第6話 方舟 ③
「なんで・・・。」
色々とノアに聞きたいけれど上手く言葉に出来ず、咄嗟に口をついて出てきたのはその一言だけだった。
これは、一体どういう事なんだ?
予想もしていなかった事態に僕が思わず固まっていると、こちらを見る事に飽きたのか、女の子は培養槽の中を漂うように泳ぎだしてしまう。
そうして漂う女の子を見つめながら暫く呆然とした後、僕は不意に湧き上がる感情が抑えられ無くなりながらも、何とかノアに尋ねる。
「何故・・・彼女が、ここにいるの?ねぇ・・・ねぇ!答えてよ!!ノア!!」
暴発した感情の所為か最後は殆ど叫んでいたのだけれど、ノアの言った通り培養槽の中にまでは聞こえていなかったらしく、かなりの大声だったにも関わらず女の子はこちらを気にした素振りを見せない。
〈彼女を培養し、一定の年齢まで育成するためです。言語等の知識の付与や、貴方の姿の刷り込みも現在行っております。〉
「そうじゃない!そんなの答えになってない!ちゃんと答えろよ!」
ノアからの返答が余りにも的外れだったので、更に声を荒げながら問いかけるも、質問の形式になっていない為か返答はない。
「何故、あの子が僕の恋人だった人に似ているんだよ!答えるんだ!ノア!」
培養槽に浮かぶ女の子を指差しながら、感情のままに僕はノアに問い掛け続ける。
〈特定の個人に似る可能性はあります。遺伝子の調整の際に発生した偶然かと思われます。〉
「あり得るはずがない!余りにも似すぎてるんだよ!」
そう怒鳴るも返事はなく、僕は少し気持ちを落ちつけて言葉を選んだ。
「調整の際の偶然と言ったけれど、調整って何?あの子はどうやって作られたの!?」
頭を冷やせ。
相手は人工知能なんだ。
もっと冷静になれ。
これじゃ、解る事も分からなくなる。
〈調整については、疾患や放射線に対しての耐性の付与が目的です。工程に関しては、人工受精前にこれまで蓄積された情報から先天的な欠陥等の調査をし、容姿や身体的な特徴を平均化した後、人工受精を行っております。〉
前に顔を平均化すると何処かで見たような顔だとか、一般的な美形になるとは聞いた事があるけれど、特定個人に似るってあり得るのか?
というか、そんな事まで調整して作れるって、一体どれだけの技術が使われている?
それに、人工受精って事は保存された精子や卵子があるって事だ。
一体何処から?
いや、それよりもまずはーーー
「ノア、キミを作った人は何者なの?こんな船が作られているなんて話、僕は聞いた事が無いんだけど?」
〈当機を建造した人物についての情報は開示出来ません。当機が建造されたのは凡そ5200年前になりますので、貴方が当機の情報を認識しているはずもありません。〉
はぁ?開示出来ない?ソイツは自分の情報を隠したかったのか?
・・・待て。そんな事より、五千年以上前に作られたって、こんなものが何千年も発見されなかったって事の方が無理がないか?
人工知能なんだから、嘘を言ってるなんて事は無いのだろうけれど・・・。
これは、もう少し聞いた方がいいのかもしれないな。
「この船は五千年以上もの間、何処にあったの?」
歩いてみた感じだと内部はまだまだ広いと思われるので、この船は少なくとも数キロ以上・・・下手をすれば10キロ以上の大きさの可能性すらある。
そんなものが軌道上や地表にあれば、とうの昔に発見されている筈だ。
どうやって隠していたんだろう?
〈地中です。具体的には地下20キロの位置になります。〉
「そんな・・・バカな・・・」
最もあり得ないと考えていた場所に船はあったのだと言われてしまい、僕は思わず呆然としてしまう。
確か、人類の地中の到達点って十数キロくらいだったよな?
言っている事が本当ならば、確かに見つかるはずはない。
しかも、到達したのだって何百年か前に地質調査か何かで・・・だった筈だ。
熱の対策等で技術的な問題が解決していないが為に、現在でもその記録は更新されていないと何かの記事で見た覚えがある。
なのに、それよりも深い場所に船を隠していた・・・だって?
