第14話 おんせん ②

 正直、二人が入って来た事で僕は景色を見ている余裕が無くなっていた。


 そりゃそうだとも。


 両手に花の状態で余裕なんてあるはずもない。


 はっきり美少女だと断言出来る2人なのだから、無理もないだろう?


「姉上や兄上は平気なのですか?」


『どうしたのサオリちゃん?』


「どうかした?」


 腕を離してからも、僕の隣にくっついていたサオリがモジモジとしながら尋ねてくる。


 今頃恥ずかしくなったのかな?


「えっと・・・熱くないですか?」


「あぁ、お湯の事?僕は丁度いいんだけど。」


 どうやら、サオリには温泉が熱すぎたらしい。


 だから余計に顔が赤かったのだろう。


『私も少し熱いと思うので、長くは入れませんね。』


「そうなの?」


『はい。何時ものお風呂でもご主人様の後だと、設定温度を変えなければ入れないです。』


「えっ、それ本当?じゃあ、昔二人で入ってた時、かなり我慢してたの?」


『えっと・・・はい・・・』


 温くしていたつもりだったんだけど、それでもまだ熱かったのか。


 それは、可哀想な事をしてしまっていたな・・・。


「気付かなくて、本当にごめん。」


『いえ、そんな。ご主人様が私を気にして長くお風呂に入らなかったのも知ってますから。」


「姉上は兄上と一緒にお風呂に入っていたのですか?」


「あっ、うん。今のサオリよりもう少し小さい時ぐらいまでなんだけど。一年前ぐらいまで・・・かな?」


『はい。そのぐらい前までですね。』


 僕達二人の答えに突然サオリの表情が曇り、辛そうな表情になる。


「そう、なんですか。」


 するとイオリがはっとした表情をして、少し焦ったような様子で続けた。


『でも、小さいうちは1人で入るのは危ないですから仕方がないですよね?』


「うん。転んで怪我したら大変だし、僕も10歳くらいから1人で入る事が増えたような気がするよ。」


「でも、あたしは兄上とお風呂入ったの、これが初めてです。」


「それは、女の子だからちょっと気が引けちゃって、イオリに任せたんだよね。僕も手伝うべきだったんだろうけど・・・」


 僕の言葉で先程よりもサオリの表情が昏くなっていく。


『サオリちゃんも女の子ですから、私から一緒に入るって言ったんですよね。だから、ご主人様は悪くないですよ。』


 イオリがさっきより焦っているように思えるんだけど、どうしたんだ?


「姉上ばっかり・・・」


「イオリがどうしたの?」


「あ、姉上はっ!いつもそうやって!・・・いえ、なんでも・・・ないです。熱いので・・・先に出ます。」


 少し震えた声で俯きながらサオリは独り、湯船を出る。


『待ってサオリちゃん!・・・ご主人様は暫く出ないで下さい!』


 すると、慌ててイオリもサオリを追いかけて立ち上がり、僕に暫く出るなとだけ告げて行った。


『待って!・・・待ちなさい!サオリ!』


「なんで姉上ばっかり!」


『ここだとご主人様に聞こえちゃう!とりあえず着替えて、こっち来て!』


「・・・はい。」


 ・・・これは、イオリの言葉通り僕は出ていかない方が良さそうだな。


 二人の声が遠のいて行くのを聞きながら、僕はまだイオリ達が本当の意味で仲直りをしていたわけではない事を知る。


 さっきの会話からだとよく判らないが、確かにお風呂に一緒に入った事はないけれどそれは怒るような事ではないとは思うし、何となくだがサオリもそこを気にしているようには思えなかった。


 それにしても・・・姉上ばっかり?


 イオリばかり、とは?


 無論僕は、イオリだけを優遇しているわけでもなく、むしろ小さい頃一緒にアニメを見たり遊んだりして居た時間はイオリの家事の手伝いもあってか、サオリの方が長いとさえ思う。


 では、何故?


