第11話 みずぎ ①

 春が終わり夏になって、イオリと出会ってからは丁度二年ぐらい、サオリと暮らし始めてから約半年が経過した。


 イオリと恋仲になると二人を公平に見れなくなるのではと心配もしていたが、あれ以来イオリとの仲が全く進展していない所為もあり、以前と然程変わってはいない様に振る舞えていると思う。


 相変わらずサオリを膝に乗せていたりすると、ヤキモチは妬くようだけどね。


 ちなみに、イオリへ想いを伝えた頃ぐらいから畑の面積を増やし始めた事もあって、いい加減僕1人では畑作業が厳しくなってきた為、今では本格的に彼女にも手伝って貰っている。


 そして、今日は二人でトマトや胡瓜等の夏野菜の収穫をしている所だ。


 去年までは敢えてノアに助言を貰わず自分で調べながら育てていたので、最初トマトに水を余りあげなくていい理由をよく理解しておらず、毎日あげてしまった所為で折角出来た実が割れてしまったりと、失敗もかなり多かった。


 分かってはいたがやはり、知識だけを頭に入れても一朝一夕で出来るようなモノでは無かったという事だろう。


 そんなこんなで今年はノアからの助言を貰いながら色々試してみた所、育てる野菜の種類を増やす為に一種類当たりの作付面積を少し減らしてみたのだけど、茄子や胡瓜が去年より多く収穫する事が出来た。


 土作りのやり方、野菜毎の特徴、支柱の立て方等等・・・僕が学ばないといけない事はまだまだあるって事だ。


 尤もノア曰く、あの培養液を薄めた上で調整した物を植物の育成目的でも定期的に散布しているらしく、沢山実りが出来るのはその所為もあるらしい。


 まぁ、夏野菜は保存が効きにくいから、来年は個々の野菜の面積をもう少し減らして、オクラ等今はまだ育てていない野菜を増やしてみてもいいのかもしれないな。


 ・・・今日の夕飯は、茄子の煮浸しと、野菜サラダ、オヤツ代わりで茹でたとうもろこしにしよう。




『あれー?サオリちゃーん?何かありましたかー?』


 上手く野菜が出来た事を喜びながら夕飯に想いを馳せつつ作業をしている最中、イオリがサオリに呼びかける声が聞こえたので視線を家の方へ向けると、サオリがこちらに駆け寄ってくる姿が見えた。


「ねぇ兄上!姉上!あたし、泳いでみたい!」


「へっ?・・・泳ぐ?」


 僕達の側にたどり着くや否や、何かのアニメを見終えたらしいサオリは唐突にそんな事を言い出す。


『いいですねー!私も前から泳いでみたいって思ってたんですよ。』


「泳ぐ・・・ねぇ?そんな場所、あったかな?」


 少なくとも、家があるこの近くでは泳げるような場所がない筈だ。


 確か、去年イオリと遊ぶ為にビニールプールを用意してもらったけれど、子供用の大きさでは今の二人の身長だとせいぜいが水浴びぐらいにしか使えないし、この辺りに存在する川も農業用水路のようなものなので、泳ぐような広さもない。


 ・・・というか、区画内は一辺が30キロもあるとかで、正直広すぎて何処に何があるのかすらよく分かってないんだよなぁ。


 方舟自体はそこまで巨大ではなく、せいぜいが数キロ程の大きさらしいのに・・・。


 そう言えば以前に少しだけ聞いたけど、区画内の空間は何百倍にも圧縮されているとかで、方舟の内部そのものも区画内程ではないにしろ、殆ど同じ構造になっているんだっけ?


 なんでも、慣性を打ち消すには空間の連続性を切り離す以外には方法がないのだとかなんとか・・・。


 理由はよく分からないけど、頻繁に速度を落としたり加速したりを繰り返す必要があるからだとは聞いたが、それは少しでも慣性が働くと中の生物が危ないって意味だよな?


 となると、この船は一体どれ程の速度で航行をしているのだろう?


 ・・・おっと拙い、また思考が逸れていた。



 今は考えに浸っている場合では無いと思い直し、ふと二人に視線を向けてみれば、全く違う事を考えていた僕を何故か期待に満ちた瞳で見つめている。


 これは、どうしたらいいかを考えているのだと思っていそう・・・。


 あんまりノアに頼りきりになるのも考えモノだけど、これは・・・仕方ないかな。


「ノア、泳げる場所ってある?」


 〈遊泳が可能な場所であればこの区画内にも存在しますが、現在地からは大凡15キロ程離れております。他にも海洋生物を管理している区画の砂浜であれば、可能かと思われます。〉


 えっ?海洋生物がいるって事は海があるって事?


