第25話 あおはる ④
「旦那さま、ボク達ずっと小さいままなんでしょうか・・・?」
「旦那さま、マホもサオリお姉様みたいにおっきくなりたい・・・」
あのお花見から三か月が経ち七月も半ばが過ぎたある日、そろそろ昼食の支度を始めようかと思い立ちあがろうとしていると突然、マホとシホが居間へと駆け込んで来て、悲痛な面持ちで僕へそんな事を聞いてくる。
正直、二人の成長が遅い事は僕も少し気になっていた。
どういう事かと言うと、イオリやサオリの身長が伸びなくなってからは久しいのだが、春頃と比べてマホやシホの身長も余り伸びてはいないのだ。
成長速度からして、彼女達の三カ月は僕にとっての一年半程に相当するのだから、その間に数センチしか身長が伸びなかった事は、まだ幼い二人にとってもかなり辛い出来事だったらしい。
とは言え、この問い掛けに僕はどう答えるべきなんだ・・・?
〈マホやシホの栄養状態に問題は見受けられない為、身長が伸びない事は個人差としか申し上げられません。〉
すると、僕達の話を聞いていたらしく、そんな風に言いながらノアのヒトガタも近寄ってくる。
突然身長が伸びる事は確かにあるけれど、身長が高めな僕が無責任にそれを言ってもいいものなのだろうか・・・?
「ボク達小さいままだと、旦那さまのお嫁さんになれません!」
「マホ達小さいままだと、旦那さまの赤ちゃんが作れないよ!」
二人ともその心配をしていたのか。
余計に答え辛いよ。
『大丈夫です!身長なんて関係ありません!ご主人様は、ちゃんとマホちゃんやシホちゃんも、お嫁さんにしてくれますよ?』
「本当ですか?ボク達、大きくなれなくてもお嫁さんにしてくれますか?」
「マホ達、ちゃんとお母さんになれる?」
無責任に肯定したくはないけれど、この子達を泣かせたくもない。
・・・となれば、このまま黙っている訳にいかないから、ここは無難な答えしかないだろう。
「大丈夫だよ。僕はそんな事で二人を嫌いになったりなんてしな・・」
「兄上は、ちゃんと二人もお嫁さんにしてくれるって言ってるよ。」
そんな心持ちを見透かされたらしく、サオリが二人と視線を合わせつつこちらの言葉を遮りながら口にした言葉に、僕は焦りを覚える。
「よかったです・・・」
「わーい!」
いやいやいやいや、言ってないよ!?
二人揃って、既成事実化しようとしていないか!?
慌ててイオリとサオリへ視線を向けると、マホとシホには見えないようにかなり怖い顔で僕を睨んでいた。
・・・確かに、この場合は仕方ないな。
二人はまだ幼いから、余り意味が分かっていないのだろうし・・・
というか、イオリ達も本当に意味分かってるのかな?
〈これは確実な訳ではありませんが、日頃から適度な運動を継続し続ける事で、骨や筋肉の刺激となり身長が伸びる場合もありますので、試してみるのも宜しいのかもしれません。〉
身長に関しては、遺伝による個人差が大きいが故にノアも断言が出来ないようで、推論や一般論でしか言えないのだろう。
こればかりは、どれだけ科学の粋を結集した存在だとしても、わかるはずのない事だから仕方がない。
「なら、身体を動かすのはこれから徐々に増やしていこうか。」
とは言え、運動・・・ね。
出来る事って結構限られているから、その中で考えるとなると何がいいかな・・・?
