第15話 かぞく ①

 温泉での二人のやり取りを聞き僕は、イオリが言う通りに悩んでしまう。


 勿論、どちらを選ぶか・・・ではない。


 僕自身がまだ幼馴染を失った事から立ち直れていなかったのだと思い知らされ、二人の側にこのまま居続けていいのかと考えてしまったからだ。


 それに多分だがサキの事だけが、イオリやサオリを見ていなかった原因ではない。


 今までは計画だからとか、イオリが僕を好きになるように作られたからだとか、理由を付けて二人を見ていた部分がなかったか?


 その事で引け目を感じ、心の何処かで罪悪感を抱えている事にもあの日気がついたというか、気付かされてしまった。


 だから、二人の側に居続けるかは別として、僕はもっと彼女達自身を知るべきなのでは無いかとも思う。


 僕自身を真っ直ぐに見てくれている、二人の為にも。

 




「兄上?どうかしましたか?」


「ごめん。ちょっと考え事してただけだよ。」


「なら、いいのですが・・・あっ!そこ、もっと優しくしてください・・・」


「あぁ、ごめん。なら・・・こうかな?」


「あの、あたし、初めてなので、もっと、ゆっくりでお願いします・・・」


「なら、これでどう?」


「そこはダメです!」


『2人で何をしているんですか!』


 突然僕の部屋の扉が勢いよく開き、真っ赤な顔のイオリが怒鳴り込んでくる。


「格ゲーだよ?」

「格闘ゲームですね。」


 イオリが部屋に乱入してきて驚いたが、サオリがアニメを見て格ゲーをやってみたいと言ったので二人で対戦をしていた。


 二人はゲームを殆どしない為、ゲーム機は僕の部屋にしか置いてはいない。


 それがどうかしたのだろうか?


『サオリちゃんがいかがわしい声を上げているから、何かと思って開けてみれば、お約束すぎませんか・・・』


 イオリは膝と両手を地面についてうなだれているが、キミのそれもベタすぎやしませんかね?


「いかがわしい事なんて言ってた?」


「どうでしょうね?あたしにはわかりません。」


 サオリはイオリの様子を見て笑っているのだが、アニメに出ていたレトロゲームと違い割とハイスピードな格ゲーだから、ゆっくりやって欲しいとか言うのは仕方がないと思うのだけれど・・・。


 そんな事を思っていると、ふと疑問が湧いた。


「ねぇ、イオリ?何で、サオリの声が聞こえたの?そんな大きな声だった?」


『いや、あの、それは・・・』


 僕の言葉で、イオリは部屋に入ってきた時より真っ赤な顔をして慌てている。


 ・・・どうやらこれは、扉の前で聞き耳を立てていたようだ。


「あーねーうーえぇー?どーかしたんですかぁー?」


『・・・サオリ!あなた・・・まさか、ワザとなのね!』


 そしてサオリは、この様子だとイオリが盗み聞きしていると気がついて、からかうことにしたようだ。


 僕は全く気付かなかったというのに、サオリには足音でも聞こえていたのだろうか?


