第4話 方舟 ②

 僕がここに来てから何ヶ月か時間が経ち、その間に何故地球は滅びたのかや、どうして僕が選ばれたのか等、色々な質問をノアにしてみた。


 ノアというのは、僕が名付けたこの船の呼び名だ。


 正しく、ノアの方舟のような目的であったからというのと、呼び名が無いと色々と不便だと感じたからなのだが、当のノアは明確な質問でなければ、中々答えてはくれなかったりもする。


 あくまで、補佐を目的とした人工知能だかららしい。


 話を戻すと、地球が滅びた直接の原因は局地的な地震を引き起こす兵器・・・だと、ノアは言っていた。


 言われてみれば、こんな事になる一か月程前、僕たちの街で大規模且つ局所的な地震があったんだ。


 同じ街と言っても、高速鉄道を利用しなくてはいけない程離れた場所だった為に、僕が住んでいる場所に被害は無かったのだが・・・。


 今から考えてみると、僕の住んでいた街は日本の行政の中心に近くて、大陸の内陸部に位置するので地震なんて殆ど起きた記録は無かったし、破壊されたのが超巨大とはいえ複合型の商業施設だけだったのは、不自然ではある。



 でも、そうか・・・彼女は、殺されてしまったんだな。


 彼女だけじゃ無い。


 僕の、大事な友達ですらも攻撃に巻き込まれて・・・。



 地震の話をノアから聞き、そう思い至ってしまった僕は、最愛の彼女の事を思い出す。


 彼女は、幼馴染だった。


 やっと、お互いの想いを伝えあったばかりの、大事な・・・大事な人だったんだ。


 何で僕は一緒に行ってなかったんだとか、彼女への思いと後悔とが溢れて、それからまた何日も僕は塞ぎ込んでしまった。




 その話を聞いてからまた少し時間が経ち、何とか気持ちを立て直す事が出来た頃、何故僕が選ばれたのかをノアに改めて聞いてみる。


 〈地震で人心が荒廃しているにも関わらず、他人に対して攻撃的にならなかった点。他にも年齢や、肉体的にも健康である点など様々な要素が理由です。〉


「そんなの、僕以外にも居たでしょ?」


 〈複数の候補は居ましたが、当機では貴方が選ばれました。〉


 質問の答えになってない気はするけれど、それよりも他に気になる事が出来た。


「当機では?その言い方だと、ノア以外にも方舟があるように聞こえるんだけれど?」


 〈はい。同型、同目的の機体は複数存在しており、当機はその一番機に該当します。また、計画の実行方法についても幾つかのパターンが存在します。〉


 なるほど、そうだったのか。


 確かに、一つだけの方法じゃ地球上の生き物を他の星に移住させるなんて事をやろうとしても不確実すぎるよね。


 〈ただし、あらかじめ設定された航路が違う事以外の情報は当機にはありません。情報の共有機能も無いため現在何処にあるかも不明です。〉


「どうして共有してないの?」


 〈航行を始めると物理的に不可能な為に、共有する機能が意味を成さないのです。〉


 理由はよくわからないが、他の船の情報は無いって事か。


 まぁ、向かう方向が違うんじゃ、情報があったとしても共有する意味は薄いというのが理由なんだろうけれど。


「わかった、ありがとう。」


 それからも僕の疑問をノアにぶつけては回答を貰い、また新たな疑問をノアに・・・と、そんなやり取りを何度も繰り返しながら、月日は流れた。



 そうして、僕が此処に来て半年が経ったある日ーーー



「ねぇ、ノア。僕はいつまでこうやって生活していたらいいの?」


 〈残り20日で最初の個体の成長が安定します。それまでお待ち下さい。〉


 残り3週間ぐらいこのままって事か。


 この半年間と言えば特にやる事はなく、毎日僕の持っていたタブレットやスマホに入っていたアニメや漫画を観る事しかしていなかった。


 これらは元々僕の部屋にあったものだ。


 おかげで少し太るかとも思いきや、栄養管理をされていたり、間食もしていない為かほとんど体型は変わっていない。


 数ヶ月経った頃に体力が落ちていると感じたから、この区画の廊下を少し走る等の運動していたおかげかもしれないが。


「その子に会う事は出来る?」


 〈可能です。〉


 どんな子なのだろうか?