『そうですね。・・・でしたら、折角なのでまたあの牧場へ行きませんか?最近はあまりお出かけもしていませんし、どうでしょう?』
「ボク、お馬さんにまた会いたいです!」
「マホもー!」
なるほど、それはいい考えかも。
しかし、牧場までは二キロ程の距離だから、運動と呼ぶには少し近すぎるようにも思える。
・・・そうだ、どうせなら遠出の提案をしてみるのもいいかもしれない。
僕自身、以前から興味もあった訳だからね。
「それならさ、もっと遠くに足を運んでキャンプをしてみる・・・とかはどうかな?」
『キャンプ、ですか?』
「前から皆で行ってみたいと思ってたんだよね。・・・マホやシホも成長したし、丁度いい機会なんじゃないかな?」
「兄上、それはいい考えですね!・・・でも、何処に行きましょうか?また海にします?」
海か・・・
あの区画は素直に美しいと思えたので、今年ももうそろそろ皆で泳ぎに行きたいとは思っているけれど、決めるのは今僕の中にある考えを皆に伝えて、反応をみてからでもいいだろう。
「・・・海もいいけれど、この区画にだっていい場所があるよ。」
かなり遠いが、キャンプをするにはうってつけの場所だと思う・・・まだ行った事は無いけれども。
『いい場所・・・とは、何処の事ですか?私達、あまりこのお家から離れた事がありませんので、この区画に何があるのかは、あまり詳しくありませんけれど・・・』
「湖だよ。・・・確か、この区画の中央にあるってノアが言ってたよね?」
『湖ですか?・・・なるほど、いいかもしれませんね。』
「片道で15キロはあるらしいから日帰りは難しいけれど、マホやシホも成長してきたし、数日かけて泊まりがけで行けば大丈夫じゃないかな?」
以前ノアに聞いた話だと、家の近くの用水路はこの区画の中央の湖と繋がっているようなので、そこから上流を目指せば問題無く辿り着けるだろう。
「なるほど・・・」
「じゃあ、お馬さんには会えないの・・・?」
イオリとサオリはキャンプに乗り気な様子で頷いていた為これで決定かと思いきや、マホの呟きに悲しそうな響きがあった為に二人へ視線を向けると、マホ達は少し悲しそうな表情をしていた。
・・・そう言えば、あの日以来牧場にも行っていないんだよな。
ここ最近は畑の拡張やらで僕達が畑で忙しそうにしていたからか、マホ達も遠慮をして行きたいと言い出せなかったのだろうし、此処はなるべく二人の希望も叶えてあげたい所だが・・・
「うーん・・・ちょっと待っててね?」
確か、この腕の端末は地図機能自体ならノアに頼まなくても使えた筈だ。
そう考えて、端末を軽く操作してみると問題なく地図を開けた為、牧場と湖の位置関係を大まかに調べたのだが、見た限りでは牧場のすぐ側にも用水路の支流がある為、そちらへ向かえば牧場からでも特に迷う事は無さそうに思える。
「・・・うん、大体分かったよ。これなら途中で牧場に寄る事も出来ると思うから、湖への道中でまた皆でお馬さんに会いにいこうか?」
「本当ですか!?」
「そんなに遠回りにもならないと思うし、前みたいに長居しないなら多分大丈夫だよ。」
「やったね!しーちゃん!」
「うんっ!」
牧場に行ける事がわかって余程嬉しかったのか、二人は向かい合いながら互いの手をとり合って喜んだ。
何とか二人を悲しませずに済んだ事に、一人でホッと胸を撫で下ろしていると、ふと別の疑問が頭を過ぎる。
・・・遠出となれば彼女達の食べる物が心配なのだが、現地調達も可能なのだろうか?
それによっては滞在出来る日数がかなり変わってくるけれど・・・
「後は・・・ノア、食べられる物って湖付近にはあるの?」
〈湖畔には林がありキノコや山菜も自生しておりますし、湖自体にも魚が生息していますので、食料の調達が可能ではあります。〉
なる程・・・そうなると、魚釣りと山菜取りの二手に別れて食料確保をした方がいいか?
・・・だが、僕は釣りの経験はあるけれど、山菜やキノコの知識まではないから少し不安ではある。
まぁ、そこはサオリやイオリも居る訳だし、此処は人が暮らす為の区画故に危険度の高い物はノアがとっくに排除しているだろうから、時間を掛ければ何とかなるとは思う上に、多少なら持ち込みも出来るので大丈夫・・・か?
