第19話 幕間 あめのひ ※新規エピソード

 皆で出かけた翌日、朝食の用意を全員でしている最中、僕の隣にいて鼻唄を歌いながら調理をしていたイオリが、窓の外を見遣ると突然表情を曇らせ溜息を吐く。


『んー・・・今日は雨なんですね・・・。暖かくなって来たので、お布団を干したかったんですけれども・・・』


 その言葉に釣られ僕も視線を向けると、丁度雨粒が窓を叩き始めた所だった。


「また明日、かな?」


『そうですね。』


 確かに、天気が良いならばそろそろ冬の間に溜まった湿気を発散させる為、布団を干した方がいいだろう。


〈気象情報は敢えて伝えておりませんでしたが、お伝えした方が宜しいでしょうか?〉


 そんな事を考えながらイオリへ返した僕に、ノアのヒトガタが思ってもいなかった提案をしてくる。


 そりゃ、天気を予め知っていられたら農作業も楽にはなるとは思うけれど・・・


「・・・いや、そこまでしなくても大丈夫だよ。天気なんていつ変わるのか分からないのが自然なんだから。」


 尤も、僕がそう感じるようになったのは、此処に来てからではある。


 生まれ育った街は砂漠化から守る為に円蓋に覆われていたので、暮らしていても天候の影響を受ける事なんて無かった。


 だから今の生活は不便である反面、新鮮に感じる事も多い。


〈畏まりました。〉


 どうも完全に管理された街での生活より、今の暮らしの方が僕の性に合っているようだ。


 ・・・いや?こんな景色だから勘違いしていたが、よくよく考えれば今の方がより自然環境下って訳ではないような?


 まぁ、何処で作られていたかよく分からない野菜や肉を食べていた事を考えたら、食べ物が自分で育てた野菜やあの牧場で育てられている動物の肉だと認識している分、まだ健全なのかもしれないが・・・


『ところでご主人様?髪・・・伸びてきましたね?』


 ノアへ返事をした後、相も変わらず思考がすぐ何処かへと迷子になりかけていると、イオリがふと思い立ったように僕へ問いかけた。


「そう言えば、前に切ってもらったの・・・いつだっけ?」


 些細な事では無いが、今更考えても仕方ない・・・か。


 第一、便利なものに囲まれて生きていた僕が、突然着の身着のままで自然溢れる場所に放り出されでもしていたら、マトモに生きていける筈がない。


 だから、ノアはこの家を用意したのだろう。


 ・・・そんな分かりきっている事より、言われてみれば前に散髪してもらってから結構時間が経っているような気もする。


『確か、2ヶ月ぐらい前・・・ですね?』


「えっ?もうそんなに経つのかぁ・・・」


 春や夏程には植えてはいないものの、冬にも寒さに強い大根等の種を蒔いたり、専用の小屋で苗を育てたりしているし、畑の手入れそのものもしているので毎日何かしらやる事があった。


 故に、気付けば冬場でも数ヶ月経っているなんてザラだ。


『今日はこんなお天気ですし、整えますか?』


「うーん・・・掃除しようかなって思ってたんだけど・・・」


 畑に出られなくても掃除や洗濯はしなきゃいけないから、やる事自体はあるんだけど・・・どうしようか?


「兄上、切ってもらったらどうですか?どの道今日は出掛けたりとか出来ませんし、お掃除とかなら皆でやればすぐですよ?」


「・・・それもそうだね。じゃあ、お言葉に甘えようかな?頼んでもいい?」


 どちらかと言えば、天気の良くない日だからイオリ達には休んでいて欲しかったのだけれども、イオリだけでなくサオリまでも僕の髪が伸びたのを気にしている様子だから、此処は素直にお願いする事にしよう。


『分かりました。・・・では、ついでにサオリちゃんも整えますか?』


「そうですね・・・じゃあ、あたしもお願いします!ちょっと伸びてきちゃいましたし。」


『マホちゃん達は・・・どうします?』


「いつもイオリおねえさまがかみを切るの?」


 僕達のやりとりを不思議そうに見つめていたマホとシホだが、イオリに問われた事でマホは疑問を口にした。


 あれ?


 マホ達はイオリが髪を切っているのをノアから聞いていないのかな?


『そうですよ。小さい頃のサオリちゃんが長い髪を嫌がっていたので、私が整えてあげた出来事がキッカケですね。」


 そう言えば、イオリがノアは個々の思い出等は共有しないって言っていたっけ?


・・・なるほど。


 こうやって何気なく話を膨らませるには、無粋に共有なんかしないで当人同士で語らせるべきだと考えたからか?