・・・あまりにも現実離れしすぎた話の数々に目眩がしてきた。
確かに、そんな技術があるなら遺伝子の調整なんて訳もないのかもしれないが・・・。
今更、深く考えても仕方ないか。
現に僕の目の前に存在しているのだから。
・・・それにしても、なんか疲れたな。
「とりあえず今日は戻るとするよ・・・。ノア、帰り道の案内をお願い。」
〈かしこまりました。〉
僕は色々な情報に触れたり久々に感情が揺れ動いたからか、かなりの疲労感を感じてしまい、これ以上はこの場でノアに質問する事をやめ、部屋に帰る事にした。
そうして部屋の入り口に向かおうとした直後、僕はふと思い立ち培養槽の方に振り返ると、女の子に軽く手を振り、またねと呟く。
女の子はこちらを見ては居たけれど、不思議そうな表情を向けてくるだけだった。
培養区画より帰った日から二日間程、僕は体調を崩してしまう。
多分、気温が一定に管理されている此処に半年近く居た為、培養区画の真冬に近い温度に身体がついてこれなくて、熱が出たのではないだろうか?
・・・まぁ、それだけではないかもしれないが。
熱に浮かされた所為か、あの子を見た所為かは分からないけれど、ベッドに横たわりながら、僕は幼い頃からの彼女との思い出ばかりを反芻し続ける。
久しぶりに、彼女に会えたような・・・そんな気がしたから。
そうして二日が経ち、ノアに用意して貰った薬のおかげか体調が戻り、もっと身体を鍛える必要性を感じながら、今日も僕はノアへと質問をする。
「ねぇ、ノア。またあの子に会いたいんだけれど、これから会いに行ってもいいのかな?」
〈はい、問題ありません。〉
残り二週間強くらいで、あの女の子と一緒に暮らせるようになるのだが、何故か無性に会いたいと思っていた。
多分、あの子の側に居れば一人では無いと実感出来るからだと思う。
色良い返事を貰えた僕は、同じ失敗を繰り返さないようにしっかりと厚着等の用意を整えた後、培養槽へと向かう道すがらノアにあるお願いをしてみる。
「こちらの音は伝わらないって言っていたけれど、音とか声を伝わるようにする事は出来ないかな?」
〈直接伝える事はできません。ですが、当機の端末を経由し、情報の刷り込みに使用している機能を利用すれば可能です。〉
「会話は出来るかな?」
〈培養槽側には集音の設備は無いため、不可能です。〉
一方通行って事らしい。
まぁ、出来たとしても液体のようなモノで満たされているのだから、どの道無理か。
「なら、こちらの音声を伝える事だけでも出来るようにしてほしいかな。」
〈かしこまりました。〉
会話が出来なくとも、こちらからの一方通行であったとしても、人とコミュニケーションを取りたかったんだ。
只々、僕は寂しかったのだろう。
これまでの半年間、相手は融通の利かない人工知能だけ、それも会話ではなく質疑応答に近いもののみだったのだから、無意識にほんの少しでも何かを伝え合いたいと思ってしまうのは無理からぬ事だと思う。
厚着をしていても少し冷える区画をひたすら歩き、僕は再び培養槽のある部屋に辿り着くと、パネルに端末を近づけロックを解除し部屋へ入る。
そうして再び培養槽へと歩み寄ると、端末越しにだけれど女の子を見ながら呼びかけた。
「こんにちは。また・・・来たよ。」
突然響いた声に、眠っていたと思われる女の子はビクッと身体を震わせ目を開き、キョロキョロと辺りの様子を伺う。
「こっちだよ。こっち。」
僕がそう呼びかけるも、音が上方から聞こえるのか女の子はしきりに上を見上げながら、首を傾げる。
なるほど。
どうやら、スピーカーのような機構は培養槽の上方についているようだ。
それに、聞き慣れない声に困惑してもいるのだろう。
それらの事に思い当たると、僕は培養槽へと近づき前回と同じように手を当て中を覗きこむ。
そうすると漸く女の子はこちらに気がついたようで、また僕の方にゆっくりと泳いできた。