「そうなると、持ち込む食材を多目にして、装備類はなるべく減らすしかないかな?・・・寝るのは敷物を利用した簡易テントになっちゃうかもしれないけれど、行ってみる?」
滞在日数については食料の確保状況次第にはなると思うが、縄を数本の木に渡してそこに敷物を張れば何とかテントは確保出来るだろう。
「行きたいです!大分暑くなりましたから、寝るのは毛布を持ち込むぐらいで大丈夫だと思いますし!」
「マホも行きたい!」
「ボクも行きたいです。」
『決まりですね。勿論、私も行きたいですよ。』
どうやら、意見は全員一致したらしい。
「分かった。じゃあ、キャンプに行くのは満場一致で決定として・・・まずは、準備しないとね。」
『では、必要だと思える物を一度纏めてから選別しましょうか。』
「そうしようか。」
決まったとなるとまずやるべきは、キャンプと言えばの・・・テントをどうするか、からだろうか?
『そう言えば、寝る場所はどうしますか?先程簡易テントがどうこうと言いましたけれど・・・』
どうやら、イオリもまず活動の拠点をどうするかから考え始めたらしいが、これについては既に多少の案があるので、まずはそれを皆に伝えてみよう。
「とりあえず、三角形ないし四角形に縄を張って、上から御座をかけてテントを作ってみる・・・って考えてるんだけど・・・』
〈虫や蛇等も生息している為注意は必要ですが、今仰った内容でも大きな虫や蛇は侵入してこないように製作する事が可能かと思われます。〉
実際に行ってみるまではどんな形で作れるかわからないけれど、何度か試せば出来そうな気はする。
・・・確信はないけど、ノアも出来るとは言ってくれているから後でやってみるとしよう。
『んー・・・初めてですし、最初ぐらいきちんとしたテントを用意して貰ってもいいのではないですか?多分、ノアに言えば用意してくれますよ?』
〈はい。ご用意する事も可能すが、如何しますか?〉
イオリの言う通りノアに用意して貰うのが一番確実で、荷物も少なく出来て合理的だろう。
しかし・・・
「いやー・・・ごめん、勝手な考えで申し訳ないけれど、僕達ちょっとノアに頼りすぎだと思うから、このくらいは工夫で乗り切るべきじゃないかな?」
「頼りすぎ・・・」
サオリも思うところがあるらしく、僕の言葉で神妙な面持ちになる。
「そう。幸い敷物は皆で出かけた時に使ったものがあるんだしね。・・・勿論、イオリの案が悪いって意味じゃないんだ。」
『それはわかりますが、急にどうしたんですか?』
「うーん・・・前々から思ってはいたんだよ?ただ、僕がこういう暮らしをしてきていなかったから、分からない事ばかりでどうしてもノアの助けが必要なのは事実だし、今までも散々ノアの力を借りてきたんだけどね。・・・でもさ、だからってこれからもずっと甘えてばかりでいいのかな?」
今後、何かあった時にも全てをノアに頼るのか?
これは前々から思っていた事だが、今までは敢えて口にしてはこなかった。
というのも、イオリ達に不便を押し付けてしまうかもしれないと考えていたから・・・
・・・いや、言い訳はよそう。
単純に、僕自身が不安だったからノアに頼ってしまっていたんだ。
だけど・・・
「イオリ達にとってノアがお姉さんなのだとしたら、僕にとってもノアは家族だよ。・・・なら、尚更全部をノアに頼っていちゃいけない。ほんの少しずつでも、僕達自身で出来る事を増やしていかないと、僕達は何も出来ないままになってしまう気がするんだ。」
この発言は、決してノアへの不信感からでは無い。
・・・そう考えるようになったキッカケに不信感が無かった訳ではないとは言え、これ自体は此処数ヶ月で僕が辿り着いた答えでもある。
だからこそ・・・ノアも家族だと思うからこそ、一方的に頼ってはいけないと考えるが故に、少しずつでも現状は変えていかなければならない。
でなければ、胸を張ってノアも家族だ!などとは、口が裂けても言えないんじゃないのかな?
