第20話 がっこう③

〈先日承りました木材乾燥の工程が間もなく終了致します。つきましては明日、こちらの区画へ搬入致します。〉


「分かった。ありがとう、ノア。」


 雨が降ってからまた何日かが経過したある日、朝食の席でノアが以前頼んだ木材についての進捗を報告してきた。


 頼んでからもう一週間経ったのか・・・。


 気付けばあっという間だったな。


 ・・・おっと、それよりもノアに聞いておきたい事があるのだった。


「ねぇ、気になってたんだけど・・・ノア?椅子って釘だけで人の体重を支えられるものなの?」


 〈体重が軽ければ可能ではありますが、耐久性に問題が出る事が想定されます。複数回の利用を考慮するならば、釘を使用せずに簡単な加工と接着剤を併用すると宜しいでしょう。〉


 やはりそうなのか。


 今使っている椅子は見える部分に釘が使われていない事に気付いたものの、構造がイマイチ理解出来なかったからノアに聞いてみたのだが・・・。


 そこまで本格的にするつもりは無いとはいえ、すぐに壊れるのは困るな。


 しかし、なるほど・・・接着剤か。


「ちなみに接着剤って、僕達でも作れるかな?」


 〈工業製品をお持ちする事も可能ですが、この区画でも古来よりの製法で膠と呼ばれる接着剤の製作が可能ではあります。〉


「ニカワ?それは、どうやって作るの?」


 〈手順は然程複雑ではなく、牛皮や牛骨をまず水に一晩漬け、それを一定の温度を維持しつつ煮詰めるだけです。ですが、独特の臭いがある為室内で行うのは非推奨です。〉


 そんな方法で接着剤が作れるのは知らなかったな。


 室内はやめた方がいいなら、外でやるしかないか。


 となると、台所にある電気調理器の類いは使えないから・・・


「薪で出来るかな?」


 確か、何かに使えるかもしれないと思って、畑で使っている木製の支柱を作った時にできた端材を物置にしまっていたハズだ。


 それを薪代わりにすれば、燃料まで用意してもらわなくとも何とかなるだろう。


 〈温度管理は難しいでしょうが、可能だと判断します。〉


 なら、それでやってみようか。


 失敗しても、また挑戦すればいい。


「ノア、牛皮の調達をお願いできるかな?七輪は確か、物置にあったから他の道具は大丈夫だと思う。」


 七輪や着火用のメタルマッチ等も、落ち着いてきたらいつか外でバーベキューをしようと思い、ノアに用意して貰って物置にしまっていた筈だ。


 〈かしこまりました。今からですと、二時間程で輸送できます。〉


 二時間・・・って事は、多分運ぶだけだから既に備蓄があるって事か。


 恐らくあの牧場の何処かにあるのだろうな。


「だんなさま、ぎゅうひってなんですか?」


 ノアの返答の後、考えているとシホが少し遠慮がちに尋ねてきた。


 マホかシホのどちらかから質問が来るのは想定していたが、どうやら全員が同じような顔をしているので、皆僕達が何の話をしているのかが気になっていたようだ。


「あぁ、牛の皮の事だよ。」


 僕の答えを聞いた瞬間、マホとシホの顔が強張る。


 イオリとサオリは音の響きからか、ある程度は想定していたようで幾分か平気そうだが、内心は複雑だろう。


 皆動物が好きだし、ついこの間生きている牛を間近で見たのだから、無理もないな。


「うしさんのかわ取っちゃうの?そんなひどい事ノアちゃんがするの?」


「大丈夫だよマホ。生きている牛さんからは取らないよ。そうだよね?ノア。」


 〈はい。食肉加工をした牛の皮をなめして保存してありますので、そちらをお持ちします。同時に牛骨も利用する方が良いでしょうから、そちらも少量お持ちします。〉