「海なんてあるの?」


〈はい。汽水域や浅瀬が必要な生物も存在する為に、海岸やその他も再現しております。〉


 大陸の中央生まれの僕は、映像でしか海を見た事がない。


 故に、あると言われたら再現された環境と言えど、海を見てみたい気持ちが湧いてきた。


 ・・・しかし、危険な生物が沢山いるという話を聞いた事がある為、同時に不安も込み上げてくる。


「危険な生物が居るって聞いた事あるんだけど、大丈夫なの?」


 〈無論、ヒトにとって有害な生物もおりますが、遊泳可能な箇所は存在しております。また、製作者の意向もありますが、一時的に滞在出来る施設も存在します。〉


 ・・・ん?製作者の意向?


 まさか作ったやつも海で遊びたかったって事なのか、それは?


 えらく現代的な発想すぎる気がするんだけど・・・まぁ、泳げるならいいや。


「兄上・・・?」


『ご主人様・・・?』


 危険だという言葉が聞こえていたからか、イオリ達は不安そうな顔で僕を見上げる。


 いや?これは違うな?


 多分、二人共海に行きたいのだけど僕に遠慮をしているような目だ。


「危なくない場所もあるようだから、明日にでも海に行ってみようか。」


「『やったー!』」


 明日行くと言ったのに、今からでも行きそうな勢いで二人は声を揃えて喜んだ。


 やっぱりね。


 でも、待てよ?僕は水着なんて持ってないし、僕が頼んだ記憶も無いからイオリ達だって水着を持ってはいない筈だ。


「ね、ねぇノア。全員分の水着って、あったりするの?」


〈はい。ご用意出来ます。〉


「頼める?」


〈かしこまりました。用意に少々お時間は要しますが、本日中にはお持ち致します。〉


 よし、これで大丈夫か。


 まぁ、普段僕達が着ている服も滅亡の前に方舟が収集したものらしいし、いざとなったら生地等の素材はあるそうだ。


 その場合でも、ノアが僕達に合わせて服を作る事は出来るようだけど、もう少し余裕が出来たら服も自分達で作った方がいいのかもしれない。



 会話の後、荷物が届くまでまだ時間がある様なので、必要な分の収穫を終わらせ、シャワーを済ませてから夕食を摂りつつ届くのを待つ。


 二人は食事中も落ち着かない様子で外を気にしていたから、水着が届くのが待ち遠しいのだろう。


 そうして夕食後に暫くすると、材質がよく分からない2メートル程の箱が届けられ、ロックを解除して中を確認すると沢山の水着が入っていた。


『結構な種類があるんですね!どれにしようかな?』


「わー!いっぱいありますねー姉上ー!」


 開封早々、二人は色々な水着を手にとりながらはしゃぐ。


「ゆっくり選ぶといいよ。」


 こういう時は下手に口を挟まない方がいいという経験則の元、二人の様子を眺めながら自分の水着も選ぼうと中を覗いてみるも、女性用の水着は子供や大人を問わず沢山あるけれど、男性用は数種類あるだけで柄の選択肢ぐらいしかない。


 仕方なく、僕は無難なハーフパンツの水着を選ぶ事にした。


 ・・・ブーメランは嫌です。


 自分の分を決めた後でイオリ達に視線を向けると、なにやら相当真剣なご様子。


 というか、此処まで熱心な二人を僕は見た事がないのだが・・・。


「姉上なら、この水着似合いそう!」


『これは・・・大胆すぎるかな?』


 サオリが手に取ってイオリに見せたのは、真っ白でパレオが付いたセパレートタイプの物だ。


 確かに、イオリならよく似合いそう。



「じゃあじゃあ姉上!あたしこれ似合うかな?」


『サオリちゃんならこっちも似合いそう!』


「それもかわいい!うーん・・・どっちにしよう?」


 サオリが手に持っている物は淡いピンクでフリルのついたワンピースタイプ、イオリが薦めた水着は何か色々付いてる子供用のセパレートタイプなのだが・・・。


 何だアレ、魚の尾ビレ・・・か?


 もしかして、人魚をモチーフにしてる?


 しかも、すっごいカラフルだし。


 どうやって着るんだ?


 ・・・こうやって改めて見ると女性用の物って、どうやって着るのか分からないモノが多すぎない?



 何種類も代わるがわる自分の身体に当てて確認し合い、あーでもない、こーでもないと二人で楽しそうにしているが、これはいつまで経っても決まりそうにない雰囲気だ・・・。


「そんなに悩むなら、着てみたらいいのに・・・。」


 あっ、しまった!