『・・・そう、ですね。』
そんな熱弁を奮う僕へ肯定の言葉を返した割に、イオリは何故か一瞬だけ複雑な表情で眉を寄せる。
どうしたのだろう?
僕はまた何か失言でもしてしまったのか?
「兄上らしい、ですね。」
〈畏まりました。〉
でも特に不機嫌な様子にも見えないから、僕の見間違いだったのかな?
・・・しかし、格好を付けて言ったはいいが、多分すぐにノアの助力が必要になるのだろう。
さっきの話から察するに、素人がやってはいけないキノコの同定が必要になるかもしれないし、現状だと釣竿すら持ってはいないのだから。
「ごめんね。皆には、僕のわがままで不便な思いをさせてしまうかもしれないけど・・・これからは、出来る限り皆と相談して、ノアの力はなるべく借りないようにしていきたいんだ。」
・・・とは言え、その一端で春先の相談の最中に種取り用の作物の育成も僕からノアに提案したのだから、少しずつやれる所からでも現状は変えていこう。
『私は構いませんし、迷惑とも思いませんよ?』
「あたしも、兄上は間違っていないと思います。」
「ありがとう。」
豆腐を作った日に、イオリに言われてから考えたんだ。
あの時は上手く言葉に出来なくて誤魔化してしまったのだけれども、それからは何度も自問自答を繰り返している。
このまま、漫然と今の生活を続けるだけで本当にいいのか?・・・と。
少しずつでも何かを変えていかなければ、文字通り生かされているだけなのでは無いのか?・・・と。
これらの問い掛けに、答えや意味なんて無いのかもしれないけれど、これからも自分に問い続けていこうと思う。
きっと、それがノアの力を借りて生きている僕達に出来る、数少ない事だと思うから。
そうやって皆との相談を終えた後で、僕は早速家の側の森で試しにテントを作ってみた。
・・・ところまでは、良かったのだがーーー
『どうですか?上手く出来そうですか?』
ただ縄を張るだけではどれだけ強く張ったとしても、自重と敷物の重さでどうしても縄の中央部分が弛んでしまう為、長時間形を維持出来るようには到底思えないのだ。
「・・・いや、これだと寝ている間に潰れちゃいそうだね。」
様子を見に来たイオリへため息混じりに返しながら、僕は何がダメだったのかを考える。
ノアは出来ると言っていたから、多分やり方が悪いのだということは流石に理解出来るが・・・
とは言え、敷物の端を引っ張ってから荷物で押さえておくにしても限界があるし、そもそも縄が荷重に耐えられていないのだから、流石に他にも何か手を打たないといけないのだろう。
支柱を足してみるか?
それとも、もう少し小さく作ってみるべきだったかな?
しかし、幾ら小さく作ったとしても、僕の分と皆の分を合わせて二張のテントを立てるとなれば、どの道今度は荷物の量も問題になるな・・・
どうしたものか。
『五人で寝るとなるともう少し大きさが欲しいですね。でも、そうなると流石にもっとしっかりとした支えも必要でしょうか・・・』
イオリは張ってある縄に、体重を軽くかけつつ確認しているのだが・・・ちょっと待って?
