シャノ×リロ デート編(若干の年齢操作あり)

逢瀬-1(ありふれた行楽について)

リロイは人もまばらな夕刻の街を歩いていた。手の紙袋には先ほど買い求めた刺繍糸と鉱石染料が入っている。すれ違う人々は他人の無関心さでリロイを素通りしていった。リロイほどの長髪は珍しいにしても、髪をまとめ、平服を着ていれば、リロイもそこらの男と代わりはない。長剣もなく、エナメルの髪留めもない。自分が透明になったような感覚に、平和なのだな、と感じた。

「前に来たときとは店の並びも随分違っている…… この辺りも様変わりしたようだ」

「あなたの興味を引くものが見つかったのであれば、連れ出した甲斐があったというものです」

背後から笑い交じりに言われて、辺りを見回していたのだと気付く。隣を歩くシャノンは帯剣こそしているが、服装は休日の訓練生に寄せていた。訓練校の制服でもある枯草色のコートはありふれていて、こちらも別段見咎められることはない。

「この後、食事の席を用意しています。今日は特別な日です、存分に楽しみましょうね」

頷けば、夕日に指輪がチロチロと光る。気ままに出歩けぬ身のリロイには、シャノンの気遣いが染みた。魔術士になったことに後悔はない。生の終わりを拒む、不死の指輪を嵌めたことを恨めしく思うこともない。立場のもたらす、数多の行動制限へ不自由を感じる感性さえとうに失われた。だからこそリロイは、新しい風を吹き込むシャノンを眩しく思っていた。

「……有り難いことだ」

「礼には及びませんよ。なにかまだ必要なものはありますか? 行きがけに寄れる店なら案内しますが……」

「そうだな、それなら事務用品店を。新しいインクの書き味を見たい……」



籐籠のカトラリーケースと湯気を立てる皿。リロイを眺めてシャノンは微笑んでいる。

「リロイはフライがお好きなのですか?」

問いに、切り分ける手がふと止まる。パリッとした衣と温かい具は、見ずとも味が思い出せるほど食べてきた料理の一つだった。しかし、とリロイは考える。

「……美味なものだ。だが、『私の』好物だというわけではないな。ヴィクがいつも頼むんだ。油を潤沢に使う料理こそ、遺跡帰りの祝いには良いと」

「そうなのですね」

シャノンは答え、どこか浮き足だった様子で澄んだスープを口に運ぶ。彼の手元で濡れているのは握られた匙だけだ。リロイは不審に思い、フォークを置いて口を拭う。

「あまり食が進んでいないように見える。気分が優れないようであれば、早めに切り上げるが」

顔を寄せて小声で問えば、シャノンは少し慌てたように手を振った。

「十分に頂いていますよ。動作安定のために普段から代謝阻害の指輪をつけていまして、多く食べると不都合があるのです」

「そうか。シャノンもそんな頃合いか……」

頷いて、感慨に耽る。年若く、優秀な後継者。装備に代謝阻害の指輪があるのなら、意図的に食事量を減らしているのだろう。じきにシャノンも外勤(遺跡調査)に回るということだ。柔和な微笑みにリロイは心がぐらつくのを感じた。今はつるりとしたシャノンの指にもいつか不死の魔術紋が刻まれて、いつ死ぬとも、いつまで生きるともわからない暮らしから降りられなくなる。それが議会に与する魔術士の運命だ。生命は続く。シャノンが、彼という存在そのものが、誰からも必要とされなくなるその日まで。

「本日の街歩きはどうでしたか?」

にこにこと訊ねる声で我に返る。口の中のものを飲み込むまでの短い間に、リロイは急いで返答を考えた。

「そうだな、色々な発見があった。筆記具も日々進化しているようで驚く。……こうして食事の機会を与えてくれたことにも感謝している」

慣れ親しんだ味は変わらないな、と言いながら街の様子を思い出す。なんでもないような日常はそこにあり、後継者候補であった年若い魔術士はすでに成熟が見えている。リロイは全てが円満に収束しつつあることを感じていた。飢餓も戦争もなく、侵略も殺戮もない。国土は富み、文化は栄え、新しい代が世を継いでゆく。これこそ望まれ、その上で叶えられた未来だった。

