第21話 がっこう④

 甘くて、いい匂いがする。


 それに・・・柔らかい。


 ・・・そう言えば、僕以外の全員が同じジャンプーや石鹸を使っているんじゃなかったっけ?


 マホもだったけど、何で皆こんなに違うんだろ?


 体温の違いなのかな?



 ・・・って!いやいやいやいや!こんな状況で何を考えているんだよ僕は!?


 早く、離れないと・・・



 突然の出来事に狼狽え混乱するものの、思考が徐々に戻ってきた為に慌てて彼女から距離を取ろうとすると、彼女に腕を掴まれたままだった所為で、少し顔を離すくらいしか出来なかった。


 しかし、そんな僕の行動にサオリは顔を酷く顰めたかと思えば、みるみる間に大粒の涙をその瞳から零し始める。


「・・・やっぱり、あたし、じゃ・・・ダメ、なん、です・・・か?」


 彼女が嗚咽混じりに漏らしたか細い呟きに、僕の心臓はギュッと鷲掴みにされたかのように痛んだ、その刹那ーーー


「ダメじゃないよ!・・・だけど、今はまだ時間を・・・時間を、くれないかな?」


 考えてもいなかった言葉が、口を突いて出る。


 ・・・ちょっと待て!?


 僕は何を口走ってるんだ!?


 大体、咄嗟に言ったにせよ何の時間をくれというのか?


「・・・はい。あたしも、兄上を、困らせたいわけじゃ・・・ないんです。だから・・・」


 第一、僕にはもうイオリが居るというのに・・・


「だから・・・今は、拒絶されなかっただけで・・・充分です。」


 ・・・なのに、何で・・・何で、こんなに苦しいんだよ?



 僕の言葉に大粒の涙を目に浮かべながらも微笑みを返し、僕を解放した後で軽く目尻を拭うと、彼女は足早に自分の机へと戻っていく。


 ・・・僕はサオリにキスをされた事よりも、自分が彼女に言った言葉に愕然とすると同時に、正体の分からない感情に支配されていた所為で、その背中に声を掛ける事が出来なかった。





「だんなさま!できたよー!みてー!」


「ボクもできました!」


 暫くしてマホとシホの呼ぶ声に、僕は漸く我に返る。


「・・・今行くよ。」


 なんとか短く返事を返しそちらに顔を向けると、マホ達の向こうに居るイオリがこちらを見ている事に気付く。


 ・・・まさか、見られた?


 また二人がこの場で喧嘩になったりでもしたら、どうやって止めよう・・・?


 イオリがこちらを見ていた事でそう思い内心で凄く焦るけれど、僕の焦りを他所に彼女の表情は怒りではなく、安心したかのような穏やかな笑みを湛えたまま、サオリの頭を優しく撫でていた。



 イオリのあの表情はどういう事だ?


 前はあんなに二人の仲が険悪になってしまったのだから、もしかして・・・見られていなかったとか?


 いや、そうだとするとサオリを撫でながら真っ直ぐに僕を見ていたりするものかな?


 ・・・だとしたら、本当にイオリが何を考えているのかが、分からない。


「だんなさま?」


「あ・・・あぁ、ごめんごめん。ちょっと待っててね。」


 ・・・が、今は考えている場合でもないか。


 マホ達が僕を呼んでいる訳だし。


 再びマホに声を掛けられた為、一度思考を放棄して自分の机とサオリの机を交換してから、お待たせと一言掛けた後でマホとシホから差し出された紙を見る。


「どうですか?」

「じょーずに書けてる?」

 

 すると、二人共先程よりも明確に上手く書けるようになっていた。


 凄いな・・・


 なんて吸収の早い子達なのだろうか。


「マホもシホも凄いね?こんなに早くきちんと書けるようになるなんて思わなかったよ。」


「えへへ〜」


「・・・それに、サオリもね。」


「あ、あたしも?」


 やや俯きがちなままイオリに頭を撫でられ続けていたサオリが、突然名前を呼ばれたからか驚いた様子で僕を見た。


「うん。最初の様子から皆もっと苦戦するかと思ってたんだよ。・・・勿論、見くびっていたとかじゃなくて、僕も小さい頃練習の為に散々書き取りをやらされてて、分かるから・・・なんだけどさ。」