 それも思い出になる訳だし。


 前にノアは自身に人格があるって言っていたし、この考えはあながち間違ってはいない気がする。


「そうそう。僕もそれを見てイオリに切ってもらうようになったんだよね。」


 ・・・って事は,ノアにも感情があってイオリ達の感情も理解しているって事?


 未だに僕の前では、全くそんな素振りを見せないけれど・・・。


 よくよく思い返すと、有耶無耶になったけれどシホ達を迎えに行った時に、サオリがノアは僕が考えているような存在ではないという事を言っていたような?


『あの頃のご主人様は、煩わしそうに髪を後ろで纏めてましたもんね。・・・それで、シホちゃんとマホちゃんはどうしますか?』


 だとしたら分からない事がある。


 あの時は、それを僕に伝えるのが得策では無いからと言われ納得もしたが、やや腑に落ちない箇所があった。


 これまたノア自身が言っていたはずだけど、それが僕の人格の観察の為だったならば、イオリと暮らす前にノアとだけ話す期間が半年はあったから、今更な気もするんだ。


 他に何か僕に隠したい理由があるのか?


「ボクは、イオリねぇさまみたいに伸ばしてみたいので、今日はいいです。」


 幾ら思考を巡らせても、分からない・・・。


「マホも、もうちょっと長くしてみたいなぁ。」


 第一、そもそもノアが僕達と同様に人格や感情を持つのだとしたら、ノアの言っている事全てを鵜呑みにする事も危険なのでは?


『じゃあ二人には今夜一緒にお風呂に入る時にでも、私がノアに教えて貰った髪のお手入れの仕方を教えますね。』


 今迄はただの人工知能だと思っていたけれど、僕はこれまでに何度かノアに違和感を感じた事があった気もする。


 それが何だったかまでは思い出せないけど、この間の話でその全てが払拭された訳じゃない。


「うん!・・・じゃあじゃあ!マホ、今日はイオリおねえさまのお手伝いする!」


 僕が考えているような存在ではない・・・か。


 まさか、地球を滅ぼしたのが・・・ノア?


 ノアの言葉を信じるならばこの船は超文明の遺産な訳だし、とんでもない兵器があった所で今更驚きもしない。


「ボクもー!」


 ・・・いやいや、こんな考えは馬鹿げている。


 それだと、特別な人間って訳でもない僕を、わざわざ生かしておく必要なんて無いだろう?


 それに、ノアの言葉を鵜呑みにしてはいけないとか考えながら、言葉を信じるならば・・・って支離滅裂もいいとこだ。


 確かに、両親やお爺ちゃんは違う意味でも特別な人達だったから家族全員が居たなら分からなくはないけれど、僕自身は何の取り柄もない普通の子供だった。


 何か特別な才能に恵まれている訳ではないし、アニメや小説の主人公宜しく突然何かの能力に目覚めたという訳でもない。


 未だに何故僕だったのかが、全く理解出来ないのだ。


 本当に偶々僕を選んだのか?


 船に来る前は、ただ部屋に閉じこもっていた・・・僕を?


 ・・・幾ら何でも、あり得ない。


 何か、僕でなければならなかった理由もあるんじゃないのか?


『はいはい。二人共お願いしますね。』


 それに、以前確か同型艦が幾つかあるって言っていたよな?


 なら、僕のように選ばれた人達も居たって事だ。


 まぁ、ノアだけ建造の目的が違うとか言ってた気もするが。


 ・・・ん?


