きをしながら、キノコを使った鍋料理を作る。


 夕飯は今まで食べた事のない品々だったからか、彼女達も満足してくれたらしい。


 そうして、キャンプ初日は歩いた疲れもあってか、暗くなってすぐ皆で横になる事にした。




「・・・さま、・んなさま・・・」


「んー・・・?」


「だん・・ま、だんなさま・・・」


 誰かが、僕を呼んでる?


 この声は・・・


「旦那様、起きてください・・・」


 シホか。


「どーしたの・・・シホ?」


「あ、あの・・・ボク、おトイレに行きたくって・・・」


 あー・・・なるほど。


 付いてきて欲しいらしい。


「わかったー・・・」


 でも何か、違和感が・・・まぁ今はいいか。


 何かが引っ掛かりながらもシホに返事を返すと、閉じそうになる目をこすりつつ二人連れ立ってテントを後にする。

 

 此処は家では無いから勿論トイレなどあるはずもないので、すぐ側の茂みに穴を掘って簡易トイレとして使っているのだが・・・


「だ、旦那様、ボクを置いていっちゃダメですよ!」


「そんな事しないから大丈夫だよ。」


 余程怖いのか、背を向けている僕へシホが少し焦ったようにそんな事を言ってくる。


 彼女はサオリに負けないくらいの怖がりだからか、家でも夜中にトイレへ行く時はイオリやマホを起こしているぐらいなので、こういう反応をするのも仕方がないだろう。


 寝起きの悪いサオリは兎も角として、マホは疲れていると中々起きないからシホも僕を起こしたのだろうし・・・って、あれ?シホは何で僕を起こしたんだ?


 普段のシホなら、こういう時イオリを起こす筈だろう?


 ・・・そう言えば、さっき起きた時にイオリが居なかったような?


 あっ・・・寝起きで感じた違和感の正体は、コレか。


「ねぇ、シホ?」


「な、何ですか?」


「さっき、テントにイオリが居なかったような気がするんだけど、何か知らない?」


「分かりません・・・ボクが起きた時には、イオリねぇさまもサオリねぇさまも居ませんでしたから・・・」


「え?」


 暗がりの所為で気付かなかったが、どうやらイオリだけでなくサオリも居ないらしい。


 月明かりがあるとはいえこの闇の中、サオリが一人で出歩くとは考えにくいから・・・多分、イオリと二人で出掛けているのだろう。


 うーん・・・また桜の時のように、見てみたい景色でもあったのかな?


「お待たせしました・・・」


「あ、あぁ、うん。戻ろうか。」


 考え事をしているうちに、シホが俯きながら消え入りそうな程の声量で声を掛けて来た為、もう少し離れた場所に居るべきだったと思いながらもテントの中に戻り改めて確認したのだが、シホの言った通り二人の姿がそこには無い。


 イオリ達は一体何処へ行ってしまったのだろう?


 その事が気にはなりながらも横になると、やはり疲れているらしく再び僕の意識は微睡んでいった。




 キャンプ二日目の朝、いつもと同じぐらいの時間に目が覚めたのでテントの中を見渡すが、昨晩とは違いイオリとサオリの寝息を立てている姿が確認出来る。


 夜中居なかったのは何だったのかと気にはなるも、僕は一人持ち込んだパン等の食料と昨日の残りで簡単な朝食を作り始める事にした。


 


 暫くして朝食の匂いに釣られたのか、全員が起き出してきたので何時も通り皆で朝食を済ませている間の話し合いで、今日は午前の涼しい時間帯に食料を確保して、午後から水浴びをして遊ぶ事が決まる。


『ねぇ、ご主人様?私も釣りをしてみたいので、今日はサオリちゃんと交代してもいいですか?』


「僕は構わないけど・・・」


 ・・・だが、昨日とは違い何故かイオリが一緒に釣りをする事になったらしい。


 まぁ、僕とマホ達の役目は固定するとしか言っていなかったし、イオリ達に関しては入れ替わっても構わないだろう。


「じゃあ、3人共気をつけてね。」


「はーい!」


 朝食を終え手早く片付けを済ませ、森へ入る三人を見送ってから僕達も岩場へと向かう道すがら昨日同様に釣り餌を確保していると、イオリが来る事になって内心でホッとしている自分がいる事に気づき、強烈な自己嫌悪に襲われる。


『どうかしましたか?』


「・・・何でもないよ。」


『んー・・・そろそろ私達も行きませんか?サオリちゃん達には負けられませんし!』


 僕の表情を見て、一瞬イオリの表情が曇った気がするが・・・


 気のせい・・・かな?