『・・・なら、ご主人様に見てもらってから決めましょうか。』


「姉上、そうしましょう!」


 不味いな、逃げよう。


「いやいや、僕は部屋に戻るから二人でゆっくり決めなよ。・・・じゃあ、おやすみー。」


『させません!それに、逃げても無駄ですよ?諦めてください!』


「観念してください!」


 失言した事に気付き立ち上がろうとするが、二人に抱きつかれ逃走を阻まれた挙句に、逃げても部屋に押しかけると暗に言われてしまい、仕方なく水着ファッションショーに付き合う事にした。





 そして翌朝、目を覚ました僕は昨夜の軽率な発言を心の底から後悔する。



 これがいいんじゃないかと提案するも、違うそうじゃない。


 じゃあこっちは?と問うも、これも違うという、無限ループかとも思える問答の末に、日付が変わる頃にようやく決めたらしかった。


 やはり、ああいう時は口なんて出すもんじゃないや。


 結局のところ、僕の意見は関係なかったみたいだし。


 なら何故、僕に助言を求めたのか・・・これが分からない。


 ・・・後、僕は男だよ?


 無防備に肌を晒しちゃダメだって。




 内心でそんな風に悪態とも居心地の悪さからくるボヤきともつかない感想を零しながら朝食の準備をし終え、昨晩の後片付けをしようとしていると二人が居間に現れた。


 おはようと挨拶を交わしてから、皆で朝食を摂りはじめる。


「とりあえず、昨日の後片付けをしてから出かけようか。」


 流石に居間の惨状を放置したまま出かけたくはない。


『昨日遅くなっちゃいましたからね。早く片付けて出発しましょう!』


「早く海に行きたい!」


 二人共、妙に気合いが入っているなぁ・・・。



 朝食の後、二人が食器の後片付けをしてくれている間に、僕はノアに海洋区画についてどういった区画なのかを改めて確認してみた。


 〈海洋生物区画は、このヒトが暮らすための区画と同階層にあり、場所もそこまで離れてはおりません。様々な種類の生態系を再現する為複数の海洋区画が用意されており、その内の一つが遊泳に適した環境になっております。〉


「何故そんなに海洋区画を用意しているの?」


〈気温や水温、水圧の違いを再現する為です。完全に海水で満たされていて、ヒトでは侵入出来ない区画も存在します。〉


「なるほど、深海にも生態系はあるからか・・・。」


〈はい。一部の淡水域の魚介類に関してはこちらの区画にもおりますが、河川や湖に主に生息しているため、この地点からは離れています。〉


「その湖って、この区画の中央辺りにあるって事?昨日15キロ離れているって言ってたし。」


〈はい。区画のほぼ中央にあり、大凡直径1キロの湖です。生物が存在する為には水は欠かせませんし、人工的な補助は要しますが循環を再現する為にも、ある程度の大きさの湖は必要です。〉


 確かに水が無ければ僕達は生きていけないからね。


 ・・・まぁ、少し話がずれ始めたからこの辺りにしておこうか。


「わかった、ありがとうノア。後で砂浜がある区画までの道案内もお願い。」


 〈海産資源区画までの詳しい地図は表示しておきますので、ご活用ください。〉


 ノアとの会話を切り上げ二人を見ると、何故かまた水着を眺めて悩み始めていた。


 これは、いつ迄経っても出発が出来そうにもないな。


「昨日決めたんでしょ?片付けるよー!」


『待ってください!もう少し!』


「気になるなら、何着か持っていけばいいんだよ。休憩の時に着替えたりしてもいい訳だしさ。」


『その手がありましたか・・・。』


 イオリが抗議の声を上げるが、複数持っていけばいいよと返して僕が片付けを始めると、僕の言葉で二人はなるほどと納得したらしく慌てて数着を荷物にしまい、手伝い始めた。


 そうして漸く片付けも終わり、おにぎりではあるが昼食も用意して僕達は家を出る。


「行ってきます。」


 誰もいないけれど何となく声をかけてから、僕達はまず隔壁に向かった。


 僕達の家から隔壁までは、大体10分ほどかかる。


 距離にすると1キロぐらいだろうか?