 こうなってしまった理由に思い当たらない訳ではないんだけど、それは流石に自意識過剰気味というか・・・。


 サオリの僕への印象はイオリと違いノアに歪められてはいない筈で、僕とつがいになるため生まれたイオリとは違う。


 それでもイオリと同様に扱ってきたつもりだし、サオリの前では恋人らしい振る舞いってのをした事もない。


 それはイオリが幼かったからというのもあるが、何よりも歪められている思いへの罪悪感があるからでもある。


 あー・・・もう、何が間違っていて、何が正しいのかよく解らないよ・・・。



 そんな風に思案を重ねるも時間だけが過ぎ、そのうちに二人は温泉へ戻ってきた。


「おかえり。」


「あれ?兄上?」

『えっ、ご主人様?』


「うん?何?どうしたの?」


『いえ、なんでまだ温泉に入ったままなんですか?休憩場所に居なかったので、まさか・・・とは思いましたが。』


「兄上、あれから30分以上は経つのですが・・・?」


「あれ?そんなに経ってた?なら、そろそろ上がるかな。」


 立ち上がろうとした瞬間目眩がして目の前が歪み、僕はそのまま湯船に倒れこんでしまう。


「兄上?!」

『ご主人様!』




 あ、なんか風がきもちいい。


 凄く身体は熱いが、山の涼しい気候も相まって流れてくる風が心地よく感じる。


 もう少し強い風が吹かないかな?


 ・・・あれ?強くなった。


 きもちいいな。




 少しして目を開けると、不安そうに上から覗き込むサオリとイオリが目に入る。


「よかったぁ。兄上が起きたぁ。」


『ご主人様。大丈夫ですか?』


「あ、うん。クラクラするけど、何とか。」


 僕は何処かに寝かされているようで、起き上がろうとするも身体に力が入らない。


『まだ起きちゃダメですよ。』


「兄上、もう暫くじっとしていてください。」


 ・・・そうか、僕はのぼせて倒れたのか。


「あぁ、うん。そうさせてもらうよ。」


 そう言った直後、自分の頭の下に枕のようなものがある事に気付く。


「なんだ、これ?」


 力の入らない手でそっと触れると柔らかくて、すべすべしている。


「あ・・・あ、あにうえ!?」


『ご主人様、触っちゃダメです!』


「なんで?」


 イオリに触るなと言われた為、顔を少し横に向け枕の正体を確認すると、まさかのサオリの膝枕だった。


「あ!ご、ごめん!」


『この場所は枕のようなものが無くて、私の膝や鞄では少し高かったので、サオリちゃんの膝を枕にさせて貰ったんですけど・・・』


 物凄く睨まれてますね。


「びっくりしたぁ。兄上どうですか?」


 突然太ももを触られて真っ赤な顔をしたサオリが尋ねてきたが、太ももの感触の事なのだろうか?


「柔らかくて、ちょっと冷たくてきもちいい。」


 頭が回っていなくてトンチンカンな答えになったらしいが、二人にはそれが可笑しかったようで一瞬キョトンとした後、直ぐに表情を崩す。


「かわいいなぁ、兄上は。ふにゃふにゃ言ったりしてたし。」


『寝言でふにゃふにゃ何か言ってるの、本当にかわいいですよね。』


「僕、寝言言うんだね。知らなかった。」


 まぁ、僕に知る由はないか。


 少し恥ずかしくなったがまだ動けそうには無いので、もう少し・・・このままでいよう。




 その後、イオリに睨まれつつもサオリに頭を撫でられたりしながら回復するまでを過ごした僕は、漸く身体に力が入るようになってきた為、先ずは二人にお礼を告げる事にした。


「大分気分が良くなったよ。ありがとうね二人共。」


『本当に大丈夫ですか?・・・それにしても、ご主人様!長風呂もいいですが、限度ってものがありますよ!』


「ごめんね、心配かけて。サオリ、重かったよね?今、退くから・・・」


 そう言って身体を起こそうとすると、サオリに頭を抱きしめられ再び膝枕の体勢になる。


「もうちょっとこのままで・・・。兄上もう少し休みましょう。」


「え?いや、でも・・・」


「もう少し、このままがいいです。」


『・・・ご主人様、サオリちゃんもそう言ってますし、もう少しそのままでいてください。』


「そ、そう?・・・二人が言うなら、じゃあもう少しだけ。」


 イオリは複雑そうな表情でサオリを見つめ、サオリは大事なものを慈しむかのような表情をしながら再び僕の頭を撫でる。


 優しく頭を撫でられるのって少しくすぐったいけど、なんだか落ち着くというか・・・安心するな。


 抱きしめて暖かさを感じるのとは、また少し違った感覚。


 そんな心地よさに包まれながら僕は再び目を閉じる。


 