彼女の中では、既に一つのテントで全員が寝泊まりする流れになっている気がする。
いや・・・まぁ、そんなものは今更か。
二張のテントを作るよりかは、一張に絞って多少大きめに作った方が荷物も減るかもしれないしな・・・
「んー・・・そうだなぁ・・・」
少しの間二人で悩んだ後、試しにと畑で使用している鉄製の杭の何本かを、支柱代わりとして使ってみる事にした。
「・・・これで上手くいくと思ったのになぁ。」
しかし、それぞれの縄の中点に支柱を足してみた所で、どうにも思ったような形にはならない。
『んー・・・では、こうしてみるのはどうでしょう?』
僕の作業を見ていたイオリは、何かを思いついたらしくそう言うと、先程僕が中点に足した支柱へ新たに別の縄を括りつけた後で、それぞれの向かいにある杭へとその縄を伸ばし、縄が交差する場所に更にもう一本の支柱を立ててから、伸ばした縄を全て中央の支柱に巻きつける。
『かなり不恰好ですけど、椅子を作った時にも格子状に筋交を入れた事を思い出してやってみたのですが・・・どうでしょうか?』
「・・・なるほど。これならなんとか長時間保ちそうだし、支柱を増やせばもう少しぐらい大きくも出来そうだね。」
『長く滞在するようでしたら、毎日暗くなる前に確認しましょうね。』
「そうしようか。」
イオリのおかげである程度荷重が分散出来たのか、撓んでいた部分も幾分かマシになったようだ。
その後、上から掛ける敷物自体も納屋にあった別の軽い素材の物へと変える事で、通気性にかなりの難はあるが出入り口以外殆ど隙間なく作る事も出来るようにもなった。
後は現地で作る際に、小さな窓を開ける事で通気性も多少は改善するだろうから、テントはこれで完成でいいだろう。
他にも、火を起こすためのメタルマッチは以前ニカワを作った時にも使ったが、どうやらあの時は表面が酸化していた為に中々火が点かなかったらしく、今回はあらかじめ表面を削った上で着火の練習もしておいた。
勿論、表面を削る為のヤスリも念の為に用意はしておく。
そんなこんなで、不安はあるけれど数日かけて大凡の荷物の目処がついた為、僕達は改めて初めての遠出の準備を整え始めた。
『水着はどうしましょう?』
僕が自分の分の着替えやタオルを背嚢に詰めていると、以前海に行った時に見た物とは違う水着を僕へと見せながら、イオリがそんな事を聞いてくる。
いつの間に新しい水着を用意したのだろうという疑問はあるが、それよりも水着かぁ・・・
「うーん・・・?どうだろ?こうして地図を見る限り、結構大きそうだから泳げるかもしれないけど・・・荷物がなぁ・・・」
そう言えば、泳げるだけの広さがあるって以前ノアが言っていたような?
でも、持っていける物に制限がある状態で、水着を優先して持っていくというのも・・・どうなんだ?
広さがあっても、水質の問題とかで本当に泳げるのかどうかもわからないのだし。
『そうですか・・・』
僕の返答で、イオリは明らかに肩を落としながら僕に見せていた水着を床に置く。
少し可哀想な事を言ってしまったかもしれないが、こればかりはな・・・
「いつものお出かけより荷物が多くってワクワクしますね!」
「たーのーしーみー!」
「まーちゃん、お洋服は畳んだまま入れないとダメだよー!」
今回もこんな風に前日の夜から皆で賑やかに話しながら用意を進め、最後に簡易テントの為の縄や杭、釣り竿や鍋等を背嚢からぶら下げて、翌朝の出発に備え今日は早めに就寝する。
翌朝、何時もより早めに起き出して朝食を済また後、夏場に長距離を歩くための服装に着替えてから帽子をかぶり、湖へと向けて出発する事となった。
「ノアちゃん、いってきまーす!」
「いってくるね。」
玄関先から居間にいるノアのヒトガタヘ向けて声を掛けてから僕とマホ
家を出る。
外は朝早いにも関わらず日差しが強いからか、既に熱気を感じる程の気温になっており、今日もかなり暑くなるのだろうという事は容易に想像がついた。
〈はい。目的地までの牧場を経由する経路は、常時端末に表示しておきますのでいつでもご確認ください。〉
「ありがとう。」
その為か、内心でややゲンナリとしながらもマホと二人で先に出た三人を追いかける為に歩き出すと、腕につけた端末からノアが何時も通りの案内をしてくれたので、軽くお礼を伝えてから改めて先を目指し始める。
最終目的地の湖までは15キロ程あるとはいえ、牧場からでも用水路を辿れば着けるので到着までの心配は殆どしていない。
だが、牧場から先の道は川沿いを進む為に歩きにくい可能性を考慮して、時間は余裕を持って七時間程を予定していた。
