第16話 かぞく ②
その日から僕は、彼女達の何気ない仕草や表情を眺めると、ドキドキしてしまうようになってしまった。
今までと二人の何かが変わったわけではないのに、僕自身が少し変わったからなのだろう。
僕に何が起きたのかは、わかっている。
まだ、罪悪感はあるけれど。
そうして複雑な想いを抱えながらも二週間が経った今日、新たな家族を迎えに行く為に僕達は培養区間を訪れていた。
「楽しみですね兄上、姉上。どんな子達なんでしょう?」
『少し不安もありますけれど、やっぱり妹が増えるのは嬉しいですね。』
「きっと、いい子達だと思うよ。」
・・・今更だし、言っても仕方ないから言わないが、何故また女の子なのだろう?
本当にノアの目的が分からない。
『それで、ご主人様?二人の名前は決まっているんですか?』
ずっと疑問だった事の一つを改めて考えていると、何故か含み笑いを浮かべたイオリがそんな風に尋ねてくる。
「ん?そう言えば、まだ言って無かったっけ?シホとマホ、だよ。名前は少し前にノアに付けるように言われてたんだ。」
「あ、兄上・・・そう言う事も、もう少し早く教えてください・・・」
僕の言葉を聞きサオリは少し残念そうに答えたが、何かあったのかな?
『サオリちゃん、名前考えちゃってましたからね。ご主人様の事だからもう名付けてるとは思いましたが・・・面白いので黙ってました。どんななま・・・っ!』
「あ、姉上!しーっ!」
顔を真っ赤にしたサオリが、慌ててイオリの口を手で押さえこむ。
・・・なるほど。僕が言い忘れていたから、まだ名前が無いと思っていたのか。
それは悪いことをしてしまったな・・・。
「ごめんね、サオリ。ありがとうね。」
そう伝えながら、まだイオリの口を塞いで慌てているサオリの頭を優しく撫でた。
最近ボーッとしすぎだな。
もっとしっかりしなければ。
「兄上!姉上の言った事は忘れてください!」
「うん。僕は何も聞いてないよ。」
『むぐ!』
「・・・そろそろ、イオリを離してあげて?ちょっと苦しそうだからさ。」
かなり力を込めて押さえられていたのか、解放された後もイオリはぐったりとしていて、サオリは余計な事を言うからだと言わんばかりにイオリを睨む。
『非道い目に合いました・・・サオリちゃん、もうちょっと加減して・・・』
「あ、姉上が意地悪を言うからですよ!』
「まぁまぁ、僕が悪かったんだから。二人ともごめんね。」
「兄上はもっと反省してください!」
僕も怒られてしまった。
まぁ、当然だよね。
相変わらず寒いくらいの培養区画ではあるが、こんな風に賑やかに会話をしながら、端末に記された目的の部屋へと辿り着く。
「ここか。」
『ちょっと・・・ドキドキしますね。』
「そうだね。ノア、着いたから開けてほしい。」
〈かしこまりました。〉
ノアに頼んだのはこの部屋は何故かパネルが無く、僕の端末では開けられなかったからだ。
端末に呼びかけると、一拍程の間を置いて音もなく扉が開く。
すると、温かい空気が通路側に流れる。
そこは白い壁面に、赤いカーペットのようなものが敷かれている20畳程の部屋になっていた。
中央付近に大きめのベッドが見え、積み木やぬいぐるみ等のおもちゃが散らばり、モニターやテーブル、そして海でも見た白い人形がベッドの付近に立っている。
・・・だが、肝心の子供達の姿が見えない。
『・・・誰もいないように見えますが?』
「とりあえず、中に入ろうか。」
入り口にずっと立っている訳にもいかず、とりあえず三人で中へ足を踏み入れる。
するとーーー
「「はじめまして、だんなさま。」」
「ひゃっ!」
『きゃっ!』
「うわっ!?」
突然至近距離から声を掛けられ、僕達三人は思わず驚きの声を上げてしまう。
慌てて声のした方向に視線を向けると、通路からは丁度死角になる位置に二人の少女が並んで立ち、こちらを見上げている。
びっくりした・・・。
サオリなんかは驚きすぎた為か、イオリの背中に隠れてしまっているし・・・。
「やったね、しーちゃん!」
「うん!せいこうだね、まーちゃん!」
そんな僕達を見て悪戯成功と言わんばかりに、笑顔で顔を見合わせている二人。
髪はどちらも肩よりも長く、顔つきは二人共違うが、どちらもかわいらしいと言える顔立ちだ。
身長は7歳相当ぐらいだろうか?
