第2話 方舟 ①

 最愛の幼馴染を失ったと知った日から、自分の全てを無くしてしまった感覚に陥り、何もかもが空虚で、意味の無いモノに思えてしまうようになっていた。


 食事すらも誰かに言われないと摂れなくなり、抜け殻のように部屋の片隅に飾ってある彼女から贈られた人形を眺めながら、ただただ無為に日々を過ごす。


 そうして、どれくらいの時間が流れたのだろうか?ある時、ふと気付くと僕は真っ白な空間にいた。


 周囲はどこまでも真っ白で、入り口も出口も見当たらない。


 それどころか、身体がふわふわと上に引っ張られているような感覚だけがあり、自分が寝ているのか、立っているのかどうかもわからなかった。


 もしかしたら、僕も死んでしまったのかもしれない。

 彼女に、会えるかなぁ。


 そんな事を考えた矢先、突然上に引っ張られていた感覚が消失し、お尻にひんやりとした冷たさを感じる。

 

 なんだ、まだ・・・生きているのか・・・。


 それにしても、ここは何処なのだろうか?

 僕の部屋で無い事は確かだけれども。


 自分でも驚く程に冷静な頭で、壁面を覆い尽くす程の太いパイプやケーブルと、それらが繋がっているよくわからない機械に囲まれた部屋を見渡しながら、何が起きたのかを考えていると、ふいに誰かに声をかけられる。


 〈貴方は当計画の被験体として選ばれました。〉


 抑揚の無い口調で響く声に、僕は思わず辺りを見回すが、人影等はない。


 その声は、抑揚が無かった割に人工音声とも違い、人の声に・・・大人の女性の声に近いようにも感じられた。


 しかし、幾ら探しても周りには誰もいない。


 僕は仕方なく、気味が悪いなと思いつつも、声の主に問いかけてみる事にする。

 

「計画?それに、被験体って?」


 〈はい、まず当計画について説明します。〉

 

 謎の存在に僕の声はを届いているらしく、話を進めようとするのだが、今聞きたいのはそんな事ではない。


「ちょっ、ちょっと待って!キミは誰?さっきから姿が見当たらないんだけど、何処にいるの?ここは何処なの?」


 何かの説明を始めるよりも先に、状況の説明をするのが筋なんじゃないのか?


 〈当機に特別な呼称はありません。ここは当機の中ですので、貴方はすでに当機を認識しております。〉


「はっ?」


 いきなり、何を言ってるんだ?当機?意味がわからない。


 〈質問は以上でしょうか。では説明を続けます。〉


 僕からの返事がなかった為か、了承したと捉えたらしい声の主は、勝手に説明を始めようとする。


 さっきの聞き方では、理解出来そうな情報を得られないのだろうと考えた僕は、取り敢えず何故自分が此処にいるのかを尋ねてみた。


「だから、ちょっと待って!・・・えーっと、何で僕はここにいるの?」


 〈計画の被験体に選ばれたためです。〉


「いや、それはさっき聞いたけど・・・。」


 なんて融通の効かないヤツだ。

 その答えだと、さっき聞いた事と一緒じゃないか。


 〈では、計画の説明を続けます。〉


 これは、大人しく聞いていた方が状況の確認が出来るかもしれない。

 僕の話を全く聞いてくれそうにもないし。


 〈当計画は惑星の危機に際し、知的生命体の保護や、様々な生命体の確保を目的としております。〉


 惑星の、危機?生命体の保護?


 〈当該惑星での生命体の居住が不可能となる事態が発生した際に当機は起動、当該惑星に居住する生命体を確保の後に離脱し、新たな居住可能惑星の検索を行いながら航行します。〉


「航行って事は、船なの?いや、それより、それって・・・星間航行って、事?」


 黙って聞くつもりだったけど、思わず呟いてしまった。


 それに何より、とてもではないが看過出来ない言葉を使っていなかっただろうか?


「それと、生命体の居住が不可能になったって、どういう事・・・なの?」


 〈はい、当機は星間航行を目的とした船舶です。当該惑星上にて惑星の運行に深刻な影響を与える大規模破壊兵器の使用が確認されたため、当機は起動。設定されていたプランに基づき当計画を開始致しました。〉


 意味がわからない。

 いや、どちらかと言うと理解したくない言葉だった。


 〈当計画は幾つかのプランがあり、第一段階では当該惑星に居住する生命体の確保、これには植物等も含まれており・・・〉


 声の主による説明は続いているのだが、僕の頭には何も入って来ない。


 だってそうだろう?地球は滅びましたと突然言われて、受け入れる事なんて出来るわけがないじゃないか!


 〈第二段階以降はかなりの期間を要します。まず第二段階では、第一段階で確保した生命体を保護しつつ居住可能惑星を検索しながら星間航行を行います。現段階は第二段階に該当します。その際、生命体にとって有害となる放射線の影響を抑えるための改良もこの段階で施します。〉


 余りにも現実離れした事態に混乱をしている僕の耳に、改良という言葉だけがはっきりと聞こえた。


「改良って・・・まさか、僕も改造されちゃうって事?」


 〈違います。急激な変化は別の種となりますので、当計画の望むところではありません。その際の悪影響なども懸念されるため、あくまで環境に適応するために人為的な調整を行うものです。〉


 それ、改造と何が違うのかな?