 尤も僕の場合は、単純に字が下手だった為に母さんから言われてやってただけなのだけれども。


「な、なんか照れますね・・・」


『文字はノアに教えて貰っていましたから、そのおかげかもしれませんね。』


 イオリの言う通り、彼女達の吸収の早さはノアの教育の賜物なのだろうな。


 事実、これまでも不自由なく文字を読めていた訳だからね。


 分かってはいるんだ。


 僕だけではこうはいかなかったし、イオリ達もノアを信頼しているのが伝わってくるから、きっと僕の考え過ぎなのだとは思う。


「兄上?」


 けれど、普段僕も質問をしているから自分でも矛盾しているような気がしなくもないが、この間感じでしまったノアへの不信感の所為か、イマイチ信用しきれなくなってしまってもいる。


 ・・・いや、深く考えすぎるな。


 こんなのじゃ、ダメだ。


 さっきから妙に落ち着かない所為か、考えがすぐ迷子になってしまう。


「・・・じゃあ、そろそろ少し休憩にしようか?」


 原因は分かっているから一度休憩でもして、頭を切り替えなければ。


『私はほったらかしなんですか?』


「イ、イオリは今見るから待っててね?」


 やや頬を膨らませながら抗議するイオリに、そう言えば今日は殆ど接していないのだと気付いた僕は、慌てて声を掛ける。


「はい、だんなさま。」

「はーい!」


「わかりました兄上。・・・では、あたし達で兄上達の飲み物も運んで来ますね!マホちゃん、シホちゃん、お手伝いしてくれる?」


「うんっ!」


 サオリはマホとシホを連れて、僕達の分もお茶を煎れてきてくれるらしい。


「じゃあ、お願いしようかな?」


 ・・・まだ、彼女の目元は赤いままだったけれど、いつも通り振る舞おうとしてくれるサオリの姿に、再び胸の奥がチクリと痛んだ。


 


「お待たせ、イオリ。」


 三人に飲み物を頼んだ後、改めてイオリに声を掛けながら書いていた紙を見ると、やはり穴だらけではあったけれど、彼女も先程よりは幾分か上手く書けるようになっていた。


「意外だけど、サオリの方が・・・少し、上手いかな?」


『意外だ・・・なんて、サオリちゃんの前では絶対に言っちゃダメですよ?』


「・・・あ、うん。気をつけるよ。」


『サオリちゃんは繊細なんですから、幾らご主人様でも泣かせたらダメです。』


 何も言わなかったから、見られていなかったのかとも少し考えたけれど、やはりあの場面を見られてはいたらしい。


 でも、だとしたら何故・・・泣かせるなって言うわりに、そんなに穏やかな表情で居られるのだろう?


「お待たせしましたー!」


「しましたー!」


 その事を彼女に尋ねようとした矢先、考えていたよりも早く三人が戻ってきた。


 保温してあったお湯を使えば、すぐ戻ってくるのは当然と言えば当然だが・・・。


「はい!どーぞ!」


「ありがとうね。」


 マホから飲み物を受け取り、少しモヤモヤした気持ちを抱えながらも温かなお茶を飲み終えた後で、改めてイオリの書取りを見る。


「うーん・・・イオリも紙が破れちゃうのは、サオリと一緒な理由だね。筆圧が強くて、机の細かいミゾに引っかかってしまうんだよ。」


『そうですか・・・。では、どうしましょう?折角皆で作ったのに、この机が使えないのは・・・』


 確かに、僕達で組み立てて各々が思い思いの色を塗り完成させたのだから、皆も自分の色の机を使いたいと思う筈だ。


「そう、だよね・・・どうしよう・・・って!そうだ!ちょっと待ってて!」


『は、はい・・・?』


 急に大きな声を出したものだから、イオリだけでなく皆が驚いた顔をしている中、下敷きを用意すればいいという事にやっと思い当たった僕は、自分の部屋に手頃なものがないかを慌てて探しにいく。


 僕も学校に居た頃、紙に書く際は下敷きを使っていたというのに、何でこんな簡単な事に気が付かなかったのだろう?


「えっと・・・何か代わりになりそうなものは・・・」


 そんな自分の至らなさを誤魔化すかのように独り言を呟きつつ収納の中を探していたら、最近開ける事が無くなっていた模型用の工具をしまっている箱の中で、丁度良さそうな大きさのプラ板を見つける。


 これだ!