「キミ達が・・・シホと、マホ?」
「「はい!だんなさま!」」
少女達は名前を呼ばれて、嬉しそうに僕の腰あたりに抱きついてくる。
・・・今度は、旦那様呼び?
言葉通りの意味じゃないよね?
『どちらがシホちゃんで、どちらがマホちゃん?』
イオリの問いに二人は少し居住まいを正しながら、僕から離れ向かい合う。
僕も名前を考えただけだから、どちらがシホでどちらがマホなのかを知らなかった為、丁度聞こうかと思っていた所だ。
「失礼しました。ボクがシホです。」
青い髪で、吊り目がちのこの子がシホらしい。
「マホがマホです!」
黄色い髪で、イオリより垂れ目なこの子がマホか。
髪の色は培養液の影響だとはわかっているけれど、改めて見ると凄い色だよな。
ここに来るまで赤や緑の髪の色なんてあんまり見た事がないよ。
染めている人のと違って、ツヤがあるし。
『私はイオリ。こっちはサオリちゃんですよ。』
「イオリねぇさまに、サオリねぇさまですね。」
「イオリおねえさまに、サオリおねえさま!マホおぼえた!」
シホは丁寧にお辞儀をしながら、マホは元気よく片手を上げながら答える。
『かわいい!シホちゃん、マホちゃんこれから宜しくね?』
「シホちゃんとマホちゃん、かわいいなぁ。二人共よろしくね。あたしがサオリちゃんですよー。」
「「はい!よろしくおねがいします!」」
「こちらこそよろしくね、シホ、マホ。」
この二人なら、イオリとサオリとも新しい姉妹として仲良くやってくれそうだな。
「・・・ところで二人共、兄上を旦那様って呼ぶのは、どうして?」
一通り自己紹介を終えた後、サオリはシホとマホが僕を旦那様と呼ぶ事が気になったらしく、二人に尋ねる。
「それは、ボクたちだんなさまのおよめさんだからです。」
「えっと、マホたちだんなさまのおよめさんだからなの!」
「えっ?!」『えっ?』
「えーと・・・」
これは、どうしたらいいんだろうか?
『ご主人様?一体どういう事でしょうか?』
「兄上。一体コレはどういう事ですか?」
イオリとサオリは冷気でも感じそうなくらい冷たい目でこちらを睨み、怒りが若干篭った声色で僕を問い詰めた。
二人の目線が、怖い。
「僕も知らないよ!そんな話聞いていないし!」
ついマホとシホを見るが、二人はよくわからないと言う顔をしている。
まさか、これがノアの教育なのか?
僕がイオリ達に睨まれていると、マホとシホは言葉を続けた。
「おねえさまたちといっしょにおよめさんなの!ねー?しーちゃん?」
「はい。ねぇさま方もおよめさんだといわれました。」
『そうなの?』
「あたし達も?」
シホ達の言葉で、二人は少し照れたように顔が赤くなる。
いやいや、キミたち子供の言う事に惑わされすぎだよ・・・まぁ、何でそうなったのかは、二人にそう教えたであろう存在に聞くしかないか。
「少し、待ってね。ねぇノア?何故シホとマホが僕のお嫁さんになるとか言ってるの?答えて欲しいんだけど!」
・・・返事がない。
どういう事だ?
聞き方が悪かったのか?
「ノア!お願いだから、二人に何を吹き込んだのかを教えてよ!」
〈教育の内容は開示出来ません。〉
えっ・・・?それだけ?
こうなったら、直接シホとマホに聞くしかない。
「ねぇ、シホ?ここで何を教わっていたの?」
「ごめんなさい。言っちゃダメだとおそわりました。」
とっくに口止め済みらしい。
だがマホなら、言ってくれそうな気がする。
「ねぇマホ?何を教えてもらってたの?」
「えっと、あかちゃんのつくりかたとかいっぱい!」
「ブフォ!」
「まーちゃん、言ったらだめだよ?」
「ごめんね、しーちゃん。」
マホのあまりにも予想外の回答につい吹き出してしまったが、二人はノアにそんな事を教えられているのか?
