第5話 すき ① ※なろう版から追加エピソード有
『ごしゅじん様、おかおがまっかだよ?だいじょうぶ?』
「うん、大丈夫だよ。」
夏が終わり秋も深まり始めた頃、僕は不覚にも風邪を引いてまった。
『ホントに・・・?』
「ちょっと油断してただけだから、少し休めばすぐに治るよ。」
これまでは慌ただしさからか、体調を崩す暇すら無かったのだが、少し余裕が出来て油断してしまったらしい。
そんなベッドに横たわる僕を心配そうに覗き込むイオリへ返事を返した直後、僕は少し咳き込んだ。
『ごしゅじん様!死んじゃやだよ!!』
すると、イオリは必死な形相で目に薄らと涙を浮かべて僕にしがみつく。
アニメだと病床に臥せる人物って、結構な頻度で亡くなる事があるから、イオリにはその情景が思い起こされたのだろう。
初めて弱った姿をイオリに見せてしまった訳だし、この反応は仕方がないのかな?
「ちょっと咳が出ただけだから大丈夫だよ。・・・それより、感染っちゃうかもしれないし、イオリは居間か自分のお部屋に居てくれないかな?」
とはいえ、ただの風邪だとノアも言っていたから休めば特に問題はない筈だ。
『でもぉ・・・!』
「僕なら大丈夫だから。お薬も飲んだしね。」
『ヤだぁ・・・。』
イヤイヤと首を左右に振る動作を最近は余りしなくなっていたのに、余程不安なのか僕がなるべく優しく言っても、イオリは強く目を瞑りその動作を繰り返す。
参ったな・・・。
「・・・すぐに良くなるからさ。それより、イオリが僕と同じ様になっちゃう方が、僕はイヤなんだ。だから・・・ね?」
ノアが言っていた事が本当ならば恐らく、イオリは殆ど病気にはならないのだろうけれど、万が一という事もある。
少し心配だけど、一番熱が酷そうな今は近くに居ない方がいい。
そう思い、少し頭を撫でてからイオリを離そうとすると、言葉からも僕が心配している事が伝わったらしく、イオリは渋々ではあるが掴んでいた手の力を緩める。
『・・・ホントに、だいじょうぶ?』
「うん、大丈夫だよ。」
『・・・わかった。おへやでまってる。』
「ごめんね。・・・ご飯は冷蔵庫にあるモノを温めて食べてくれるかな?一人で出来る?」
こういう事もあるだろうと考えて、あらかじめ調理済みの料理を冷凍庫で凍らせてあったのだが、備えておいてよかったと今は心底思う。
手伝いはしてくれるけれど、まだイオリ一人に料理を任せるのは難しいだろうし。
『・・・うん。』
「ならよかった。・・・心配してくれて、ありがとうね。」
最後にもう一度頭を撫でてからそっとイオリの背中を押すと、ゆっくりとした足取りで部屋の入り口に向かい、扉に手を掛けた格好でイオリはこちらに振り返って口を開く。
『・・・早く、よくなってね?』
「勿論だよ。」
その言葉に出来る限りの笑顔で応えると、イオリはまだ不安そうな表情をしつつも部屋を後にした。
すると一人になった途端、胸の内に少し寂しいという思いが湧いてくる。
熱がある時って、何故か誰かに側にいて欲しくなってしまうものだから、多分その所為だろう。
それよりも、今は少しでも眠って早く良くならなければ。
あんなに不安そうなイオリの顔を、もう見たくはない。
イオリには、僕しかいないのだから。
そう思い、瞼を閉じると薬が効いて来た為か、僕はすぐに眠りへと落ちていった。
『んっ・・・しょ!』
・・・うん?
廊下の方で何か物音がする。
何だろう?
『ごしゅじんさまー?ごはんですよー?』
「・・・イオリ?」
イオリがそっと声を掛けながら部屋へと入って来た事で、僕は目を覚ます。
窓の外が暗くなっている事から、どうやらかなりの時間眠っていたようだ。
『うん!ばんごはん持ってきたよ!』
「ご飯?・・・あぁ、温めて持って来てくれたんだね。ありがとう。」
とはいえ、余りお腹は空いていないのだが、折角イオリが心配して用意してくれたのだから、僕に食べないという選択肢は無い。
薬も飲まなきゃいけないし。
『えへへー』
「あれ?この匂いは・・・卵と・・・なんだろ?」
凍らせると味が大分落ちるから、卵を主に使った料理を冷凍した覚えは無いのだけれど・・・。
『うん!たまごのおかゆ!作ったの!』
「作った?イオリが?」
おにぎりを凍らせてはあるからそれを元にしたのかもしれないが、お粥自体を冷凍してはいないし、作り方を教えた記憶も無い。
だから、目の前の卵入りのお粥は間違いなくイオリが作った物だ。
でも、どうやって知ったのかな?