 イオリも漸くその事に思い至ったのか、更に赤くなりながら抗議の声を上げる。


「なんのことですかぁー?」


『んー!もうっ!サオリ!』


 余りの恥ずかしさに、もはやイオリは語彙力も失ったようである。


 ・・・そろそろ止めるか。


「サオリ、その辺にしといてあげなよ。イオリはイオリで、盗み聞きはよくないよ?」


「はーい。」

『はい・・・。』




 悩みを抱えつつこんな風な日常を過ごしながらも冬は深まって年が明け、方舟に来てから三年が過ぎて、再び季節が巡り3月になったある日。


「そうそう、今度迎えに行く日についてなんだけどね?二週間後に決まったよ。」


『二週間後に・・・?』


「迎えに・・・?」


 朝食の席で、僕は近いうちに新しく姉妹が増える事について話をしていた。


「・・・あれ?言ってなかったっけ?妹が増えるって話・・・」


「やったね兄上!姉妹が増えるよ!」


 おい、やめろ!いや、本当にその言い方はやめなさい。


 どこで知ったんだ?そのネタ。


『サオリちゃんちょっと落ち着いて?・・・ご主人様?また私や、サオリちゃんみたいに培養区画で育てられて居るんですか?そんな話は聞いていませんよ?』


 妙な興奮をしているサオリを他所に、イオリが疑問を口にする。


「ごめん・・・言ったつもりになってたみたい・・・。僕も教えられたのはつい最近なんだけど・・・」


『そういう事はもう少し早めに教えてください!』


 まぁ、理由があって僕自身まだ一度も会いに行っていないので、殆ど実感が無い所為もあるのかもしれないが、最近考える時間が多くボーッとしていたのもまた事実の為、二人を突然の話で驚かせてしまった。


「まったく、兄上は仕方ないなぁ。」


『ご主人様は、近頃どこか抜けてますよね。』


「最近ボーッとしててこんな風に伝え忘れたり、話をちゃんと聞いて無かったりが増えてるね・・・本当にごめん。」


 ここ半年近く、僕がこんな調子のために二人に迷惑をかけてしまっている事は、反省しなければいけない。


『気をつけてくださいね?・・・でも、また姉妹が増えるのは嬉しいですね。これ以上ライバルが増えて欲しくはありませんけれども。』


「そうですね姉上。」


 突然の話ではあったが、姉妹が増えるのはやはり嬉しいのだろう。


 だが、イオリの最後の言葉・・・彼女はもう、僕の前でもあまり対抗意識を隠す気がないようだ。


 やはり、あの温泉での出来事はワザとだったか・・・。


「それともう一つ言い忘れてた。今回は一人じゃなくて、二人なんだ。」


「え?二人?」

『二人ですか?』


「うん、一気に賑やかになるね。」


「あ・・・姉上、どうしましょうか?」


『ホント、どうしようサオリちゃん?』


「何が?」


「兄上が呑気すぎるから、怒ってるんですよ!」


『一気に二人も増えると食事とか、培養区画から連れてくるのとか、色々大変じゃないですか!』


 当然の抗議ではあるのだが、恐らく1から言葉を教えたりは無いと思う。


「二人共ちょっと落ちついて?ちゃんと説明するから。今回の子達は、もう歩いたり、話せたり出来るらしいよ?食事も、もう普通に食べられるみたい。」


『えっ?』


「培養槽の2基同時稼働の試験のために、二人なんだって。・・・それと、ノアの蓄積した情報で教育計画を作成、実行していて、何故か会いに行けないようにもされているんだ。」


 管理者権限が必要だとか言われて、何をしているかを教えてすらもらえなかったんだよな。


『んー・・・?サオリちゃんや、私の時とは違うと言う事ですか?何が目的なんでしょうね?』


「それがよくわからないんだよね。それもあって、最近悩んでいたんだ。」


 それだけでは無いのだけれど、僕がここ暫く様子がおかしかった理由がわかり、二人はなるほどといった表情で頷く。


「では兄上、この家に向こうから来るって事ですか?」


「さっきも言ったけど、迎えに行く必要はあるようだよ。何故かは判らないけれどね。」


「あっ、そうでした・・・」


『その日が来るまで待つしか無いって事ですか・・・』


「そうなるね。僕自身、一度も会った事が無くて、一緒に暮らすっていう実感も湧かなかったんだ。だから余計に伝え忘れていたのかもしれない。・・・驚かせてしまって、ごめん。」


「なるほど・・・。兄上も会った事が無いなら、仕方ないですね。」


『それなら、余計に相談して欲しかったですよ。』


 サオリは納得したようだが、イオリは頬を膨らませまだ少し怒っているようだ。


 イオリの反応は尤もだと思う。


「まぁまぁ姉上・・・兄上も、悪気があったわけではないでしょうし。」


『それはわかりますけどね。・・・全く、ご主人様はもう少し私達を頼ってくださいよ。』


「僕は充分2人を頼っているつもりなんだけど・・・ごめんね。」


『そう何度も謝らないでくださいな。・・・怒っているのではなく、そうやってあんまり1人で抱え込まれてしまうと、私達も寂しいからですよ?』


 そう言われ僕は二人の表情を改めて見ると、イオリもサオリも僕の事が心配だったんだろう。


 少し困ったような、仕方ないなとでも言わんばかりの表情で僕を見ていた。


「二人ともありがとう。僕がしっかりしなきゃって思い込んで、二人に相談する事を忘れていたよ。本当にごめんなさい。」


 ・・・これは、幼かった二人を見続けてきた弊害かもしれないな。


 本当に僕は、こんなにも頼もしくなっていたイオリ達を全く見ていなかったんだ。


「兄上・・・」


『そうですよご主人様、私達は家族なんですから。』


 家族・・・?