少し居た堪れなくなり思わずイオリとサオリを見るも、何故かイオリ達も様子がおかしい。
恥じらうのではなく、気まずそうに僕を見ている。
『えぇと、ご主人様?申し訳ないんですが・・・』
「兄上、その辺りの知識って、あたし達も教えられてるんですよ。」
「そ、そうなの?」
キミら、わかってて裸で僕に抱きついたりしてたの?
『男性の生理現象やらは後から学んだ部分が多いですが、知識としては培養槽に居る時から教えられていますね。理解したのはここ1年ぐらいなんですけれど。』
「あたしもわかってきたのは最近なんですけど、姉上と同じです。」
やけに積極的な事をすると思ったら、そういう事だったのか。
「後、言いづらいんですけど・・・ノアって、兄上がおもむっ!」
『サオリ!それはダメ!』
イオリが凄く怖い顔をしている?
凄く真剣な顔でサオリの口を押さえて、サオリもはっとした表情をしていた。
ノアがどうしたって?
・・・あれ?
そう言えばイオリ達の口から、ノアって名称を初めて聞いたかもしれない。
不自然なくらいに、聞いた事がないぞ?
僕が呼びかけているのも見ていたし、ノアの声を聞いたりもしているはずなのに、何故?
端末を付けていないからだと思っていたけれど、普通に考えたらおかしい。
・・・そういえば、海の家でノアのヒトガタが動いた時、イオリだけ驚き方が違っていなかったか?
他にも、おかしな点はあった。
沢山の違和感というか・・・呼びかけて居ないのに、話しかけられた事もあった筈だ。
それに、さっきもイオリがおかしな事を言っていたような?
男性の生理現象を、後から学んだ?
誰から?
成人指定のものはタブレットには入っていないので一切見せてはいない筈だし、そんな事まで教えてはいない。
・・・僕は何か、見落としているのだろうか?
そこまで考えると、言いようのない不安が襲いかかってくる。
「・・・どういう事なの、ノア?」
湧いてきた不安から思わず口をついて出た言葉に、イオリがしまったと言いたげな表情をしている。
サオリも顔を背けていた。
二人の反応からも間違いない。
これは、何かがある。
〈仕方がありませんね。〉
「はっ?」
ノアから返ってきた言葉が、理解出来ない。
ノアに仕方ないとか言われた事なんて、無かったから。
〈先程のマホとシホの発言から危惧しておりましたし、たまに当機自身の失敗もありましたので、いずれは発覚するとは想定しておりました。〉
「何を言っているんだ・・・ノア?」
本当に、理解が追いつかない。
〈貴方を騙す目的はありませんでした。当機は質疑応答の為の人工知能ではなく、本来は製作者の補助をする為の存在で、人格をプログラムされています。故に、影ながら彼女達の補助をしておりました。〉
騙す、つもりは・・・無かった?
僕以外は知っていて、裏でコソコソ話をしていたって事だろ?
僕に気付かれないように?
・・・それは、充分騙していたって事じゃないのか!?
「・・・僕を、騙す目的は無かっただって?・・・現に、今まで騙していただろうが!!」
湧き出した怒りが抑えられず、つい声を荒げながらノアへ言葉をぶつけると、初めて聞く僕の怒鳴り声にイオリ達が僕に怯えたような視線をこちらへ向ける。
マホとシホに至っては身体を寄せ合いながら、震えていた。
〈伝えなかった事は謝罪致します。ですが、貴方に当機の人格を説明していない事については、貴方の為人の観察のため、また感情面の補助が必要なのはイオリやサオリといった培養された個体であると判断した事が、当初の理由です。〉
「・・・当初の?」
他にもあるのだろうか?
〈はい。彼女達が成長するまでは干渉が必要が無かったため行いませんでした。しかし、現状のままでは彼女達に干渉しないと一向に関係が進展せず、計画が破綻しかねないと判断しました。その為、彼女達に様々な知識を伝え、貴方と二人を同時に結びつけるよう画策しましたが、イオリとサオリは貴方をどちらかで独占しようとしていた為、マホとシホには全員が貴方の花嫁であると説明しました。〉
「干渉って・・・」
確かに、性的な知識とかも必要だろうし、それを僕が教えるのは正直ちょっと・・・とは思うが、それを抜きにしても何を言ってるんだノアは?
