第3話 めいど
『ごしゅじんさま、メイドさんって何?何をするしとなの?』
「し、と、じゃないよ、ひ、と。」
『し!と!』
多分これ、ワザとだな?この間は普通に言えてた筈だし、それに何かのアニメで見た事あるぞ、このやり取り。
これが、僕にとって日常の風景だ。
イオリと出会ってから、再び季節が巡り夏になったのだが、きちんと会話が出来るようになって以降、このかわいらしい怪獣に質問攻めにされ、それに僕が答えるという事を、此処一年近く毎日のように繰り返している。
「メイド、ねぇ・・・。うーん、お手伝いさんの事かな?」
僕は昼食の用意を整えながらそう答えた。
今日のお昼は、今朝収穫したトマト等の夏野菜を使ったサラダと、ナスを入れたミートソースのパスタだ。
『おてつだいさんって何?』
答え方を間違えるとすぐ様次の質問が飛んでくるので内心やれやれとは思うが、昼食の用意をする手を止める訳にはいかない。
彼女の為でもある訳だしね。
尤も、このぐらいの質問はもう慣れたものなので、その程度で作業を中断する事は無いのだが。
「そうだね、今僕がやっているご飯の準備を、僕のかわりにやってくれる人の事かな?」
『んー?ごしゅじんさまのかわりなんていないよ?』
「いや、僕の代わりではなくてね。何て言えばいいんだろう・・・?忙しい人の代わりをするお仕事とでも言えばいいのかな?」
『んー?』
どうやらまだ上手く説明出来ていないらしい。
まぁ、この船には僕とイオリしか居ないのだから、他の人間を見た事がない彼女には理解し辛いのかもしれないな。
『おしごとって、ごしゅじんさまもこんな事するの?』
そう言いつつ、イオリは僕が所有してるタブレットを両手で持ちながら、その画面を見せてきた。
そこには、メイドの格好をしたキャラクターが両手でハートマークを作っている場面が映し出されている。
「僕はそんな事しないよ。それよりも、完成したからお皿出してくれるかな?ご飯食べたら、教えてあげるから。」
『はーい!』
なるほど、と思いながらイオリに昼食の支度が出来た事と質問に後で答える事を伝え、先に二人で食卓へ料理を運ぶ事にした。
「じゃあ、いただきます。」
座卓に料理を並べ終え、食べ始めようと食前のマナーとも言える言葉を口にした時、イオリが突然僕を静止する。
『まってー!ごはんが美味しくなるおまじないするの!』
そう言うとイオリは、おいしくなーれおいしくなーれとアニメのキャラと同じように、両手でハートマークを作りながら呟く。
「早く食べないと、冷めちゃうよ?」
子供って、本当にすぐ影響されちゃうんだなぁ。
僕の名前も知ってる筈なのに、相変わらずご主人様と呼ぶ癖が抜けないし・・・。どうしたらいいんだろう?
そう思いながら、先程まで見ていたアニメの真似をするイオリの姿を見て、微笑ましくも感じた。
僕も小学校低学年ぐらいの時は、戦隊モノのヒーローの真似をよくしたものだと思う。
『はーい。いただきまーす。』
おまじないに満足をしたらしいイオリは、きちんと合掌をし、漸く昼食を食べ始めた。
食事を摂らせるのも、最近は大分楽になったものだ。
固形物が食べられるようになった最初の頃はよく手掴みで食べようとしていたし、アレがイヤ、コレがイヤとワガママも言っていたなと、自分の分の食事に手をつけながらも此処一年を振り返りつつ、他愛もない会話を食事を終えるまで続けた。
歳の離れた妹とは、こんな感じなのだろうか?
『ねー、ごしゅじんさま?おてつだいさんってごはんつくる人?』
食事を終え二人で後片付けをしていると、思い出したかのように先程と似た質問をしてきた。
確かに、さっきの説明やアニメのあのシーンを見る限りだと、そう考えたとしても仕方ないだろう。
「ちょっと違うかな。例えば、僕が一日中お外で仕事をしている間に、家の中の掃除をしてくれたり、洗濯をしてくれたり、ご飯を作ってくれたりする事をお仕事にしている人、かな?」
そんな風にイオリに説明してみたが自分自身それで正しい説明なのかはわからなかったし、確かめる術も、もう無い。
・・・あっ、ノアに聞けばいいのか。でも、イオリは僕に聞いているのだから、ノアの力を借りるのは、何かが違う気がする。
『へー!そうなんだ!じゃあ、ごしゅじんさまがイオリのメイドさんだね!』
「ぼ、僕がメイドさん?!」
イオリの発言に思わずむせそうになるのと同時に、封印していた学園祭の忌まわしい記憶が呼び起こされそうになったが、とりあえず落ち着こう。
イオリには他意がないのだから。
「メイドさん・・・は主に女の人に使う言葉だと思うから、僕の場合だと執事さんかな?それならば確かに間違ってはいないかも。」
掃除洗濯はもちろん、炊事や入浴等イオリの身の回りのお世話までしてるからね。
・・・いや、執事も何か違う気がするけども。
『ひつじさん?ごしゅじんさまひつじさん?』
古典的な聞き間違いにしか思えないが、昼食前とは違う反応だから、これは多分本当に理解していないのだろう。
「ひ、じゃないよ。し!」
『んー?』
最近口癖になりつつある言葉と仕草だけれど、首を傾げて悩む姿は本当にかわいらしい。
ちょっと長めで、ピンクが入ったような赤い髪に、垂れ目がちで桃色の瞳を持つイオリ。
髪や瞳の色は違うけれど、幼い頃の彼女に瓜二つだ。
今の身長は小学校低学年の子供と同じぐらいかな?