「姉妹も増えますからね。」


『そうですねぇ・・・どんな子達なのか今から楽しみです。』


 イオリの一言で、何故か軽い眩暈を覚えた。


「・・・家族と言えば、兄上?」


「どうしたの?」


「兄上の父上や母上って、どんな人達なのですか?」


「え・・・?」


 サオリの言葉で先程家族という言葉を聞いた時よりも、酷い眩暈に襲われる。


『んー、そう言えば私も聞いた事がありませんね?どういう方達なのですか?』


「・・・あれ?」


 父さんと・・・母さん?


『・・・ご主人様?』


「兄上?大丈夫ですか?」


「大丈夫だよ。それで・・・何だっけ?」


『またボーっとしてたんですか?ご主人様のお母様やお父様の事ですよ。どんな方達なのかな・・・と。』


「あ、うん・・・父さんと、母さん・・・か。・・・あ、あれ?おかしいな?何も、思い出せ・・・」


 必死に両親の事を思い出そうとするが、何故か霞がかかったかのように何も思い出す事が出来ない。


 優しかった事だけはハッキリと覚えているのに、顔も、声も、どんな会話をしていたのかも全く・・・思い返せそうにはなかった。


 ・・・これではまるで、僕自身が思い出す事を拒んでいるかのようだ。


 何故・・・?

 

 それに、どうしてだか眩暈も段々酷くーーーー


「あ、兄上!?」

『ご主人様!?どうかしたんですか!?』


 ・・・おかしいな。


 何か・・・凄く、頭が・・・重い・・・


「兄上!?兄上!!しっかりしてください!」


『ご主人様!?』


 二人が僕の身体を揺するのを感じる。


 けれど、二人の呼び掛けに応える事は出来そうにも無いまま・・・僕の意識は混濁としていった。





 優しくて・・・家族思いで、どれだけ忙しくても僕や母や祖父を気遣う事を忘れなかった父。


 少しぶっきらぼうな所はあるけれど、父や僕に対して優しくもあり、厳しくもあった母。


 そんな父と母と僕を、何時も見守ってくれるように微笑んでいてくれた祖父。


 ・・・そうだ。


 サキだけじゃない。


 此処に居ないという事は僕の大事だった家族も・・・。


 ・・・判っていた。


 そう、そんな事は最初から解っていた筈なんだ。


 でも、きっと僕は無意識のうちに、考えないようにしていたのだろう。


 弱い自分を、守る為に。


 無論、考える事が沢山あったからというのもあるが・・・。


 いや、そんなのは・・・言い訳だ。


 本当に僕は、どうしようも無いくらいに・・・





 目を開けると辺りは薄暗く、何時の間にか僕は自分の部屋で寝ていたらしい。


 それに視点が普段とは違う為、床で横になっていた事にも気付く。


 何故僕は、ベッドでは無く床に・・・?


 最後に覚えているのは朝食の最中だったから、かなりの時間眠っていたのは判るのだが、どうしてだか身体が動かない。


 腕を動かす事も身体を起こす事も出来そうにはない。


 それに息苦しさだって・・・。


 耳元からは、すーすーと寝息が聞こえてきてもいるし・・・うん?


 寝息?


 顔を右に向けると僕の脇辺りにイオリの頭があり、左側にはサオリの顔があった。


 どうやら二人に抱きしめられて居た為に、僕は身動きが取れなかったようだ。


 これは・・・一体?


 いや、待て。今はそれよりも・・・とてつもなくトイレに行きたい。


 ・・・やらしい意味はないよ?