 〈改良に関して、短期間での耐性付与ではなく、世代を重ねる事での耐性の獲得を促す調整となります。〉


「あぁ、なるほど。人工的な進化を促すって事か。」


 人間が宇宙空間で長期間生きるには、元いた星と同等の重力と、有害な宇宙放射線から守る事が必須だと聞いた事がある。


 コイツが言っている事が本当なら、今僕が地面に座っている事からも、重力は問題ないのだろう。


 〈その認識で問題ありません。〉


 そして、さっきの説明からするとこの中は放射線からも守られているのだろうな。


 耐性はあくまで、保険や最終的な目標の為・・・なのかもしれない。


 〈続いて第三段階になりますが、こちらには最低でも数百年かかるとの結論が出ております。居住可能惑星を発見後、入植をし再び種の繁栄をさせる事が目的となります。〉


 水が液体として存在出来る恒星からの適切な距離を公転している事・・・、所謂ハビタブルゾーンにある惑星且つ、地球と同等の質量を持った星なんて、早々に見つかる筈がないから、時間がかかるのは納得出来る。


 でも、なんか情報量が多すぎて頭が痛くなってきたかも・・・。

 それに、数百年も先の話なら僕は生きていないだろうから、三段階目は忘れていいかもしれない。


 〈では、現段階の詳しい説明と目的を説明させて頂きます。種の保存が目的ですが、長期間の冷凍保存では生命活動に深刻な影響があると予測されるため、生命活動はそのままでの確保が必要であると結論付けられております。〉


 誰の結論なのだろうか?まぁこの船を作った人のなんだろうけど・・・

 いや、まてよ?


「なら、クローニングはダメだったの?」


 僕たちの国でもクローン兵士の噂とかもあったくらいだから、星間航行が出来る程の技術があるなら、クローニングくらいは訳ないと思うのだけれど。


 〈クローン技術に関しては、生殖活動や耐性など問題がある個体が確認されている事。また種の多様性についても疑問が残るため候補にはなりませんでした。〉


 そうなの?まぁ、僕もよく知りもしない事だし、これ以上深くつっこんでも仕方ないかな。


 〈当機では幾つかの区画に分け、それぞれの区画にて他種多様な生命体を繁殖出来るように設計されています。当該惑星での知的生命体はヒトのみで、ヒトの手により改良された種の管理育成も任せる必要があります。牧畜の技術や農耕がそれに当ります。これは入植した際の技術継承の意味合いもあります。〉


 あぁ、最終的な目標のために農業や牧畜もやれって事か。だけど、僕はかなり都会に住んで居たのだから、映像ぐらいでしか知らないよ?


「僕には農業や牧畜の経験は無いんだけど?」


 〈それについては当機がサポートしますし、技術についての資料があるため、そちらを参照ください。〉


 ぶっつけ本番でやれと。それが出来たら農家は誰も困らないんじゃないかな。


「大体わかったよ。でも、ここには僕しか居ないように見えるんだけれど?」


 まさか1人で・・・。なんて事はないよね?種の保存が目的なら。


 〈当機に収容されたヒトは、現在貴方1人です。〉


「なんだって!?」


 そんなバカな。一人で人類を存続させるなんて出来る訳が無いだろう!?


 〈これには当機を建造した人物の意向もあるのですが、ヒトは寿命に対しての妊娠出産の適齢期がかなり短い事、性成熟も遅い事が問題であるため、他の生命体とは違う方法をとります。〉


「違う方法?」


 〈はい、貴方の番いとなる個体を人工的に成長促進させ肉体年齢を適齢期まで進め、その肉体年齢のまま固定し子孫を増やす方法です。〉


 うーん?ちょっとよくわからない。


「もう少しでいいから、わかりやすく説明してくれないかな?」


〈はい。成人まで肉体を数年で成長させた番いを用意し、その肉体年齢のまま固定させ、貴方の子孫を残して頂きます。〉


大分わかりやすくなったけど、超技術過ぎないか?


「そんな事が可能なの?」


 〈はい.可能です。〉


 可能なんだ・・・。


 〈ですが、知的生命体であるヒトの場合個体差が他の生物に比べて激しいため、幼生の段階から刷り込みを行ったとしても子孫を残せるかは不明瞭なため、サブプランとして複数体を用意します。〉


 それは判らなくはないかも。二次成長も人によって大分違うし。・・・ん?複数体?


 〈また、他の生物に比べ言語や知識の習得もあるため、貴方には個体の教育も行って頂きます。〉


 あれ?なんか雲行きが怪しくなったような。


「僕に育児もしろと?」


 〈はい。尚且つ、データ収集のためその個体と子を為して頂きます。〉


 さっき言ってた事が、此処に繋がる・・・と。

 いやいや、ちょっと待て。


「はぁ?子育てした上で、その子と子供を作れだって?バカバカしいにも程があるだろ!」


 何を言ってるんだコイツは!コイツを作ったヤツは、なんでそんな事をしようとしたんだよ!


 〈ですが既に当該惑星は無く、計画も開始されている為、当機では他の手段はありません。〉


「もう戻れないって事か。暫く考える時間は貰えないの?」


 どのみち、帰れたとしても僕の大事だったモノは何もないのだろうけれど、こんな話をすぐになんて受け入れられる筈もない。


 〈プランの開始までには200日ほど時間がかかるため、その間時間はあります。〉


 そういう時間じゃなくて、気持ちの整理とかの話なんだけれど、多分コイツに言っても無駄なのだろうな。


 〈プラン開始までお待ち頂く間、居住スペースがありますのでそちらをお使いください。〉


「わかった、ありがとう。」


 今はこのまま流れに身を任せるしかないのだろうか?


 それに自分で子育てをして、その子と夫婦になるなんて、色々な意味でもそんな事出来るのだろうか?


 僕はそんな事を考えながら、謎の声に案内されるままに、居住スペースへと向かう事にした。

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