多分8歳か9歳ぐらいの肉体年齢だとは思うのだが・・・。
それに伴う言葉の成長が見た目より若干幼い気はしなくも無い。
教材が僕のコレクションと、僕との会話だけだから仕方がないのかもしれないけれど・・・。
『ねーねーごしゅじんさま?ひつじさん見たい!』
「ひつじ?動物のひつじさん?執事じゃなくて?」
『ひつじさん!毛がもこもこしてて、めぇーってなくひつじさん!』
どうやら僕が物思いに耽る内に興味は執事から、ひつじに移ったようだ。
「どこかに居るとは思うけど・・・。うーん、ちょっと聞いてみようか。」
そうイオリに告げてから僕は、ノアに尋ねる事にした。
「ねぇノア、ひつじは何処に行けばいるのかな?」
〈この場所から2キロ東に、牧畜用の家畜を飼育する施設があります。端末に位置情報を送信致しますので、ご活用ください。〉
2キロか。イオリの足で辿り着けるのかな?
基本的に道は無いから、森とか草原を移動する事になるので、僕の体力でも中々に辛いのだけど。
『ひつじさんにあえるの?』
だがそんな僕の考えとは裏腹に、イオリは目をキラキラさせてこちらを見つめている。
「うん、そうみたいだね。」
まぁ、この付近には大きな起伏のある地形や、崖のような通れない場所は殆どない筈なので、行けなくはないのかな?
イオリはまだ遠出をした事が無いから、この家の周辺以外は知らないので、何とも言えないか。
きっと、体力がもたなくて帰りはおぶったり、抱き抱える事になるのは簡単に予想がつくのだけれども。
理由があって、見た目より大分重いからなぁ・・・。
『いきたいなー?ひつじさん見てみたいなー?』
最近は喚いたり、大声を出したりは減ってきたが、こんな風におねだりする事を覚えてからは、徐々に手強くなってきた。
『ねー?ごしゅじんさまおねがい!』
「仕方ないなぁ。」
そう言いながら覚悟を決める。明日筋肉痛になるのは確定だ。
〈彼女の身体能力ならば、問題なく往復可能です。〉
そんな僕の覚悟を見抜いたのか、呼びかけてもいないのにノアが話しかけてくる。
・・・珍しいな?
「そうなの?往復4キロだから僕でも疲れるよ?」
そういえば、最近走って逃げられるとすぐに捕まえるのが難しくなってきたような気もするな。
『やった!ほらーすぐいこー!』
「はいはい、わかったから引っ張らないの。」
余程嬉しかったのか、軽く飛び跳ねながら僕の腕を引いて、すぐにでも出発しようと促す彼女を静止しつつ、僕はタオルや水筒の準備を始めた。
「じゃあ、行こうか。」
『はーい!』
準備が整い出発しようと玄関を出た際、思い出したかのように僕は振り向き、誰も居ないはずの空間に向けて声をかける。
「いってきます。ノア」
『いってきまーす。』
見渡す限りの草原をイオリと手を繋いで歩きながら、僕はノアについて考える。
基本、僕から呼びかけ無い限り反応はないし、先程のように挨拶だけでも反応は無いのだけれど、ノアが居なければ僕は生きてはいけないし、農作業なんかも出来ない。
僕に農業の知識は無いから。
食事だって、まだ穀類の作付けに手を出していないのにパスタが作れたり、お米なんかもノアから提供されているお陰でもある。
・・・それに、イオリにだって会えなかった。
この船を管理する人工知能であるノアに感謝の言葉は伝わらないだろうけれど、イオリに会わせてくれてありがとう、僕を生かしてくれてありがとうって伝えられるものなら伝えたい。
そんな若干のもどかしさを抱えながら、イオリと二人で最近一緒に見た古い子供向けアニメの話をしながら、教えられた施設に僕達は向かったんだ。
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