 これは、この間の経験も含めてマホやシホが命について考えるいい機会かもしれない。


 ノアの説明は二人にはわかりにくかったようで首を傾げているから、僕がもう少し噛み砕いて伝えるべきだろう。


 敢えて僕にそうさせる為に二人が理解し辛い言葉を選んだように感じられたし、イオリが幼い頃も似たような話をした事があるから、今の僕ならもっと上手く話せる筈だ。


 ・・・ノアから他意は感じないので、多分この考えで間違ってはいない。


「・・・ねぇ、マホ、シホ?普段食べてるお肉って、何のお肉かわかるかな?」


 そう考えた僕は、二人の前で屈みながら目線を合わせ穏やかな口調で問い掛ける。


「えっと・・・うしさんとぶたさんと、とりさんです。」


「うん、シホ、良くできました。この間見てきたね。」


「またいきたいー!」


「そうだね、また近い内に皆で行こうか。・・・それで、その豚さんや牛さん達の命を僕達は分けて貰ってるんだよ。生きるために。」


「はい。ボクたちがいただきますしてるのは、作ってくれた人だけじゃなくて、いのちを分けてくれたいきものにもありがとうっていうためだって、だんなさまが言ってました。ね?まーちゃん?」


「うん!だんなさまとお姉様と初めていっしょにごはん食べた時、言ってたよ!しーちゃん!」


 漫画の受け売りですけどね。


「じゃあ、命を貰ってしまった牛さんの皮や骨を、食べられないからってそのまま捨てるのはイヤだよね?」


「はい・・・かわいそうです・・・」


「マホも、やだ・・・」


 これは、人間の身勝手な考えなのだろうけれど、僕だってただ廃棄するのには抵抗を感じる。


 ここに来るまではそんな事微塵も思いもしなかったクセに、今はちゃんといただきますって言葉の意味を感じる事が出来るようにもなれた。


 こんな僕にでも感じられる様になったのだから、二人ならまだ幼くても僕の言いたい事が伝わると思う。


「牛の皮も、何もしないで放っておくと腐ってしまって捨てるしかなくなっちゃうんだ。そこで、腐らないように加工をする。それを、なめすって言うんだよ。」


「そうなんですか?」

「そうなんだぁ・・・」


「うん。そして、昔から牛の革は靴とか色々な物に使われたんだ。きちんと手入れをして大事に使えば、かなり長持ちするようだからね。」


 僕自身は本革の小物とか使った事は無いけれど、商業区画で専門に取り扱ってるお店があったくらいだから、愛好者も多かったのだろう。


「おくつにしたの?」


「そう。昔の人もマホ達と同じだったんだよ。皮や骨までちゃんと使う事で、貰ってしまった命により感謝をしたんだ。だから、僕達も感謝して使わせて貰おう、ね?」


 正直、これはウソも入ってる。


 でも、人間の身勝手かもしれないし偽善なのかもしれないが、そう考えていた方が生き物に対して敬意を払っているようで僕は好きだから、これぐらいは許される・・・よね?


「はーい!」

「わかりました!」


「うん、2人ともいい子だね。」


 元気よく返事をする二人の頭をなるべく優しく撫でると、マホ達は嬉しそうに目を細めながらお互いの顔を見て笑い合う。


「兄上はまるでお父さんみたいですね。でも、あたしもその話良くわかりました。」


 サオリも素直でいい子だな。


 ・・・でもお父さんみたいは、ちょっとやめて欲しいかも。


 僕、まだ20歳だよ?


『サオリちゃん、そんな事を言ったらノアがお母さんになっちゃうよ?ご主人様をノアに寝取られた事になるよ?』


 いや、何処をどう捉えたらそうなるのだろう?


