第28話 あおはる ⑦

 完全に日が落ちる前に、皆で揃って夕飯を済ませ出たゴミの後片付けをしていると、僕はふとサオリの姿が見えない事に気付く。


「・・・あれ?サオリは?姿が見えないけれど・・・」


『おかしいですね〜?さっきまで居ましたが、何処に行ったんでしょう?』


「そっか・・・マホとシホは何か知らない?」


「サオリお姉様?えっと・・・」

「ボ、ボク達もしりません!」


 どうやらイオリも見ていないらしく、それならばとマホやシホに聞いてみても、二人も同様に首を横に振る。


 サオリは怖がりなはずなのに、完全に日が落ちてから1人で何処かに行くなんて・・・こうなったら、探し出すしかないな。


「・・・ちょっと探してくるね。皆は先に休んでいてくれるかな?」


『はい、わかりました。・・・サオリちゃんを、お願いしますね。』


 月明かりもあり、ある程度は周囲の様子が分かる為軽く辺りを見回すのだが近くに人が居る気配はなく、僕が探しに行く事を一緒に焚き火の側に居たイオリへ告げると、僕の表情を見た彼女にそんな風に声を掛けられた。


「・・・うん。マホとシホは頼んだよ。」


「旦那さま、いってらっしゃい!」



 そうして三人に見送られながら、僕はサオリを探し始める。


 恐らく彼女の事だから一人で森には入って居ないだろうし、夕飯直後にはまだ僕達と居たのでそこまでは遠くにも行っていないと踏んだ僕は、まず昼間に皆で遊んでいた湖岸の辺りから探し始め、そこからテントを挟んで反対側にある魚釣りをしていた岩場方面へと向かう事にした。


 それ以外の場所は、森の中ほどではないものの木々が疎に生えている所為か、一気に暗くなるので先ずはといった考えからだ。


 今夜は雲が余り無く、月も出ているので森に入りさえしていなければ恐らくは見つけられるだろう。


 そうやって辺りを見回しながら歩いていると、視界の端で湖面に映り込んだ月が目に入り、今日があの夜桜を見た日と同じ満月だという事に気づき、一瞬足を止め絶景を眺めるのだがその瞬間、不意にあの時の情景が思い起こされた。