 未使用の物の枚数は・・・うん、全員に渡せるだけはちゃんとある。


 それを人数分持って急いで皆の待つ庭へと戻り、それぞれに手渡した。


「これを下に敷いて書いてみて。」


『わかりました。』


 下敷きを渡してから皆の書き取りを観察していると、全員が大分書きやすくなったようで、イオリもまだ筆圧は強いみたいだが紙が破れるような事はなかった。


『これなら書きやすいですね。・・・ところで、私にはサオリちゃんみたいに抱きしめながら教えてはくれないんですか?』


「も、もう大丈夫そうに見えるよ?」


『ご主人様は私よりサオリちゃんが大事なんですね?』


「何でそうなるのさ・・・」


「姉上、兄上をからかうのは程々にしてあげてくださいね?」


『からかってなんていませんよ?』


「あ、姉上・・・」


『・・・流石に、今のは冗談ですよ?』


 本当に冗談だったのだろうか?


 僕から見ても、とてもではないが冗談を言っているようには見えなかったのだけれども・・・。




 そんな和やか・・・?な会話をしながら、その後も暫く平仮名の書き取りを続けて貰って居る内に、全員書き方が大分安定してきたので、いよいよ今日一番やりたかった事を始める事にした。


「じゃあ、そろそろ自分の名前を書いてみようか。」


「はい、だんなさま。」

「はーい!マホがんばる!」


「わかりました兄上。」

『お願いします。』


「そう言えば、漢字での名前ってまだ書いて見せてなかったよね?まずは僕が書いて見せるから、その後で自分でも書いてみようか。」


 皆の顔を見ながらそう告げた後、先程プラ板と一緒に持ってきたマーカーで、分かりやすいように大きく紙一枚につき一人分ずつ順番に名前を書いて行く。


 伊織


 沙緒理


 詩穂


 真穂


 そうやって各々の名前を書き終えると、それぞれに手渡した。


『・・・これが、私達の名前なんですか?』


「うん。マホやシホはまだ難しいかもしれないけど、まずは書いてみてね。」


「はい!だんなさま!」

「はーい!」


 四人とも受け取ると直ぐに自分の机へと持って行き、紙と睨めっこをしながら名前を書き始めた。


 意味は・・・まぁ、皆集中しているみたいだから今はいいかな。




「イオリ、ちゃんと書けてる?」


 暫く皆が書いているのを眺めていると、いつの間にかイオリが手を止めているのに気付き、声を掛けながら彼女の書いていた紙を確認した所、どうやら既に書き終えていたらしかった。


『平仮名はなんとか書けるようになりましたけど、漢字となると大分難しいですね?』


 うーん?難しいと言った割に、随分と早く書けていた気が・・・?


「兄上!あたしだけ二文字じゃない上に、画数も多いんですけど!」


 そんな疑問も微かに浮かんだけれど、まだ紙と睨めっこをしていたサオリが抗議の声を上げた為、そちらへと視線を向ける。


「・・・うん。なんか、ごめん。イオリと同じ字を使うのもどうかなと思ってさ・・・」


『マホちゃんとシホちゃんは、同じ字を使っているのに・・・ですか?』


「マホとシホは双子だと勝手に想像しちゃってて、後でちょっと申し訳ないとは思ったんだけど・・・今更変えるのも、ね?」


 よくよく考えれば、培養槽を二基同時稼働していただけなのだから双子では無いのだけれども、あの時はこれがいいと思ってしまったんだよな・・・


「だんなさま!できた!」


 そんな会話をイオリ達としていると、マホも書き終えたらしく僕の元へと紙を持ってやってきた。


「どれどれ?・・・うん、ちゃんと書けてるね。」


 初めて漢字で書いたからか大きさや線の長さはバラバラだけど、思っていた以上にちゃんと書けている。


 よくできましたと伝えつつ頭を撫でると、マホは溢れんばかりの笑顔になった。


「ボクもできました!」


 すると、その様子を見ていたらしいシホも、マホに続いて僕の元へと駆け寄ってくる。


「・・・うん、上手だよ。シホもよくできたね。」


 シホもちゃんと書けていたので、彼女もマホ同様に撫でると、嬉しそうに目を細めた。


「兄上!あたしもあたしも!」


 そうすると、その光景を見ていたサオリもまた、自分の頭を撫でろと言わんばかりに、こちらへ頭を向けてくる。


 いや、別に嫌な訳ではないからいいんだけれども、そんなに撫でられたいものなのかな?


