箱庭少女育成計画
眠る人
第1話 もえ
〝少しだけ、思い出話を・・・しませんか?〟
〝・・・うん。〟
ーーーキミが、それを望むなら・・・
僕は今、畑で農作業をしている。
ザクッ、ザクッと一定のリズムで農具を振るいながら、土をおこす。
野菜の種を植えるために畝を作る作業をしているのだけれど、実のところ何を植えるかについてはまだ決めかねていた。
季節は夏で強い日差しもあり、汗ばむ程の陽気を感じる。
中腰だった為か腰が痛くなってきたので、そろそろ休憩をするかと汗を拭いながら背中を伸ばしていると、よく通る声が遠くから元気よく響いた。
『ご主人様!もえってなーに?』
農作業をしていた僕に駆け寄り、勢いよく飛びつきながら、目の前の少女は唐突にそう尋ねてくる。
「こらこら、いきなり飛びついてきたら危ないよ?」
抱きついてきたこの子の名は、イオリ。
実のところ名付けたのは、僕だったりする。
僕は大人振りながら彼女を嗜めつつ、腰に張り付いているイオリを引き剥がした。
何度言っても、僕をご主人様と呼ぶ変な癖も直らないんだよな・・・。
やはり、小さな子供はアニメの影響を受けやすいらしい。
深夜アニメなんて見せるべきではなかったと考えつつ、僕は言葉を続ける。
「立派なレディがいきなり飛びついてきちゃいけません。」
『だって!ご主人さまに教えてほしかったんだもん。』
僕の注意に、イオリは少しむくれながらそう言い返す。
「ここには色んな道具があるから、イオリが怪我をしないか心配なんだよ。人に心配させるような事をしちゃいけないよ?わかるかい?」
『はーい。』
そっぽを向きながら返事を返しているけれど、本当にわかっているのだろうか?
まだ幼いイオリには農具の危険性はわからないかもしれないなと、内心やれやれと思いながらも、やや不貞腐れた様子の彼女に尋ねる。
「それで、なんだっけ?〝萌え〟って何かだったかな?」
『うん!かわいいお洋服を着た女の子がたたかってたら、まわりの男の人がもえーっていってたの!なんのことなのかな?』
「イオリはまた僕の深夜アニメコレクションを勝手に見ていたんだね。それはまぁ、いいか。」
本当は良くは無いのだが、僕も慣れない事で忙しいからアニメを見て大人しくしていてくれる事自体は助かる。
あのアニメに変なシーンはなかったよな?等と考えつつ、僕は彼女の疑問に答える事にした。
「萌ねぇ、難しい質問だなぁ。」
『むつかしいの?』
「そうだね、本来使われていた意味と、イオリが聞きたい意味とじゃ全く別のモノになってるからね。」
『んー?』
よくわからないらしい。
「本来は草木等の新芽が芽吹くっていう意味で使われてたんだけど、ある時期からかわいい女の子キャラとか、ドジっ子属性とかがあるキャラにも使われるようになってね・・・』
『ごしゅじんさま?』
「あるアニメの主人公の名前がモエで、それが原因だとも言われているけど、そんなのはどうでもよくて、全人類共通で本来持っている感情の一つだと思うんだよ僕は!」
『よくわかんない。』
「例えば・・・例えば、そう!子犬とか、子猫とか!そういう庇護欲をかき立てられる存在を見た時!他にも・・・」
問われた内容が内容だけに僕は熱くなってしまい、暫くの間早口で目の前の幼女に話続けていた。
「・・・だと思うんだけど、イオリはどう思う?」
『よくわかんない!』
かなりむくれた表情をしながら、怒り気味に答えたイオリを見て、僕はハッとする。
何を子供相手に熱く語っているんだ・・・僕は。
「またやっちゃった・・・。ごめんね、イオリ。」
『ごしゅじんさまがなにいってるのか、よくわかんない!』
「本当にごめん・・・。許して、くれないかな?」
『しらない!ごしゅじんさまのばかー!』
そう怒鳴り声を上げながら、彼女は家の中に走っていってしまう。
ダメだ、アレはかなり怒ってる。
「これは不味いな。また僕のコレクションに悪戯でもされたら、不味い。」