 二人を起こさないように身体を捩って抜け出そうとするが、やはり動けそうにはない。


 しっかりと両側から拘束されてしまっていて、二人は寝ているというのに抜け出せる気配がしないのだ。


 悪戯し放題じゃないかとも思うが、腕は二人の身体の下に潜り込んでいるため、それも出来そうにはない。


 しないけどさ。


 そうこうしていると、二人が僕が動いている事に気付いたのか、薄く目を開ける。


「おはよう。」


「あにうぇ、おはよー・・・って!兄上!?」


『ご主人様おはようございます。大丈夫ですか?』


「・・・うん。・・・あの、トイレに行きたいんだけど、退いてもらってもいいかな?」


 割と、緊急事態なんだ。


 僕の言葉で、二人は漸くこの体勢に気付いたのか顔を赤くして、サッと拘束を解いてくれた。


 あぁ、少し惜しい事をしたかもしれない。


 ・・・いや、まずはトイレだ。


「ごめん、ちょっとトイレに行ってくるね。」


「兄上、ごゆっくり〜。」


 顔を赤くしたサオリがそんな事を言うが、今は気にしないでおこう。


 用を足し、僕の部屋に戻ると室内の明かりは付いていて、何故か二人は正座をして待っていた。


「あっ、兄上!早いんですね。」


『ご主人様。お早いんですね。』


「うん、キミら。何か凄まじく語弊がある言い方な気がするんだけど、漏れそうだっただけだからね?かなり長い間寝てたみたいだし。」


『んー・・・それは、残念です。』


 何が残念なのだろう?


「・・・そんな事より、僕は何故床で寝ていたの?」


「え?・・・兄上覚えていないんですか?」


『朝ごはんの時、突然ご主人様が泣き出してしまったんですよ。それから二人で部屋に運んだのですが、部屋に入ってすぐに暴れ出したので危ないと思って、サオリちゃんと私で抑えこんだんです。』


「かなり驚きましたけど、そのうち兄上が寝てしまって、今なら兄上を抱きしめていられると思ったら、姉上も同じ事考えていたみたいで、離れる訳にはいかなくなって、そのままあたし達も寝ちゃいました。」


 ちょっと途中から引っかかるけど、どうやら温泉の時の様にかなりの迷惑をかけてしまったようだ。


『わ、私は違います!』


「えぇー?兄上には悪いけどとか、ボソッと言ってましたよね?」


『さ、サオリ!あなたいい加減にしなさいよ!』


「姉上こそ、またカッコつけんのやめなよ!」


「まぁまぁ、二人ともその辺で。」


『ご主人様は黙ってて!』

「兄上は黙ってて!」


 止めようとしたのに、怒鳴られてしまった。


 やはり、余計な事は言うものではない。


 言い争う二人を他所に、僕は朝の事を思い返す。


 すると、また軽い眩暈がしたけれど、何があったのかを朧げにだが思い出す事が出来た。



 あぁ・・・そうか、父や母や祖父の事を思い出そうとして、僕は気を失ってしまったのか・・・。


 気付いたら方舟にいた僕と違い、僕の両親や祖父は・・・星と、運命を共にした。


 両親や祖父を思い出せなかったのは、サキの事で自分を見失い掛けていた僕の、自己防衛だったのかもしれない。


 一緒に暮らし始めてから半年ぐらいの頃に、クリスマスがどういうモノなのかとイオリに問われた時、家族という言葉を使った事があるけれど、その時はこんな事にはならなかった。