 気付けば、僕はいつの間にかうとうととしていたらしい。


 身体に先程までは無かったタオルか何かがかかっている感触があり、どちらかが掛けてくれたのだろう。


 今度こそ起きなければと思い、目を開けようとするが何故か身体は動かない。


 どうやら所謂半覚醒とか、金縛りと呼ばれる状態になってしまったようだ。


 眠りに落ちそうになる感覚が怖くて、必死で動こうと身体を捩ったりを試していると・・・ふと、二人の会話が朧げに聞こえてくる。


『ご主人様、寝ちゃいましたか?』


「はい、そうみたいです。」


『もう少し、寝かせておいてあげましょうか。』


「はい。」


『サオリちゃんはその体勢で大丈夫ですか?』


「あたしは大丈夫です。ちょっと足が痺れますけど。」


『そうですか。なら、ご主人様が起きるまでは、今はサオリちゃんに譲ります。・・・本当は、イヤですけども。』


「姉上、ごめんなさい。」


『・・・謝らないで。サオリちゃんの気持ちも、わかるから。』


「姉上・・・。」


『私が先にご主人様と出会っていたから、サオリちゃんが後に生まれたからって私だけが独占してしまったら、サオリちゃんの居場所が無くなっちゃうもの。』


「姉上、あたしは・・・」


『サオリちゃんの気持ち、痛いぐらいわかるの。私も・・・同じだから。サオリちゃんも、多分気付いてるよね?』


「それは・・・」


『・・・うん。ご主人様は凄く優しいから、私達を大切にしてくれているから、ずっとずっと一緒にいて、自分だけを見てほしいって思っちゃうよね。』


「はい・・・」


『だから、いつかもう少しサオリちゃんが成長するまでは、私も我慢します。』


「姉上・・・」


『きっと、この人は優しいから、凄く凄く悩ませてしまうだろうけれど。どちらが選ばれても・・・どちらも選ばれなかったとしても、二人共後悔はしない。そう約束しましたよね?』


「はい。私達は姉妹ですから何があっても仲良くする事・・・でしたね。」


『そうです。でないと私達のご主人様も傷つけてしまう事になりますから。血は繋がってませんが、私達は姉妹です。それは・・・それだけは、絶対なんです。」


「はい、姉上。あたし、姉上の妹で本当によかった。」


『私がご主人様にして貰った分、サオリちゃんにも分けてあげないと公平じゃないですから。』


「姉上?」


『だから、今ご主人様は寝てますから、キスしちゃっていいですよ?』


「あ、姉上?!」


『しーっ!ご主人様が起きちゃいます!』


「姉上、やっぱりあの時見て居たんですね。」


『全部、見てましたよ。あの時は思わず怒鳴ったりしちゃいましたけど、サオリちゃんに見られていたのに、気付かないでキスしてしまった私も悪かったんですから。』


「・・・ごめんなさい。」


『謝る必要はないですよ。まさか、サオリちゃんがまだ小さいのにご主人様にキスするなんてって、驚いたのもありますし。』


「あたしは、あの中でずっと兄上の行動や言動を見せられていました。一緒に過ごすようになって、もっと兄上の事を知って、いつかあたしは離れなくちゃいけないってわかってしまって。・・・それが、凄くイヤだった。」


『サオリちゃん?』


「あの日、兄上にキスをしている姉上を見て、あたしの兄上なのに!って思った時に、わかっちゃったんです。」


 ・・・これは。


「あたしは、兄上から絶対に離れたくない!姉上にも渡さない!あたしだけの兄上なのっ!」


『サオリ・・・。』


「姉上を見る兄上の目が優しいのがイヤ!もっとあたしを見て!姉上じゃなくて、あたしを見てよ!」


 悲痛な叫びが響くとイオリは黙ってしまい、僕の頭を乗せたサオリの膝が微かに震え、暖かいモノが僕の頬へと伝い落ちる。


 僕は聞いてしまった事を後悔していた。



 暫くの間サオリの嗚咽だけが響き、イオリはかける言葉が見つからないようで黙ったままだ。


 ・・・どうするべきなのだろう?


 いや、今はとても声を掛けられるような状況には思えないから、サオリが落ち着くまではこのままでいるしかないか?