このままでは、最悪の事態が起こってしまうかもしれない。
その前に何とかしなければと思い、僕はイオリを追いかけ、家の中へと向かった。
僕達の我が家は、少し開けているが周囲に建造物が全く無い野原にポツンと佇む一軒家で、二人で暮らすには不用ではないかと思える5LDKの広さがある。
見た目に関しても、近代的な平家だ。
内装は一般的なマンションと変わらずフローリングに白い壁紙なのだが、周りに道路も民家もない場所では、このあまりにも近代的な建物は住み始めてひと月程経った今でも、違和感を覚えてしまう。
そんなまだ生活感の薄い我が家に、イオリを追いかけ中へと入ると、ふいに誰も居ない筈の空間から呼びかけられた。
〈おかえりなさい。ご主人様。〉
時間は、まだ昼前の為家の中は明るいので、幽霊等ではない。
「ただいま、ノア。」
声の主に僕はそう返すと、そのままイオリの行方について尋ねた。
「イオリは僕の部屋に行った?」
〈はい。〉
抑揚の無い声で簡潔な答えが返ってくる。
僕はその声の主にありがとうとだけ返し、家の一番奥にある自分の部屋へと急ぎ向かった。
破壊の嵐が巻き起こる前に、イオリを止めなくてはいけないからだ。
「入るよ!」
部屋の中に居るであろうイオリに、確認を取らずドアを開け中に入る。尤も、自分の部屋なので、本来必要は無いのだが・・・。
すると、丁度イオリが何かを手に持ち壁に向けて大きく振りかぶっている所だった。
何とか間に合ったらしい。
「やめろぉ!」
僕は悲鳴に近い声をあげながら、イオリの手に握られたフィギュアを取り上げ、イオリを抱きしめて彼女の動きを封じた。
そうでもしないと、別のフィギュアが犠牲になりかねないぐらいに、暴れてしまうからだ。
絵面は完全に犯罪者のソレだが、今は緊急事態だから仕方ない。
『はなしてっ!とめないでっ!』
「止めなきゃイオリが、僕のフィギュアをまた壊しちゃうでしょ!」
『はーなーしーてー!』
「やだ、離さない!修復するの大変なんだから!」
こうした問答を少しの間続けていると、腕の中のイオリが抜け出せないと悟ったのか、次第に大人しくなる。
ただ、涙目でかなり睨まれているのは気のせいではない。
『ごしゅじんさまのばかー!』
「本当にごめんね。」
この絵面は警察に見られたら不味いよね?と考えながらも、イオリを抱きしめつつひたすら謝る。
なんせ17歳の高校生が、見た目5歳くらいの女の子を抱きしめているのだから。
イオリを落ち着かせるためとはいえ、背徳感のようなモノを感じながらも、宥めすかす。
僕は一人っ子だから、妹や弟が居たらこんな感じなのだろうか?
暫くの間そうしていると、次第にぐすぐすという声だけが響くようになったので、出来るだけ優しく彼女の頭を撫でた。
頭に手を乗せた時に、イオリは身体をビクッとさせたのだが、撫で続けるうち段々と落ち着いてくる。
フィギュアが壊れていないかを確認しつつ、再び暴発させないように再度イオリに謝りながら抱きしめた腕を緩めた。
「ごめんね、寂しかったよね。」
『うん。よくわからないし、お話しきいてもくれないし。』
「本当にごめんね。もうしないよ。」
『もうしないって、このあいだもいってたー!』
そうだっけ?と惚けながら、イオリの頭を撫で続ける。
『ごまかしたー!ごしゅじんさまいつもそうだもん!』
「うん、いつも本当にごめんね。」
『もうしない?』
「うん、しない。約束するよ。」
『なら、ゆびきりね!』
昔からよくあるおまじないだ。
僕も小さい頃両親や友達と約束する際によくやったものだ。
・・・針千本飲めと言われなくてよかった。
「それにしても、イオリ?前にも言ったよね?物は壊しちゃダメだよって。」
自分の事を棚に上げて、そんな事を言う資格はあるのかと己に問いかけながら、彼女に出来る限り優しく問いかける。
僕自身がまだまだ未熟なのはわかっているけど、物に八つ当たりするのはダメだと思うから、彼女の為にもその部分は置いておいても叱るしかない。