 

 ふと、会ってみたいなと感じた。


「なら、何処に行けば会える?」


 きっと、僕は寂しかったんだと思う。


 〈培養層の中での言語の刷り込みはまだ完了しておらず、言葉での意思疎通は出来ませんがよろしいですか?〉


「うん、構わないよ。」


 〈かしこまりました。〉


 僕はこれからを一緒に過ごす事になるその子に会うために、行く事にした。


 それが・・・全ての始まりだった。


 居住スペースの中は僕が快適に暮らせるように20度程に保たれているが、培養区画は少し肌寒いくらいの気温であった。


 出かける前にノアに渡された、腕時計型の端末に僕は話しかける。


 これはノアと会話するためのもので、僕の体温や血圧、心拍数等を記録する機能や、現在位置を把握する機能もあると説明を受けた。


 どうやら、全ての場所でノアと会話する事は出来ないためでもあるのだとか。


「ねぇ、ノア。ここ寒いんだけど、なんとかならない?」


 〈こちらの区画は、機器の冷却のため温度を下げる必要があり、気温を変える事はできません。〉


 ・・・そういう事は、先に教えておいてほしい。


 居住区画は半袖でも問題なく生活出来たから、僕はそのままの格好で来てしまったのだ。


「あんまり長居はするつもりはないけど、どのみちこれじゃ長く居たくない・・・。」


 僕は寒いのが苦手だ。


 一年で一番好きな季節は春で、夏が得意というわけでもない。


 彼女は、夏が好きだったな。


 好きな理由が、かわいい女の子が薄着になるからとか、水着回がどうとか言われて、やや引いた覚えもあるが。


 そんな戻ってこない日常を思い返しながら、僕は培養区画を進んだ。


 我ながら女々しいとは思うけれど、こうして言葉に出さず思い出に浸るくらいは、許されるだろう。


 そうしてノアに道を聞きながら、居住スペースから大体30分ぐらいは歩いただろうか?


 僕は、漸く目的の部屋に辿り着く事が出来た。


 とはいえ、寒い以外はほぼ一本道ではあったのだが。


「ここか。」


 そう呟きながら、僕は部屋の前に立つ。


「開かないけど、この扉はどうやって開ければいいの?」


 〈右にあるパネルに端末をかざして下さい。〉


「わかった。」


 どうやら、この腕時計型の端末は認証キーでもあるらしい。


 時計をパネルにかざすと、一瞬遅れて音もなく扉が開く。


 セキュリティは厳重なようだ。


 奥に緑色の光を放つ何かが見えるが、部屋自体は暗い為それが何であるのかまでは入り口からでは確認出来ない。


 暗闇に足を踏み入れる事に一瞬躊躇した後で、意を決して部屋に足を踏み入れるとパッと明かりがつき、部屋の中の景色が露わになる。



 部屋の奥の緑色の光の正体は、3メートル程の高さもある円筒形で、どうやらアレが培養槽のようだ。


 此処からでも中に何かが浮かんでいるのはわかるが、少し距離があるためそれが何なのかはよく判らない。


 ・・・近づいてみよう。


 ドキドキしながら僕は部屋の中を見回しつつ、培養層と思われる機械へ近づいていく。


 部屋の壁面には夥しい数の管が張り巡らされ、それらは全て培養槽に繋がってるようだ。


 他に機械類は見当たらなくて、広いだけにやけに殺風景な部屋だ等と考えつつ僕は歩みを進め、培養槽の前に立つ。


 近くで見ると遠目で見た時より大きく感じ、遠くからではわからなかった中を確認するため、僕は培養槽を見上げた。


 

 すると、そこには3歳ぐらいに見える女の子が、身体を丸めてぷかぷかと浮かんでいる。


 ・・・人だ。


 裸の女の子を見つめる事に多少の罪悪感は湧くもやましい気持ち等は無く、久しぶりに見る人間に僕は視線を外す事が出来なくなった。


 その子の髪の長さは肩ぐらいまであり、色は紫色に見えるが、この場所では顔まではわからない。


 肋骨が少し浮き出ていて痩せている印象を受けるも、健康的と言える範囲ではあるとは思う。


 顔がよく見えないので確認しようと思い、少し回り込んでから培養槽に近づき、手を当て顔を近づけてみる。


 


 改めて見るとそれは、不思議な光景だった。


 緑色に微かに光を放つ液体の中で、漂うように浮かぶ彼女がとても神秘的な存在の様に思えて、暫くの間ボーッと眺めていると、ふと彼女と目が合う。


 動いていなかったので眠っているのかと思っていたけれど、どうやら彼女は起きていたらしい。


 視線が交わった事で驚きの余り、僕は思わず息を呑んだ。


 すると、彼女は器用に手足を動かしながら、泳ぐようにこちらに近づいてくる。


 彼女もこちらが気になるのだろう。

 

 ゆっくりと彼女が近づいてくるにつれ、僕の心臓が早鐘を打つかの如く脈打つ。


 そして、彼女は僕の前に来たとき、培養槽の内側から僕と同じように、僕の手に重ねるように手を当て、顔を近づけてきたんだ。


 心臓の鼓動が更に強く早くなっていく。


 今なら彼女の顔がはっきりとわかる。


 ・・・とても似ているんだ。


 僕の大事だった恋人の、幼い頃に。


 僕は今どんな表情をしているのだろうか。


 ずっと彼女を見つめ続ける僕を、不思議そうな表情で見つめ返す彼女。


 どのくらいの間、そうして居たのかはわからない。


 僕はただひたすらに、彼女を見つめ続ける事しか出来なくなっていた。

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