『・・・私も、ご主人様と一緒にいたい。ずっと一緒に居たいって言われたのもあるけど、私自身が強くそう思ってる。だから、サオリちゃんにだって渡したくない。』


 僕がそんな事を考えていると、静かに・・・けれど、強く思いを込めた様子でイオリはそう告げる。


 それはまるでイオリからサオリへの戦線布告のようにすら思えた。


「なんですかそれ!?自分がもう選ばれているって言うんですか!?」


『私が言いたいのはそう言う事じゃないの!』


「嘘吐き!ずっと一緒に居たいって言われたって、今言ったじゃん!」


『そうじゃなくて!サオリちゃんにも思ってるはずだって言いたかったの!』


「それじゃ意味ない!あたしだけ見てほしいのに!」


『わかってるよそんな事!だから私だって・・・こんなに!・・・私達の想いは叶わないのかもしれないけれど、せめてそれまでは・・・仲良くして、いたい・・・』


「あたしだってずっと三人で仲良く一緒に居たいよ!でも姉上には取られたくない!」


『私のだもん!』


「あたしの兄上だよっ!」


『・・・これじゃ、また喧嘩になっちゃう。ご主人様が起きちゃうよ。』


「姉上は・・・またそうやって!さっきだって、あたしの気持ち知ってるのに、兄上の前でカッコつけて!」


『違うよ!ご主人様は私達のために、毎日悩んでご飯作ってくれたり、畑で野菜作ったりしてくれてるから、少しでも負担を減らしたかっただけなの!』


 段々と過熱していく言い争いに、僕は益々どうしたらいいのかが分からなくなり、寝たフリを続けるしかなかった。


「それをカッコつけてるって言ってんの!」


『だから違うの!私はただ・・・』


「違わないよっ!兄上の前でいい子になってるだけじゃん!そんなんだから、あたしがどれだけ兄上に見て欲しくても、兄上は姉上しか見てないんだよ!」


『そんな事、無い・・・だって、ご主人様は私を・・・見てくれてないのに・・・』


 イオリを見ていない?


 何を・・・言いたいんだ?


『・・・とにかく、今はやめよう?ね?』


「はい・・・わかりました。」


 どちらかに肩入れすればどちらかの立つ瀬がなく、なるべく公平にと思って接してきた僕が悪かったのか・・・と、そんな事までも考えてしまう。


『サオリちゃんはライバルであり、私の大事な妹だから。私はサオリちゃんにも嫌われたくないの。』


「あたしだって、姉上が大好きですよ。負けたくないだけで。」


『うん、私も。サオリちゃんが大好きだよ。』


「・・・姉上、ごめんなさい。姉上がそんな人じゃ無いって分かってるのに、あたし・・・勝手な事を・・・」


『ううん、大丈夫だよ。それと、私も・・・ごめんなさい。約束は、ちゃんと守るから。』


「はい。姉上。」


 よかった。


 一時はどうなる事かと思ったけれど、仲直り出来たみたいだ。


 だけど、約束ってなんだろう?


『じゃあ、仲直りって事で。ご主人様にキスしてもいいよ?』


「何でそうなるんですか・・・」


 僕も何故そうなるのかが知りたい。


『だって、私は3回ご主人様の唇にキスしたもの。ご主人様からされた事は、おでこに一回だけだけど・・・私からは三回だから、サオリちゃんから後2回するのが公平だよね?』


「答えになってないです。」


 うん、僕もそう思う。


 そんな事を公平にされても困るよ。


『冗談だよ?』


「わかってますよ。前にも言ってましたし。」


 冗談だったのか、凄くドキドキした。


 ・・・いや、ちょっと待て?


 さっきも言っていたが、サオリが僕にキス?