「……日々、課せられた務めをやり過ごしているだけではわからないこともある。こうして表へ出てみれば、随分豊かになったものだ。驚かずにはいられない」

「これからだって、ずっともっと良くなりますよ」

「それは……そうだな、そうなるといい」

目の前に座るシャノンがなんでもないことのように言うので、リロイは言いかけた異論を飲み込んだ。あるいは、この男ならば叶えて見せるのだろう。思えば、問題解決のために長らえた身だった。ずっと世直しのために尽力してきた。だが、乱れなき世にリロイは必要ない。魔術に身を浸し、魔術士として山へ入った。今更ただの人間としてはやり直せないとわかっている。ならばせめて、目立たぬように消えるが良かろう。彼らの邪魔はしたくない。

「リロイ、デザートはいかがですか?」

自分が皿を熱心に見つめているのに気がついてはっとする。なんでもない風を装って首を横に振る。

「いや、もう十分だ……シャノンは?」

「食事は十分ですが、少し喋り足りないでしょうか。部屋を取ってありますので、上へ行きましょう。これ以上食べたら腹がはちけてしまいますから」

シャノンが言ったあとに少し笑ったので、リロイにもそれが彼なりの冗談だということがわかった。食事代は既に支払ってありますのでお構いなく、と続けたシャノンが席を立つ。驚きが顔に出たのか、目の合ったシャノンは困ったように微笑んだ。何か言うよりも先に、こちらですと言ってシャノンが歩き始めたので、リロイも後を追って狭い階段を上った。



通されたのは一番奥の部屋だった。シャノンは小さな鍵を二つ出し、一つ隣があなたの部屋です、と言った。貰った鍵を懐にしまい、たわいもないような話をした。それからのことはよく覚えていない。部屋に入るとき貼られた護符が、居室を小さな密室にしていた。リロイは抱かれた肩をじっと見る。色事の類いには疎い方であったが、流石にここまでされてわからないほど鈍くはない。だが、切っ掛けがわからない。自分は何を言ったのだろう。肌への触れ方を教わりたいと願ったのだったか。考えてみればありそうな話だ。自分を置いて変わっていく、今時の社会風俗には興味があったから。


服を脱がせるように求められ、コートのボタンへ手をかける。糊のきいたシャノンのコートには青い裏地がついていて、そこには既にびっしりと魔術刺繍が縫い込まれている。視線に気がついたのか、ここで見たことは秘密ですよ、と言ってシャノンが控えめに笑う。頷いて首に巻かれたスカーフを外せば、お返しとばかりに指輪のついた手がごそごそと服の下を探る。肌の上を這うでもなく、服の上から抑えるのでもない。慣れぬ刺激は、表皮のすぐ下を暴かれているようで新鮮だった。


好きにさせたら良いのだろうか。いや、せねばならぬのだろう。自分がそう望んだのならば。据わりが悪いのに耐えかねて服を外せば、シャノンがひゅっと息をのむ。明かりが落とされ、頭が寄せられた。髪紐が引かれ、背に解けた髪が広がった。


「なぜ見ているばかりなのですか……」

「ああ……そう、だな」

答えたが、身体が上手く動かない。肌を這う指輪の固さが、どうにも耐えがたい情動を連れてくる。特別気持ちが良いわけでもないのに、なぜだかひどく官能を刺激された。何かせねばならないと思い直し、露わになった腿へと指先を沿わせる。だが、それだけだ。胸元へと唇が押しつけられ、リロイは戸惑う。汚いと思ったわけではない。嫌悪はなく、恐怖もなく、ただ、置いて行かれたような困惑だけがある。唇で触れるのが親愛を示す仕草であると思いだし、リロイはシャノンへ頬をすり寄せた。

「光栄です……」

抱き竦めるようにして脇腹を撫でていたシャノンの手を捕まえて、手の平で触れる。掌底で擦る甲はじんわりと熱い。変な気分だった。肌寒いような、暑いような。怠くて放っておいてほしいような。なにか、思い出せそうな。シャノンに再び口づけられ、形容しがたい感覚は次第に形を変えていく。リロイはそこで汗ばみつつある自身に気がついた。髪をどかすようにかき上げれば、汗に湿る首筋は冷えた。だが、髪を触る手は熱いままで、こちらを見つめるシャノンの皮膚も、同じように上気しているようだった。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る