「姉上、それは流石に変ですよ。見てください、流石に兄上も呆れてます。」


 最後おかしな方向に話が行ってしまったが、こうやって話していると僕まで明日が楽しみになってきた。


 そうしていつも通り賑やかに朝食を摂り、お昼前に牛皮や牛骨を受け取った後、明日のために牛皮を鋏で細かめに刻んでから、折った牛骨と共に使っていない鍋で水に漬ける。


 ノア曰く、予め刻んだり折ったりしておくと、ニカワの主成分であるゼラチン質が早く溶け出すらしい。


「兄上、明日が楽しみですね!」


「うん、そうだね。後は明日を待つばかりだ。」


 それから全員で今日の分の農作業を終わらせ、一日を終えた。




 翌日、朝食を済ませた僕達は早速ニカワ作りを開始する。


 木材や塗料は、ニカワを作っている間に届くとの事だ。


「まずは!火を起こさなきゃ!なんだけどっ!これ!前にっ!動画で見た時はっ!結構!簡単そうにっ!見えたんだけどっ!なっ!」


 自然の中でのキャンプに憧れていたから、メタルマッチで火を起こす動画とかを時々見ていたけれど、いざ自分でやろうとするとやはり慣れた人のようにはいかないな。


 まぁ、最初は火花も起きなくてかなり焦ったんだけどさ。


 とはいえ今もあまり状況は変わらず、なんとか火花は出るようにはなったけど、全く火がつきそうにもないし・・・。


「兄上がんばれー!」


『んー・・・?火花がすごく綺麗ですけど、中々火がつきませんね?』


〈でしたら、まずは燃えやすい紙に着火してから、そのような木材の先端を毛羽立たせたモノに火を移すと良いかと。そのまま火花のみで木材に着火するよりかは、簡単だと思いますよ?〉


「あー・・・なるほど・・・」


 やはり、見聞きしただけで出来るつもりになってちゃダメだな。


 って、あれ・・・?

 気のせい・・・か?

 


 イオリ?の助言の後も暫く悪戦苦闘してから漸く火を起こせた僕は、温度の計測でもノアの力を借りながら水に漬けて置いた牛皮と牛骨を煮込む。


 曰く温度管理が重要で、50度程を維持しないといけないらしく、ノアから申し出があったという訳だ。


 鍋を火にかけて暫くすると、なんとも言えない独特の臭いが周囲に立ち込める。


 生臭い・・・とも違うな?


「これは・・・臭いですね、兄上。」


 鼻を摘みながらサオリが言うけれど、僕は案外平気かしれない。


 尤も、僕以外の四人が顔を顰めていたので、多分彼女達の調整された感覚器官では辛いものがあるのかな?


 それ故ニカワ作りは必然的に僕の担当となり、僕は一人鍋を火から遠ざけたり近づけたりを繰り返しながら只管火の様子を伺っていたら、いつもの箱が木材と塗料を運んで来たのでそちらはサオリ達に任せ、僕は引き続きニカワの温度の維持と、ニカワを塗って組み立てる作業をする事になった。




『じゃあ、まずはサオリちゃんから測りますね?その次は・・・シホちゃんにしましょうか。』


「しーちゃんの次はマホー!」


『そうしましょうね。』


 角材を切り出す前にイオリがそれぞれの足の長さや身長を測るが、マホとシホは長めにするようだ。


 確かに二人はまだ小さいから、すぐに成長しちゃうもんね。


 因みにイオリが採寸や細かな寸法を決めて印をつけ、それをサオリが切り出し、マホとシホが表面をヤスリで整えて、再びイオリが噛み合わせを見るという流れで作業するらしい。


 無論、僕は口を出しておらず、全部彼女達が自身で考え決めた。


 ・・・少し前までは、あんなに小さいと思っていたのにな。


『んー・・・と、百七十・・・四センチ・・・ですか?となると、サオリちゃんは私より十二センチも大きいんですね?・・・ではついでに、胸囲も測ります?』


「あ、姉上!やめてください!兄上も居るんですから!」


『え〜?だって、この間ブラがキツいって言ってたじゃないですか〜?今はDくらいですかね?』


「だからやめてください!わざわざ兄上の前で言わないでくださいよ!いつもそういう話は兄上がお風呂に入ってる時にしてるじゃないですか!?」


『こんなに大きいと、ご主人様がジロジロ見るのも仕方ないですねぇ。』


「あ、姉上!?さては、わざと言ってますね!?」


『なんの事ですかぁ〜?』


「ねーねーだんなさま?おかお真っ赤だよ?だいじょーぶ?」


「う、うん。大丈夫だよ。火の前で暑いだけだから。」


 ・・・ホント、まだ幼いって思っていたのに。

 

 というか、僕が居ない時って・・・皆どんな会話をしているのだろう?