 舞い散る桜の花びらの中、月光に照らしだされたサオリの笑顔は、本当に・・・綺麗だったな・・・



 彼女の容姿が優れているだとか、そんな事は正直どうだっていい。


 人の笑顔があんなにも綺麗だなんて、僕は今まで思った事が無かった・・・そのぐらい、彼女の笑みに心を奪われてしまったんだ。


 だから、そんな彼女の笑顔を僕は取り戻さなくちゃいけない。


 僕の所為で、悲しい表情のままにさせておいてはいけない。



 改めて決意を固めながら、周囲を見回しつつ岩場のある方向へと進み、少しして釣りをしていた近くまで来てみれば、昼間僕が座っていた辺りに人影があるように見える。


 どうやら思った通り、森の中へは入っていなかったらしい。


 見つけられた事に少しホッとしつつ岩場に座り込む影へ近づくと、月の光で徐々に姿が露わになる。


 やはりと言うべきか、人影は膝を抱えて座り込むサオリだった。


 その両の眼はこちらをしっかりと見据えているので、僕が探しに来たのには気づいていたのだろう。


「・・・見つかっちゃいましたね。兄上が来るの、見えてました。」


 近づくとサオリは目線を僕から外し、抱えた膝に自らの顔を埋めながらそう呟いた。


 だが、昼間の様には逃げる気が無いようだ。


「うん・・・黙って行くと、皆が心配するよ?」


 そんな彼女へ当たり障りのない事を言いながら、僕は歩み寄る。


「みんな、ですか・・・」


「隣、座るね。」


 そうして、不満そうな呟きを漏らすサオリを他所に、僕は彼女の横に腰を下ろした。


「・・・それで、兄上・・・話って、なんですか?」


 どう話を切り出すかを少しの間思案していると、緊張からか彼女は顔を伏せたまま酷く掠れた声で僕へ尋ねる。


 もしかしたら独りで此処に来たのは・・・


 こうなると、サオリのよく通る声も力が無く、弱々しく感じてしまうな・・・


「うん・・・実はね、サオリに伝えなきゃいけない事が・・・あるんだ。」


 その様子が、また酷く僕の心をざわつかせるのだが、謝りたいのを堪えながら僕は彼女へと話始める。


 きちんと謝るのは、全部伝えてからだ。


「今更・・・聞きたく、ないです。」


 僕の言葉で、彼女の返事に恐れの色が混じる。


「聞いてほしい。キミに、伝えないといけない事があるんだ。」


「イヤ!」


 サオリは両耳を塞ぎ、硬く目を瞑り幼い子供が駄々を捏ねるようにイヤイヤと首を振る。


 やはり、拒絶されると思ったのだろう。


 これも、僕が彼女にとった態度の結果なのだが、とは言えこのままでは話が出来そうにはない。


 どうする?


 ・・・いや、迷うような事じゃない。


 伝えるんだ。


 でなきゃ、何も変わらないだろう?


 僕は座ったまま身体をサオリに向け、両手でそっと彼女の両肩に触れると、サオリは恐怖からか微かに震えるのだが、構わずにそのまま胸元へ彼女の頭を抱き寄せた。


「えっ・・・?兄上?」


 突然抱きしめられた為に彼女は酷く驚いたようで、耳を塞いで居た手を緩めたのを感じた為に、今ならばと考え一度サオリを離す。


「サオリ、好きだよ。」


 そして、潤んだ目で僕を見ているサオリに、真っ直ぐ目線を合わせてから・・・想いを告げた。


 だが、僕の言葉で彼女の表情は酷く険しいモノへと変わる。


「・・・それは、どういう意味ですか?」


「一人の女の子として、キミが好きなんだ。」


 想定していなかった言葉に僕の真意を確かめるサオリなのだが、再び想いを告げると彼女は硬く目を閉じ、俯いた。


「・・・あたしを、可哀想に・・・思ったからですか?あたしが、惨めに見えたからですか?・・・それとも、姉上に何か言われたからですか?」


 そして、顔を上げないまま怒りとも悲しみともつかない震えた声でそう僕に問い掛ける。


「そんな事は思っていないし、イオリは今関係無いよ。」


 背中を押したのはイオリだから、サオリの言った事はあながち間違ってはいないのだが、先程伝えた言葉自体には偽りなど無い。


 故に、イオリは関係無いと口にしたのだが・・・


「だったら・・・だったらなんで!そんな事言うんですか!?あたしを避けてたんですか!?夜桜を見に行った後から、あたしが呼ぶと変な反応したり、あたしと目を合わせなくなったりしたじゃないですか!それに!それなのに・・・あ、挙句にはあたしの前で見せつけるみたいに、姉上の頭を・・・!」


 だが、僕の言葉が余計癪に触ったらしく、とうとう感情を抑えられなくなったサオリは声を荒げはじめる。


「違うんだ、聞いてくれ!」


「違いませんよ!あたしの事が嫌いなら、嫌いってはっきりそう言えばいいじゃないですか!そうしたらあたしだってちゃんと諦めて、もう二度と貴方を困らせたりなんかしませんから!・・・だけど、せめて・・・家族では、居させて下さいよ・・・こんなのって、あんまりです・・・」


 大粒の涙を溢しながら矢継ぎ早に言葉を続けると、最後には寂しそうに微笑みを浮かべつつ彼女はそう告げた。


 そんなサオリに胸が苦しくなるも、僕にはきちんと気持ちを伝える義務がある。


 こんな風に彼女を追い詰めたのは、僕だから。


「サオリ・・・お願いだから、聞いてほしい。」


 そう言うと、彼女の返事も待たずに僕は話始めた。


「僕は・・・一緒に夜桜を見た時、君を強く意識するようになってしまって、それからずっと悩んでいたんだ。・・・イオリがいるから、サオリへの気持ちは封印しなければいけないって・・・その事が、無意識にサオリと目を合わせなかったりした原因なんだと思う。・・・だから、キミを嫌ってなんかいないんだ、だから・・・」