 恐らく、あの時とは違い数年ではあるが二人と暮らしてきた事で家族という言葉に実感が伴ってしまった所に、直接父や母の事を聞かれたのがキッカケとなったのだろう。


 今考えれば、最後まで一緒に居られなかった事が悔やまれるけれど、それを言ってしまったら、イオリやサオリだけでなくこれからやってくる二人もどう思ってしまうのか。


 彼女達にとって僕は、家族であるんだ。


 皆を悲しませる事をしてはいけない。


 きっと、母や父ならそう言うだろう。


 それはわかっている。


 でも、僕の中にある両親への想いと、彼女達への想いが混ざり合って頭がぐちゃぐちゃになって、気付いたら僕はまた泣いていたらしい。


 いつの間にかイオリ達は喧嘩するのをやめ、僕を覗きこんでいる。


「兄上?何処か、痛みますか?顔色が悪いですよ?」


『ご主人様、具合が悪いならもう少し横になりましょう?』


 様々な感情が奥底から溢れ出す所為で、二人に返事を返す事が出来ない。


 すると突然イオリは僕の頭を抱えると、自分の心臓の音を聞かせるように胸元へ抱き寄せた。


「姉上!?」


『サオリ、今はちょっと黙ってて。・・・私、前に不安で仕方なかった時にご主人様の心臓の音を聞いて、凄く・・・落ち着けたんです。だから今度は、私の番・・・』


「イオリ・・・?」


 ドクドクと少し早く、そして強く響く確かな鼓動が僕の耳に届く。


『貴方に何があったのか、私にはわかりません。・・・でも、大事な貴方の泣く顔を見ていたくないから、今は貴方が泣き止むまではこうさせてください。』


 優しく柔らかな甘い香りと共に、イオリの力強い音は不思議なくらい僕を包み込んでくれる。


 それは、どんな言葉よりも僕を落ち着かせてくれるモノだった。


 


 どのくらいそうしていたのかは判らない。


 イオリもきっと恥ずかしかっただろうと思う。


「ありがとう。イオリ。」


 暫くして、漸く一言お礼を言えた僕にホッとしたのか、イオリが僕の頭を抱える腕の力を緩める。


『落ち着きましたか?』


「うん。少し・・・落ち着いた。心臓の音って、こんなにも落ち着けるものなんだね。」


 微かにある古い記憶で、誰かに包まれながら心臓の音を聞いていたような気がする。


 ・・・これは母さんか父さんの記憶、なのかな?


「兄上、何かあったのですか?」


『サオリちゃん、もうちょっと待ってあげて?』


「いや、大丈夫だよ。2人を驚かせてしまってごめん。」


 そう言ってイオリから離れようとするが、彼女はまだ僕を離してはくれなかった。


『まだ、ダメです。』


 イオリは片腕で頭を抱きしめたまま、空いている手で僕の頬に手を当て、涙を拭う。


 どうやら僕は、まだ泣いていたようだ。


「そうみたいですね。・・・姉上、もう少しそのままでいましょうか。」


『うん。』


「硬いかもしれませんが、兄上、もう少しそのままいてください。なんなら代わりますよ?」


『・・・サオリ?貴女、最近一言多いわよ?』


「気のせいです姉上。」


 僕の頭を抱える腕に力がこもり、少し痛かった。




 また暫くイオリに包まれている内に、漸く涙も止まったのを確認した彼女は、僕を抱きしめていた腕を離す。


「ありがとう二人共、心配かけちゃったね。」


『大丈夫ですか?』


「うん。もう大丈夫。」


 心配をしてくれているイオリ達に話をしなければならないと思い、泣いてしまった気恥ずかしさはあるものの、改めて二人と向かい合って座り直す。


 ・・・話してしまったら、また泣き出さないとも限らないけれど。


「兄上、辛いなら休みますか?」


「今は・・・一人になる方が、辛いかもしれない。」


 二人は何を言っていいのか、困ったような顔をしていた。


「ごめん、聞いて欲しいんだ。困らせてしまうかも・・・しれないけれど。」


『・・・はい。』


「実はね・・・二人に父さんと母さんの事を尋ねられた時、何にも思い出せなかったんだよ。」


「何も・・・ですか?」


「うん。おかしな話だとは思うんだけど、前にも自分が子供の頃何をしていたか考えた時に、似たような事があったんだ。・・・きっと、父さんや母さんの事が呼び起こされるから、だったんだろうね。今だって、ハッキリとは思い出せてはいないんだ。」


 整理しきれていない頭で今の想いを言葉にしようとした為か、自分でも何を言いたいのかが分からなくなってくるが、それでも二人に伝えなくてはいけない。


「僕は、どうしようもないくらいに弱いんだよ。此処に来た時だって・・・いや、それはやめようか。・・・それより、二人に話した事ってあったかな?僕がいた星は、既に滅んでいるって話。」