「こんにちは。また来たよ。」
僕は女の子に笑いかけながら、もう一度出来るだけ優しく端末に向け話しかけると、女の子は再び上を見上げるも直ぐにこちらへと視線を向けた為、今度は声の主が僕であると認識したようだ。
「よかった、伝わっているみたいだね。」
再度話しかけると、女の子はまだ不思議そうに上を見上げたり、僕を見たりを交互に繰り返しているが、ちゃんと届いてはいるらしい。
「今日は、またキミに会いたくなって来たんだ。」
何を言われているのかはわからないようで、女の子は可愛らしくまた小首を傾げるけれど、誰かとこうしてコミュニケーションが少しでも取れる事が、僕はたまらなく嬉しかった。
それから、僕は毎日培養槽に通い始める。
女の子の前で僕が何をしていたかというと、普段部屋で過ごす様に音楽を聴きながら本を読んだり、話しかけたりをしていた程度なんだけれど、最初は僕が何をしているかよく分からなかったらしく、不思議そうな顔をして女の子はいつの間にか眠ってしまったりしていた。
けれどそれらを繰り返す内に、いつの間にか音楽に合わせて女の子が微かに身体を揺すっている事に、僕はふと気が付く。
これはもしかしたら仲良くなれるんじゃないかと確信した僕は、翌日に自分が幼かった頃にやっていた体操を映像付きで踊ってみせた所、それが大正解だったようで女の子は凄く楽しそうに真似をしようしてくれたんだ。
それは、僕にとって打ち解ける事が出来たと感じられた瞬間だった。
その日以降、僕の姿を見つけると笑顔で近づいてくれるようになったから、勘違いじゃないと思う。
そうやって通い始めてから、僕は女の子に名前が無い事を知り、ノアの提案で僕が名前を付ける事になる。
『イオリ』
それが、悩んだ末につけたこの子の名前。
本を見ながら考えたんだ。
名前をつけて呼び始めた時はよく分かって居なかったようだったけれど、呼びかける時に必ず名前を呼ぶとか、色々工夫しているうちにそれが自分の名前だと理解してくれたらしい。
そうこうしていると僕も徐々に培養槽の前に居る時間が長くなり、通い始めて10日が経つ頃には食事と寝る時以外、殆どイオリの側に居るようになった。
そして、もう少しでイオリとの生活が始まるのだと、期待で胸を膨らませつつ、先々の事で若干の不安を抱えていたある日。
僕は今日も培養槽に向かいながら以前にも聞かされていた事について、ノアに質問をしていた。
「確か、イオリが培養槽から出たら、別の区画で一緒に暮らす事になるんだよね?」
〈はい、食物の自給自足をする技術の継承も目的にありますので、専用の区画にて生活をして頂きます。〉
「僕にはそんな経験がないから、上手く出来ないと思うんだけれど、作れなかったら餓死するしかない・・・とかはないよね?」
自給自足をしろと言われたが、作るのに失敗した場合が怖いのだけど。
・・・というか、農業をやると言っても人工的な設備で作るんじゃ、ノアの言う技術継承の意味って余り無いんじゃないのかな?
管理出来てしまう訳だし。
〈問題ありません。作物が収穫出来ない場合もこちらで補助致します。大規模な整備が必要となる小麦や米等の穀類に関しては、備蓄がありますのでそちらをご利用頂けます。〉
今も食事は出ているから備蓄があるのは分かるけど・・・。
でも、大規模な整備が必要って、まるで地面があるような言い方だな?
・・・うーん?疑問はあるが、今はいいや。
それよりも農業の経験が無い僕が、上手くやれるのだろうか?
不安が大きくなってきたけれど・・・やるしかない。
これからどんな日々が待っているのだろうか?
きっと、悩む日も多いのだとは思う。
でも・・・もう、1人じゃない。
それだけで、大分心が救われる気がした。
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