 そうして二人で道具を運びながら昨日同様に餌を確保した後、同じ岩場で釣り糸を垂らし始めたのだが、三十分程が経過しても昨日とは違い、まだアタリがない。


 まだ早い時間のため、水温が低く魚が活発に動き出していない為なのかもしれないな。


『釣れませんねぇ・・・昨日はすぐ釣れたって、サオリちゃんがあんなに喜んでいたのに・・・』


「ま、まぁ、まだ始めたばかりだから、気長にやろうよ。もう少し日が高くなれば、魚も活発に動くだろうからさ。」


『それもそうですね、わかりました。』


 餌を変えたりしながら釣りを続けるも、暫くの間中々釣れない為に会話と時間だけが流れていく。


『・・・ご主人様の住んでいた町では、釣りをする為だけに作られた池があったんですか?』


「池・・・というか、でっかいプールとでも言えばいいのか・・・まぁ、ちょっと不思議な町でね。住んでる人はあんまり町の外には行かないから、代わりに娯楽を楽しめる施設だけは充実している区画があったんだよ。」


『んー・・・ちょっと想像がつかないですね・・・』


「僕としては、此処の方が不思議で仕方ないけどね・・・」


 未だにどうやってこの区画が稼働しているのか、全く解らないからなぁ。



 釣れない時間が長すぎた所為か、僕が考え事を始めた所為かとうとう会話も途切れてしまったが、別にイヤな沈黙では無かった為、そのまま二人背中合わせで釣りを続けた。




『ねぇ・・・ご主人様?私、聞きたい事があるんです・・・』


「何かな?」


 暫くの沈黙が流れていると、イオリが唐突に僕へ尋ねてくる。


 でも、なんだろう?


 少し聞きづらいのを堪えているかのような口ぶりだが?


『サオリちゃんと・・・何か、ありましたか?』


 彼女の突然の問い掛けに胸が締め付けられ、僕は咄嗟に返事を返す事が出来なくなった。


 そんな事無い・・・と、答えればいいだけな筈なのに、そのたった一言を紡げないまま黙っている内、イオリは少し間を置きながらも意を決したように微かに震えた声で続ける。


『・・・サオリちゃんが言っていたんです。ご主人様に避けられている気がするって。・・・最初は考えすぎだと思っていましたけど、今の貴方は私から見ても明らかにサオリちゃんを避けているように思えるんです。』


「そんな事、ないよ・・・」


 何とか言葉をひり出して、僕は訳もなく固く目を瞑る。


 背中合わせでよかった。


 表情を見られたら、多分気づかれてしまうだろう。


 ・・・イオリは、本当によく人を見ているから。


『サオリちゃん、泣いてました。貴方に、嫌われてしまったんだって・・・だから、今日は私に役割を変わって欲しいって、貴方と二人きりになるのが辛いんだって、昨日の夜に二人で話していたら、泣きながらそう言ってきたんですよ。』


 夜中に居なかったと思ったら、二人でそんな話をしていたのか・・・


 不意に、いつか見たサオリが涙を溢す光景が脳裏に思い起こされて、胸が痛む。


 ・・・本当に、僕は身勝手すぎる。


 だけど、今更僕に何が出来るっていうんだ!?


 皆を傷つける事しかしていない僕に、何が出来るって言うんだよ!