「やっぱり姉上を選んだんじゃないですか!なら、あたしなんて・・・!」


「お願いだから、最後まで聞いて!」


 まだ全部を話し終えないうちに、悲痛な表情で立ち上がりこの場から離れようとする彼女の腕を掴むと、僕も再度目線を合わせる為に起き上がりつつ続ける。


「・・・イオリとサオリを同時に好きになるのは不誠実だって思ってた。二人を好きになるのは、倫理的にどうなんだってここ数ヶ月ずっと悩んでたんだ・・・」


 そこまで言うと、先程からやかましいくらいに脈打つ心臓を鎮める為に、一呼吸置いてから心を決め告げた。


「・・・でも、素直に言うよ。イオリもサオリも欲しい。どちらかが欠けるのもイヤだ!二人とも、僕の側に居なきゃイヤなんだよ!」


 本心は、正直違うさ。


 こんな事、口には出したけど僕はまだ納得出来てはいない。


 でも、サオリがこんな風に泣くのを見るぐらいなら、僕は嘘をついてでも彼女が泣くのを止めたかった。


 許されないかもしれないけれど、好きな女の子が泣く姿なんて見たくなかった・・・ただそれだけの、僕のワガママだ。


「あ、兄上・・・?姉上しか見ていなかった兄上が・・・そんな事を言うなんて、思ってもみませんでした・・・」


 サオリは僕の発言に驚いているようだが、正直・・・僕自身が一番驚いているよ。


 それに、言い方は他に無かったのか?


「ダメ、かな?イオリも・・・サオリも・・・いや、二人だけじゃなくマホも、シホも・・・皆、大切だから、好きだから、ずっと僕と一緒にいて欲しいんだよ。」


「あ・・・兄上、言ってる事がめちゃくちゃですよ?」


 僕もそう思うし、最低の告白だとも思う。


 ・・・だとしても、今は嘘吐きでいい。


 いや、寧ろ・・・今だけは、嘘吐きがいい。


「嫌かな?」


「あたしだけの、兄上じゃ・・・ダメ、ですか?」


 サオリの気持ちを思えば、その言葉が本心だろう。


 ・・・でも、ごめん。


「皆と一緒はイヤ?」


 誰も失いたくは無いんだ。


「いえ・・・言ってみただけです。兄上、本当にあたしの事・・・好きですか?」


 少し残念そうにサオリは微笑むも、すぐに真剣な表情で僕へ問い掛けた。


「うん、何度でも言うよ。・・・僕は、サオリの事が、好きだ。」


「それなら・・・」


 彼女は僕の瞳を真っ直ぐを見つめてから言葉を切ると、月影に照らされた中でゆっくりと目を閉じる。


 ・・・何を求めているのかなんて考えるまでもなく、答えは一つしかないだろう。


 それに、サオリに求められたからではなく、こうするのは僕自身がサオリを愛おしく思うからだ。



 僕は彼女を再び抱き寄せてから、唇を重ねる。



 軽く触れるのではなく、長く、お互いの気持ちを確かめ合うような・・・恋人同士の口付けを。


 そのうちに、彼女が息苦しそうに身悶えし始めたので、唇を離した。


「・・・長いキスって、息が出来ないんですね?」


 目に溜めた涙を拭いながら彼女が言った言葉に、似たような台詞を以前にも聞いた事が蘇る。


 ・・・妙な所で姉妹なんだな。


 そう思うと、僕は可笑しくてついつい吹き出してしまった。


「あ、兄上!?なんで笑うんですか!?」


「いや、ごめん。・・・なんか可笑しくってさ?」


 口付けを交わした直後に笑われた事で、サオリはヘソを曲げてしまったらしい。


「幾らあたしが変な事言ったんだとしても、今笑うなんて酷いですよ!」


 確かに、雰囲気を台無しにしてしまったのは僕なので、またサオリにキスをする事にして、文句を言い続ける彼女の口を塞いでしまう前に耳元でもう一度告げてから、再び唇を合わせる。


 そうして二度目は一度目よりも長く想いを確かめ合い、暫くしてからどちらとも無く唇を離しサオリと向き合った。


 ・・・きちんと想いを伝えた今、僕はやらなくてはならない事がある。


 彼女に、謝らなければいけないのだ。


「ごめんね、悲しませるような事を沢山してしまって・・・」


 こんな言葉だけで許して貰えるとは思っていないけれど、かと言って言葉を疎かにした結果彼女を悲しませてしまったのだから、まずは言葉でも伝えるべきなのだろう。


「苦しかったんですよ?兄上に見捨てられたような気がしていて。・・・せめて、妹としてでもいいから、側に居たいって・・・辛かったんですよ。」


 ・・・と、考えて僕は謝罪を口にするのだが、ここ三か月の事を思い出した為に相当辛かったのだろう、彼女の瞳にはまた涙が溢れそうになっていた。


「本当に、ごめん。サオリの気持ちを知っていたのに・・・」


「や、やめてください!・・・確かに、自分からキスした事もありますけど、兄上から言われると恥ずかしいです・・・」


「言われてみれば、温泉でもキスされたしね。」


「え・・・?兄上はあの時、寝ていませんでしたか・・・?」


 ・・・あっ、しまった!