火を維持出来る程に燃料は持ち込めないから枝等を現地調達する必要があるのと、乾燥が不十分であろうそれらを燃やす為には窯を作る必要もあるし、それよりも何よりもテントを最優先で作らなければならないので、手分けをするにしてもなるべく早めに到着したい所ではあるのだが、幼いマホやシホの体力を考慮して長めに休憩を取る必要もあったからだ。
食料の確保も出来るならしておきたいしね。
・・・まぁ、僕が一番体力がない可能性もあるか。
「じゃあ、僕とサオリが魚釣りをする係で、イオリとマホ、シホはキノコや山菜取りの係・・・で、決まりなのかな?」
現地でどれだけ時間を確保出来るか分からない為、イオリの提案ですぐに動けるように役割を決めつつ茹だる様な暑さの中、最初の目的地である牧場へと向かう。
『はい。動物が苦手なシホちゃんにはお魚は辛いでしょうし、マホちゃんもまだ包丁を上手く扱えませんので。・・・となれば、経験があると仰っていたご主人様とマホちゃん達は役割を固定にして、私とサオリちゃんを分けた方がいいかと思いました。』
釣り餌は、その辺りの岩の下にいるミミズを捕まえるつもりだった為、確かにシホには辛いだろうからイオリの案に僕も異存はない。
サオリと二人きりになるのは、少し後ろめたくはあるけれど・・・
しかし、机を作った時にも感じたのだが、こういう事を滞りなく決めるのには、イオリが一番向いているな。
その所為か最近はお姉さんというより、お母さんのように感じる事もあるぐらいだ。
「魚がダメそうなら、僕達も採取に回るよ。」
なるべく頑張りたい所ではあるが、暗くなるまでの数時間では確保も難しいだろう。
念の為に今日は収穫無しでもいいように食材の持ち込みはしているけれど、彼女達の食べる量からして余り何日も持たないので、ダメそうなら早目に魚釣りにも見切りをつけなければならない。
「そうですね、釣れるとは限りませんし・・・」
ちなみに、準備を進める内に釣りではなく手作りの罠を仕掛ける方がノアの手を借りずに済むかと一度考え直し、本を調べもしたのだが・・・
幾ら調べても、載っていた罠ではどの道材料を別途揃えて貰わなくてはならないようで、それならばと皆で相談した所、結果的にノアに釣竿を用意して貰う運びとなったのだった。
罠だと釣竿より荷物が増えてしまうだろうからなぁ・・・
・・・だが、あんな風に大見栄を切ったのに、なんとも恥ずかしい話ではある。
いつかはそういった道具類全てを、一から自分達で作りたいものだ。
口には出さなかったが、そんな事を一人考えつつもみんなで歩みを進めていく。
その後、予定通り牧場に立ち寄りながらも休憩を何度か合間に挟み四時間程を歩いた頃、丁度日が一番高くなったので少し開けた河原で昼食を摂る事にした。
此処までに大凡一時間程は寄り道や休憩で使っているものの、地図を見る限りお昼時点で既に行程の七割を消化しているので予定よりは大分早く、後一時間半も歩けば問題なく到着できそうだ。
「大分早く着けそうだね。マホ、シホ、気持ち悪くなったりしてない?」
「はい!ボクは大丈夫です!おうまさんも元気でした!」
「マホも大丈夫!」
『二人とも、気分が悪くなったらすぐに言ってくださいね?』
「暑いから、辛くなったらすぐに言うんだよ?・・・勿論、イオリ達もね?」
『はい。私も今の所は大丈夫ですよ。』
幾らイオリ達の身体が病気に強くとも、熱中症は流石に話が違うだろうから全員の様子には気を配らなくてはならないのだが、この様子であれば問題はなさそうだ。
「いつもの飲み物のおかげで、あたしも大丈夫です!」
サオリが言っている飲み物とは、この時期になると普段の畑仕事でも用意している生理食塩水の事だけれども、確かに全員がかなりの汗をかいているから、沢山持ってきておいて正解だっただろう。
・・・とはいえ、皆薄着な上に沢山歩いて汗だくの所為か、少し目のやり場に困るのは内緒だ。
そうやって初めての外泊の為か、全員が不思議な高揚感に包まれたまま何時もよりも賑やかにお昼休憩を挟んだ後で、推定した通り一時間半程歩き続けた僕達は、まだかなり日の高いうちに湖へと到着する事が出来た。
「兄上姉上も早く来てくださいよ!海もすごかったですけど、ここもかなり綺麗ですよ!」
「つめたーい!しーちゃんも早くおいでー!きもちいーよ!」
すると、到着して早々にサオリとマホは靴を乱雑に脱ぎ捨てながら湖岸へ走って行ったかと思えば、くるぶし辺りまでを湖に入れながら僕達を呼ぶ。
かなり暑かったから、二人の気持ちは良くわかるけどね。
『サオリちゃんは、本当に変わりませんね・・・』
隣でそう呟いたイオリの横顔は、どこか安心したようで嬉しそうな笑みを浮かべていた。
此処暫く、暗い顔をさせていた原因が僕だとはいえ、久々に晴れやかなサオリとイオリの笑顔が見れて、実は僕も内心で少しホッとしている。
それだけでも、提案して良かったかな?