『サオリちゃんの事、嫌いですか?』


「嫌いなわけが・・・ないよ。」


『本当ですか?』


「うん。」


 何とか声を絞り出して質問に答えるが、この流れは本当に良くないな・・・


『なら・・・こちらを向いて私の目を見て、もう一度・・・言ってくれませんか?』


 今は表情を見られたくない。


 こればかりは、イオリの言葉でも応えられない。


『ご主人様・・・こっちを見て、お願い・・・』


 イオリが竿を置く音が聞こえ、僕のすぐ後ろから泣きそうな声で懇願するように再び告げられるのだが、例え彼女の言葉だとしても僕は振り向く事ができそうになかった。


 何故なら、彼女の真っ直ぐに僕を見つめる瞳には、全てが見透かされてしまいそうで、怖かったからだ。


『何が、あったんですか?』


「・・・ごめん、答え・・・られない。」


 僕は彼女に背中を向けたまま、釣り糸を垂らし続ける。


『教えて、下さい・・・』


 イオリはか細い声でそう言いながら、後ろから僕を抱きしめた。


 胸元に回された彼女の手が、少し震えている事に気付いてはいたけれど、どうやら泣いているわけではなさそうだ。


「ごめん。」


『私のせい・・・ですか?私が、サオリちゃんとご主人様を、二人きりにさせるようにしたからですか?その事で、怒っているんですか?』


 やはり、イオリは僕とサオリを意図的に二人きりにさせていたようだ。


 でも、今更それが分かった所で腹を立てるような事ではない。


「違うよ、イオリに怒ってなんか・・・ないよ。」


『・・・じゃあ、サオリちゃんが貴方を怒らせるような事をしたんですか?』


「それも違う。僕は・・・怒ってなんか、いないんだよ。」


『だったら・・・だったら何で!どうして私の方を向いてくれないの!?サオリちゃんに冷たくするの!?』


 イオリの慟哭にも似た叫びが響くけれど、僕もどうしたらいいかわからないんだ。


『最近の貴方がわからないんです。私はどうしたらいいのかも・・・』


 でも、どうしたらいいのかが分からなくても・・・このままでいる事がダメな事ぐらいは、解る。


 僕の行動が、皆を悲しませているんだ。


 それは、分かっていたけれど・・・あぁ、そうか。


 僕はイオリを選んだつもりになっていただけで、彼女達からまた目を背けて逃げていただけだったのか。


 イオリの言葉で漸くその事に気付いたものの、だからと言って何が出来るとかいう話でもない、が・・・


『私は、どうしたら良かったんですか?どうしたら、また前みたいに皆で笑えるようになりますか?お願いだから、いつものように私へ教えてください・・・』


 ・・・だが、気付いたからには

、このままは・・・このまま逃げ続けるのだけは・・・もっと嫌だ!


 僕は話す覚悟を決めると竿を横に置き、彼女と向き合う。


 振り向きざまに見たイオリは酷く苦しそうに表情を歪め、その瞳からは涙が溢れそうになっていた。


「ごめん・・・悲しませてしまって、本当にごめん。」


『悲しむ・・・というより、本当に分からないんです。だから、何でこんな事になってしまったのかを、貴方の言葉でちゃんと聞きたいんです・・・お願いします。』


 もう、誤魔化したりは出来そうにないし、これ以上は・・・逃げたく、ない。

 

 少しの深呼吸の後、僕は意を決して口を開く。


「・・・サオリの事を、好きになってしまったんだ。あの日に・・・夜中にサオリと二人で桜を見た日に・・・その事に、気付いてしまったんだよ。」


 僕の言葉を聞いたイオリは俯き、堪え切れなくなったのかとうとう涙を零し始める。


『やっぱり、私が・・・邪魔に、なったって、事・・・ですか?』


 拙い!言い方を完全に間違えた!


「違うよ!イオリが嫌いなワケない!今でも変わらずにキミを愛してるって思ってる!・・・でもね、同じぐらい・・・キミと同じぐらい、サオリの事も好きになってしまったんだよ!」


 僕の言葉を聞きイオリは顔をあげ、涙を零しながらもこちらを真っ直ぐに見つめる。


『だからですか?私を選んだから、サオリちゃんへの想いは受け入れられなくて、冷たくしてたんですか?』


「冷たくしたつもりは無かったんだけれど、そう思わせたのなら後でサオリには謝る。・・・でもさ、仕方ないじゃないか!二人を同時に好きになるなんて方が、おかしいんだよ!」


『おかしい?何がですか?』


 何がって・・・何でそんな風に理解出来ない様子で首を傾げているんだ!?


 君たちだって、感情をぶつけ合っていた事があっただろう!?