『いえ・・・ご主人様から聞いては居ませんが教えられては居ますので、知ってはいますよ。』


「あたしもです。」


「そっか・・・。なら、話は早い・・・かな?・・・僕と一緒に此処に居なかったって事は、僕の両親や祖父はその時に死んだんだ・・・」


 死という言葉を出した瞬間、耐え難い程の胸の痛みと共に、二度と会う事が出来ないのだという実感が湧いてきて、胸の内から再び熱いモノが込み上げてくる。


「兄上・・・」


「此処にいたのが、どうして僕だけだったんだろう・・・」


 ノアは僕を選んだって言っていたけれど、何故選ばれたのかについてはかなりの疑問が残っているのは確かだ。


 答えてはくれそうにもないが・・・。


 呟いた後でふと、視線を二人に向けるとサオリは泣きそうな顔で俯き、イオリは酷く苦しそうな表情で眉を寄せながら僕を見ていた。


 ・・・僕は、本当にどうしようもないな。


 僕がこんな事を言い出したら、二人はどうなる?


 僕を慕ってくれている二人がどう思うのかすら、考えていなかった。


 身勝手すぎる。


「ごめん・・・二人にそんな顔をさせたかったワケじゃないんだ。でもね・・・父さん達の事を思い出してしまったら、どうしても考えちゃうんだよ。何故、僕は両親やお爺ちゃんと共に最後まで居なかったんだろうって・・・」


 でも・・・そんな事は解っているのに、溢れてくる思いが止められそうにない。


 選ばれて生き残った事に感謝はしているし、イオリやサオリに出会えた事だって今の僕には掛け替えの無い出会いだったと断言は出来る。


 しかしそれでも・・・誰かが誰かの代わりになる事なんて、あり得ない。


「こんな事を、二人に話すべきじゃないのはよく分かってる。判ってるんだよ・・・でも、最後まで一緒にいたかったって考えてしまう部分が、どうしてもあるんだ。」


 気付けば、また頬を熱いモノが伝っていくのを感じるが、頭の中が色々な思いに溢れて、自分でももう・・・制御出来なくなっていた。


「今ここにいる二人が大事なのは間違いないし、イオリ達に会えていなかったらって事は考えたくもないけれど、その事を考えてしまったのもまた、事実で・・・あぁ、僕は何を言ってるんだ?」


 とんでもなく身勝手な話を、二人は黙って聞いていてくれていたが、サオリは既に涙を零し始めてしまっていて、イオリも溢れそうになっている。


「兄上!なんて言えばいいのかわからなくてごめんなさい!」


 そこまで僕が言い終えると、サオリは僕に抱きついて泣きじゃくった。


「サオリが謝る事じゃない。二人を悲しませるような事を言った僕が、謝らなきゃいけない事なんだよ。」


 僕の膝元で泣き声を上げるサオリの頭をそっと撫でる。


 やはり、二人を悲しませてしまったな・・・。


『いえ、貴方の気持ちを、その全部を受け止められない事が悔しくて、サオリちゃんは泣いているんです。そしてそれを上手く言葉に出来なくて、謝ったんです。私も・・・サオリちゃんと同じですから。・・・だから、私から言わせてください。』


 そんな事を考えていた僕に、涙が溢れそうな瞳でこちらを真っ直ぐに見つめながら、イオリは傷付いたのとは違うのだと告げ、更に言葉を紡ぐ。


『貴方のご両親はきっと、星が滅びると判っていたらきっと、今ここに生きていてくれる事を喜んだと思います。』


「そう・・・なのかな。」


 僕にはわからない。


『貴方がご両親を大事に思うのは、間違ってるはずがないです。家族なんですから。・・・私だって、貴方やサオリちゃんが大事ですもの。』


「あたしも!」


『でも、きっと貴方のご両親は、一緒に死ぬ事なんて願ってなかったと思うんです。それだけ貴方が思っている方々なのですから、同じかそれ以上に貴方を大事にしていた筈です。』