 ふと気にはなったけれど、女の子同士の会話に首を突っ込む気には全くなれなかった。



 そんなこんなで賑やかに作業を進める中、サオリは最初ノコギリの刃を引くのにも苦戦していたようだけれど直ぐに慣れたらしく、少し時間が経った今では手早く角材を切っている。


 僕も支柱を作る際にノコギリを使っているけど、最初の頃は中々切れなかったんだよなぁ。


「サオリは凄いね?僕より器用なんじゃない?」


「実はあたしもちょっと驚いてます。これなら、ノアに聞きながら多少の加工が出来るかも?」


 昨日ノアが言ってた加工を試してみるって事かな?


 本人がそう言ってる訳だし、此処はサオリに任せてみようか。


 危なそうなら、止めればいいだけだからね。


 その後、サオリは暫くの間ノアとやり取りをしてから改めて作業に取り掛かると、他の道具も使いながら嵌め込むためのホゾの加工にも直ぐに慣れたようで、危なげなくどんどん作業を進める。


「サオリねぇさまかっこいい!」


「かっこいい・・・かぁ。」


 シホがそんなサオリに尊敬の眼差しを送ると、サオリはやや複雑そうな表情で頭を掻く。


 まぁ、女の子だから・・・そういう反応にもなるか・・・。




 一通り格子となる木材を切り終えた後、最後に机の天板や椅子の座る部分の板を切り、そちらは釘で打ち付けてから上にもう一枚同じ形の板を接着させて完成となる。


 ちなみに僕の机は、身長が高いせいか皆より大分大きかった。


 組み上げた後は全員で改めて天板や椅子の表面を滑らかにヤスリで加工し、椅子と机の塗装の用意を整える。


 模型のように下地は塗らないのかとノアに聞いた所、完成後にニスを塗ればいいらしく木材だと特に必要無いようだ。


「皆は何色にしたのかな?僕は白にしたよ。」


「あたしは緑です。」

『私はピンクですね。』


「マホは黄色!」

「ボクは青です。」


 僕以外は皆、髪に似た色にするらしい。


 わかりやすくていいかも?


「兄上、最近白髪が増えたからですか?」


「そうかな?ツヤがあるから、白髪って感じでもないんだけど・・・」


『白もいいと思いますよ?』


 そんな他愛もない会話をしながら思い思いの色に塗り終える。


 後は何日か接着剤と塗料を乾燥させれば完成だ。



 乾燥を待つ間、皆で近くの森の絵を描きに行ったり、畑に種や苗を植えたりしていたらあっという間だった。


 尤も、四人は毎日僕にまだ乾かないのかと聞いたり、外の納屋で雨に当たらないように保管していたのを見に行ったりと、乾燥までが相当待ち遠しかったようだ。


 ・・・まぁ、僕もなんだけどさ。




 作り始めてから一週間程が経ち漸く完成した机を家の前の芝生に設置して、いよいよ僕達は僕達だけの青空教室を始める。


 記念すべき最初の授業は以前皆に話した通り、文字の書き取りと自分の名前の意味を知って貰おうと思う。


「じゃあ、まずは五十音を順番に書いてみようか。」


「はーい!」


 僕の部屋にあった鉛筆を予備も含めて各々に手渡し、平仮名を順番に書いて貰おうとするも、皆思ったように字が書けなかったりで悪戦苦闘しているようだ。


「だんなさまー!見て見て、ちゃんとかけてる?」


「だんなさま!ボクのも見てください!」

 そんな中、意外にもマホとシホがイオリ達お姉さん二人よりも先に、五十音順に平仮名を書き終えて僕に見せてきた。


 しかも、所々線が歪んでいたりはするものの、女の子らしい字でちゃんと書けている。


「どれどれ・・・?うん、上手に書けてるね。


 恐らくなのだが、イオリとサオリは僕よりも力が強いし、書く事にも慣れていないからか抑えながら書く所為で、まだ然程力の強くないマホとシホよりも遅かったのでは無いだろうか?