「もー!おーそーいー!しーちゃんも、ほらぁー!」
久しぶりに見たかもしれない全員の笑顔の所為か思わず足を止めていると、僕達が中々来ない事にしびれを切らしたマホが、素足のままこちらへ走ってきてシホの腕を掴んだ。
「ボ、ボクはやらないよぉ・・・」
「えー!?しーちゃんも入ろうよ!気持ちいいよ!」
「まーちゃん引っ張らないでよ!ヤだよ!濡れちゃうもん!」
「だいじょーぶだいじょーぶ!しーちゃんも汗いっぱいかいてるでしょ!」
シホはマホ達程は乗り気ではないらしいのだが、マホはそんな事はお構い無しにシホを湖岸へと引き摺っていった。
『マホちゃんまであんなにはしゃいじゃって・・・』
イオリはそんな妹達の様子を見ながら更に目を細めつつ、嬉しそうな調子で溢す。
・・・言われてみれば、マホがあれほどの笑顔を見せる事は、此処最近殆ど無かったかもしれない。
彼女が笑顔を見せなかったのは恐らく、マホは普段り努めて明るく振る舞ってはいるけれどその実、僕達の行動をつぶさに観察しており、それ故に僕達の間に起きた不和にも薄々気付いてしまったからなのだろう。
多分だけど、シホも僕達の顔色を伺うようにしていたから、彼女も気付いているのは間違いない。
いや、ちょっと待て。
そうだとすると、ひょっとしてマホやシホがお嫁さんになれないと言い出したのはまさか、僕の所為・・・なのか?
僕がサオリ達にとっていた態度が原因で二人に不安を与えてしまっていたのだとしたら、この数ヶ月の間僕は彼女達全員にどれだけの嫌な思いをさせてしまったのだろう?
その事に漸くと思い至った刹那、胸の奥がズキリと痛んだ。
ホント、我ながら自分勝手すぎるな・・・何が幼いから分かっていない、だよ。
本当に何も分かっていないのは、僕の方じゃないか!