 僕の視界が更に歪む。


 あぁ・・・僕はきっと、この二人に肯定されたかったんだな。


『だから、最後まで一緒に居なかったと悔やまないでください。そんな悲しい事言わないで下さい。辛い気持ちがあるなら、これからは私達にも分けてください。貴方が苦しむ事が、私達には一番辛いんです。』


 そこまでいい終えると、イオリも堪えきれずに泣き出してしまう。


 やはり、泣かせてしまった。


「二人を、悲しませる事言って・・・ごめん。」


「あたし達こそごめんなさい!兄上に辛い事を思いださせて!」


『さっきも言いましたが、私達は悲しんだからだけでは無いんです。・・・話してくれて、嬉しかったからも・・・あるんですよ。』


 今までは、僕がしっかりしなきゃって思っていた。


 二人はまだ幼いからと。


 僕の目は本当に曇っていて、改めて二人の上辺だけしか見ていなかったのだと気付く。


 イオリ達は、何時の間にかこんなにも強く・・・成長していた。


 真っ直ぐに僕を思ってくれる二人。


 こんなどうしようもない僕の心に寄り添おうとしてくれる二人を、僕は今・・・心の底から愛おしいと感じていたんだ。





 少しの間三人で泣いて、落ち着いてから僕は改めて二人にお礼と悲しませた事の謝罪を伝える。


「こんな僕を心配してくれてありがとう。そして、悲しませるような事を言ってごめん。」


「そんな!兄上は悪くないですよ!」


『私達は大丈夫ですから。ご主人様、今日はもうお休みしましょう?』


「うん、そうするよ。なんだか疲れたからね。」


 ずっと泣いたり、感情が暴発したからだろう。


 今更食事を摂る気にもならなかった。


「兄上、それがいいですよ。」


 サオリがそう言うと、二人は押し入れから布団を出して整えてくれる。


 今日は情けない所ばかり見せてしまったな。


 ・・・だが、何故ベッドがあるのに床に布団を引いたのだろう?


『じゃあ、サオリちゃん。私達も順番に寝間着へ着替えてきましょうか。』


 うん?


「そうですね姉上。あたし達の部屋にある布団も持ってこなきゃいけませんし。」


 んん?


『晩ご飯は私達も要らないですから、今日はもう休みましょう。ご主人様、少し待っててくださいね?』


「待っててって・・・何を?」


 嫌な予感がして、恐る恐る尋ねてみる。


「何言ってるんですか?あたし達も寝るんですよ兄上。」


「うん、それはわかる。」


『だから、私達も着替えてお布団を持って来ますので、大人しく待っててくださいね?』


「何かおかしな事でもありますか?」


 キミ達、ここで寝るの?


 さも当然の如く言ってるけど、それは拙いよ?


 僕、男だよ?


「いやいや・・・二人とも、少し待って。当然のように一緒に寝ようとしてない?」


「何言ってるんですか?」


 あぁ、よかった僕の思い過ごしだったか。


 それはそれで恥ずかしい事を言ってしまった。


『当然じゃないですか。』

「当然ですよ。」


「えっ?」


『それじゃあ、サオリちゃん。ご主人様が鍵をかけないよう、交代で着替えてきましょう。』


「わかりました。それならあたし、先に着替えてきます。」


「いや・・・ちょっと。お待ちになって?」


 思わず変な口調になったが二人は待つ気はないようで、言い終えたサオリはそそくさと部屋を出て行く。


『ご主人様?どうかしましたか?』


 残ったイオリは悪戯っぽく笑いながら、僕に尋ねてくる。


 謀ったな!


 ・・・いや、謀ったわけではないだろうけれど。


『そんな難しい顔をしないでください。私達も恥ずかしいですけど、今のご主人様を放っておく事なんて出来ませんよ?』


 二人は僕が心配で放っておけなかったようだ。


 ・・・今日は醜態を晒したのだから、二人がそうしたいのなら二人のやりたいようにしよう。


「僕だって男なんだから、あまり・・・からかわないでね?」


『からかってはいませんよ?こうでもしないと、意識してくれないじゃないですか。』


「いや、それをからかっていると・・・」


『違いますよ。サオリちゃんはまだちょっと中身が幼いですけど、ご主人様を一人にしておけないからですし、私だって貴方を今一人にするのは、知らない所で泣いてしまいそうだから出来ません。』