 イオリは気付いていたから、サオリも気付いていたのだとばかり・・・!


 思わず口を滑らせた事に気付き慌てて押さえるが、既に手遅れだったらしい。


「あーにーうーえー?まさか、寝たフリをしてたんですか?」


 ジト目で睨んでいらっしゃる。


「えー・・・あー・・・えーっと、うん・・・」


 誤魔化せないと思い冷や汗混じりに答えると、サオリは俯き、肩を震わせ始めた。


 そりゃ、怒らせるよね・・・


「ごめん・・・」


 その様子に僕は慌てて謝るのだが、直後に彼女は顔を上げると何故か笑うのを堪えているような表情をしている。


 どういう事だ?


「焦らなくてもいいですよ?・・・あの時、起きているのは判ってましたから。兄上は隠し事が苦手なの、自分で気付いてないんですか?・・・でも、このくらいの仕返しは許してください。」


 すると彼女はコロコロと笑いながら、僕が起きていたのを知っていたと打ち明けた。


 からかわれていたのか・・・


 まぁ、怒られるよりはいいけれど、どうにも複雑な気分だ・・・


 ・・・うん?今更に気付いたのだが、それだと彼女は知っていてキスをしてきたって事にならないか?


 すると、湧いて出た僕の疑問を見透かしたかのように、寂しげな表情になった彼女は続ける。


「・・・兄上に、振り向いて欲しくて。ずっと姉上を見る目が優しいのが、羨ましくて、悔しくて・・・あたしの気持ちを知れば、あたしの事も同じ様に見てくれるんじゃないかなって思ったから、キスしたんですよ?今から思えば、自分でもバカだなぁって思いますけど・・・あの時のあたしは、そうする以外には思いつかなかったんです。」


 起きている事を知った上で、意識して欲しいが為に口付けをしたと言うのなら、自分で思っていた以上にずっと深くサオリを傷付け続けていたのだと、今漸く少しだけ理解した。


 ・・・想いを告げたとは言え僕は、そんな彼女に償えるのだろうか?


「そんな顔、しないでください。・・・兄上は、すぐに顔に出ちゃうんですから。あの時、狸寝入りだって気が付いたのも、表情が曇ったからなんですよ?姉上も笑いそうになりながら、兄上をからかってましたし。・・・途中、忘れて本気で喧嘩はしましたけど。」


 ・・・これから先、僕はずっと彼女達の手の平の上なのかもしれない。


「ごめん・・・」


「もうっ!そんなに謝らないでください!・・・でも、本当に悪いと思ってるなら・・・お願いを、聞いてくれませんか?」


「何かな?」


 サオリがモジモジしながら僕を見つつそんな事を言ってくるのだが、言いにくい事なのだろうか?


「あ、あたしを、今・・・抱いてください!」


「抱きしめるって事?そのぐらいなら、幾らでもするけど・・・」


 そう言って、僕が向き合っている彼女を抱き寄せようとしたのだが・・・


「ち、違います!赤ちゃんをくださいって事です!」


 彼女はそんな僕へ、更に真っ赤な顔をしながらも首を横に振りつつとんでもない事を言い出した。


 余りにも想定外すぎるの彼女の発言に、僕は思わず吹き出して咳き込む。


 見た目が大分成長したとはいえ、まだ肉体の性成熟自体は15歳前後のはずだから、当然そんな事をさせられる訳がないだろう!?


「そ、それはまだ早いよ!?もっと身体が成長するまでは待たないと、負担だってかなりかかるんだからね?」


「イヤ!姉上とはもうしたんじゃないんですか?」


「そんな事、結婚もしてないんだからまだする訳がないよ!?」


 いきなり何を言い出すんだ!?


「なら、あたしが!」


 益々必死な表情になった彼女に僕は押し倒される。


 え?何、これ・・・


 凄い力で押さえられてて動けないんですけど?