「・・・僕達も行こうか。」
『はい、そうですね。』
気付いた事で湧いてきた後ろめたさとも、後悔ともつかない感情を振り払う為か、僕はイオリへ一言掛けてから三人の後を追って湖へと近付き、温度を確かめる為に湖面へと手を伸ばす。
「うん・・・少し冷たいけれど、水も透き通ってるね。・・・こんなに綺麗なら、あの時イオリが言った通りに水着を持ってくればよかったかな?」
かなり汗だくだから、寧ろこのままの格好でもいいから水浴びをしたいぐらいだよ。
流石にしないけど、この暑さの中歩いて来たんじゃあ・・・ね。
『ふっふっふー!ありますよ、水着!勿論、私達の分だけでなく、ご主人様の分も!』
すると、すぐ隣で僕同様に湖の水温を確かめていたイオリが、僕の独り言を聞いて不敵な笑みを浮かべながら地面に置いた背嚢をポンポンと叩く。
「・・・えっ?持ってきてくれてたの?」
僕が渋った時に、一度片付けているように見えていたのだが・・・
『はい!また泳げるかなって思いましたから!・・・水浴びで汗も流せますし、こっそり持ってきておいて正解でしたね。』
どうやら昨夜皆で準備をした後で、イオリは全員分の水着をこっそりと自分の荷物に忍ばせていたらしい。
「ありがとう、イオリ。」
『いえいえ、そんなに大した事では無く、実のところ私が泳ぎたかっただけですし。』
彼女にとって、去年海で泳いだ事は相当に楽しかったようだ。
・・・と、そんな呑気な事を僕が考えた瞬間、不意にイオリが少し困ったような表情をしながら、近くに妹達が居ない事を確認するかのようにサオリ達へ視線を送った後で、小声で言葉を続けた。
『・・・とは言え、皆の分を詰めた所為か、カバンに入れられる私のお洋服が減ってしまったので、二日分の着替えしかないんですよね・・・あ、今のは三人には黙っていてくださいよ?』
「そっか・・・ごめん、僕のせいで・・・」
そうすると、三人に気付かれないようにする為には、滞在日数を長くとも明後日までにする必要があるか・・・
水着とは言え五人分だから、考えてみれば他の荷物もある訳だし、一人で持ってくるとなれば別の何かを減らさなければならないのは当然だ。
しかも、水着だけではなく下着ですら女性の場合、男物と違い品物によっては雑に仕舞う事も出来ないだろうし・・・
折角楽しみにしていてくれたのに、イオリには本当に悪い事をしてしまった。
『んー・・・私が欲しいのは謝罪では無く、この心遣いに対してのご褒美なのですが?・・・今、貴方が頭を優し〜く撫でてくれるだけで、私も持ってきた甲斐があるというものですよ?』
自分の浅慮からイオリに迷惑を掛けたという事実に、僕はつい反射的に謝罪をしてしまったのだが、彼女はそれが気に入らなかったらしく、少し口を尖らせながらも芝居掛かった口調でそんな事を言うと、つむじを僕の目の前に突き付けてくる。
言葉の通り撫でろ・・・と、いう事らしい。
「うん・・・イオリ、いつもありがとう。」
そんな最近では珍しくなった彼女の自己主張に、僕はそっと手を伸ばし、望みを叶えられるよう、なるべく優しく髪に触れた。
サオリが家族に加わって丁度一年半程になるけど、それまでのイオリはまだまだ甘えたい盛りって感じだったのに、気付けばいつの間にかお姉さんになっていたんだよな・・・
それがこうして撫でられているからか、嬉しそうに少し頬を染めながらも目を瞑っている姿には、幼い頃の面影もしっかりと残っていて、それに気付くと自分でもよくわからない不思議な感慨にも似た何かが、彼女の髪に指を通す度に僕の胸の内を満たしていく。
それは、愛おしい気持ち・・・とも少し違うのだが、どう形容したらいいのかが僕には分かりそうになかった。
『・・・名残り惜しいですが、そろそろ三人も集めて行動しませんか?テントや窯は作るのは、明るいうちにやらなくてはいけませんからね。』
少しの間そうやって撫でていると、イオリは何故か困ったように眉を少しだけ寄せながら、僕を見上げながらそう告げる。
「そうだね・・・でも、その前に・・・」
さっきまではイオリを撫でるのに夢中で気付かなかったけれど、まずはアレをどうにかしないとな。
『どうかしましたか?』
言い淀んだ僕に、イオリは不思議そうな表情で問い掛けるのだが、彼女の肩越しに見える光景に少し辟易としつつも彼女の後ろを指差すと、イオリは後ろへ振り返り、その光景を確認すると同時に軽く溜息を吐いた。
「まずは、服のまま泳ぎ始めたあの二人を止めて、着替えさせないとね・・・」
『そうですね・・・』
いや、水浴びの手間が省けたと思えばいいんだけどさ・・・
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