 定期的に物資を運ぶための機械が通るので道もあり、迷う事はない。


 尤も、此処に来た当初は道なんて無かったのだけれど、物資を運んでもらう内に自然と出来あがったモノではある。


 


「あーつーいー!」


『ほらほら、サオリちゃん。ここから出たら涼しいですから、もうちょっと頑張ろう?」


 隔壁はもう目の前なのだが、気温が30度はあるため、普段冷房の効いた家にいるサオリは暑い暑いと言っている。


 幾ら病気に強く、頑強だとはいえ熱中症の危険はあるので、身体が出来上がっていないサオリにはまだ殆ど畑仕事を手伝って貰っていない所為もあるのだろう。


 僕達も汗をかいてはいるが、このくらいなら普段から外で作業をしているため、特に問題はない。


「さあ、着いたよ2人とも。今開けるね。」


 隔壁の出入り口は高さ3メートル、幅3メートル程はある四角形をしていて、かなり頑丈そうに見える。


 実際、相当という言葉では言い表せないくらいには頑丈らしい。


 何でも、隔壁や外壁の一部でも破損してしまうと、とんでもない事になるからだそうだ。


 ・・・区画内にこれだけ異常とも言える力が働いている訳だから、それらが解放された時に何が起こるかを考えるだけでも恐ろしいな。


 ゾッとするモノを感じながらも扉横のパネルを操作し認証キーをかざすと、扉は僅かに軋む音をたてて左右にスライドし半分程開いたので動作が止まった事を確認して中へ入ると、そこには10畳程の空間があり、目の前にはまた次の扉が現れる。


「涼しい!」


『ほら、言ったでしょ?』


 開いた隔壁が自動で閉まると、サオリは暑さから解放されたからか元気を取り戻し、イオリはサオリの様子にクスクスと笑いながら言葉を返す。


 そんな2人の様子を見て、僕も自然と笑みが溢れた。


「さて、後2つ程扉があるから、さっさと開けて海へ行こうか。」


『はーい。』


「兄上!早くー!」



 最後の扉を開け、区画外に出ると外は培養区画程では無いが半袖だと肌寒く感じる程度の気温で、汗ばんだままここにいると風邪をひいてしまいそうに思える。


「やっぱり、ちょっと冷えるね。」


『あまりここに出た事はないですけど、今は汗をかいているので長居はしたくないですね。」


 サオリは何も言わなかったが、少し震えている。急がなければ。


 そう考え地図を確認すると、目的の場所は斜め向かいの区画のようだった。


「すぐ着くから、少し我慢しててね。」


 僕は2人を気遣いながら、海洋区画へ向けて歩き始める。


 とは言っても、階段を降りて数百メートルほど移動し、また階段を上るだけなのだが。


 地図の通りに移動し、階段を上り海洋区画の隔壁の前に立つ。


「どうやら、ここみたいだよ。」


『早く入りましょう!』


「はやくー!」


 先程まで震えていた筈なのに、二人は待ちきれないといった感じで僕を急かす。


 僕も海は初めてだから、気持ちはよくわかるけどね。


 先程と同様に幾つかの扉を開け先へと進むと、三つ目の扉が徐々に開いていくにつれ、嗅いだことのない匂いと共に、暖かな空気が待機場所へと流れ込んできた。


 今まで感じた事の無い、湿っているようで生臭いとも少し違う独特の匂い。


 そして、それに混じるように焼けた砂の匂いもする。


 ・・・これが、潮の香りってヤツなのかな?


 区画内に足を踏み入れると、再現とは思えない日差しの強さも感じる。


 入り口は僕達の暮らす区画と同様、森になっているようだが植生は少し違うらしい。


 そんな木々の隙間から見える向こう側に、青みがかっていて、でも緑のようにも思えるそんな不思議な色合いが見える。


 あれが海なのか?


 そんな事を考えながら、僕達はじゃりじゃりと音を立て歩いて行く。


 すると、進むにつれ段々と景色が開けて来て、森を抜けた瞬間僕達の目の前には見た事の無い色合いの風景が現れた。


「わー、きれー!」


『ほんと、綺麗・・・。』


「うん、こんな景色があるなんて。なんていうか、その上手く言葉に出来ないけど、凄いなコレは。」


 エメラルドグリーンとホワイトのコントラストが視界のどこまでも伸びており、本当にこの景色が再現されたものなのかと、僕は思わず疑ってしまう。


 何故なら海や砂浜だけでなく、森の緑、岩肌の色、海とは別の空の蒼さが一体となって、この絵も言われぬ風景を作り出していたからだ。


 リゾート地の映像を見た時も綺麗だなって思いはしていたけれど、実際に体感してみると・・・こんなにも、違うものなのだな。


 感動するって、きっとこういう事なのだろう。



 二人を見ると、目をキラキラと輝かせながら、うわーとかすごいーとかを語彙力が何処かにいってしまったかのように繰り返していた。


 多分だけど、僕も二人と同じ顔をしていそうだ。


「この先に建物があるらしいから、そこで着替えよう。」


『あっ、はい!わかりました!』


「わかったー!」


 イオリだけで無くサオリも元気よく手をあげながら答え、僕達は地図に表示されている地点へ向かった。




「う、海の家・・・?」


 そう看板に書かれていて、あまりにもベタなアニメのような建物に驚き、荷物が思わず肩からずり落ちる。


『これが海の家ですかー!』


「わー!」


 二人は喜んでいるようだが、僕は少し考えてしまう。


 この方舟、五千年以上前のモノだよね?