「う・・・」

『サオリちゃんは、さっき私が撫でてたいからいいじゃないですか。』


 いいよと返事をしかけた瞬間、僕の言葉を遮りながら、イオリが苛立ちを隠し切れない様子でそう言い放つ。


「・・・姉上、かなり怒ってますよね?」


『気のせいです。』


 、・・今のイオリはかなり虫の何所が悪いらしい。


 こちらの方が感情も分かりやすい・・・とは言え、だとしたらどうしてさっきまで微笑んでいたのだろう?




「じゃ、じゃあ・・・そろそろ皆の名前をどうして付けたのかを教えるね。」


「はい、だんなさま。」

「はーい!」


 気を取り直して今日の本題だった話を始めると、全員が興味津々といった様子で僕へと視線を向ける。


「・・・伊織はね、知性的で誰にでも優しく出来る人になって欲しくて名付けたんだ。」


「姉上にピッタリですね。」


 うん、僕もそう思う。


 名前の通りに成長してくれて、本当に頼もしい限りだ。


「沙緒理はね・・・素直で優しく、明るく育って欲しいと願いを込めたんだよ。」


『素敵ですね。サオリちゃんもお名前の通りです。』


 サオリも面倒見が良かったりするから、その通りだね。


「真穂は素直で幸せに生きて欲しいから、詩穂は知性的で努力家になるように・・・だね。・・・それと、こればマホとシホだけじゃなくて全員だけど、音の響きを含めて決めてるんだ。」


「マホしあわせだよ!」


「ボクもイオリねぇさまみたいになりたいです。」


 こうして皆の嬉しそうな表情を見ていると、話す事が出来て本当によかったと思う。


『ご主人様、ありがとうございます。私達に、こんなにも素敵な名前を付けてくれて。』


「そんな・・・本当にお礼を言いたいのは、僕の方なんだよ。・・・いつもありがとう、皆。」


 僕に数え切れない程沢山の物をくれたイオリ達には、本当に感謝をしているんだ。


 キミ達が居なかったら、僕は・・・


「・・・だんなさま、おねがいがあるんです。」


 思わず目頭が熱くなり、つい泣き出してしまいそうになっていると、シホが少し控えめに僕へと声を掛けてくる。


「どうしたのシホ?」


 シホが、お願い?


 急にどうしたのだろう?


「抱っこして、くれませんか?」


「うん?構わないよ。」


 そのくらいはお安い御用だ。


 そう考えた僕は、目線をシホに合わせながら返事をしつつ、彼女を抱き抱えて立ち上がる。


「・・・だんなさま、ボクからの、おれい・・・です。」


 そう言うと、シホは僕の頬に手を当て、唇を重ねてきた。


「『シホちゃん!?』」


「よかったね、しーちゃん!だんなさまにちゅーできて!」


 サオリとイオリが驚いているが、何故かマホだけは嬉しそうだ。


「ボクだけなかま外れはイヤです!ねぇさまたちとまーちゃんはだんなさまにちゅーしたのに・・・ボクもおよめさんなのに、ちゅーしてません!」


 ねぇさま〝達〟って・・・どうやら、シホもさっきのサオリとのキスを見ていたらしい。


 恥ずかしがり屋のサオリが自分から言うとは思えないからね。


 ・・・いや、それは置いておくとしても、何でイオリとマホがキスした事も知っているんだ?


「・・・ねぇ、シホ?なんでイオリ達が僕にキスした事を知ってるの?」


 あ、でも・・・マホの時はイオリに見られていた筈だから、シホにも見られていたのかな?


「はい、イオリねぇさまはだんなさまと沢山ちゅーしたって言ってました。まーちゃんはおうまさんを見た日に、ちゅーしたってイオリねぇさまたちに言ってました。」


 なるほど、もっと簡単な話だったらしい。


 当人が自己申告をしていたのだから。


 ・・・思い出を話す事自体はいいと思うけれど、君らそんな体験まで共有しないでくれないかな?


