白樺林-3(流れる血と習慣について)
こんなに無茶苦茶なセッティングをしておいて、いつも通りも何もあったものではない。だが、今のリロイに何を言ったところで承諾されるとも思えなかった。そろそろと寝台の上を進めば、寝転がっていたリロイが腰へと取り付き、ガッチリとヴィクターを捕まえた。
「お、おお……?」
薄い寝間着はおびただしい量の汗に濡れている。服ごしの背に触れればぬるっと滑り、ヴィクターは安定する場所を探して神経へと潜り込む。体内のうねりを掌握し、尖らせた神経の先を掻く。ヴィクターは息を吐いた。体勢に無理があるのか、それとも慣れない状況のせいか、うまく続けることができない。というか、波形を見る限りリロイの側に怒っているような気配がある。疲れを覚えたヴィクターは手を放し、抱きつくように掴まっているリロイごとシーツの上へ転がった。蒸すような体温と汗の臭いが感じられる。沿わせて伸ばした手を握り、手の平の角度を合わせていると、カチカチと金物同士のあたる音がした。
「…………」
身体がひくつき、絡む脚の先はシーツを掻いている。鳩尾のあたりへ額が押しつけられる。再接続が叶わない。ヴィクターは手をすり合せるようにして手を幾度も握り合わせた。再接続が叶わない。流石に変だ、と思って腹の上を見ると、リロイは顔を真っ赤にして息を切らしている。つう、と鼻から一筋血が垂れて、息の詰まったらしいリロイは口から血の混じった涎を垂らした。食いしばった歯の隙間からうなり声がこぼれ、指輪のついた手はヴィクターを捕らえた。
◆
焦らさないでくれと声が飛ぶ。垂れる血と汗の臭い。一つになろうとするように手の平は握り合わされ、ぎゃりぎゃりと金物が擦れ合って響く。感覚もとうになくした指に痛みが走る。顔をぺたぺたと手が這い、キュッと閉じられた口が唇を食むだけで離れていく。湿って熱を持つシーツの感触。寝台を覆う掛け布の影で、頬を掃く長い髪をヴィクターは目の当たりにする。
◆
傾いた日が窓から差し込んで、事の済んだ部屋を異様な空間に見せていた。ところどころに血の垂れた寝台に座り、手袋をつけたヴィクターは腰の手跡をさする。ぼさぼさの髪に構いもせず、リロイは目隠しを押し上げて顔を拭った。口から歯形のついた札を引き出して盆の上に投げる。ヴィクターは乱れた髪に手を伸ばしかけ、少し考えてから目隠しの帯を解くに留めた。指輪ばかりを身につけてリロイは、べたっと座った寝台の上でねとぼけたような顔をしていた。
「……今回のことで」
「うん……?」
ヴィクターは手元の帯を丸め、戻し、また丸めた。枯れた喉がじくじくと痛む。最中に絡みついた手足の力はすさまじく、随所に骨の入る人間の身体をつくづく思い知らされた。あるいは、普段のリロイはよほど理性的であることを。札の消音が必要だったのは自分の方ではないかと途中何度も思ったほどだ。
「お前のことを改めて、アレスの男だと感じた……」
「……うん? そうか……」
不思議そうな目には取り合わない。開けっぴろげなところこそないが、リロイの身にもアレスの人間が広く持つような好色の性質があると知った。暴くべきでない皮膚の下を覗いたような気になって、ヴィクターは気まずさを噛み締める。
「俺は帰る……」
「ああ、待て」
寝台から抜けようとすればやにわに腕を掴まれた。直に感じる体温は熱く、それがどうにも煩わしかった。なんだ、と聞けばリロイは手を放し、目を伏せた。
「ありがとう、助かった。……帰る前に、今日、それだけは言わせてくれ」
示される謝意が窮屈に思えて、ヴィクターは頭をかく。本当なら文句の一つでもいうべきなのだろうが、おかしなリロイを見ていたらそんな気持ちも消えてしまった。じっと向けられる目に耐えられなくなって、ヴィクターはそこらに放ってあった寝間着を掴み、リロイの顔へと投げつけた。まともに食らったリロイは、何をする、といったようだった。
「いつまでもだらしのない格好でいてもらっては困る。早く治せ、服を着ろ」
ヴィクターは立ち上がり、今度こそ寝台から抜けた。コルセットを着け、下を履き、上着の袖を通してピンを刺す。靴の紐を止めた後、ヴィクターは天蓋の掛け布をちょっと捲って、リロイ、と呼んだ。
「……また来る。次は、そうだな、調子が良ければその時は手合わせでもしてくれ」
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