『でもー!』
「でもじゃありません。悪い事した時は何て言うの?」
『・・・ごめんなさい。』
素直にそう謝ったイオリがあまりにもかわいくて、再び頭を撫で始める。
「なら、これで仲直りね?」
『えー?じゃあ、ご主人さまもわるいことしたら、なんていうの?』
「うん。ごめんなさい。」
『よくできましたー!』
僕が謝ると、イオリは僕の頭へと手を伸ばしながら、僕の真似をする。
・・・この子の笑顔が、僕の生きる糧なのかもしれないな。
そんな事を考えながら、僕はイオリのやりたいようにさせる事にした。
『ねー、ごしゅじんさま?』
僕の頭を撫でる事に飽きたらしいイオリが、再び僕に問いかけてくる。
「何かな?」
『それで、もえってなーに?さっきは、よくわかんなかったの。』
そう言えば、先程のアレだときちんと質問に答えたとは言えないな。
だから、今度は熱くなり過ぎないよう気をつけつつ、答えてあげなくては。
「そうだね、今僕がイオリに感じている気持ちかな?」
『きもち?よくわかんない!』
「イオリが大好きだって事だよ!」
そう言ってから、僕はまたイオリを優しく抱きしめた。
他に表現のしようのない気持ちが僕の中に湧いてきていて、思わず泣きそうになってしまい、そうやって誤魔化してしまう事にしたんだ。
この気持ちがなんなのかは、寧ろ僕が教えてほしいくらいだよ。
そうして抱きしめていると、イオリも顔を赤くしながら、そっと抱きしめ返してくれて、ますます僕は泣きそうになる。
多分僕のこの気持ちは、さっき自分が語っていた事とは違うのだろう。
きっと、もっと大事な感情なんだと思う。
『そっかー。ご主人さまもイオリのことだいすきなんだー。』
そう言いながら耳までも赤く染めつつ、イオリはモジモジしていた。
恥ずかしいのかな?
『じゃあ、イオリもまほうしょうじょになれる?』
「えっ?」
『ごしゅじんさまは、イオリにもえーってなるんだよね?』
「うん。イオリはかわいいからね。」
『なら、イオリもまほうしょうじょだよね!』
なるほど、そうきたか。
ひと月前は、まともに話す事も出来なかったのに、ノアの言っていた通り驚くくらい彼女の成長は早いようだ。
「そうだね、魔法少女まじかるイオリんだね。」
そんなイオリの成長に驚きながらも僕がそう返すと、満面の笑みで彼女はこちらに抱きついてきた。
『ごしゅじんさまだいすきー!』
「僕もだよ。でもさっき、イオリにばかーとかきらいーって言われたなぁ。ショックだなぁ。」
イオリの言葉に凄く恥ずかしくなってしまった僕は、胸の奥から沸き上がってくる熱いモノを誤魔化すために、ワザと落ち込んだフリをしながらそう言うと、イオリは凄く焦った様子になる。
『いってないもんー!ぜーったい、いってないもんー!』
その様子を見ていると、僕は思わず笑ってしまった。
『なんでわらうのー!』
僕が笑ってしまった所為で、また怒ってしまいそうな雰囲気を感じた為、僕は素直に謝る事にした。
「そうだね、言って無かったよね。じゃあ、そろそろ僕は畑に戻るよ。また一人でお留守番出来るかな?お昼は用意してあるから。」
『んーと。いっしょにいっちゃだめ?』
「いいけど、座って待ってる事しか出来ないよ?」
『だいじょぶ!まてるよ!』
「なら、一緒に行こうか。ついでにお昼を持って行って、畑で一緒に食べよう。飽きたらお家に戻っていていいからね?そうだ、今度種を植える時は手伝って貰おうかな?」
『わーい!おてつだいするー!なにつくるの?』
「そうだなぁ・・・ノアに相談してみようか?」
『とうもろこしがいいー!』
「今から植えても間に合わないよ。」
保存の効く野菜についてや、その育て方を姿の見えない声に相談しつつ、僕の大事だった人の面影を持つイオリと話をしながら、僕は思う。
今度こそちゃんと守らなきゃって。
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