・・・そう言えば此処に来たばかりの頃に、僕も本を見ながらまだ固形物を食べられなかったイオリにお粥を作っていた事があるから、台所にあるその時の料理の本か・・・アニメ?
『そうなの!』
「どうして・・・」
『ダメ、だった・・・?』
ダメな訳がない!
寧ろ、これ以上無いくらいに喜んでいるんだけど、熱に浮かされている所為か上手く言葉が出てこなかったんだ。
僕を気遣って、イオリが頑張ってくれるなんて、これ程嬉しい事が早々あるハズはない!
・・・いや、ちょっと落ち着け。
それよりも、イオリが怪我をしていないかが気になる。
「ダメじゃないよ。火傷とかはしてない?」
『だいじょぶ!』
近頃は僕の真似をして料理をしたがるようになっていたから、ノアに頼んで30センチぐらいの踏み台を用意して貰ってはいた。
だから、イオリの140センチ弱ぐらいの身長であればコンロに充分手は届くし、卵を使うぐらいならば包丁も必要ないので一人で作れても不思議ではない・・・か。
『・・・ごしゅじん様?』
「あ・・・ごめんね。それより、ありがとう。いい匂いだね。」
『でしょー?じょうずに出来たから食べて食べてー!ごしゅじん様、たまご好きでしょ?』
「うん。本当にありがとう。凄く嬉しいよ。・・・それじゃあ、頂きます。」
『おあがりなさいー!』
何かが少し気になるけれど、折角初めてイオリが一人で作ってくれたお粥だ。
冷めない内に食べなくちゃ。
お粥の味は、初めて作ったとは思えない程に美味しかった。
そんなこんなで秋が過ぎ冬になり、冷え込みが厳しくなって来たので、食器を洗ったりするのも辛くなってきた等とボヤきながら食事の後片付けをしていると、僕のお尻に突如衝撃が走る。
『すきやきー!』
「うわ!?びっくりした!」
振り向くと、どこかの体術秘伝奥義を僕に放った姿で何故か痛がるイオリの姿があった。
この間二人で見た時から、真似をするかもしれないと思ってはいたけれど、本当にやるとは・・・。
しかも台詞も、真似してほしくないアニメの真似ですよね、それ。
女の子がそういう事をするのはやめなさいよ、全く・・・。
「スキヤキじゃなくて、隙ありだよ。」
僕が風邪を引いて以来、心配していた幼い言葉遣いが急激にしっかりとし始めていたのだが、まだまだ成長してない部分もあるのかと考えつつ冷静に返しながら、今日はスウェットじゃなくてデニムを履いていてよかったと内心で少し思う。
イオリには悪いけど。
「痛かったでしょ?」
『うん、ご主人さま。結構痛いです。』
「その技はやる方も痛いから、やらない方がいいよ?」
そう返しながら、身長が伸びてもまだまだ子供なんだなと思うと、ついつい口元が緩む。
『何で笑うんですかー!』
「ごめんごめん。」
『また笑ったー!』
僕に笑われたと思ったイオリは抗議の声を上げるが、違うんだよ。
こんなやり取りをするのが久しぶりで嬉しいんだよと、そう伝えたかったけれど、それはやめておいた。
きっと、聞かれるだろうから。
そして、聞かれてしまうと・・・僕は、イオリの前でも泣いてしまうだろうから。
それは避けたい。
少しむくれた彼女の頭をよしよしと撫でながら、成長していないのは僕なのだなと思いつつ、後片付けを終わらせた。
「さて、午後は何をしようか?」
『今日は畑はいいんですか?』
イオリはそう聞くが、今の気候ではビニールハウスでも作らない限りはそこまで手が必要な作物は作っていないので、短く大丈夫だよとだけ返しておく。
『じゃあ、一緒にアニメ見ませんか?』
「うん、そうしようか。なら、イオリが選んでくれるかな?」
『わーい!』
何にしようかと言いながら、タブレットを操作するイオリを見ていると、その姿が最近ますます彼女に似てきたなと考えた刹那、胸の奥が軋む様に痛んだ。
・・・二年近く経つのに、まだまだ僕は立ち直れてはいないらしい。
今更考えても仕方の無い事の筈、なんだけれどな・・・。
ふと気付くと、小首を傾げながらやや赤い顔でイオリがこちらを見上げていた。
どうやら、僕の視線に気付いたようだ。
『どうかしましたか?』
「イオリはかわいいなぁと思って。」
僕の言葉で耳までも朱色に染めながら、うーうー唸っているイオリを見て、とりあえず思考を一旦放棄して一緒に見るアニメを決める事にする。
『女の子ばっかり描かれてますね。』
「あれ?そのフォルダの中あんまり見た事ないの?」
『はい、魔法少女とは違うような?』