まさか本当にハーレムを作らせるつもりだったのか?
〈貴方に関係への干渉が発覚した場合、反発され誰とも結ばれる事が無くなってしまう恐れがあったため、イオリとサオリには口外を禁じざるを得ませんでした。故に、イオリ達に落ち度はありません。〉
何故そこまでして、僕とイオリ達をくっつけようとするのかも分からない。
・・・それに、この言い方だとイオリ達を庇っているようにも聞こえないか?
〈なお、当機の干渉は貴方がたが海洋区画へ行った後からですが、相談や知識の伝達自体は彼女達が培養槽を出てからです。イオリのみ観察のために補助を開始する時期が遅くなっております。〉
最初から補助をしていた・・・という訳でも無い?
ノアの言葉で思わずイオリへ視線を向けると、イオリは不安そうな表情のままノアの言葉を肯定するように頷く。
『はい、ノアの言う通りです。あの海での喧嘩の後、ご主人様が仲直りをして欲しいと言った日に、私達の仲直りのための提案をノアから初めてされています。でも、干渉があったと判ると、ご主人様がノアの存在に疑問を持つかもしれないとも言われたので、黙っていました。』
「・・・あの時、か。でも、その前から補助していたのなら、僕に隠す必要はないんじゃないか?」
いや・・・?
果たして、知っていたとしたらこんなに怒らなかっただろうか?
余計な事言うなって怒ってしまった可能性が無いとは言えない。
干渉があった事だって、喧嘩を彼女達自身に解決させようとしたけれど、もしそれが上手くいっていなかったらとしたら、どうだろう?
原因がどうであれ、あの時の僕はイオリとサオリだけの問題だとして、関わろうとしていなかった。
誰かが介入しなければ解決しない事ぐらい、僕にだって経験はある。
それに、これらの話が本当なら色々な部分に合点がいかないか?
一年半程前に言動がまだ幼かったイオリが、お粥を一人で作った頃から急激に成長したと感じるようになった。
その成長を促す事を、僕だけで本当に出来たと言えるのだろうか?
それは、ノアが本格的に補助をしてくれていたおかげなんじゃ無いのか?
・・・というより、あの出来事そのものが、ノアの助力があったからなのだと今更ながらに気付く。
〈彼女達にも明かしたくない感情や、話せない内容はあります。それを彼女達が抱え込んでしまわないように、導いてくれる存在がここにはおりません。また、そのような存在が居たとして、貴方に開示する事が得策とも思いません。〉
「・・・僕自身が、ノアに全部投げてしまう可能性があったから?」
自分で口に出してから気付いたが、確かにそれは無いとは言い切れない。
事実、僕達の生活はノアが居なければ成り立ちやしないが、それに胡座をかいて全てを押し付けていた可能性は、今の僕ならばまだしもここに来た当初の僕だとしたら・・・どうだ?
まだサキの事ばかり考えていて思考を放棄しがちだった僕なら、言い訳をしつつやりかねなくないか?
そして、ノアはそれを見ていたから干渉をしたり、僕へ黙っているように言わざるを得なかったのでは?