 というか、これ・・・普通、逆じゃない?


「兄上・・・」


 そんな呑気な事を考えていると、サオリの顔が徐々に近づいてくるとーーー


『それはダメーーー!』


 ーーーその瞬間、突然辺りにイオリの声が響き渡り・・・


「サオリねぇさま、ボク達に赤ちゃんはまだ早いです。」


「ずるいー!マホも赤ちゃん欲しい!」


『それは私が先なんです!サオリ、今すぐ離れなさい!』


 ・・・三者三様の反応をしながら三人がこちらに走り寄ってくる。


 どうやら隠れて見ていたらしいのだが、マホさんや?


 どの道、幼いキミはまだダメだと思うよ?


「姉上達が居たのは気付いてましたけど、そのまま黙って見てたらよかったのに・・・」


 サ、サオリさん?キミ・・・見られているの知ってて、押し倒したの?


 僕は流石に、見られながらはイヤなんだけど・・・ってそうじゃなくて!


 まずは彼女を落ち着かせよう。


「サオリ、離してくれないかな?」


「イヤです!兄上が抱いてくれるまでは離しません!」


「いつか、サオリがもっと成長したらね?」


「いつかじゃなくて、姉上より先がいいんです!」


 どれだけ優しく語りかけても、幼い子供のようにイヤイヤとするばかりで埒が開かない。


 何故そんなにも必死なのだろうか?


「だって!姉上に赤ちゃんが出来たら・・・また、兄上があたしを見てくれなくなりそうだから!イヤなんですよ!」


 サオリはまた泣き出してしまいそうになりながら、


『サオリちゃん・・・』


 イオリにはその気持ちが解るらしく、それ以上何も言えなくなってしまったようだった。


「そんな事はしないよ。」


「先の事なんて、わからないじゃないですか!そうなってしまったら遅いんですよ!だから、兄上があたしを見てくれている内に・・・!」


 心の内を叫んだからか拘束する腕が緩んだのだが、今は抜け出すよりも先ずサオリを落ち着かせなければと思い、地面に押し倒された格好のまま彼女の頭を抱き寄せる。


「大丈夫、大丈夫だから・・・絶対に約束する。サオリを悲しませるような事はもうしない・・・」


 そうして、なるべく優しく呼びかけながら彼女の頭を撫でつつ彼女が落ち着くのを待った。




「兄上、ごめんなさい。もう大丈夫です。・・・腕・・・痛かった、ですよね・・・?」


 暫くの間撫で続けていると昂った感情も段々と落ち着いてきたらしく、冷静さを取り戻してきたサオリがもう大丈夫と告げた為に離すと、彼女は先程掴んでいた僕の腕を心配そうな表情で摩ってくる。


「大丈夫だよ。痛くはなかったから。」


 倒された以外では確かに痛くは無かったのだけど、僕としては全く抵抗できなかったという事実の方に衝撃を受けたよ・・・


 幾ら彼女達の筋力が、遺伝子操作とかの影響で僕より遥かに優れているとはいえ・・・さぁ、ねぇ?


 此処まで力に差があるなんて、普通思わないじゃない?


『サオリちゃん、落ち着きましたか?』


「はい、姉上。あたし、焦りすぎてました。兄上があたしを見てるうちしかないって、思っちゃって・・・」


 それは、僕がサオリを不安にさせてしまったからなのだろう。


 申し訳なさそうに呟く彼女の横顔に、胸の奥がチクリと痛む。


『だから言ったでしょう?サオリちゃんはかわいいから、大丈夫だって。』


「姉上・・・」


 昼間の様子からして、イオリは薄々僕の気持ちに気付いていた節があるから、そう言ってサオリを慰めていたのだろう。


 イオリにも沢山迷惑をかけてしまったなぁ・・・


『でも、一番かわいいのは私ですけどね?』


 ・・・えっ?


 いきなり何を言ってるんだ?


「あ、姉上・・・?」


『・・・冗談ですよ?』


 イオリは場を和ませたくて言ったようだが、少し思惑と違う反応だったらしく不満そうだ。


 今の状況で、その冗談は反応しづらいから仕方がないと思う。



 そうしてキャンプ二日目も無事終わり、翌日の朝片付けを済ませてから僕達は予定通り帰宅した。

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箱庭少女育成計画 眠る人 @nemurevo0992

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