「そりゃおかしいでしょ!?僕にはもうイオリがいるんだよ!?」


『私がいたから、サオリちゃんへの気持ちが邪魔になったんですか?』


 イオリの物言いで、僕は頭を強く殴られたかのような衝撃に襲われる。


 多分、彼女の言葉があまりにも的確だったからだろう。


「邪魔だなんて・・・思ってるワケがない!大切だから傷付けたくなかったんだよ!でも、イオリを選んだのは僕自身だから・・・サオリにこんな感情を抱く事自体が間違ってるんだ!」


 図星を突かれたからかいつかの約束も忘れ、大きな声を何度も出してしまうもイオリは動じず、真っ直ぐに僕を見据えたまま言葉を返す。


『間違ってる?何がですか?・・・前にも言いましたが、私達は全員貴方の伴侶になるために生まれたんですよ?』


「それは聞いた!でも、だからって二人を同時に好きになっていい理由にはなっていないんだよ!」


 何で今そんな話をしてくるんだ!?


 イオリの言いたい事が判らなくて、僕は少し苛々してしまい益々声を荒げてしまうのだが、イオリはそんな僕を他所に困ったような表情で再び口を開く。


『んー・・・よく、聞いて下さいね?私達は全員が〝一緒に〟貴方の花嫁になるために生まれたんですよ?だから、私とサオリちゃんを同時に好きになってもいいんです。勿論、マホちゃんやシホちゃんだって・・・理由なんて、必要ありません。』


 いやいや!良いわけがないだろう!?


 何でハーレムを作るって話になるんだよ!


「だから!それが不誠実で、倫理的におかしいって言ってるんだって!」


 どうにもイオリと話が食い違っているような気がして苛立ちばかりが募る中、彼女は真っ直ぐに僕と目を合わせながら続ける。


『だったらお聞きしますが・・・不誠実って、一体何ですか?私も、サオリも、シホやマホだって、私達の為に一所懸命に行動してくれる貴方が好きなだけですよ?そんな私達の気持ちに向き合わない方が、余程不誠実なんじゃないんですか?』


「それは・・・」


 激しい言い合いになるかと思いきや、急に僕を諭すような口調で問い詰められた為、少々面食らいながら僕は言い淀む。


 それは、言われるまでもなく分かっていた事だからだ。


『・・・それに、倫理的って何ですか?アニメにも出てくるぐらいですから、貴方の生きていた世界で一夫多妻は存在しなかった・・・なんて、絶対に言わせませんよ?』


 それはそうなのかもしれないけれど、でも・・・だからって・・・


「それは、僕がそう教えられてきたからで・・・」


『そんなモノは貴方に植え付けられた先入観であって、此処で生まれた私達には関係がありません。・・・大体、星自体が既に無いのに、別の誰かが決めた決まり事を律儀に守る必要なんて、何処にあると言うんですか?』


「確かにもう無いけど、僕はそんな風に生きてきては・・・」


 正論なのだろうけれど、どうしても極論や詭弁に聞こえてしまい、思わず口を吐いて何度も言い訳の言葉が出てしまうのだがーーー


『貴方が分からず屋なのは良く知っていますから、これ以上は言っても仕方ないですね。・・・でしたら、今、此処で、選んでくれませんか?』


 ーーー僕がどう答えるか彼女は想定していたらしく、やや大仰に溜息を吐くと笑みを一瞬だけ浮かべた後、険しい表情でそう告げる。


「選ぶって、何を・・・?」




『・・・私達全員を選ぶか、全員を失うかを・・・です。』



「え・・・?」


 僕を真っ直ぐに見据えたまま、真剣な顔でイオリはそう問いかける。


 その瞳からは、僕の答え次第で本当に僕の前から姿を消すつもりでいるのだという、決意のようなモノがヒシヒシと感じとれた。


 ・・・そんなの、選択じゃない。


 選択肢にすら、なっていない。


 どうして、こんな事に?


 この三ヶ月の間、彼女達からだけでなく、自分自身の感情からも逃げてきた結果だからって・・・



 そんな風に混乱する思考のまま答えを口にしなければと考えた直後、何故かは分からないけれどふと、僕の脳裏に彼女達とのこれまでの生活が、まるで走馬灯のように思い起こされる。


 イオリと初めて出会った日の事、あの家に住み始めた日の事、ケンカした日の事、二人だけだった家に家族が増えた日の事等等、他にも数え切れない程の思い出が出会ってからの数年で、こんなにも増えていった。


 それらは、今の僕を形作る掛け替えの無い要素だ。


 一つでも掛け違えていたら、今の僕は居なかったとすら思える程に・・・


 だから、イオリ達を失う・・・だなんて、ほんの少し考えただけで僕は・・・


 ・・・となれば、答えは一つしかない。


「キミ達と・・・ずっと、ずっと、一緒に・・・いたい。」

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