〈はい。当機はあくまで彼女達の補助と、生物の繁栄を目的としております。〉
「ハーレムを作れってのは今は置いておくとしても、言われてみれば確かに大人が居ないこの状況において、誰かの補助無しでイオリやサオリが健全に育ってくれるとは・・・確かに思えないね。」
置いておくようなものじゃない気もしたけれど、今はそんな事よりみんなに謝らなきゃいけない。
騙されたも何も、僕がこんな調子だから誰も言えなかっただけだと、やっと気付いたからだ。
〈はい。ご理解頂けたのなら、幸いです。〉
「ノア、怒鳴ってごめん。」
〈伝えなかったのは当機です。故に謝罪は必要ありません。何より、貴方が二人や当機へ教えた事が多いのも、確かです。〉
「・・・それに、イオリ、サオリ、シホ、マホ。・・・怖がらせてしまって、本当にごめんなさい。」
僕は、まだ泣いているマホやシホ、同じく泣き出しそうなサオリ、そして心配そうな顔をしているイオリに顔を向け、頭を下げた。
自分の子どもっぽさが嫌になる。
だからノアの補助が必要だったんじゃないか。
『・・・ご主人様に嫌われてしまうかと、思いました。』
「あたし・・・兄上と一緒にいていいの?」
僕の様子を見てイオリとサオリは少し安心したようだ。
彼女達は悪くないというのに、僕は自分だけ騙されていたと思って怒り、そしてイオリ達を怯えせてしまった。
「僕の方こそ、皆に嫌われてしまっても仕方がないよ。」
「嫌ったりなんてしません!」
『サオリちゃんの言う通りですよ。』
「・・・こんな僕でも側にいてくれるのなら、もう怖がらせるような事はしないと約束する。」
もう、こんな怒り方は絶対にしない。
イオリ達のこんな表情は、見たくない。
『ご主人様の怒りはもっともです。貴方だって、色々あって一人になってしまって、私達が成長するまでずっと頭を抱えながらも、それでもなお頑張っていたのを私は見てきましたから。』
「あたしも、です。」
『私達も、相談や助言を貰っていた事が貴方にバレてしまったら、その行動が私達自身の選択であったとしても、操作されているとご主人様が感じて、嫌われてしまうんじゃないかって怖かったんです。黙っていて、ごめんなさい。』
僕をまっすぐに見つめ、イオリは謝罪をした。
でも、謝らせたかったわけじゃないんだ。
「イオリ達は、何も悪くないよ。だから、謝らないで。補助が必要な事なんて少し考えたら判る筈なのに、騙されたと思い込んで一方的に怒鳴ってしまった僕が悪いんだよ。」
改めてイオリとサオリに謝罪してから、一番怖かったであろうマホとシホと向き合う。
マホとシホはお互いを抱きしめながら泣き、震え・・・怯えていた。
この子達も悪気があるわけも無く、ただ僕達に会えるのを楽しみにしていただけのはずなのに、僕はなんでマホとシホの前でみっともなく怒鳴ったのだろう。
情けない・・・。
マホとシホへ近づいて、二人に目線を合わせるように屈み、出来る限り優しく話しかける。
「マホ、シホ、怖がらせて本当にごめん。折角こうして会えたのに、キミ達を泣かせてしまって、本当にごめんなさい。」
そう謝罪をして、僕はマホとシホへ頭を下げた。
「だんなさまもうおこってない?」
「うん。怒ってないよ。」
マホの問いにできる限りの笑顔で頷く。
「だんなさま、ボクたちきらいじゃない?」
「うん。嫌いになんて、なる筈がないよ。」
シホの問いにも頷き、二人の頭を撫でる。
伸ばした手が触れた瞬間、シホ達はびくりと身体を強ばらせはしたものの、少しして安心したのか二人は先程より大声で泣き出してしまう。
僕は暫くそのまま頭を撫でながら、マホとシホが落ち着くのを待った。
「マホたち、だんなさまとあそびたかったの!ノアちゃんおにんぎょうさんだから、マホたちとじょうずにあそべなくて、だんなさまがむかえにきたら、いっしょにあそべるよって言ってたの!」
「そっか・・・遅くなってごめんね。」
泣き止んでくれたマホとシホは、僕に抱きつきながら楽しそうに話す。
その様子を見ると、もう泣かせたく無いと強く思う。
「さみしかったですけど、ボクたちだんなさまとねぇさまたちと、これからいっしょにいられるんですよね?」
『勿論ですよ。これから一杯遊びましょうね。』
「あたしも!マホちゃんやシホちゃんと遊びたいよ!」
オモチャって何処かにあるのかな?
そんな事を考えていたら、マホが恐る恐る僕に尋ねてきた。
「ねぇ、だんなさま?ノアちゃんはいっしょにいけないの?」
白い人形を指差しながら、マホは尋ねる。
シホもその様子を見ながら、やや不安そうな顔をしていた。
「うーんと・・・」
海の家で聞いた話だと人形って確か、特定の範囲でしか動けないんじゃなかったかな?