 そんな記憶、勿論僕にはない。


 という事は、まさかあの時にあった出来事って・・・。


『そろそろいい時間だから、ご主人様起こして帰りましょうか。』


「そうですね。でも、その前に・・・」


『サオリちゃん?』


 不意に唇へ触れた柔らかな感触と共に、イオリとは違う甘い香りが鼻腔をくすぐり、僕は不覚にもドキドキしてしまう。


『あっ!抜け駆けはしない約束でしょ!』


「姉上は三回したんですよね?」


『それは、そうなんだけど・・・』


「なら、後一回は大丈夫ですよね?」


『ダメ!』


「あんまり大声出すと、兄上が起きちゃいますよ。」


『今から起こす所だから、大丈夫よ!』


「それもそうですね。」


『それじゃ、私は向こうを片付けてるから、サオリちゃんはご主人様を起こしてね。』


「はい、姉上。」


 あっ、拙い。


 起きる真似をしなきゃ。


 此処までの会話は、聞いていなかった事にした方がいいだろうし。


「兄上、起きて下さい。」


「んー・・・?」


 サオリが優しく揺するのに合わせて返事を返し、それから少し間をおいて目を開ける仕草をする。


 そして上体を起こし、座ったままぐっと背を伸ばしながらサオリへと声を掛けた。


「あー・・・寝ちゃってたか。」


「おはよう兄上。体調は大丈夫?」


 何とかバレないように起きるフリが出来たようで、ホッとした。


「うん、すっかり良くなったよ。ありがとうサオリ。」


「それはよかったです。兄上、そろそろ帰りましょうか。」


「あぁ、うん。ごめんね僕のせいで温泉あんまり楽しめなかったよね。」


「そんな事ないです。また3人で来ましょうね。」


「うん。でも、突然乱入するのは勘弁して欲しいかな?」


「恥ずかしいので、そんなに毎回は・・・したくないです。」


 やはり恥ずかしかったようで、サオリは顔を赤くして俯いてしまう。


 よしよしとサオリの頭を撫でてから、服を着る為に脱衣所へと向かった。


『あ、おはようございますご主人様。』


「おはようイオリ、ごめんね迷惑をかけて。」


『大丈夫ですよ。倒れてしまった時は驚きましたけど。」


「おかげで大分良くなったよ。ありがとう。とりあえず、服を着るね。」


 そう、今僕は下着1枚だったりする。


 多分2人で履かせてくれたんだろうけど、想像するだけで恥ずかしい。


『はい。パンツを履かせるの大変でしたので、次は気をつけてくださいね。』


「み、見た・・・?」


 恥ずかしくなり思わず聞き返してしまった。


『見えないように履かせるのが大変だったって言ってるんですよ!力が抜けてる人の身体って重くて温泉から引き上げるのも運ぶのも大変だったんですから!』


 顔を真っ赤にしながら捲し立てるように一息で言ったせいか、イオリは少し呼吸を荒くしている。


「なんか・・・ごめん。」


『もうっ!』


 居た堪れなくなり手早く服を着て、後片付けを手伝う事にした。


 床を拭いたり、石鹸の泡を流したり、ゴミが無いかチェックするだけだったので、後片付けはすぐに済む。


 僕はかなりの時間横になっていたらしく、それぞれの荷物を纏めて帰り支度をする頃には、空は茜色に染まり始めていた。


「僕の所為でちょっと遅くなってごめんね。帰りの支度は大丈夫かな?」


「はーい。」

『はい、大丈夫です。』


 二人の返事を聞いて最後に軽く辺りを確認すると、僕達は三人で帰り道を歩きだしたのだが、サオリは行きよりも上機嫌になっているようで、気付くと行きと同じ様に僕とイオリの少し先を進む。


「あんまりはしゃがないようにね。」


「はーい!」


 そう声をかけるも、サオリは鼻歌混じりに返事をした。


 わかってるのかな?山は下りの方が足腰に来るというのに・・・。


『ご主人様?』


「どうしたの?」


 何故か隣を歩くイオリが小声で話かけてくる。


 どうしたのだろう?


『サオリちゃんの事も、もう少し見てあげてくれませんか?』


 イオリの全く想定してもいなかった言葉で、僕は咄嗟に返す事が出来ず思わず足を止めてしまう。


 起きて居たのがバレていたのか?


 いや、それよりもサオリを見て欲しいって・・・。


『あの子は・・・サオリちゃんは見た目よりずっとずっと、悩んでいます。幼く見えても女の子なんですよ?だから、ご主人様が悩んでしまうとは思ったんですけど、サオリちゃんも見て欲しくて・・・』


 ・・・間違いなく、イオリは僕の狸寝入りに気付いていたようだ。


 でも、イオリの考えている事が分からない。


 サオリ〝も〟見て欲しい・・・?


「姉上、兄上、はやくー!」


 イオリの言葉で思わず足を止めてしまった僕に気付いたのか、サオリがこちらに振り返って僕達を呼んでいる。


『はーい!』


 サオリに返事を返したイオリは、そんな僕の前に出て少しだけこちらへ顔を向けるとーーー


『だけど・・・私の事も、放っておかないでくださいね?』


 寂しそうな横顔でそう告げ、少し駆け足でサオリに追い着き二人は並んで歩き出す。


 その表情を僕は何処かで見た事があるような気がして、胸がチクりと痛むのを感じ、歩き出せないまま二人の背中を眺めつつ考える。



 ・・・イオリの横顔を見た時脳裏に浮かんだのは彼女では無く、此処には居ない筈の幼馴染の横顔だった。


 声も仕草もそっくりなイオリを見ていると、以前程では無いにしろどうしてもサキの事を無意識に思い出してしまう瞬間というのがあったりもするんだ。


 多分、言動からもイオリは僕自身が意識していなかったソレに気付いてる。


 だから彼女は敢えて、僕が起きていると知りながらサオリとの言い争いを続けたのだろう。



 僕は、二人の側に居る資格が無いのかもしれない。

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