 イオリとサオリが平仮名を描いている紙を後ろからこっそり確認すると、やはりというか・・・所々穴が空いていた。


 これは、まだ平仮名で練習した方がいいかな。


「もう少し平仮名で練習して、書く事に慣れてから名前を書いてみようか?」


「兄上、ごめんなさい。こんなに難しいとは思わなかったですよ・・・」


「謝る事じゃないから大丈夫だよ。イオリ・・・は必死そうだから、先にサオリを見ようか?マホとシホもまた紙に平仮名を書いてくれるかな?」


「はーい!」


 元気よく返事をしてマホとシホは再び机に向かった。


 マホ達が机に向かうのを見届けてから、僕は改めて机に向かうサオリと向かい合うように屈み、彼女がどう書いているのかを観察する。


 うーん?鉛筆の先端を押し付けるようにして書いてる為に、それぞれに何本ずつか渡した鉛筆のうち、既に数本の先端が折れているようだ。


 それに、机にある細かいミゾに引っかかり破れている・・・のかな?


 これは、机表面のヤスリがけも甘かったのかもしれない。


「えーと・・・サオリ?ちょっとこっちに来てくれる?」


 イオリ達の机は僕が後ろや前から見やすいように、少し間隔を空けて四角を描くように向かい合わせて配置をしている。


 だから、今日は使う予定の無かった僕の机だけマホとシホの後ろに離して置いてあったので、そこにサオリを連れて行き座らせた。


「兄上?」


 突然一人移動させられた所為か、サオリは不思議そうな表情をしながら僕を見上げる。


「実験だよ。ちょっとここで書いてみて?」


 僕が何をしたいのかがイマイチ理解出来ていない様子ではあるが、サオリは素直に言葉従い書き始める。


 だが、何故か先程よりも力が入っているように見えた。


「・・・ちょっと、ごめんね?」


 そう謝りながら、サオリの後ろ側から彼女の右手に自分の右手を重ねて、僕の書く時の力加減を教えようとする。


「あ、兄上!?」


 すると僕の行動に驚いたらしいサオリは大声を出し、益々身体を強ばらせた。


 重ねた指先が冷たく、彼女が緊張しているのがよく判る。


「サオリ、力抜いて?僕がどうやって書いているか教えるだけだから。」


 彼女の右肩の上に顔を出しながら、ゆっくり平仮名を順番に書いていくと、僕の机の方が凹凸が少ないためか、スラスラと書く事が出来た。


 やはり、パッと見ただけでは分からないような細かなミゾの所為らしい。


「やっぱり、サオリの机の表面のヤスリがけが甘かったみたいだね。それで、ミゾに引っかかって上手く書けなかったんだ。・・・という事で、今日の所は僕の机を使うといいよ。」


「あ・・・ごめんなさい兄上。」


「別に悪い事をした訳じゃないんだから、謝る必要はないよ?使う前に細かいミゾがないかを確認しておけばよかったんだから、僕が悪いんだ。」


 怒られたと感じたからかサオリは真っ赤な顔で俯いてしまうが、後で僕が直しておくとだけ伝えて、力の加減を教える為にそのままの体勢で字を書き続ける。


 そうやって何度も順番に書いている内に、サオリも少しずつ加減をわかって来たのか、僕は手を添えているだけの状態でも一人で綺麗に書けるようになってきた。


 もう大丈夫そうかな?


 そう思い、そろそろ離れようとすると、僕が力を抜いたのを察したのかサオリが空いている手で重ねていた僕の腕を何故か掴み、首を横に振る。


「離れられないから、手を離してくれないかな?」


 突然のサオリの行動に困り、彼女の表情を伺うため横を向くと、真っ赤な顔をして僕を見つめていた。


 やけに・・・顔が近い?


 ・・・あっ!?この体勢って!


 自分の状況に漸く気付き慌てて離れようとするが、僕の腕を握る手に益々力が篭り離してくれそうにもない。


「イオリ達に見られちゃうよ?」


「・・・兄上、ごめんなさい。」


 焦る僕を他所にサオリは一言だけ呟き、目を瞑り僕と唇を合わせた。

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