 待て。何かが引っかかる。


 あっ!確か・・・その前にも似たような事を聞いた時は・・・答えてくれなかった筈だ。


 ・・・もしかして、ノアが話せないと言った情報って、只々ノアが黙っていたかったってだけなのではーーー


「はーい!」


 徐々に深まっていく思考が、突然響いたシホ達の元気の良い返事でかき消され、僕は現実へと無理矢理引き戻される。


 ・・・ダメだな。


 今更ノアに不信感を持った所で、僕達がノアに生かされているという事実は変わらない。


 それをノアにぶつけてもいきなり放り出されるような事は無いとは思うが、ノアにも人格があるならばきっといい気はしないだろう。


 だから、この気持ちを今は飲み込むべきなんだよ。


 それが、最善だ。


「・・・兄上は、短い方がかっこいいと思います。」


 ・・・それに、彼女達を失いたくもない。


 今の僕には、ノアへの不信感よりも彼女達の方がずっとずっと大切だから。


「そう?僕にはイマイチ分からないけど・・・しかしまぁ、サオリはもう少し髪を伸ばしても似合うと思うよ?」


 湧き出した不信感に蓋をするように僕は軽くかぶりを振ると、少し冷静になった頭で聞こえてきたサオリの呟きへと返す。


 僕もどちらかと言えば、サオリ同様に短めの方が好きではある。


 ーーーそうだ。それでいい。


 ・・・が、それはそれとしてサオリが髪を伸ばした姿を見てみたいかな。


 ーーー余計な事は、考えるな。


「あー・・・そう言われる事自体は嬉しいですが、あんまり長いと動く時に汗で顔とかに張り付いちゃうんですよねぇ・・・。それに、姉上がお手入れを大変そうにしているのも、小さい頃から見てますし・・・」


「・・・なるほど。」


 うん。


 長いと張り付くのが煩わしいのは分かるけれども、僕は寧ろ・・・サオリの長い髪が汗で首筋に張り付いた様子を見てみたい。


「・・・兄上、何か変な事考えてませんか?」


「そ、そんな事ないよ!?」


 何故バレたんだ!?


『サオリちゃん、ご主人様は髪を後ろで纏めてたりするとチラチラ見てくるので、多分普段隠れているうなじが見えるのが好きなんだと思いますよ?』


「ちょ、ちょっと・・・イオリさん?」


 あ、あれ?


 こっそり見てたつもりだったんだけど、気付かれてたの?


「確かに畑仕事中、姉上の後ろ姿をよく眺めてますもんね・・・」


「いや・・・あの、それは・・・」


 酷く不満そうな表情のサオリに、咎められるような鋭い視線を送られ気圧された僕は、咄嗟に取り繕う事すら出来なかった。


「でも、だんなさまはお風呂上がりのサオリおねえさまのおむねもよく見てるよー?おむねもかくれてるから?」


「見てないよ!?」


 流石に慌てて否定はしたものの、マホの言う通り気付けば視線が自然にそちらへといってしまうのは、正直抗いようが無い。


 僕だって男なんだよ!


『・・・男の人なので仕方ないのはわかってはいるんですけど、ちょっと苛々するんですよね。』


 イオリのその表情は、言葉通りでは無いような気がする。


 怖いよ、その笑顔。


「むー・・・幾ら兄上だとしても、ジロジロ見られるのは結構恥ずかしいんですよ?」


「・・・ごめんなさい。」


 モジモジしながら顔を赤らめつつサオリが弱々しく抗議の声をあげると、その様子にイオリが不機嫌そうに僕を睨んだ為、思わず謝罪の言葉が口をついて出てきた。


「別に怒ってるとかじゃないんです。恥ずかしいだけなので・・・」


「本当にごめん・・・気をつけるよ。」


 マホとシホは何がダメなのか分かっていない様子で首を傾げているが、僕以外全員女の子なのだから僕がもっと気を配るべきだろう。


 二人だって、今はまだ理解していないだけなのだから。


『いえ・・・サオリちゃんがお風呂上がりにタオル一枚とか、Tシャツ一枚でウロウロするのも悪いんですよ!何度も言ってるのに!あれでは、どうぞ見てくださいと言っているようなものです!』


 そんな僕を見兼ねてか、イオリは次にサオリへの注意を始めた。


 尤も、これ自体は何時もイオリが言っている事ではあるのだが。


「そ、それは暑くて・・・」


『寒くてもやってるじゃないですか!』


「むぅ・・・藪蛇でした・・・」


「だんなさまー!やぶへびってなぁに?」


『サオリちゃんはすぐ調子に乗るんですから!この間だって・・・』


「あぁ、この場合余計な事言っちゃったって意味で使ってるんだね。〝藪をつついて蛇を出す〟ってことわざを略した言葉だよ。似た意味の言葉に〝雉も鳴かずば撃たれまい〟ってのもあるね。」


「へぇ〜・・・」

「そうなんだぁ・・・」


「あ、兄上!二人に冷静に教えてないで、姉上のお説教を止めてください!」


『ちょっと!聞いてるんですか!?サオリちゃん!』


「・・・君子危うきに近寄らず、かな?」


「兄上ー!」


「じゃあ、マホ、シホ。僕と一緒にお風呂掃除とお部屋の掃除、しよっか?」


 この様子だと、髪を切って貰うのは掃除の後でも良さそうだ。


 今のイオリの側に居ると、とばっちりを受けるかもしれないからね。


「はーい!」

「わかりました。」


 ・・・うん。

 これで、いいんだ。

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