 こんなのもノアが用意したって事?


 でも製作者の趣味で何か建物を作ったとか言ってなかった?


 ・・・様々な疑問が湧くが、今目の前にあるのだから受け入れるしかないのか?


「と、とにかく、着替えてこようか。」


 僕は落としてしまった荷物を拾い上げながら、二人を連れて中に入り内部を見渡す。


 中は特に変哲も無い木で作られたと思しきテーブルやベンチ、カウンターテーブル等があり、しっかりと休憩も出来そうだと思ったのだが、ふと入り口からでは見えなかった場所に視線を向けた時、片隅に何か真っ白な物がある事に気付いた。


『アレは・・・なんですかね?』


「さぁ・・・?」


 イオリ達も白いモノに気付いたみたいだけど、僕も影になっている所為かソレがなんなのかは分からなかったので、彼女に曖昧な返事を返してから近付いて確認をしてみる。


 ・・・どうやら、人形のようだ。


 高さは、多分イオリと同じぐらいか?


 とはいえ顔らしきものはあっても目や鼻は無く、かと思えば髪らしき造形はしっかりとあってマネキンよりは精巧と言えるのだろうが、何の為にこんなものが置かれているのかは皆目見当が付かない。


「あはは、なぁにーこれー?」


 サオリは見慣れない物が面白いのかペチペチとその人形を叩くが、僕にはのっぺらぼうみたいで不気味にすら思えて、触ってみる気すら起きなかった。


「動いたりするわけではないみたいだから、ほっといてまずは奥で着替えようか。」


 とりあえずこの人形の事は気にしないようにして視線を奥に向けると、更衣室と書かれた看板が目に入り、二人に向けそう告げる。


『そうですね。』


「分かりました兄上!」

 

 二人も僕の言葉に同意してくれたので、入り口に背を向け奥へと歩き出そうとした瞬間ーーー


 〈動きますよ。〉


 突然端末からでは無く背後からノアの声が聞こえた為、僕は思わず振り返った。


「えっ!?」


 すると、先程まで真っ白だったはずの人形がはっきり人間だと認識できるようになっていた。


 髪は白く光沢があり、目も吊り目がちではあるが、中性的な顔立ちだ。


 体型が人形のままな為か性別はよくわからないけれど、胸当てタイプのエプロンをしているように見える。


『あれっ?どうして・・・』

「ノ、ノア?」


〈はい。〉


 あまりにも突然の出来事に理解が追いつかない。


 イオリだって口元に手を当てて驚いているようだし、サオリなんかは驚きすぎたからか尻餅をついて口をパクパクとさせている。


 ・・・そう言えば、サオリってホラーとか驚かされるのは、超が付く程苦手だった。


「えっ、いや、なんで?」


 〈この人形は製作者が海の家に人が居ないのもおかしいとの事で、当機が動かすために作られています。〉


「というより、その姿・・・。」


〈この姿は製作者が設定したものですが、姿は変える事が出来ます。〉


 そう言い終えると、人形の顔が瞬時にイオリへ変わる。


『わ、私?』


〈この様に、光学迷彩の技術を使用しておりますので、任意な姿になれます。変更しますか?〉


「イオリの顔で、ノアの声が響くと混乱するから元に戻してほしい。」


〈かしこまりました。〉


 ・・・元に戻った。


 しかし、光学迷彩とは・・・透明人間に憧れた事もあったっけ。


 いや、それよりも・・・。


「でも、なんでノアがそんな事をする必要が?」


 沸いた疑問をそのままノアに尋ねてみる。


 〈海の家での食事を楽しむ為にとの事です。従業員として食事を提供する目的で、動力の都合上この建物の範囲からは出られません。〉


 雰囲気を楽しむために、店員が欲しいって事か。


 ・・・それはわからなくもないが、昨日も思ったけどコレってかなり趣味に走って作ってるよね?


「な、なるほど。」


〈御用がありましたら、お申し付けください。〉


 そう言うとノアは入り口付近で再び停止する。


 僕は気を取り直して腰を抜かしているサオリを起こし、二人の手を引き奥にある更衣室へと向かった。

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