「だから、ボクもちゅーしたかったんです。・・・ダメ、ですか?」


「ダメ・・・とかじゃなくてね?それは、好きな人とする事だよ?」


「・・・だんなさま、ボクの事・・・キライ、ですか?」


 僕の言葉が足りていなかったようで、返事を聞いたシホの瞳が潤む。


「嫌いな訳ないよ!?シホの事も、マホの事も大好きだよ!」


「なら、ちゅーしてもいいですよね?」


「マホもするー!」


 そう言って、再び僕の口はシホに塞がれてしまった。


 ・・・これは、言い方を間違えたな。


 だが、とりあえずはシホを下ろそうか。


「それは、もっとシホが成長してからする事だから、今は無闇にしたらいけないよ?勿論、マホもね?」


「わかりました、だんなさま。」


「はーい・・・」


 ・・・本当は良くは無いけれど、取り敢えずこれで無闇矢鱈にキスされる事は無くなるだろう。


 いきなりはドキドキするから、心臓に悪いんだって・・・。


『まだシホちゃんが小さいとは言え、目の前でされるのは流石に苛々しますね?しかも二回も・・・』


「姉上が言わないで下さい!あたしの気持ちが少しはわかりましたか?」


 イオリとサオリはかなり苛々しているようだ。


『第一、ご主人様は隙だらけなんですよ!さっきだってサオリちゃんにキスされたのは、ご主人様がサオリちゃんを後ろから抱き締めたりするからじゃないですか!』


「ちょっと姉上!恥ずかしいからやめてください!・・・でも、兄上が隙だらけなのは今に始まった事では無いですよ?」


『確かに・・・一度寝ると、声をかけても中々起きてくれませんからね・・・』


 君達がこんな積極的な事をするなんて、思ってすら居なかったんだよ!


 ・・・イオリとサオリが小さな頃はこんな事無かったのに、一体どうしてこうなったのか。


 アニメの影響・・・な訳が無いよな?


 今のイオリとサオリは兎も角、マホやシホは子供でも見れる作品を好む訳だし。


 だが、とりあえずは・・・


「・・・うん、わかった。今日からは皆自分達の部屋で寝てね?」


「『イヤです!』」


「やだー!」


「だんなさま、ボク達と寝るのイヤですか?」


 寝ている間に何かされるような事は無いだろうけれど、僕だって男なんだからあまり積極的にされると、過ちを犯さないとは限らない。


 今更なのかもしれないし、この状況で自分でも何故なのかと思わなくも無いが、今はまだイオリとそういう関係を結んでしまうのはおかしいと思うんだ。


 ・・・何でそう感じるのかは、自分でも分からないんだけどさ。





「・・・そう言えば、兄上の名前はどういう意味なんですか?」


「僕の名前の意味?・・・僕の名前はね、父さんと母さんから一文字ずつ貰っているんだ。」


『そうなんですか?』


「うん。・・・忍耐強く挫けない心を持って、誰かを支えられるような強い人に育つように願いを込めたって・・・二人を見守ってきたおじいちゃんがつけてくれたんだって、僕も小さな頃に母さんから教えて貰ったんだよ・・・」


「だんなさま?だいじょうぶ?」


「・・・大丈夫だよ、マホ。」


『・・・えいっ!』


「ちょっとイオリ!?いきなりどうしたの!?」


「姉上!?」


『サオリちゃんも、マホちゃんシホちゃんも、ね?』


「・・・そうですね。」

「はーい!」

「ボクもー!」


「いやいや皆、急に抱きついたりしてどうしたのさ!?」


『貴方が悪いんですよ?私達が居るのに、そんなに寂しそうな顔をするから・・・』


「・・・そっか、ごめん。」


『・・・違いますよ。』


「え?何が違うの?」


「・・・姉上は、謝ってほしくて言ったんじゃ無いです。兄上があまりにも悲しそうで、見ていられなかっただけなんですよ。」


『私達では貴方のご両親の代わりになんてなれませんけれど、前にも言ったように辛い気持ちがあるなら私達にも分けてください。』


「あたし達も、家族・・・なんですからね?」


「だんなさま、マホ達いなくならないよ?」


「ボク達だんなさまとずっとずーっと、いっしょです!」


『・・・だから、謝ったりなんてしないでください。』


「うん・・・皆、心配してくれて・・・ありがとう。」

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