 イオリは吸い込まれてしまいそうな程に真剣な眼差しで、僕を見つめながら言葉を続けた。


『私達だって、貴方をずっと見てきたんですよ?偶には・・・甘えてください。』


 そこまで言い終えた彼女は柔らかく微笑むと、僕はその表情と仕草に思わず心臓が高鳴る。


 腰まで伸びたピンクがかった赤い髪。


 成長した今でも、かわいらしいといった印象を受ける垂れ目がちな瞳。


 女性的な丸みはあるものの全体的に線が細く、強く抱きしめると壊れてしまいそうでもある。


 そんな魅力的で僕を慕う女の子が隣に寝ていたら、果たして耐えられるのだろうか?


 いや、既にイオリから目を逸らす事が出来なくなってしまっている僕が、我慢なんて・・・出来る筈ーーー



「姉上!今戻りました!・・・って、何二人で見つめあってるんですか!」


 思わずイオリに手を伸ばしてしまいそうになった刹那、部屋の扉が開け放たれサオリが戻ってきた為に我に帰る。


『・・・もう戻ってきちゃいましたか。キス出来るかと思ったのですが、残念です。』


 ・・・今、僕は何をしようと?


「姉上!さっさと着替えてきてください!」


『仕方ありませんね。』


 サオリに追い払われるように立ち上がりながら、イオリは本当に残念そうに呟く。


 サオリが来なかったら、本当に色々と危なかった。


「全く、油断も隙もありませんね!本当に約束を守る気があるんですか!?姉上は!」


「約束って?」


「そ、それは、秘密です!」


 サオリはしまったといった表情をしながら慌てて誤魔化したが、温泉の時の会話から大体の想像はついてはいる。


「それより、兄上。本当に大丈夫ですか?」


「うん。ありがとう。」


「無理は、しないでね?」


 そう言いながらサオリはこちらへと徐ろに近づき、座っている僕の前で両膝をつくと、顔を覗き込みながら頭を撫で始める。


「さ、サオリ?」


「兄上は、もう少しあたし達を頼ってほしいな・・・」


 その言葉に僕は何も言えなくなって、俯き大人しく頭を撫でられていると、不意にイオリとは違う匂いが鼻腔をくすぐった。


 香りに誘われるように思わずサオリの方を見ると、彼女は嬉しそうに目を細める。


 13歳程になったサオリは、身長も更に伸び170センチ程となってイオリを軽々と追い越してしまった上、当人の無邪気さとは対照的に見た目は大人の女性と言える位、凛々しく成長していた。


 お風呂上がりは正直・・・目のやり場に困る程だ。


 明らかにイオリと成長速度が違うのも、個人差なのだろう。


「兄上?どうかしましたか?」


「いや・・・なんでもないよ。」


 気付けばじっとサオリを見つめてしまっていたらしい。


 僕は恥ずかしくなって、つい顔を背けてしまう。


「兄上照れちゃって、かわいいなぁもぉ!」


 そう言って、サオリは僕の頭を抱きしめた。


 いや、当たってる!


 当たってるから!


「・・・あの、サオリさん?離しては、くれないかな?」


 イオリが戻るとまずい事になるよ?


「さっき姉上もしていたから、あたしもするんですー!」


 今、対抗意識を燃やすのはちょっとやめてほしい。


 いや、ホントに。


「僕はもう大丈夫だから、ね?」


「イヤ!」


 そんな問答を繰り返していると、イオリが寝間着へ着替えて戻ってきてしまう。


「お待たせしました。・・・って!サオリ!何してるの!』


「姉上と同じ事!」


 やはり、そうなるよね。


『あれは、ご主人が泣いていたからで・・・!』


「姉上は、さっき兄上にキスをしようとしてたじゃん!」


 お互いへの対抗意識からか、また始まってしまった言い争いを聞きながら、解放された僕は二人を仲裁する事を諦め先に横になる。


 ・・・なんだか、酷く疲れたな。


 横になるとすぐに眠気が襲ってきて、僕の意識はあっという間に眠りへと落ちていった。

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