となると、仮にあの人形を持って行ったとしても、ノアは操作出来ないだろう。
でも、この子達にとってあのヒトガタが遊び相手でもあったようだから、居なくなると寂しいというのはよく判る。
どうしたものかな・・・。
そんな風に僕が答えに詰まっていると、マホとシホは再び泣き出しそうな顔になった。
「だんなさま、ノアちゃんきらい?」
「さっき、ノアにおこってたからだめなんですか?」
「ち、違うよ?!あのノアはね、このお部屋でしか動けないから、連れて行っても遊べないんだよ。」
僕は慌てて連れて行けない理由を話すが、二人は泣きそうなままだ。
困ったな。
「ねぇ、ノア?なんとかならないかな?」
こういう時は、ノア自身に聞いてみよう。
〈可能ですが、よろしいのですか?〉
「・・・え?可能なの?」
〈はい。そちらの人形では不可能なのは間違いありません。しかし、充電式の機体もありますので、そちらならば何処でも活動は出来ます。ただ、多少の精密動作や、表情の表現が可能な分、消耗が激しく、充電場所から離れると長時間の稼働は出来ません。〉
よろしいのですかと聞いたのは、多分僕がさっき怒ったからだろう。
・・・だがそうか、一緒に暮らせるのか。
僕はどうするべきかと悩みながら、イオリとサオリにも確認しようと思い、二人に顔を向ける。
すると、イオリ達も僕の様子を伺うように見ていて、少し困った顔をしていた。
『私達にとっても、姉であり、先生のようなものなので、私とサオリちゃんに異存はありませんよ。』
「そうですね姉上。マホちゃんやシホちゃんを思うと、一緒にいた方がいい気がします。」
・・・二人とも、僕に気を使って困った顔をしていたらしい。
「そっか・・・そうだよね、うん。シホとマホにとって僕達が来るまでノアは家族だったんだから、置いていけるわけ、ないよね。・・・ノアも、一緒に行こうか。」
〈かしこまりました。では、これから住居に運ばせて頂きます。〉
「いいの!?やったねノアちゃん!」
「いいんですか?ありがとうございますだんなさま。」
シホとマホの顔がぱっと明るくなり、嬉しそうに顔を見合わせる。
「これで、端末に呼びかけなくても良くなるのかな?ちょっと恥ずかしかったし。」
二人の様子を見て、謎の言い訳をしながら照れ隠しをする僕。
「あー・・・兄上?その事なんですが・・・」
「何かな?」
『言い辛いんですが、実はその端末に呼びかける必要って・・・無いんです。』
イオリ達は先程より困った顔をしながら、衝撃の事実を告げる。
「えっ・・・?」
「えーと、あたし達全員の近くに、ノアの観察用の小型カメラのようなものがあるんですよ。」
『はい。方舟内の殆どの場所にあるので、そんな物を使わなくても何処でも会話が出来るんです。腕の端末はご主人様の心拍数や、体温を計り精神状態や健康状態を分析するためのもので、危険があったりすると私達に警告がきます。前に倒れられた時は、温泉で外されていたので来ませんでしたが・・・』
〈音声を認識したり、通話する機能自体はありますが、当機の中では必要無いと思いイオリ達には持たせませんでした。鍵としての機能も実はありません。〉
・・・ノアのその発言は、僕への追い討ちにしかならないんだけど?
「何?という事は、隔壁もノアが開けたり閉めたりしてたの?なら何で、こんな面倒な事を僕にさせてたの?」
〈はい。当機が隔壁の開閉を行なっておりました。端末を使って何かをするのは製作者の趣味です。ただ、貴方の健康状態の把握のため、その端末は付けたままでいてください。〉
ちょっとカッコいいとか思った事もあったから、急に恥ずかしくなってきた。
顔が火照るのが自分でもわかる。
あれ?
・・・じゃあ、キスしたり、抱きしめたりしていたのも、ノアに見られて居たって事なのか?
心拍数で僕がドキドキしているのも、筒抜けだったって事なのか?
やめてー!
「まぁ・・・気持ちはわかりますよ、兄上。」
『ご主人様も・・・男の子ですから、ね。』
「あぅ。」
その生暖かい目で見るの、ホントにやめてくれませんか?
「だんなさま、かおまっかー!」
「まーちゃん、こういうときはなにもいわないであげないと。」
シホまで!?
やめてくれー!
頼むから、そんな生温かい目でみないでよ!
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