最近は畑で僕の手伝いをしたり、家事等もやってくれるようになったため、アニメを見る時間はかなり減って来たから仕方がないかと思いつつ、じゃあこれにしようと見る作品を僕が決めた。
というか、少年漫画作品とか、魔法少女物だとかを好んで見る所まで彼女に似てるのか。
そんな事を思った瞬間、更に胸が苦しくなる。
・・・慌ただしさが無くなると、すぐにコレだ。
『ご主人さま?大丈夫ですか?具合悪いですか?』
余程顔色が悪かったのか、イオリが不安そうな顔で覗きこんできた。
「大丈夫だよ。」
『調子が悪いなら、寝ますか?』
余程酷い顔色をしているらしく、ますます心配をしてくるイオリを見て、この子にこんな顔させちゃいけないと強く感じ、安心させる為にもイオリの頭を撫でるのだが、少し照れはすれどまだ表情は不安そうなままだった。
「本当に大丈夫だから。」
『無理はしないでくださいね。』
こんな風に心配するようになったイオリを見て、僕は感慨深いものを感じたがそれを伝えてしまうと、心配してるのにと怒り出してしまうので、敢えては言わない。
「イオリは優しいね。」
その代わりに一言呟いてから隣に座るイオリの頭を撫でると、イオリの暖かさに触れて僕の顔色も良くなったのか、少し安心した様な表情になる。
『また辛くなったらいつでも言ってください。お布団の用意しますから。』
「うん、ありがとう」
そんなやり取りを終えて、漸く2人でアニメを見始める事にした。
『ねぇ、ご主人さま?何故この人は空のお鍋をかき回してるの?』
「えーっと、それは僕にもよくわからないな。」
このシーン子供だと理解しづらいよね、病んだ描写なんて。
まぁ、僕も余り詳しくはないけど。
『んー?』
イオリはそう首を傾げるが、そのまま2人で続きを見る。
僕もこのアニメをしっかりとは見ていないけれど、自分の大事だった人が別の人と付き合う事にでもなっていたとしたら、そうなる気持ちはわからなくもない。
彼女も凄まじく暗い表情をしていたって話、確か誰かから聞いた事があるような?
アレは誤解ではあったんだけど、彼女も似たような気持ちだったのかなと、昔あった幼馴染と結ばれる切欠になった騒動を思い出し、また胸が少し痛んだ。
いっその事、絶対に戻る事の無い日常なんて、忘れてしまえばどんなに楽になれる事か。
・・・そんな風に考えてしまう自分にも、嫌気が差す。
此処に至るまでの全てを含めて、僕なのだというのに。
それに、これまでの自分自身を否定したら・・・この子はどうなる?
『大丈夫ですか?やっぱり、具合悪いですか?』
どうやら、また昏い表情になっていたらしい。
イオリにまた心配そうな表情をさせてしまった。
折角2人でゆっくりしているのに、アニメを見始める前の僕の様子からその後もイオリは僕を気にしながら、視聴していたようだ。
「大丈夫大丈夫。ちょっと考え事していただけだよ。」
これでは駄目だ。
そう思い首を振ると、視界の端で捉えた外の景色が茜色に染まっていた。
気付けば、アニメとおしゃべりで大分時間が経っていたらしい。
「もう夕方か・・・。そろそろ晩ご飯作りしないとね。丁度アニメでもしてるし。」
『お鍋にはなーんにも入ってないですけどね。』
「確かに。んー・・・今日は何作ろうかな?何が食べたい?」
『じゃあ、カレーが食べたいです!甘いの!』
「いいね!僕も甘いのが好きだから甘口のカレーにしようか。」
『この前のカレーは凄く辛くて、味わからなかったです。」
暫く前にイオリも成長した事だから、たまには辛いカレーを作ろうかなと思い立ったはいいものの、いざ作った際に調整を失敗したらしく、僕もギリギリ食べれるぐらいの辛さになってしまった事があった。
「アレは失敗だったね。そうだ、イオリも手伝ってくれるかい?」
『はい!もちろんお手伝いします!」
どうやら先程の表情は誤魔化せたようだ。
「じゃあ、保管庫にあるニンジン、タマネギ、ジャガイモを持ってきてくれる?」
『はーい!』
初めてお粥を作った後ぐらいから熱心に料理を覚え始め、今では殆ど毎日一緒に作っている。
たまにアニメに夢中になりすぎて中々ご飯食べようとせずに、喧嘩になっちゃう事もあるのだけれども。
尤も、その辺りは僕にも覚えがありすぎて余り人の事は言えないかな・・・。
そんな風に、今日も一日が過ぎていった。
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